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運命代行魔法少女は終の雨を創生する。  作者: 翡翠しおん
運命代行魔法少女は、清廉潔白ではいられない。
8/25

すれ違いエモーション

 この物語の主人公たるヘンゼルの家族構成は父と継母、兄一人。

 お父さんの職種はきこり、実母は病気で他界して、今は継母。

 継母は子供嫌いだけど、お父さんと一緒にきこりの仕事をサポートしてるんだから、物語の構成としては意外と優しい継母だと思うわね。


 実情は別だけど。


「ヘンゼルちゃんヘンゼルちゃん」


「あ、継母さん」


 お風呂から上がった私に声をかけてくれた継母さんも、もれなくやせ過ぎ。

 この一家は兄たるグレーテル以外は超やせ型だ。私が太って見えるとイースがけらけら笑っていた。

 それはそれですごくムカついたんだけどね。


 土汚れが落ち切っていないエプロンを揺らして、継母さんは私にそっと歩み寄る。

 その手には、大事そうに二個の木苺が載せていた。


「珍しいものを見つけたの。お父さんとグレーテルには内緒よ?」


 にっこり笑って、私に差し出す継母さん。

 そう。この人は、実はとっても優しい人だ。

 何か、胸がギュッとなる。隠れてクッキー食べてて、ごめんね継母さん。


「だいじょーぶですよー。ウィン、隠れてクッキー食べてますからー」


「ちょっ!」


 唐突に私の背後に現れたイースが余計な告げ口。

 継母さんは目を丸くして、ぽかんとしていた。

 ああもう、人の親切心を踏みにじるとは、ほんとに天使とは思えない奴ね!


「あの、ごめんなさい……」


 頭を下げた私に、継母さんは、何だか逆にほっとしたような表情を浮かべる。


「そう。なら良かったわ……。ヘンゼルの代わりに頑張ってくれてるのに、ろくなものが出せなくて申し訳ないと思ってたの」


「しょーがないですよ。そう言う物語なんだもの。継母さんこそ大変じゃないですか?」


 オフモードの時間帯は、私はこうして物語の人たちと実情を探るのが好きだったりする。

 物語を演じるのが役割の人たちだけど、思いはそれぞれだからね。

 人魚姫も、なかなかの黒い情念を持ってたわけだし、結構面白い。


 継母さんは私の問いかけに、静かに首を振って、寂しそうな笑みで口を開いた。


「いいえ。いいのよ。私は、子どもが産めないから……今ではヘンゼルやグレーテルが可愛くて仕方ないわ」


「今では、ってことは昔は違ったの?」


 ずけずけと聞きにくいことを、楽しげな笑みと共に投げるイース。

 イースってつくづくデリカシーとか、モラルという言葉を知らないわね……。

 そんな失礼千万なイースの発言に、心優しい継母さんは苦笑する。


「持たざる者の、妬みね。でも、今ではとっても愛おしいわ。こんな私でも、偽りでも母になれたの。幸せな事よ」


「継母さん……」


「ふふ。でも、ヘンゼルとグレーテルには嫌われているの。仕方ないわよね」


 返す言葉もないな。

 子ども側からしたら、父親をそそのかして自分たちを捨てた最悪の継母だろうし。

 物語って、ほんとに……厄介だ。

 でも、継母さんの言葉は、何だかすごく胸に響く。私という存在も似たようなものだからね。


「いつか、きっと分かってくれますよ。それと、その木苺は、継母さんが食べてください。で、もしまた見つけたら今度は二人にあげてくださいね」


 慰めにも励ましにもならないだろう言葉を紡いだ私に、継母さんは嬉しそうに頷いた。


「ありがとう、ヘンゼルちゃん」


 名前を名乗ってない私を継母さんはヘンゼルちゃんって呼ぶんだよね。

 何かくすぐったいし、聞くばっかりで失礼だろうからここは名乗っておこうかな。


「ウィンディです。もうしばらく、お世話になります」


「いいのよ。お話しできて楽しかったわ。ふふ、これは内緒で私が食べちゃうわね」


 いたずらをしたみたいにウィンクをして背を向けた継母さんを見送り、それから私は背後にいたイースをぎろりと睨む。


「イース。あんた少しは失礼発言するのやめなさいよね」


「なによーぅ。ウィンだって知りたいくせにー」


「聞き方ってもんがあるでしょ!」


 ほんと、イースってよくこれで天使が務まるわよね。案外悪魔だったりして。


◇◇◇


「おいヘンゼル―。石拾って来いよー」


「はぁ?」


 眉間に思いっきり皺を刻んで、振り返る。

 ノックも名乗りもなしでいきなり部屋に踏み入ったグレーテル。

 柊が私以上の険しい表情で睨み付け、イースは欠伸。


「たまにはお前行けよ」


 とてもふてぶてしいこの兄貴様は、いつもこんな調子なのかしらね。

 くるくるとした天然パーマに、麻のシャツと、大きなポケットのついた膝丈ズボン。

 小馬鹿にしたような笑みは、この後襲い来る災難を乗り切る悪知恵を如実に反映している気がする。


「残念だが、それは物語の構成上『グレーテル』が集めることになっている。ヘンゼルの役割ではない」


「チッ、うっせぇな。ヘンゼルっても、代理だろ。偽物じゃねーか」


 柊の淡々とした反論に対し、高圧兄貴様は忌々しげに吐き捨てた。

 どんだけ態度悪いのこいつ。


「違うなー。ウィンは代理だけど、あくまで本物そのものだよ。ニアリーイコールな関係じゃないの。イコールなんだなこれが」


「は?」


「ま、キミが自己存在を抹消するってことに同意するなら、やってあげてもいいんだけどねー」


 イースの不敵な笑みに、ぐっと言葉を詰まらせたグレーテル。

 口が悪いのはこういう時に強いわね。あと、私を睨むのは割と筋違いだと思う。

 軽く肩をすくめた私に舌打ちを残して、グレーテルは出て行った。


「あんな兄貴持つのも大変ね」


「よかったね、ウィン! ウィンのお姉さんとお兄さんはあんなんじゃなくて!」


 満面の笑顔を向けたイース。

 柊は何だか気恥ずかしそうに目を背けた。


 そうね。確かに、あの兄貴様よりは幾分ましかもしれないけど。

 毒舌で相手を発狂させかねない天使の姉と、美少女張りの外見をした女装死神の兄は自慢できるもんじゃない。

 乾いた笑いで応じて、私はベッドに転がった。

 窓から覗く白い月。

 その光が、道しるべを照らすんだ。


「明日からかぁ……気合い入れないとね」


「ウィンディ」


 どこか緊張した声音で、柊が呼びかけた。

 寝転がったまま視線だけ向けると、真紅の瞳を細めた柊が私を見つめている。


「無理はするな」


「だいじょーぶ。……でも、もしもの時は助けてよね」


「ああ」

「もちだよ!」


 ここから物語は急転直下だ。

 しかも結構命がけ。魔女がホントに悪い奴だったら、下手すれば私が命を奪われてしまうから。


 再び、白い月に目を向ける。

 月の下で繰り広げられてる惨禍を、一体どんな気持ちで見つめてるんだろう。

 それとも案外、月がそう仕向けてたりしてね。


 満月には魔力が宿る。それは人を狂わせてしまうのかも。

 白い光は、決して清廉潔白ではないんだ。


◇◇◇


 翌朝。

 私とグレーテルはいつも通り、お父さんと継母さんにくっついて、森へと出かけていた。

 ちゃんと物語どおりに、グレーテルが白い石を落としながら。

 柊とイースは上空を滑空しながら、それを見守っている。何だか気持ちよさそうで羨ましい光景だと思ったのは内緒だ。


 やがて開けたところに辿り着く。

 森に入って約一時間。くねくね曲がって歩いた道は、家の方向を狂わせるには十分だ。

 ……お父さんたちは目印なしで帰るんだから、やっぱり森に詳しい。流石だなぁ。


「これは、お昼御飯だよ。二人で仲良く食べるんだ」


 お父さんがグレーテルに布でくるまれたパンを渡す。

 ちらりと継母さんを見やると、とても寂しそうな顔をしていた。


なんか、昨日の話を聞いた後だから……凄く胸が痛いな。


「それじゃ行ってくるからね。迎えにくるから、いい子で待っているんだよ」


 お父さんがそっと私とグレーテルの頭を撫でる。

 継母さんはそんな光景をそっと見守っていた。斧を手に遠ざかる二人を見送っていると、背後からグレーテルの舌打ち。

 なんていうか、凄くムカつくわね、こいつ。


 一瞬だけ振り返った継母さんに、私は大きく手を振り、笑顔を送った。

 薄く笑みを返して、それきり振り返らなかった継母さんの気持ちは、想像できる。


「……さよなら、継母さん」


 とっても素敵な、継母さんだった。いつか、ヘンゼルとグレーテルの二人から好かれますように。

 そんな事を願ってしまうくらいには。


 もっとも。


 両親が去ってから振り返った視線の先に居たグレーテルは、実に退屈そうに切り株に腰掛けて空を仰いでいた。

 継母さんにはあれだけど、こいつに好かれるのはあまりお勧めできないわね。

 不意に、ぴりりりっ、と甲高い機械音が響いた。


 舞い降りてきた柊の胸ポケットで鳴っているのは、依頼者との交信用端末。

 無言で取り出した柊が、私に差し出した。


「はいはい?」


『なーにその態度ぉ。ご挨拶ねぇ』


 きゃはは、と甲高い笑い声に、思わず眉をひそめてしまった。

 依頼主のヘンゼルだ。グレーテルも大概だけど……ヘンゼルもヘンゼルだったりする。


『そろそろあれでしょ、魔女の家に行くんでしょー? 忙しくなるだろうからさぁ、今のうちに様子見しとこうと思って』


「ちゃんとやってるわよ。あんたの態度の悪い兄貴も含めてね」


『ああ、グレーテル? ほんとよね、妹は大事にしなさいってのよ』


 けたけた笑うヘンゼル。てことは、いつもあの態度なのね、グレーテルは。

 深いため息を吐いて、空を見上げた。

 清々しい青。だけど迫りくるのはどす黒い終わり。何だか気が滅入るわ……。


「で、今アンタなにしてるの?」


『ん? 礼拝終わったところ。いやー、すっきりしたわぁ。あとはエステ行く予定よぉ』


 羽根伸ばしてるわね。羨ましいわ。

 って、あれ?


「礼拝?」


『そーよ。懺悔懺悔。毎度魔女さん焼き殺してるとさ、気分悪いわけ。別にそれで罪が拭えるわけじゃないけどさ』


「……なるほど」


 気分的なもんよ、と付け加えたヘンゼルに何だか、納得してしまった。ヘンゼルも何かと考えてるんだな。

 やっぱり延々と繰り返す物語は大変だ……。

 となると浮き彫りになるのは、今度は枝で地面を掘り返しているグレーテル。


「大変ね」


『まーね。あ、でも、グレーテルも可哀想だからね。私はマシかも』


「そうなの?」


 意外な発言に私が目を丸くしていると、通話口の向こうで、ヘンゼルがくすくすと笑った。


『そーよ。グレーテルの役目ってさ、努力しても親に捨てられて、檻に閉じ込められて、食われるのを待つだけだから。自発的行動がぜーんぶ抑制されてるんだよね。私はアクティブに魔女を殺すけど』


「……憤りのやり場がない、ってこと?」


『そゆこと。……前は凄く良い奴だったんだけどねぇ。やっぱりさ、繰り返すのは精神衛生上よくないもんだよ』


 そう言えば、人魚姫の王子も言ってたな。

 常に新鮮な気持ちで臨むために、多少の変化はあるべきだって。

 だからタコの魔女も、私に代行を頼んだんだ。ヘンゼルも同じ。


『そーゆーわけだからさ、後はよっろしくぅ~』


 気楽な声音で一方的に通話を切断したヘンゼル。

 まったく、気楽なもんだわ……。

 ヘンゼルの態度に呆れつつ端末を柊につき返す。


「何て?」


「よろしくだってさ」


 怪訝そうに眉をひそめた柊から視線を外して、グレーテルを見やる。

 今度はイースと楽しそうに枝で剣術ごっこに勤しんでいた。

 案外子どもっぽいところもあるんだ。


「でもなんか分かる気もする」


「何がだ?」


 端末をポケットに仕舞いつつ問いかけた柊に、私は苦笑しながら返した。


「……パパが寝込んでる時に、遊んでもらえないって私も騒いでたなーって思っただけ」


「ああ……」


「ヘンゼルもグレーテルも、甘えられる時間がないんだね。大変だ」


 そう零した私に、不意に柊がぽん、と頭に手を置いた。

 意味が分からず目を向けると、くしゃっと頭が撫でられる。


「ちょ、やめてよ。ぼさぼさになるでしょ」


「帰ったら、甘えろ」


「こっ……子ども扱いしないでよ?!」


 慌てて反論するも、何だか悟った風な笑みを返すだけの柊。

 そりゃ、私だって人生半分はこういう代行ばっかりしてるけど。

 ……もう、子どもじゃないんだから。

 泣いてばかりの日々は、とっくに終わったんだ。


 それも、繰り返すが故の慣れであって、自己防衛で。

 案外、私もヘンゼルやグレーテルと一緒かもしれない。


 見上げた空はまだ青い。

 だけど、夜が来れば物語は動き出す。一方通行の絶望の道に。


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