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運命代行魔法少女は終の雨を創生する。  作者: 翡翠しおん
運命代行魔法少女は、終の雨を創生する。
24/25

desire

 柊とイースに続き、向かった先はさっきリリバスさんが向かっていったラボだった。

 新しい魔法の術式を開発していたり、ミサイルとか飛行機に魔法を組み込んだ技術を研究している場所……だったはず。

 何だか薄気味悪い静寂と、強烈な清潔感は研究所としては正しい在り方なんだろうけど、ちょっと怖い。

 ガラスの向こうに見える研究職員も真っ白な白衣、ゴム手袋にマスクと髪の毛一つ落とさないようにキャップまで被ってるし、独特の空気だ。


「こんな所に、四方平坂来てるの?」


「というか、案内してあげたんだよね。途方に暮れてたから」


 言わずもがな、シャドウのために頑張ってるんだろう。どっちかって言えば、四方平坂はシャドウに世話されていた方だし、こういう時は凄く心細いんじゃないかな。それでも一人で何とかするって言ったのは……男の子としてのプライドなのかもね。


「って、あらら」


 イースの苦笑交じりの声に、私は軽く体を傾けて覗き込む。

 休憩スペースなのか、開けた場所。フロアにいくつも並ぶ長椅子に腰を下ろした、四方平坂の姿があった。


「どうしたの、こんな所に座り込んでる暇ないでしょ? よもよも」


 呼びかけたイースに、四方平坂はゆっくりと顔を上げる。

 私を視界にとらえると、その顔に笑みを広げた。


「やあウィンディ。またいつもとは違う恰好をしているね。似合っているよ」


「ありがとう。……大丈夫……そうじゃないわね、四方平坂」


「僕はなんてことないよ。……辛いのはシャドウだけさ」


 大事そうに腕の中に抱えたシャドウに視線を落とし、四方平坂は言う。

 シャドウは沈黙していたけど、特段痛がったりはしてないみたいだった。ただ、何となく「薄くなって」いる気はする。

 存在感というか、下手をすればその姿そのものが。

 小さな緑の瞳。視線がぶつかると、その眉間に深い溝を刻んでぷいっと顔を反らせた。


「何の用? アンタの顔なんて見たくないんやけど」


「お生憎様、それは案外お互い様ね」


「はぁ?!」


 不機嫌に睨み付けたシャドウに、私は笑みをこぼす。


「元気そうじゃない」


「……ふん。別に、消滅に痛みなんてないわ」


「やっぱり消えちゃう、の?」


 シャドウは口を噤む。しばし私の瞳をじっと睨みつけ、数秒後にそっと外した。


「仕方ないやろ。……それが信仰なんやから」


「……それは、そうかもしれないけど」


「それとも何か? アンタが私の代わりに消えてくれる言うんか?」


 ふっと笑みを浮かべたシャドウに、私は返せなかった。

 酷い女だと自分でも思う。私は夢と希望を紡ぐ魔法少女だけど、自分の命はやっぱり大事なんだ。

 ただの偽善者でしかないんだ。


「ごめん。それは、出来ないわ」


「は、当たり前や。そもそも、アンタの運命なんてこっちから願い下げや」


 相変わらずね。でもその強気な態度は、案外四方平坂の為に繕ってるものかもしれない。


「……その様子じゃ、何も方法が見つからなかったんだな」


 切り込んだ柊に、四方平坂はうっすらとした笑みを返し、小さく頷いた。


「残念だけど、概念自体が、ここは少し違ったみたいだ」


「そうか」


 淡々と事実だけを確認した柊。柊に気遣いとか期待するのはアレかもしれないけど、結構残酷だなって思う。

 四方平坂は、見るからに憔悴していた。いつもの緩い空気なんてどこにも感じられない。

 いよいよ事態が切迫してるってことだ。

 だけど、私にも手助けできることなんて浮かばない。

 一つだけ、あるとしたら。


「シャドウは、四方平坂の存在を確固たるものにしてあげたくて、今までそれこそ色々と私の邪魔してくれてたのよね?」


「どっちが邪魔やったと思ってるん? まぁ、ええんやけど……違うとは、言わんよ。誰か一人を消せば、その分の運命を引き継げる。それを実行しようとしてただけや」


「そんな事、出来るの?」


 柊に素朴な疑問をぶつける。魂の管理者たる死神。その死神である柊なら、きっとその答えは知ってるはずだった。

 腕を組んで表情らしい表情を浮かべないまま、柊は口を開く。


「不可能とは言わない。『そのタイミングで終わるはずではなかった』運命を代わりに引き継ぐならば、特にな」


「特に今のよもよもは『いないに等しい』んだし、なり替わる事自体は難しくないと思うよ。その運命を引き継いだ後の問題は、あるとしてもね」


 そう言うものなんだ。良くわからないけど、シャドウの実行してたことは実現可能性だけはあったのか。

 無茶苦茶だったわけじゃないんだね。


「……ひとつ、確認したくて会いに来たの。四方平坂」


「何だい、ウィンディ」


「貴方は……私の事……気付いてたの? 本当は私と貴方が居るべき場所が反対だって、知ってたの?」


 前に、四方平坂は言った。

 私と四方平坂が出会う事は最悪の答えだって。それはつまり、知ってたんじゃないかって。

 四方平坂はゆっくりと瞬きを一つして、首を振った。


「いいや。そこまでは知らなかったな。僕が知っていたのは、運命がないのに存在していたってこと。その子が、誰かの運命を代行して、自分の運命へと昇華してるって事。……そうか、ウィンディ。君は」


 ふわりと、いつものように四方平坂は柔らかく笑った。

 それはどこかいつも懐かしいなって感じてた。その意味が、今なら良くわかる。


「君は、僕と並行した運命の兄弟だったんだね」


 その笑顔は、ママによく似てたんだ。

 並行した運命でも、同じ因子の元に生まれるはずの私たちは、時と場所を、間違えてしまったんだ。


「……四方平坂」


 重い沈黙を破ったシャドウに、四方平坂が視線を落とす。

 シャドウは薄く笑みを浮かべていた。


「外、出よか。ここは、終わりには少し辛気臭すぎやから」


◇◇◇


 どんよりとした、空だった。重い鼠色の雲が青い空を覆い隠して、今にも雨粒を落としてきそうなくらいだ。

 ラボ内とあまり明るさは変わらない。

 風が吹き抜ける。湿った、少し肌寒い風。


「不思議だ。シャドウと出会った時もこんな空の色だった気がするよ」


「あの日は、土砂降りやった。それと比べたら、今日はまだマシやね」


 淡々と、終わりに向けて心を固めている二人だった。分かっていたからかもしれない。

 悲しいのは、私だけなのかなって思ってしまう。シャドウとは何かとぶつかってばっかりだけど、それはお互い守りたいものがあったからで、嫌いだったからじゃない。むしろ、同じで、仲良くなれたかもしれないんだよね。


「……魔法少女」


「えっ?」


 不意の呼びかけに、私は正直びっくりする。

 ひらりと舞い上がった小さな黒い闇の精霊は、私の眼前に。腰に手を当て何故か若干偉そうな空気で。


「四方平坂の事は、アンタに任せる。……四方平坂を苦しめたら、絶対許さんからね。そこんとこ、よーーーっく覚えとき」


「……シャドウ」


「返事は」


 ずいっと指を突きつけ、鋭く問いかけたシャドウ。その瞳は真剣だ。


「分かった。……四方平坂は、私がちゃんと運命を繋ぐよ」


 こくっとシャドウは頷くと、再び四方平坂の元へと舞う。ひらりと肩に舞い降りたシャドウに、四方平坂が手を伸ばす。

 四方平坂の手に全身を預けたシャドウは、きっといろんな思いを堪えてる。

 泣かないようにって。強がりなシャドウらしい。


「……今までありがとう、シャドウ。僕もいつか、君に会える日が来るかな」


「そんなん、ずーっと遠くや。……もう巡り合えんよ、きっと」


「それは、寂しいな」


「……さよならは、言わんよ四方平坂」


「うん。……また会おう、シャドウ」


 ひらりと、シャドウは再び舞い上がる。私たちを一度見やって、それから四方平坂に視線を戻す。

 何か言いかけたみたいだった。でも、シャドウは告げずに空へ空へと、昇っていく。

 思わず呼び止めようとした私を、柊が手で制する。吃驚して言葉を飲み込んだ私に、柊は視線で空を促した。

その間にも遠くなる黒い光。鼠色に霞んでいくその光。

 シャドウは最期の瞬間を、ここで選ばなかった。その真相を、きっと知ることはない。

 この選択は強さなのか、弱さなのか。どっちなんだろう。私には、理解できない。四方平坂を見やれば、じっと空を見上げていた。

 その頬に、ぱたりと雨粒が落ちる。


 もしかしたら、空でシャドウが泣いたのかもしれない。


◇◇◇


 肩の雨粒を手で払いながら、軽く息を吐き出す。

 本降りになった雨。柊は雨に濡れる事なんてないし、イースは一人だけ天使特有の耐水魔法だか何だかで乾いている。

 濡れたのは私と、四方平坂だけだった。

 というか四方平坂も濡れるのかとちょっとだけ驚いたのは内緒だ。柊みたいに、物理的な現象とは無縁なんじゃないかって、思ったのもあるから。

 ちらっと視線を向ければ、目を伏せたまま、動かない四方平坂。

 顔色は暗くないけど、やっぱりどこかぼんやりしてた。


「……はい、四方平坂」


 すっとハンカチを差し出し、私は声をかける。ゆっくりと顔を上げた四方平坂に、私は微笑んだ。


「濡れてる。風邪ひくわよ」


「……ひくかな」


「きっとね」


 四方平坂は薄く笑みを浮かべて、頷いた。ちょっとだけ、嬉しそうに。

 柊とイースが何というか『普通じゃない』から、割合普通な私と同じ状態にあるのが安心するのかもしれない。

 シャドウが居ない今では、私がちゃんと四方平坂を救ってあげなきゃ。ううん。四方平坂の為じゃない。私の為にも。

 私のピンクのハンカチで雨粒を拭き取る様子は、何だかすごく覚束ない。いつもシャドウにやってもらってたのかな。ちょっと可愛いや。


「柊、確認したいことがあるの」


「なんだ?」


「私が下す決断次第では、四方平坂は救えるのよね?」


 柊が眉を顰める。質問の意図が、分からないって意味だ。

 私だって、決めたわけじゃない。だけど、四方平坂を見捨てなくていい選択肢は、知っておきたいんだ。

 じっと見つめ返す私に、柊は鈍く頷いた。


「本来の道を選べは、今のお前の道は空くだろう。そこに収まることは出来る。もっとも、存在そのものが挿げ変わるんだ。お前の事はなかった事になる」


「……うん」


「でも、お前の存在軸はもともとはこちらだ。だから、こちらで生まれ落ちることになるだろう。もちろん、魔法少女の規定に縛られる必要もない。お前自身の運命が、用意されているのだから」


「私が、あっちを選んだら?」


「それを選ぶのであれば、四方平坂という存在をお前がその手で消せ。それで歪みが解消される」


 断言されては食い下がることも出来ない。……四方平坂は聞いてるのか聞いてないのか、ぼーっとしてるけど。

 私が四方平坂を救ってあげようとすれば、私の運命を明け渡すのが一番確実なんだろう。

『私』が消えて、本来居るべき四方平坂がそこに落ち着く。

 そして私は本来あるべき場所に戻るだけ。ここへ、帰り着くだけ。


「……私は」


 すっと脳裏を過ぎったパパとママ。四方平坂に渡せば、忘れてしまうんだ。私の事は。

 それは凄く寂しい。苦しい。つらい。


「リリーは、ウィンを待ってるよ。知ってるもん。ウィンの事は全部。だって、歪んでしまったのは元をただせばリリーのせいだしね」


「え?」


 イースの発言に私は目を見張る。パパのせいって、どういう事?


「琴が死んでしまったのも、ママさんがママさんになったのも、リリーが狂わせてしまったが故のことで、だからウィンは、とっても奇跡な存在なんだよ」


「どういう事……柊が……え?」


 動揺する私は柊を恐る恐る見やる。柊は「余計なことを」って感じでイースを睨んだ。

 嘘じゃないって事……なの?


「俺は良いんだよ。……俺が生きてたって、ろくな運命は続いてない。ウィンディの母君にその運命を譲ったのは……間違ってなんかないって今でも思ってるからな。今はあの人が幸せに暮らしてくれてるのを見届けられれば、それでいい」


「そうなの? 柊……ママの代わりに、死んじゃったの?」


 だから未練があったんだ。だから私のところにずっといたんだ。

 それは私の為じゃなくて……ずっと、本当はママを見守ってたんだ。知らなかった。

 何か凄く納得できる話で、そしてとても、嬉しくもなる。

私は柊の妹みたいなもんだったんだね。


「いずれにせよ、そろそろ歪みも限界だ。決断の先延ばしは無理だ」


「分かってる、けど」


 だけど、シャドウが居なくなって、きっと今の四方平坂はすごく傷ついてる。

 そんな四方平坂を消すとか、そういうのは私には出来ない。明け渡すのも、凄く怖い。それってつまり、死ぬってことだよね。

 ぎゅっと手を握りしめて、俯く。

 考えることを放棄したくなる。


「……今すぐ決めろってわけじゃないよ、ウィン。でも、ここからもう『何も動かさないで戻る』って選択肢だけはないってこと」


「分かってる」


「よもよもは私が見てるから。ウィンは、仕事に戻った戻った! 話の続きは後でしよ!」


「……ん」


 ことさら明るく告げたイース。気遣いだ。気分は落ち込むだけだもんね。

 ちゃんと受け止めて出さなきゃ、後悔する選択には違いないんだから。柊を視線で促す。

 無言で頷いた柊に笑みを返し、四方平坂を再度見やる。

 どこか生気が抜けている。でも、選択は私だけの物じゃない。だから、四方平坂ともちゃんと話したい。


「行ってくるね。四方平坂、あとでちゃんと話して決めようね」


 くるりと背中を向ける。混乱でぐるぐるしてる思考を、少しでも冷やさなきゃ駄目だ。


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