11.武具卸商ハルカ
遅くなり申し訳ございません
アクルータは、隣国であるデュフス皇国と、セメーナ連邦との国境近くにある街で、これは元々貿易の中継地点として作った簡易街が、いつか発展してここまで大きくなった。
今でも貿易は盛ん……いや、むしろ今が最盛期と言っても過言ではない。
と言っても、デュフス皇国とセメーナ連邦は、このケイレスト王国とは友好国であるからだ。
もしどちらか片方が敵国だったりすれば、この街はなかっただろうし、万が一建設されていたとしても、軍事的な方面に特化していたことは違いない。
この世界にだって、戦争はあるのである。
と、書店に置いてあった本に書いてあった。
締まらない最後だけど、知識として入れたものを披露したわけなので、問題はないよね。
リトに一度本を見せてみたが、まず文字からさっぱりらしい。
前々から思ってたんだけど、何故私ってこの世界の文字が読めるんだろう。
そもそも、まずこの世界にどうやってきたのかも分からないんだよね。
私が死にかけていた時、目を閉じてる間にいつの間にか例の森の中で狼に喰われかけてたわけだから、私自身も体験したという気がしていなかった。
今そんなことを考えても、意味はないんだけど。
話が逸れたが、アクルータの歴史は比較的浅く、30年前に魔王が討伐された直後であったために、軍需産業が発達しなかったというのもあった。
魔王なんて居たのか……と思ったけど、よく考えたらファンタジーの世界なわけだし、居てもおかしくはないのか?
兎に角、そのせいでこの街は確かに貿易は盛んであるものの、武具自体はかなり少なかった。
そりゃ、わざわざ何処の国でも量産体制が確立しているものなんて売るわけがないよね。
超強い、それこそブランドものなら分かるけど、それこそ量が少ない上に高くなるわけだし。
私が言いたいことは、だ。
「おお! これは凄い!」
現在、街中の道具屋、鍛冶屋、武具屋とあらゆる店という店を巡っては、リトの空間魔法で死蔵されていた鎧、盾、剣をバラ売りした。
元々他人のもの? 全部奪ったやつ?
そんなの知らないよ。
大体、侵略してきたのを返り討ちにしただけなんだから、窃盗だろうが全てリトには罪はない。
とか言うけど、実際やってみると申し訳なさが凄かった。
だって、やっぱり量が凄いんだよ。
連隊分を丸ごとかっさらってきたわけだから当然なんだけど、この量を半分売り切るだけでも、この街じゃ絶対に供給過多になるよね。
当然、他の店でも売ったことを店には伝えてないわけだから、それを知らない店が次々と同じ品質のものを売り始めた結果、相場が急激に落ちることになる。
そうなると、私が売った店は全部赤字になるし、それ以下の品質を安価で売っていた店なんて、最悪経営困難で潰れるかもしれない。
結果的に、得をするのは私達だけになるわけである。
分かっていて売ってるわけだから、やってることは尚更たちが悪い。
けどまあ、商人の世界は騙される方が悪いって何処かで聞いたことがあるから、別にいいよね……?
全部で11件の店に武器、盾、鎧をそれぞれ100セットずつ売った結果、この街での需要が思いのほか高かったせいか、村で売った時と比べても高く売り払うことができ。儲けは実に金貨27枚に銀貨5枚というとんでもない金額になってしまった。
一気に大金持である。
まだ報酬の分が残っていることも考えると、計金貨50枚をも超える資産に……何か、怖くなってきた。
だって、リトの空間魔法にはまだまだあるんだよ?
リト討伐隊が連隊だったってことは、あと4倍分はまだ残ってることに……これ以上売るのは流石に躊躇われるので、これは置いておくことにしよう。
私達は一息つくと。改めて街中を見回してみる。
アクルータは、まさにファンタジーと言わんばかりの街の様相だった。
リトはひたすら並ぶ露店の串焼きなどの料理に目移りし、私は地球では見たこともなかったような建築様式に目を奪われる。
というか、ガイウス様はあれだけ私の料理をべた褒めした割には、どこかしこの料理も美味しそうに見えるんだけど……もしや、いつも食べてる料理が露店のものよりも美味しくないとか……あるわけないよね。
「リト、あれ食べようか」
私が指差したのは、オーク肉の串焼きの店。
到着時間が中途半端だったおかげで、特に列が並んでいることもないし、何より日本の大阪に行った時のようなソースの香りが凄い。
歩き回ったせいでお腹も空いたので、私としても丁度よかった。
オーク肉と言ったら魔物の肉だけど、やっぱり名前は地球でも有名だったし、豚の魔物って分かっていたらそんなに抵抗はないかな。
それに、魔物の肉は畜産で得られない分、高級だって聞いたことがあるし。
それを言われたら、どんな味なのか、試したくなるのは元々食文化の進んでいた国の国民性によるものだ……と思う。
「オークか。我の住んでいた辺りには棲息していない魔物だな」
「そうなの?」
「うむ。オークという魔物は、少し寒い地域に群れを形成していることが多い」
「それじゃ、オークを食べるのは初めてだったり?」
「いや、そうでもない。ずっとあそこに住んでいたわけでもないのでな。昔、北に立ち寄った時に食べたことはある……生だったが」
てことは、リトは元々北に住んでいた……わけではないよね。
リトの言う立ち寄ったってことは、ついでにちょっと寄り道程度にしか考えてないだろうし。
リトは空を飛んで高速に移動することが出来るから、街から街なんてちょっとしたお使い気分なんだろう。
リトがあの家に住む前はどうしていたんだろう……
あの家って、リトが建てたのかな……いや、それもないか。
だって、リトだもんね。
なんて妄想を膨らませ、買ったオーク肉を食べながら大通りを歩いていると、冒険者ギルドの横に似たような建物を発見した。
へー、商人ギルドなんてものもあったんだね。
私には関係ないけど、日本でいう労働組合とか、カルテルみたいなものかな?
ぼーっとしながらその前を横切ろうとすると、商人ギルドの前でたむろしていた商人らしき人達が、私の方を見て何やらひそひそ話をしている。
私は不思議に思いながら、すぐ様その場を立ち去ろうとする……あ、1人が来た。
「すみません。もしかして、貴女が武具卸商女でしょうか?」
……は?
私、卸商なんてやったつもりないんだけど。
「えっと、それはどういうことですか?」
「ああ、いや、失礼。色んなところで噂が立っているもので。何でも、幾つもの店に立ち寄っては、もの凄い量の武器や防具を卸しているのを見た方が居ると」
「それで、どうして私だと思ったの?」
「何分、かなり珍しい髪や眼の色でしたので」
商人が言った通り、この世界では黒髪と黒眼はとても珍しいらしい。
私も今まで見たことなかったから、そうだとは思ってたんだけど。
それなら、特定されるのも無理はなかった。
「それで1つ商談なんですが、もしまだ武具があるようなら、私の方にも回して貰えないでしょうか」
そう言われてもなぁ。
お金はもう、普通に暮らしていく分なら数年以上保つであろうくらいに稼いでしまったし、これ以上悪目立ちしたくないんだよね。
まず、私商人じゃないし。
今はまだまだ残ってるけど、私も流通経路があるわけではないから、商人としてはやっていけないんだよね。
というわけで、私はやんわりと断ろうと思うと、私の隣を一気に駆け抜ける子供の姿があった。
人混みの中だというのに、随分と間をぬって進んでいくのに慣れているようだ。
ちょっと怪しいな……
後をつけて、確かめてみようか。
「すみませんが、商談は受け付けないことにしてるんです。なので、この商談はなしということで、お願いします。では」
「え!? あの……」
言うが早いか、私は商人に何かを言われる前に私は子供の後を追うようにして混雑の間を抜けていく。
私の行動を勘づいていたようで、リトもぴったりとくっついてきていた。
「さっきの子供なら、あっちだ」
「流石!」
リトは、さっき隣を通り過ぎていた際に子供の匂いをはっきりと覚えていたそうだ。
契約で心が通じ合っているだけあって、以心伝心は完璧だ。
言われると癪だが、ガイウス様なら「お似合いだな」なんて言ってくるかもしれない。
子供は急に方向転換をしたらしく、大通りから人気のない裏路地に匂いは続いていた。
如何にも私1人で来れば誰かが襲いかかってきたその道を、躊躇いもなく進んでいく。
あの暗殺者を簡単にあしらった……いや、あれをあしらったって言ってもいいのかな。
撃退したリトであれば、そこら辺のゴロツキ程度ならまず余裕なので、心配は全くしていなかった。
「ここは……」
導かれるがままに行き着いた先は、今にも崩れ落ちそうな程にボロボロな孤児院だった。