10.アクルータの街
しばらく更新出来ないかもです
できれば更新は頑張りますけど……
まだ日の出た頃、私達はアクルータに向かうべく起床していた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
ガイウス様と軽い挨拶を済ませ、さっさとテントを片付け始める。
リトは結局あの後ずっと起きていたみたい。
本人が良いと言ったとはいえ、ちょっと悪いことをしたな。
今度、本格的な料理でもリトのために作ってあげよう。
流石に早朝から食事を作るのも何なので、黒パンだけを食べる。
普通、野営ではそれが当たり前らしいし、ガイウス様は特に嫌がることもなしに食べてたから、問題はないだろう。
本当、ガイウス様って貴族の割にアウトドア派な性格だよね……
「リトは、これだけで足りるの?」
「む……ハルカも同じ量を食べたのだろう? なら、我もそれだけでいい」
リトは何処か抜けてるけど、実際は他人の気遣いが上手いんだよね。
喩えるなら、よく出来た子供って感じかな?
ドラゴンなんだから、私と比べてももっと食べるだろうし……
「私は大丈夫……というか、そもそも食べる量が違うでしょ? それに、確か昼までには街に到着する予定だったはずだよ」
「うむ。このままいけば、そうなる」
片付けを終えたらしいガイウス様が、隙に付け入るようにして応える。
「そういうこと。じゃ、もうそろそろ行くから、早く食べてね」
「では、ありがたく戴こう」
人間なら間違いなく喉を詰まらせていたペースでリトが残りの黒パンを平らげたのを確認すると、再び馬車の旅が始まった。
森の中でも随分と浅い所までやってきたようで、木々の量も減ってきていた。
この森を抜けたらすぐにアクルータの街があるとのことなので、あっという間に到着するだろう。
「結局、私達の護衛はそんなに役に立たなかったね。魔物だって出てこなかったし」
「そうでもない。そもそも、そちらのリトが常に周囲にさっきをまき散らしているからこそ、魔物が寄ってこないのだろう? もしあなた達以外の冒険者を雇っていたら、どうなっていたか」
となると、この旅の間ではリトは大活躍だったってことになるね。
まあ、戦闘訓練を受けたことがあるわけでも実戦で戦ったこともない、特別な能力を持ってるわけでも身体能力が優れているわけでもない、基本的な町娘と変わらないスペックの私が護衛をやれって言われても、出来るわけがないから当然っちゃ当然か。
やれることは人それぞれなんだし、こんなことで悩んでても仕方がないよね。
「どうやら、到着したようだな」
ガイウス様が、もう既に確信したような口調で呟く。
なんで分かるの、と思っていると、気付けば森を抜けていたようで、周りにも色んな馬車が走っていた。
ガイウス様は、周りの馬車の多さからもう街が近いということを予測してたってことか。
「ほら、見えてきたぞ」
森を抜けて10分、朝起きて出立してから幾時間を経た頃、ついに目的地であるアクルータの街へと来ることが出来た。
街は巨大な石の壁で覆われており、それが外部からの侵入を防ぐ役割を果たしていることは、私にも分かった。
竜のリトなら、壊れたりするのかな?
「リトなら、あれ壊せたりするの?」
「む? あれくらいなら、余裕だが」
「ああ……うん、分かった。絶対にやらないでね?」
ただおもしろめかして言ってみただけなのだが、本気でリトはあれくらいなら壊せるらしい。
契約していて魂で繋がっている私だからこそ、リトが言っていることは真実だってことくらいは、すぐに分かった。
思えば、初めてリトの強さの片鱗に触れたような気がする。
まあ、あの壁相手に余裕と言ってのけるくらいだから、まともな比較対象が居ないわけだしそりゃそうか。
私は束の間の間、逆向きにゆっくり吸い込まれていく景色を楽しんた。
「少し待っていろ」
街の前には大仰な行列が出来ていて、ここで待つだけでも数十分が飛びそうだ。
また待つことになるのかな……と私は思いながらも、ガイウス様の馬車はその列をスルーした。
え?
「あの、並ばないと……」
「貴族は貴族で別の列があるからな」
ああ、それでないとうるさい貴族はうるさそうだもんね。
やっぱり聞いていると、ガイウス様みたいなまともな貴族も居れば、私がイメージしていたような貴族も多いみたいだし、これは仕方のないことかもしれない。
私達は悠然と列の横を抜けると、別の門の前に馬車を止めた。
「ガイウス=ミレニア。侯爵だ」
ガイウス様は、横の覗き穴から外に居る門兵にそれだけを言うと、簡単に通してくれた。
本人の証明とか要らないのかな……と思ったけど、この馬車と本人の顔で判断しているとのこと。
貴族が早々来ることもないだろうし、顔を覚える分はそんなに問題がないんだろうね。
「では、このまま向かうぞ」
唐突にそんなことを言われて呆然とする私。
「えっと、何処にですか?」
そんなことを言うと、ガイウス様は呆れるように肩を竦めた。
「突然、領主の屋敷に決まってるだろう? 幸い、この街の領主は私の親友でな。そこで報酬の受け渡しを行おう」
「ここじゃダメなんですか?」
「そんなほいほい、金貨を30枚も持ち歩いてるわけがないだろうが」
普通に真っ当なこと言われた……
なんでもないふうに報酬として金貨30枚とか言われたから、てっきり常に持ち歩いてるものだと思ってたよ。
色々と売り買いしたことで分かったことは、この世界は日本円で換算すると賤貨1枚で300、銅貨1枚で3000、銀貨1枚で3万、金貨1枚で30万、白金貨1枚で300万の価値があるらしく、金貨30枚ともなると実に900万……そりゃ持ち歩けないよね。
特にこの世界、娯楽とかが少ないから途中で目移りとかすることもあんまりなさそうだし。
にしても屋敷だなんて……この1日でガイウス様に対する抵抗はもうなくなってはいるけど、ちょっと緊張するなぁ。
親友だとはいえ、他人にそんな大金を預けている辺り、やっぱりこの人も貴族だった。
「ハルカよ、そう緊張することはない。どれだけ大きかろうが、家は家だ」
リト、貴方は竜で大雑把な性格だからそれが言えるんだよ……
まず、豪邸であろうがなかろうが、初めて他人の家に行く時は緊張するものなんだよ。
日本に住んでた頃も、初めて友達の家に行った時はかなり緊張したし。
「それなら、屋敷での受け取りは後にするか? 今日は何もなかったとはいえ、疲れたろう」
私は少し悩んだ後、その提案を受け入れることにした。
首肯すると、ガイウス様の表情に残念の色が浮かぶ。
「そうか……我が友の家の料理人の料理を振る舞おうと思っていたのだが、残念だ」
私は、本当に断って良かったと思ってしまった。
屋敷の中で食事なんて、緊張して絶対手が付かなかったよ……
私、貴族の作法も知らないし、料理でなら街の中でも食べられるしね。
まず、自分の家でもないのに本人の断りも入れずに他人に料理も振る舞うのもどうかと思うんだけど。
「では、私はここで下りますね」
私達は馬車から下り、扉を閉じようとしたところで、一度呼び止められた。
「一応言っておくが、領主の家はこの大通りを真っ直ぐ進んだ先にある。だが、そのまま行ったところで門番に門前払いされるだけだろう。特例だったとはいえ、通例では護衛依頼なんて受けることも出来ないランクFだからな。もし来た時は、これを門番に渡せ」
ガイウス様に渡されたのは、紋章の入った短剣。
多分、この紋章がガイウス様の関係者であるという証明になるんだと思う。
貴族と関わりを持つつもりなんてなかったんだけど……まあいいか。
ガイウス様なら、まだ最悪なことにはならないだろう。
悪いことなら巻き込まれるかもしれないけど。
「ありがたく頂戴します」
私はそれを受け取ると、リトに頼んで収納してもらった。
あんなものを腰に提げておいて、スリにあったりでもしたら大変だからね。
「うむ。では、待っているぞ」
馬車の戸は閉じられ、ガイウス様だけを乗せたまま、大通りを進み始めた。
そのまま、まるで割れるように開かれた道を進む馬車を見えなくなるまで見送り続ける。
「じゃ、私達も適当に歩こうか」
「我は腹が減ったぞ」
「はいはい。じゃあ、先に何処か店にでも寄ろう」
私達は瞬く間に再び人の大渦と化した道を歩き出した。
いざ、初めての街の散策だ!