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運命代行魔法少女は終の雨を創生する。  作者: 翡翠しおん
運命代行魔法少女は、終の雨を創生する。
22/25

【本当】と【嘘】の狭間

――といっても、厳密にはまだ存在してないから、代行するのは別の人なんだけどね。


 そう付け加えた神様に、私はただ頷き、柊は呆れて、イースはネイルチェックをしていた。

 四方平坂はただじっと腕に抱いたシャドウを見下ろして、沈黙。何を考えてるのか分からない。

 いや、何も考えてなかったのかもしれない。

 四方平坂はまっさらだ。私が思う以上に。そして多分、本人が思っている以上に。善悪の基準さえ、ついていないかもしれない。

 誰かが導いてあげるべきだったのかもしれないけれど。

 そんな存在は、四方平坂にはきっとシャドウしかいなかった。

 神様があれこれイフルさんと準備をしている間、私は四方平坂に小声で問いかける。


「これから、どうするの?」


「そうだね……僕なりに、シャドウを助ける方法を考えるよ」


 いやそれは分かってるんだよね。ただ方法というか、行く先というか。

 どうも私は、四方平坂を放っておけない。


「私の事は、もうええんよ」


 不意に零したシャドウ。声音ははっきりとしていた。つんけんした態度もそのままだ。

 だけど存在は揺らぎ始めている。消失へのベクトルは、止まらない。砂時計の砂の様に、零れ落ちるだけ。


「良くないわよ。簡単に諦めるのを黙って見てろってわけ?」


「あんた、いっつも思うけど余程馬鹿かお気楽やな」


「なぁっ!」


「さ、四方平坂。ここに用はもうないやろ。行こか」


「うん。そうだね」


 あっさりと頷いて、四方平坂は席を立つ。イース、柊、そして最後に私に視線をスライドさせて、四方平坂は微笑んだ。


「じゃあね、ウィンディ。また、どこかで会おう」


「ちょっ! 四方ひ……!」


 呼び止めるより早く、躊躇なく、四方平坂はひらりと手を振る余裕を見せて姿を消した。

 何なのよ! 人が心配してるのに!」

 ぎゅっと拳を強く握りしめて苛立ちを抑え込む私の肩に、そっとイースが手を置いた。

 ぎろりと視線を投げると、イースは優雅な笑みを返す。


「怒らない怒らない。また会えるよ。どんな形に辿り着こうともね」


「それは……可能性としてはそうかもしれないけど……」


 だけど、その時にシャドウが消えた後だったなんて、何か悔しいじゃない。

 言葉を濁した私の耳に、柊の小さなため息が聞こえた。


「……あの精霊の消失は、順当なものだ。それを歪めることは死神協会が許さない」


「冷たいね、柊」


「それが現実だ、ウィンディ」


 返す言葉もない。柊の言葉は正論だもんね。

 やっぱりどこか納得はいかないけど、ため息と引き換えに私は気持ちを切り替える。


「ふむ? 四方平坂は行ったのか」


「あれれ、イフイフ用件があった?」


「私は干渉するつもりは、あまりない。決めるのは自分自身だ」


 冷たいんだか優しいんだかイフルさんは、良くわかんないな。

 何回もここに来てたのに、会ったのは初めてだし。でも、全部知ってるんだ。神様と話すより、背筋が伸びる。


「さて、準備は整った。……ウィンディ」


「うん」


「気を付けて、行って来い。それから……お前も、悔いのない選択をな」


 ふ、とイフルさんの顔に薄く笑みが浮かんだ。

 どこか昔を懐かしんでるような感じ。前にも、こういうことはあったのかもしれない。

 神様の元に訪れてる人は、きっと私だけじゃないだろうから。見送るイフルさんは、一体いつもどんな気持ちなんだろう。

 きっと幸せを願ってくれてるイフルさんだから、私は笑顔を返す。


「行ってくるね! 神様、イフルさん」


 ひらりと手を振って、私は踏み出す。続くはずの、未来へと。


◇◇◇


 目を開いた先にあったのは、いつもと違う、淡い色の天井。

 ばっと体を起こして、視線を巡らせる。殺風景な部屋だった。生活感が薄いっていうか。

 足元の方にある半開きのクローゼットには、青い制服らしきものが見える。

 ブラインドの隙間から差し込む光は、床を筋状に照らしていた。


「……おはよう、運命の子」


「ひっ?!」


 すたん、とベッドの上に『落ちてきた』のは青いトレーナーに黒い短パンを穿いたオレンジ髪の女の子。パッと見た感じは私より二、三歳年下に見えるけど。思わず下に視線を落とす。女の子と自分の差に悲しくなる。


「胸の大小で歳をどうこう言うつもりはないから、ご心配なく」


「なな、何にも言ってないでしょ!?」


 慌てて自分を抱き締めるようにして反論した私に、少女は不思議そうに首を傾げた。

 案外本気で言ってたのか、この子。


「詳しくは何にも聞いてないけど、貴方がしばらく私になる、ってことでいいのね?」


 切り込んできた少女に、私はぎこちなく頷いた。

 正直、私だって詳しく聞いてないもん。

 そう、と見かけの割に大人ぶった口調と仕草で、彼女は頷いた。

 長いオレンジの髪を手で払って、少女はベッドに手をついてずいっと私に顔を寄せた。

 思わず仰け反った私を、青い瞳が至近距離で覗きこむ。


「へーぇ。見えないなんて初めてだわ。面白い人ね」


「見えない……?」


「そう。貴方の未来とかそういう背負ったものね。お名前は?」


「ウィンディ……ウィスプ」


「あらそう。私はサンディよ。……ウィスプ?」


 不思議そうに首を傾げながら、オレンジの少女はようやく身を引いた。

 ほっと胸を撫で下ろしているとサンディは子供らしくない不敵な笑みを浮かべた。


「な、なに?」


「いいえ、何でも。さて、じゃあ一応申し送りじゃないけど、簡単に私の状況について話しておこうかしら」


 ひらりとベッドから降りて、サンディはぺたぺたと素足でクローゼットへ向かう。

 取り出したのは、さっき見えた青い制服。

 青というよりは紺色かもしれない。肩のところに、銀色が煌めいた。


「ああ、一応私これでも少尉なんだ。見習いパイロットなの」


「パイロット? 随分若いのね」


「そう? ロヴィだって私と同じ十四の時には軍に居たわよ」


「軍人さんなんだ」


 なるほど、つまりその制服は軍服ってことか。てっきり学校の制服なのかと思ってた。

 何か、不安だ。規律とか体力とか大丈夫なのかな……。


「そう暗い顔しなくても、今はロヴィの副官みたいな役割だから。そんなに過酷なミッションはないわよ。単座機操縦許可も貰ってないしね」


「ロヴィ……ってまさか、おじさん?」


「あら、もしかして貴方、平行世界なのかしら」


 そう、かもしれない。だって、その名前は良く知ってる。

 パパの弟さんで、私のおじさんだ。凄くしっかりしてて、私の事も可愛がってくれる優しい人。

 立場が立場だけに、おじさんを前にすると緊張しちゃうんだけどね。でも気さくだから、凄く助かる。

 というか、待って。この子もどことなく見覚えがあると思ったら、もしかして。


「も、もしかして貴方、サチコさん?」


「は? 私の本名は、サンディミン・ウィスプよ?」


 今度こそ言葉が出てこなかった。ウィスプって。

 唖然とした私に、サンディは苦笑した。


「ふふ。不思議なものね。もしかしたら、私と貴方は関係性があるのかもしれないわね」


 本来私が存在すべき場所はこの世界で。だとしたら、サンディは私の親戚にあたるのかな。

 何だかすごく、緊張してきた。


「まぁ、追々自分で知るでしょう。で、大事な事だけ教えておくわね。そろそろ準備しなきゃいけない時間だから」


「あ、うん」


「さっきも言ったけど、大体はロヴィの指示に従う形になるわ。あとは仕事に関しては適当に。で、一番大事なのは、プライベートね。亀進行な新婚夫婦予備軍を、たまには背中おしてやって」


「え?」


「サンディちゃん、そろそろ起きてー」


 不意に滑り込んだ声に、私は硬直した。嘘。今の。

 そんな私にお構いなく、扉を一瞥したサンディは肩を竦めた。


「時間ね。ま、適当にしてもらって大丈夫よ。自分の身だけは、自分で守って頂戴ね。ほんと頼むわね。エコデ姉さんも、レイルも、つつかないとなんにも進展しないんだから」


 言葉がもう、出てこない。


◇◇◇


 柊のイースがない。着慣れない制服で、何か肩が硬い気がする。

 緊張と不安。顔もきっと、強張ってるんじゃないかな。

 鏡の前でネクタイの位置をチェックする。ちゃんと真ん中で、きっちりしまってる。うん。


――不意のノック音。


「ひぁっ!」


「サンディ? 珍しいな、寝坊?」


 若い男の子の声。私と同じくらいかな。もしかして、おじさ……


「入るよ?」


「ええええ!!!」


 止める暇もなく、扉が開かれた。目を見開いた私と目が合ったのは、同じような制服を着た、男の子。

 私よりも、ちょっとだけ年上かもしれない。ちょっと長めの髪が、吃驚した拍子に停止した影響か、ひらりと揺れた。


「なんだ、準備出来てるじゃないか。朝食、エコデが待ってる」


 ふわっと笑ったのは、間違いなく、ロヴィおじさんの若い頃って感じがした。

 おじさんは失礼か。ロヴィさん……ううん、呼び捨てにしなきゃ変だね。


「い、今行くっ」


「うん。ああ、そうそう。今日はミッション飛行あるから、あんまり食べ過ぎて苦しくならないようにね」


 ひらっと手を振って部屋から出て行ったロヴィ。そこに優雅さはないけど、凄く爽やかだ。

 紺色の制服も良く似合ってるし、凄く女の人に人気ありそう。そう言えば、おじさんの奥さんもすごい美人だったなぁ。


「っと」


 またぼやっとしてたら、駄目だ。行かなきゃ。

 机の上にきちんと用意してあった鞄を掴んで私は部屋から踏み出した。

 短い廊下を抜けると、太陽の光が差し込むリビング。そこに居たのは。


「おはよう、サンディちゃん」


「おーっす、珍しいなぁサンディが寝坊とは」


「お前と一緒にするな、馬鹿が」


 若い頃のママと、パパが……二人いた。へらっと私のよく知ってるパパと同じような緩み切った空気を垂れ流すパパと、眼鏡を掛けて、何だか棘のあるオーラを放ってるパパ。

 思わず足を止めちゃうほどに、吃驚した。


「大丈夫か? 何かさっきから様子が変だけど」


 上着を脱いで椅子の背もたれに掛けながら、ロヴィが私に声をかける。

 ハッと我に返ると、私は空いていたロヴィの隣にそそくさと腰を下ろした。うわーうわー、何か不思議過ぎて、息が出来ない。

 談笑するパパたちのいる景色は、何だかすごく眩しい。


――私が本当にいる場所って、ここだったんだ。


 ウィンディ・ウィスプ。それが私の名前。

 ずっと不思議だった。だって、私はパパとママの名字と違うんだもの。

 ふたりの名字はラプェレ。それが普通だったから、気付かなかった。

 きっと、二人は……ううん、少なくともきっとパパは、知ってたんだ。私の運命があそこにはなかったってこと。


 ちらっとママを見やる。ママっていうほどの年じゃない。凄く可愛くて笑顔の綺麗な、お姉さんって感じ。

 本当のママは……きっと、今私の前で笑ってるこの人なんだ。

 直感的にそう感じる。すとんと、心に落ちる。


「サンディ? 食欲がないのか?」


 問いかけたのは、眼鏡のパパ。なんか冷たい空気だけど、目はちゃんと私の事を心配してくれてるみたいだった。

 ……えと、どうしよう。私、パパの名前、わかんない……。

 返事を返すに返せない。


「熱でもあるの? どうしよう、リリバスさん」


「おう、任せとけ!」


 不安げなママの声に、気楽そうな方がかたっと席を立つ。リリバス。パパの名前だ。じゃあ、こっちの人って……。


「俺はお前が診る方がよほど心配だけどな」


 ふんと鼻で笑ったもう一人のパパ。リリバスさん……の方はむっとした表情を浮かべて、次いで何故か得意げに笑うと腕を組んでふんぞり返る。


「案外ひ弱なレイルには言われたくねーなー。この間もこっそり熱出して俺に夜間診療頼んだの忘れてないぞー」


「えっ、レイルさん熱あったんですか?! いつですか、やだ、全然分からなかった……ごめんなさい」


 途端におろおろとするママ。レイルさん……? パパのセカンドネームと、同じだ。あ、違う。パパって何か名前が複雑なんだよね。

 でも、その一端がここに在る気がする。


「別に大した問題じゃない。服薬で仕事に支障もなかったからな」


「俺の睡眠時間を削ったのを除けばな……」


 恨みがましく視線を寄越したリリバスさんを、レイルさんは完全無視。いつもこんな感じなのかな。


「そうですか……。良かった。でも、具合悪かったら、ちゃんと言ってくださいね? 栄養つくものちゃんと作りますから」


「いい」


 すげなく拒否されて、ママは表情を曇らせた。それはそうだよね。折角の厚意を切り捨てられたら。

 でも。


「俺は、いつも通りのエコデの料理が好きだ」


 ママが真っ赤になって、リリバスさんが引きつった表情を浮かべ、ロヴィは苦笑した、そんな可愛い返しだった。


◇◇◇


 朝食を終えて、私はロヴィと一緒に車で出勤する。

 もちろん運転はロヴィだった。これで運転しろって言われたら、物凄い不安だったけど。

 助手席に座ってシートベルトを装着すると、ようやく息を吐き出す。

 筋書きのない運命って、すごく緊張するから苦手だ。


「さて、今日はちょっと遠出だから少し寝てていいよ、サンディ」


「分かった」


 それは正直凄く助かる。会話するのも大変だし、考えも整理したいんだよね。

 そういえば、イースも柊もどこにいるんだろう。

 こんなに姿を見せないなんて、私一人しかこの世界には居ないんだろうか。

 ちょっと、不安だ。自分でも分かってるけど危機回避には自信がないもん。


 アクセルが踏み込まれ、加速度を軽く感じながら、私はちらりとロヴィの横顔を見やる。

 やっぱりおじさんだなぁ。若い頃って、こんな感じだったのかな。

 ママとおじさん、それにサチコさんがいて、でもパパは二人……っていうか、双子なのかな。

 似てるようで、やっぱりそれは違うんだ。

 それに何より。


「……ロヴィ」


「ん? どうかした?」


 スムーズなハンドリングでカーブを曲がりながら、ロヴィはちらっと私を見やる。

 その余裕凄いな。でも、今聞きたいのはそれじゃないんだ。


「……ま……エコデ姉さん、の指輪って」


「ああ、そう言えば結婚指輪、まだ買ってないみたいだよ。レイル兄さんはどうもそういうの苦手だから」


 苦笑したロヴィに、私はやっと納得する。

 そうなんだ。ママであって、サンディのお姉さんのエコデ姉さんは、私の知ってるパパじゃなくて、もう一人を選んだんだ。

 この違いがきっと私の運命の違いで。

 別に悲しくはない。つまり、私の本当のパパは、レイルさん、ってだけだもん。

 正直、ちょっと怖いかな、あの人。冷たいっていうよりは何だか気難しそうで。

 でも……幸せそうには、見えた。私がどう考えようとも、『エコデ姉さん』はレイルさんが好きなんだ。


「まぁ、エコデは今じゃその辺りちゃんと分かってるし、いつかなって楽しみに待ってるんだろうけどさ」


「……進まないだろうなぁ」


 それは素直な感想。だからサンディはちゃんと背中押す様に言ったのかな。

 確かに、妹からしたらやきもきする展開なのかもしれない。いや、他人事じゃないのか。

 私はあの二人がちゃんとくっついてもらわないと、存在さえしないってことだもんね。


「けど、放っておくと十年経っても進まなそうだし、僕も考えてることはある」


「そうなの?」


「ちょうど、二週間後がエコデの誕生日だから、リリバス兄さんと相談して、レイル兄さんけしかけるんだ」


 悪戯っぽい笑みを見せたロヴィに、私は一瞬呆気にとられる。

 けしかけるって。なんていうか、面白い。

 おじさんも、もしかしてこういうお茶目な一面があるのかも、なんて思っちゃうほどには。


「……いいね、それ。乗った!」


「サンディなら賛成してくれると思ったよ」


 こんな面白そうな事、逃せないよねやっぱり。

 私の運命はどんな形をしてるんだかまだ少し、不安だけど。

 もしもこの運命に還るのならば、目を背けてはいられない現実なんだもんね。


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