4.ミネラの村
私達が旅立って幾分か時が経った頃、既に日が落ち始めてきていた。
そろそろ何処か、身体を休められる場所を探さないといけない。
うーん、このままだと野営になっちゃうかな。
そう思っていると、リトから意外な情報を聞くことが出来た。
「この近くに、我と縁のある村がある。そこに泊めてもらうか?」
「あれ? リトって、友達は居ないんじゃなかったっけ?」
「知り合いが居ないとは言っていないだろう」
何故わざわざ友達を知り合いに言い換えた……
まあ縁があるってことは、一方的に知られてるというだけで、実際に面識があるわけでもないって可能性もなくはないのか。
知り合いと言っている時点で、今回はその線でもなさそうだけど。
大体、泊めてもらえるような仲でただの知り合いなわけがないでしょ。
「見えてきたぞ。一度降りるから、しっかりと掴まれ」
はいはい、ちゃんと分かってるよ。
飛んでいる時に風がなかったのか、多分リトが魔法かなんかでやってくれていたんだろう。
リトはちゃんと安全運転で飛んではいてくれたけど、それでも落ちたら本気でシャレにならないからね。
安全度は可能な限り上げておかないと。
上昇した時のような浮遊感とは違い、今回は全身が重くなるような感覚を感じた。
私のことを気遣ってくれたのかはしらないけど、着地の衝撃はそこまでではなかった。
初めての空の旅だったから、少し疲れたけど。
「大丈夫か?」
「ちょっと疲れたけどね」
落ちないように慎重に身体から下りると、リトの身体は光を発して竜から人の姿へと戻る。
近付いてくるなり私の表情を覗き込むリトは、肩を竦めた。
どうしたのかな?
「ハルカは自分で思っている以上に疲れているようだな。我が介抱してやろうか?」
「いい。私は大丈夫だから」
「しかしだな……」
「ううん、そこまで心配してくれなくても、村までは歩けるから。近いんでしょ?」
「……そうだな。そこまで言うのなら、歩いてもらおう。だが、疲れで離れられては困るのでな、手はもらうぞ?」
唐突に手を差し伸べてくるリト。
それくらいなら、と私も譲歩することにした。
介抱も、ただ恥ずかしいからだなんて、言えるはずがなかった。
リトには言ってないけど、リトの人の姿はかなりの美形だからね。
男の免疫がない私からすれば、リアルで見たこともないくらいなんだよ。
手を引かれて10分、リトの言う通り、本当に近くに村があった。
正門に見張りが居るみたいだし、ちょっと中に入らせてもらえるか確認をとってみよう。
もしここで追い返されたら、私達は揃って野宿になる。
リトには口調の問題があるので、ここは少し任せてもらおう。
これまではリトに頼りっきりだったから、たまには私だって頑張らないと。
「すみません。私達は旅の者なのですが、今夜泊まるための宿がなくて困っています。今晩だけでもいいので、村に入れてもらえないでしょうか」
「理由は分かった。何もない村だが、ゆっくりしていきなさい」
割とすんなりと入ることが出来た。
対外的にこうだと、もし盗賊とかが襲い掛かってきたら対処が遅れるんじゃないか。
そう思っていると、
「実は、この村の周囲には昔に我が張った真贋を見抜くための結界がある。悪しき者がその中に入ろうとすれば、その者の全身に激痛が発生し、かつ村長に知らせが入るというものだ。あの門に来ている時点で、我らはその結界を通り抜けているというわけなのだ」
なるほど、だから縁があるってことなんだね。
何のために張ったのか、など色々と聞きたいこともあるが、今は置いておこう。
結構我慢してきたけど、これでもやっぱり結構疲れてきていたんだよね。
早く宿に泊まって、しっかり休みたいよ。
「度々すまないが、顔だけでも合わせたい奴が居る。先に、そっちに行ってもいいか?」
「はいはい、分かってるよ」
きっと、例の縁のある人に会いに行くんだろう。
流石ドラゴン、あれだけ飛んできたというのに、スタミナに関しては化け物クラスだ。
最も、見た目だけで言えば化け物みたいなものだし、単に私が空の旅に慣れていないだけかもしれないけどね。
「おや……もしや、リトエール様では?」
向かっていた矢先、噂をすればまさかの相手の方からやってきたようだ。
話しかけてきたのは、初老の穏やかな雰囲気の男の人だった。
少し白髪が目立ち、苦労しているのかもしれない。
「ハイルよ。我はこれより旅立つことにした。その礼にでもと思ってな」
「……とうとう、この時が来たのですね。もしや、そちらの方が?」
「ああ、そうだ」
彼らは2人だけの世界に入ってしまったようだ。
一度ハイルと呼ばれた男の人から見られたような気がしたが、蚊帳の外に締め出されてしまった私には、言っていることが何のことやら分からない。
この人、そういやリトの古い友達……もとい知り合いってことは、私が知らないこともたくさん知ってるってことだよね。
そりゃ、リトと会ったのもつい先日だったわけなんだから当たり前だけど、ちょっと複雑だなぁ。
話が終わったようで、今度はハイルさんが私の方へと来た。
「お待たせしてしまい、誠に申し訳ございません。私はここ、ミネラ村の村長をやっております、ハイルと申します。この度リトエール様を森から引っ張り出して頂き、私は嬉しゅうございます。ハルカ様には、感謝してもしきれません」
「は、はあ……」
見知らぬ人にいきなり感謝されても、正直何のことだか見当もつかない。
外に出してくれたから感謝って……反応が引きこもりの親みたいだ。
リトは引きこもりだったのかな?
「おい、ハルカ。今、失礼なことを考えたろう」
「あはは、気のせいじゃないかなー……」
何故バレた……
リアル読心術が使えるとでもいうのか。
「まあまあ。それより、今日は私の家に泊まりませんか? 大方、寝るところに困ってここを訪ねたのでしょう?」
「……やはり、お主には分かるか」
「これでも、昔からの知己ですからね」
「そうか。ハルカはいいのか?」
「私は問題ないよ。まず、リトって宿に泊まれるだけのお金持ってるの?」
「……では、お言葉に甘えさせて頂こう」
お金持ってないんかい。
いくら目を逸らしたって、分かるんだからね。
同じく悟ったのか、ハイルさんも苦笑いを浮かべる。
「僭越ながら、案内させていただきます」
今日の夜は、ハイルさんの家で明かすこととなった。
もちろん、リトとベッドは別だよ?
いくら竜とはいえ、人の姿のリトと寝るのは抵抗があるからね。
私の異世界初夜は、まだ多少の不安があったものの、不思議なくらいにぐっすりと眠ることが出来た。