武器を持つこと
クレさんとチトさんに連れられて、3号車の二階に着いた。階段を登って廊下があり、その両脇に店がある。どうやらトゥーラン様がいるのはこの二階の奥らしい。視界の端にチラチラと映るチトさんの槍が気になる。邪魔にならないのかな。
奥の部屋は引き戸でチトさんがそれを開けると銃やナイフや剣が目に飛び込んで来た。そのまま2人がずんずん進んでいくので、ためらいながらも追いかける。中はちゃんと動線が確保されており、歩きにくいところはなかったけどよく切れそうな刃物がそこかしこにあるのは気分が良いものではない。部屋は広く、さっきの屋台の様に並んだ店とは趣が違う。そのまま2人を目線の端に置きながら、元の世界では見ない光景を見ていると、ふと2人が止まり、目的の場所に着いたことが分かった。どうやらここは車両の一番奥に位置しているようだ。
「やあ、アオバくん。」
従者のチトさんとは真逆にニコニコとしたトゥーラン様は最初の神様という印象の通りこれだけの挨拶なのに何か神秘的なものを感じる。
「はい、どうも。トゥーラン様。」
「そんなに畏まらなくたって良いよ。ボクは神様だけど、こうやって商団で働いているんだから。」
ね、という様に僕の目を見てくる。そ…そんなこと言われても。僕が戸惑っている時にクレさんは、
「あ、そういうのよりこれからアオバに渡す武器を選びに来たんだ。なんか良さそうなのはあるか?。」
その言葉を聞いて、トゥーラン様はまず、僕の腕をむんず、と掴み、それから体をペタペタ触り始めた。あの…恥ずかしいんですけど。
「ふむふむ、筋力は普通くらいかな。何か、この武器が良いとか考えてる?。」
武器を持つこと自体考えてなかったんだけど。
「いえ、特には…。」
「そうかぁ。それじゃあ、主人が選ぶっていう方法があるんだけどそれが良いかな。」
主人…クレさんが選ぶ…?。その言葉にびっくりした様で、クレさんは、
「あの方法を使うのか?。確かにアオバのように知識がない奴だと武器は選べないが。」
「まあまあ、すごく精度の良いのを手に入れたんだ。実験台にさせてもらう代わりにお代はタダで良いよ。」
「いや、それは流石に気が引ける。…半額は出そう。」
どうやら主人が武器を選ぶ方法はかなりお金がかかるらしい。
「いやいや、精度の高いものは値段が高いけれど、それ以上にそれを使う素質がないと使い物にならないからね。」
「そうか。魔力量の問題か?。」
「まぁ、そんなところ。後、調べてみたら元従者の主人ほど成功率は上がる。クレッドにぴったりでしょ。今から、選ぶの見せてくれたら、クレッドとアオバくんへの依頼として報酬に武器をあげるってことにしてあげるよ。」
その言葉にクレさんは悩んでいたようだったが、ぱっと顔を上げて
「よし。じゃあ、引き受けよう。ここによく切れる刃物はあるか?。」
その言葉にトゥーラン様はニヤッと嗤って、
「あるよ。色々と持ってくるからちょっと待っててね。」
そう言って、何かを探しに行った。
何が起きるんだ。
「あの、クレさん。今から何を?。」
「ん?。今からアオバの武器を選ぶんだ。あの方法はちょっと特殊でな。主人の一部と魔力を使ってその主人の従者に一番合う武器を選ぶという方法なんだ。」
ふむふむ。主人の…一部?。
「主人の一部ってクレさん、どこか切るってことですか?。」
「そんなに大層なことをするわけじゃないさ。俺は髪を切ろうと思ってる。あの屋敷にいる間に随分と伸びたしな。」
髪か。まぁ、髪なら痛いわけじゃないだろうし。
「そうですか。あっそうだ。切る前に写真撮らせて下さい。僕と会った時のクレさんを、また思い出したいなって思ったんで。」
「良いぞ。もう、こんなに長くなることはないだろうしな。こんな感じか?。」
そう言って、長い髪を後ろから前にもってきて手で抱えるようなポーズをした。こうやっていると、どれほどクレさんの髪が長かったのかがよく分かる。
「はい。じゃあ、撮りますよ。」
カシャリ、と音はしなかったけれどすぅっとカメラの中にその映像が吸い込まれていった。確か、確認する方法あったよね。前に撮った映像が出てくる様子を頭の中で思い浮かべるとさっき撮ったクレさんの写真やサティラさんの屋敷で食べた料理の写真が出てきた。撮れてるってことだよね。
「はい。撮れました。」
「そうか。男前に写ってたか?。」
「そりゃあもう。」
その時、トゥーラン様が
「持ってきたよ〜。よく切れる刃物と武器石。」
武器石というのはさっき言っていた、主人が従者の武器を選ぶために使うものだろう。墨のような濃淡がある大きな石だ。綺麗な長方形である以外は普通の石と同じように見える。
クレさんは、手渡された石をそこにあるテーブルの上に置いた。そして、刃物…ナイフかな、これは…それを持つと縛ってある髪を持ち上げた。さくっと音がして、クレさんの腰まであった藍色の髪は肩くらいの高さになっていた。クレさんはその髪を武器石の上にのせて本に文字を書いた時のように手をかざした。青色や黒色のリボンのような光がくるくると宙を舞い、やがて一つになっていく。その光の束が集まり、武器の形を創っていく。そして、一方の端の光の中から刃物が見えてきた。そのまま、さぁっと光は去っていき、その後には、片刃のナイフを細長くしたような形で、切る部分に白い靄があり、よく目を凝らして見るとその刃には何度も鉄を折り重ねた痕跡のある、とっても見たことがあるような……ってこれ日本刀なのでは⁉︎。
そう思った時、シュルシュルと光が鞘と柄も形作り、あっという間に漫画やアニメで見るような日本刀が目の前に現れた。
「アオバ、手に取ってみろ。」
クレさんに言われるままに両手で鞘を持つと、ゆらゆらと漂っていた日本刀はずっしりと重さを増した。
ふおぉ。武器が手の中にあるって不思議な感じだ。ちょっと怖い。もう、武器はおとぎ話の世界の中のものじゃないんだよな。
「どうだ?。俺は見たことがない武器なんだが…使えそうか?。」
あ、日本刀って元の世界にしかないよね、普通。似たようなものはあるだろうけどね。
「僕が元いた世界にあったものとよく似ている、というかそのままだと思うので、使い方はわかります。」
すると、トゥーラン様が興味を持ったようで、
「へえ、アオバくんが元いた世界ではそれをなんて呼ぶの?。」
「日本刀です。」
確かそう、あってるはず。昔どハマりした漫画のクール系のキャラが使っていた。話の中で手入れが大変とかそのキャラがぼやいていた記憶があるんだけど、これも大変なんだろうか。
「ここら辺じゃあまり見たことがない武器なんだよね。ボクの記憶が曖昧だから。…あっ、今頭の中に浮かんだ。アオバくんの言った通り、日本刀という名前で呼ぼうか、…ちょっと手入れが大変だね。」
そして、僕が持っている日本刀に目を止めると、
「ちょっと貸してくれるかな?。」
「あ、はいどうぞ。」
そうして、トゥーラン様は、日本刀をうっとりとした顔で光の角度を変えながら眺めて、
「綺麗だね。ボクは武器の神だけれど、特に好きなのは刃物なんだ。珍しいものを見せてもらったお礼にボクの加護を入れてあげよう。」
そういうと、そこにある棚から陰陽師とかが使うような人型の紙を取り出して、ふぅっと息を吹き込むと日本刀に張り付けた。すると、どんどんその紙がぼやけてきて完全に日本刀と同化した。なんだこれ…すげぇな。
「はいっ。これで手入れしなくても綺麗な状態が続くよ。」
そう言って、返してくれた。どうしよう、付け方がわからない。あのキャラは、確かベルトに引っ掛けてたんだよな。ちょっとベルトを緩めて、差し込む。おー、それっぽくなった。僕は右利きだから、左に刺すんだよね。
「よし、こんなもんかな。」
すると、この様子を見ていたクレさんは、
「ベルトもその武器のためにあつらえたほうが良さそうだな。明日、見に行くか。」
と言った。たしかに、ベルトにくくりつけられるともっと安定感が出そうだ。
「はい。でも、どこで買うんですか?。」
「フェアリア商団の中で買っても良いし、…せっかくだからデュレフスルの街も見に行くか。」
そういえば、街の様子を全然見たことがなかったな。
楽しみだなぁ。
その後、僕とクレさんは、割り当てられた部屋に荷物を置いて、フェアリア商団の中で話しながら1日を過ごした。