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運命代行魔法少女は終の雨を創生する。  作者: 翡翠しおん
運命代行魔法少女は、想定外の存在で。
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エンドレス・バブル

 甲板を照らすのは、月の光だけだった。

 薄暗闇の世界の中に、彼らはいた。


 人魚姫と、そして私が今日の昼間見かけた、謎の人物。

 私より先に甲板に上がった柊は隙を見せない構えで、鎌を握っている。

 そのすぐ脇に立って、私は一度深呼吸。


「……何者、貴方」


 宵を切り裂く私の……正しくは人魚姫の声。

 人魚姫から短剣を受け取っていたその人物が、私をゆっくりと見やる。


 柔らかい顔立ちをした、少年だった。

 白に近い淡い服に身を包み、風に揺れるスカーフが、月の光のように優しく煌めく。


 じっと私を見据える双眸に、敵意は微塵も潜んではいなかった。

 だけど、手にした短剣を握る仕草に迷いはない。


「……君こそ、何者だい? この物語に介入できるとは、不思議な子だね」


 外見に違わぬ、優しい声音が風に乗って私たちの元へ届く。

 何だかいつまででも聞いて居たくなるような、安心をもたらしてしまう声。


 私、似た声をどこかで、聞いたこと……ある?


「ウィンディ。気を抜くな。相手は武器を持ってるんだぞ」


 鋭く咎めた柊は、私の様子を汲み取ったのだろう。

 慌てて私は口を引き結んで、目一杯の気迫を込めて相手を睨む。


「私は、運命を代行する役割を神様から与えられた魔法少女よ」


「運命……魔法少女」


 目を丸くした少年。

 ……自分で言って恥ずかしいのは、ある。

 魔法少女とか、痛いでしょ。あまりにも。


 でも、少年はふわりと、目じりを下げる。

 笑った、の?


「そうか。君がそうなんだね」


「な、何よ……」


「じゃあ、今日はここで退くことにしよう。でもね、魔法少女」


 ちゃ、と短剣を顔の前に構え、にこりと少年は微笑んだ。

 きらりと黒い刀身が月の光に煌めく。


「僕と君が出会うことは、最悪の答えなんだ。次がないことを、願っているよ」


「ふざけるな」


 ぴしゃりと切り捨てた柊。

 少年は笑みを収めて、悲しげに柊を見やる。

 つられて私も視線を向けると、柊は鋭く少年を睨んでいた。


「……お前に次を与えるつもりはない!」


 叫び、柊は少年へ躍り掛かる。

 ぎゅんっ、と空気を切り裂く音が私の耳にも聞こえるほどに大きく唸った。

 少年は柊の刃をするりと難なくかわしている。


 柊は、あいつが危険な存在だって感じたんだ。

 なら私も、柊に加勢しない道理がない。


 ひゅっと金属板のようなブックマーカー『アンタレス』を手首のスナップを使ってスロー。

 武器には見えない綺麗な装飾入りだけど、切れ味は包丁以上だ。

 見る間に少年へ迫るアンタレス。


――カンッ!


 軽い音を立てて、アンタレスはあらぬ方向へ飛び去った。

 淡いグリーンの光が、少年と私の間に広がっている。

 今の、防御魔法?


「アンタ、邪魔だけならまだ許してやったんやけど。今のは、アカンなぁ」


 さっきの声。光が消えて、逆光の中浮かぶ小さなシルエットは、漆黒の……妖精?

 私はキッとシルエットを睨み付けて、強い口調で反論する。


「ふざけないで。あんたたちの方がおかしいわ。物語に介入できるなんて。ましてや、王子を殺させようとするなんて有り得ない」


「それは、アンタらの立場や。ウチにはウチの立場がある。邪魔するいうなら……」


「戻ろう、シャドウ」


 ふわりと、少年が妖精をそっと抱き寄せる。

 肩に座らせられた漆黒の妖精は、沈黙した。


 少年は私に再び笑みを向ける。

 それはあまりにも場違いな笑みで、張り詰めていた空気さえ溶かすようだった。


「貴方たち、一体……」


「さようなら、魔法少女」


 問いに応えることなく、少年はひゅっと手にしていた短剣を投擲する。

 私が迎撃するより早く、柊の鎌が短剣を叩き落した。


 甲板に突き刺さる短剣。


「……逃げたか」


 柊が苦々しく吐き捨て、私も顔を上げる。

 そこにはもう、少年も妖精もいなかった。


 茫然自失で座り込む、人魚姫がいるだけ。

 柊は鎌を空気に溶かすように消すと、私に歩み寄って問いかけた。


「怪我はないな?」


「うん。……でも……」


「……気にするな。もう会うことはないだろう」


 くしゃりと頭を撫でられる。

 正直背丈はあんまり変わらないから、複雑だ。


 会うことはない、のかな。

 そんな事ない気がするのは、私だけかもしれない。

 柊に言ったら、また心配するだろうから言わないけど。


「行くぞ。物語のフィナーレだ」


「……そだね」


 時間は、もう僅かだ。


◇◇◇


「そうですか。私、そんな事を……」


 事情を話して聞かせた人魚姫は初めて演技以外の発言を零した。

 船の欄干に腰掛けながら、歌うように人魚姫は語る。


「振り向いてくれない王子に、嫌気がさしてたのは、確かかもしれません。ふふ。情けない話です」


「まぁ、王子を責めることもできないのが悲しいところね」


 最後に会話位したかったから、声は返してあげた。

 これくらいいいよね。もうエンドロールなんだからさ。

 肩をすくめた私に、人魚姫は鈴を鳴らしたような声で笑う。


「そうですね。……でも、もしもこの物語の永遠が終わる時が来るとしたら」


 すっくと欄干の上へ立ち上がって、人魚姫は微笑んだ。

 ひゅう、と潮風が人魚姫の髪を舞い上がらせる。


「……最後くらい王子の心臓を貫いても、良いですよね」


 花が綻ぶ様に笑いながら、人魚姫の体は宙に舞う。

 海面に吸い込まれるように落下しながら、シャボン玉のような泡となって消えていく人魚姫。


 最後は、泡になるだけの悲しい物語。

 でも、人魚姫は愛する王子を守るために命を捧げるんだ。

 重たい愛ね、まったく。


「殺したい願望があったとは、驚きだけどね」


 物語も、楽じゃないってことね。


 ミッションコンプリート。

 さぁ、私は私の人生の続きに、帰ろう。


◇◇◇


 鳥のさえずる声に、意識が浮かび上がる。

 少し開いていた扉の隙間から、パンの焼けるいい香りが滑り込んできた。


「ウィンディ、朝ご飯冷めるよー」


 ママの声が聞こえて、私は重い体を起こす。

 あくびを一つして、カーテンを開けると、眩しい太陽の光が私の体に降り注ぐ。

 活力が染み渡るみたいに、私の体が目を覚ます。


「さて、今日も自分の人生を頑張るか!」


 運命を代行する魔法少女だけど、私の人生は私のためにあるんだもんね。

 後悔のないように、一つでも多くの思い出を作るために、私は今日も一日を精一杯生きよう。


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