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運命代行魔法少女は終の雨を創生する。  作者: 翡翠しおん
運命代行魔法少女は、転生輪廻を逆行する。
17/25

魂の巡る場所

 橋を渡る直前、柊は何だか死神の同僚に声を掛けられていた。

 いや、声を掛けられたっていうよりは、因縁つけられたみたいな空気だったけど。

 黒髪の強気そうな女の子と、深緑の髪色のライオン頭に絡まれてた。

 鬱陶しそうに追い払った柊が、ため息を吐いてる姿は何だか新鮮だ。


「何だ」


 むっとした表情で言い放った柊。私がこっそり笑ってたのが面白くないんだろう。


「べっつにー」


「気を抜いてると、簡単に飲み込まれるぞ。もっとちゃんとしろ」


「はいはい」


 軽く受け流した私に、背後で柊がまたひとつため息を吐いていた。

 見上げた空は、薄桃色。地平線の彼方までまっすぐ伸びた一本道を私達は歩いていた。

 白っぽい地面の道の両側には、大量の花が咲き乱れている。暖色系の、でもまとまりはない花々が風のない世界で、じっと天を向いている。

 穏やか過ぎる景色に、警戒し続けろって方が難しいと思うのよね。


「むせっ返りそうなくらい。花、咲き過ぎじゃない?」


「ああ、イースの体には合わないかもしれないな」


「そうだねー。私にはもっと豪華で盛大な花が似合うもんね!」


「残念だな、食虫植物はここにはない」


「あはは、言うねー琴も」


 けたけたと笑ってるイース。相変わらず、毒の吐き合いが凄いな。本気で言ってるわけじゃないんだろうけど、結構辛辣だと思うのよね。

 私の隣を歩くココルは、薄く笑みを浮かべたまま、真っ直ぐ前を見つめていた。


「ねぇココル。ココルは一体何しにここに来たの?」


 ずっと気になっていた問いを投げると、ココルは一瞬呆気にとられた表情を浮かべた。

 すっかり忘れてたわけね……。

 苦笑し、ココルは長いピンクのスカーフを無意味に直しながら口を開いた。


「ああ、そう言えば忘れてたよ。簡単に言えば、人を連れ戻しに来たんだよね」


「連れ戻すって、死んだ人を甦らせるってこと?」


「うーん、それは少し違うかな。私の権限では、魂は関与できても肉体は蘇生できない。だから、どっちかって言えば私の権限で死神にさせるつもり、かな」


「そっか、死神って死んだ魂だもんね」


 柊もそう。どこで、どんな風に生きてきたのかは知らないけれど。でも、かつて柊も命を落として、今死神として存在している。

 未練の深さの分だけ死神としての強くなり、そして未練が全て解消された時死神はようやくその役を終えて、消滅するんだ。

 ココルには死神に任命する権限があるってことなんだろう。総統だから、当然かもしれない。

 納得しながら、ふと柊を一瞥すると、すごく腑に落ちない顔をしていた。

 何だか、怒ってるみたいだ。柊は、ココルに死神にされたことを、怒ってるの?


「総統だからって、誰でも死神にさせちゃうのは職権乱用っていうんじゃなーい?」


「勝手に役割を放棄した天使の割に、口は回るんだね」


「おあいにく様、私は別に貴方の部下でもなんでもないから、総統閣下が怖くはないんだよねー」


 二人の間に火花が散っているけど、私にとっては怖いだけで何か聞いちゃいけない感が凄まじい……。


「どっちにしても、ドーヴァの一族には許可をもらっているから問題はないよ」


「エルミナも知ってるってこと?」


 なら、私が反対したりする必要はない。私はあくまでエルミナとしての役割を果たすだけなんだから。


「大まかにはね。でもまぁ、こう言ったらあれだけど、ドーヴァ家の最大の権限者はエルミナじゃなくて、ミラエだからね。ミラエの許可さえあれば問題はないよ」


「ミラエ?」


「そ。エルミナは姉一人と兄貴様三人いるんだよ。で一番上なのが長女のミラエ。この輪廻の輪の最終的な権力者だね」


「エルミナの、おねえさん……」


 何となくだけど、ココルはミラエに苦手意識があるような感じがする。どこか話し方に苦々しさが過ぎっていた。

 本当に微々たるものだし、気のせいかもしれないけど。


「で、ミラエの許可のもと、私なりに世界を守る方策の一つを探してこの行動に出てるってわけだね」


「世界を守るために死神を増やすの?」


 何だかそれは少し違う気がするんだけど。小首を傾げた私に、ココルは頷く。

 そして猫のように目を細めて笑った。


「世界は一時に持てる魂の量が決まってる。それを逸脱させるわけにはいかないんだよね、死神としては」


「!」


 ココルの言葉は、私の身をびくりと震わせるには十分だった。

 何それ。どういう事。規定外の私は、何で存在出来てるの。

 ざわざわと背筋を怖気が駆け上がる。


「ああ、でも魔法少女。貴方は違うんだな、これが。貴方の魂は、確かに想定外だけど、許容量とは関係がないんだよ」


「え……?」


「だから、琴平柊が無理に刈り取らず、その上で最後まで見届けることを私が許せるってもんなんだよね」


 ふふん、と得意げに胸を張ったココル。

 だけど、凄く引っかかる。

 想定外だけど許容量には関係がないって……どういう、こと?

 確認するのも怖い。そしてきっとその答えは……――イースと柊は、知ってる気がする。


 ざぁっ、と突然強い風が吹き付けた。花弁を一斉に巻き上げ、視界が暖色の破片に覆われる。

 思わず目を閉じて眼球を庇う。

 風が吹き抜けるには数秒もかからなかった。そっと目を開けば、同じ景色がそこにはあって。


「え?」


 でも、誰もいなくなっていた。

 ココルも、イースも、柊も誰も。私以外誰もいない。

 きょろきょろと何度も視線を巡らせる。だけどどこにもいない。

 花畑に隠れるなんて幼稚な真似も一瞬考えたけど、そんな気配はどこにもなかった。


「嘘でしょ。何なのこれ」


 ぞわぞわと、足元から恐怖が這い上がる。

 一人になった。違う?

 もしかして、私は最初から一人で。

 そうだった? 一人だったっけ? ここに来たのは、私だけ?

 混乱する。意識が徐々に混濁して、視界がぶれる。


――不意に、指先に硬いものが触れた。


 驚いて視線を落とす。無意識に伸ばしていた右手の指先が、首から提げた可愛くない髑髏のペンダントに触れていた。


「……そう、だ」


 これはココルから渡されたんだ。だから、私は一人じゃない。イースと柊が一緒に居るはずだ。

 何かの魔法?

 それとも、ここ特有の何かがあるの?

 だから、ココルはエルミナの同伴を求めたのかもしれない。なら、迷ってる場合じゃないよね。

 きゅっと表情を引き締め、私は着ていたパーカーのポケットから青いフレームの眼鏡を取り出す。

 私の魔法少女としての必須アイテム。

 制約だらけで、ちっとも希望に満ちた存在なんかじゃないけど、私は魔法少女だ。


「迷ってる場合じゃない!」


 力強く自分に言い聞かせて、私は眼鏡を装着する。

 刹那、光が満ち溢れて、視界を白く染め上げた。

 光が私を包み込んで、お気に入りの衣装へシフトチェンジする。ピンクの衣装にフリルとレース。

 女の子の憧れを満載した自慢の魔法少女衣装。

 そしてこれが私の代行魔法少女としての本領発揮だ。代行した運命の能力をフル活用できる。

 髑髏のペンダントは残っちゃうけど、これは仕方ない。あった方がいいっぽいしね。


「ウィン!」


「わ!?」


 声と共に抱き付かれた私は、そのままバランスを崩して、花畑にダイブした。

 意外と密集して映えていたのか、割合丈夫な花のクッションに衝撃が緩和される。背中痛いけど。多分衣装汚れたけど。

 視界に映る桃色の空より、ちょっとだけ色の濃い髪が揺れた。


「イース……?」


「もぉぉ、心配したんだよ! 気を抜いたでしょー!」


「わた、し」


 何だか良くわからない。でも、この様子じゃ私がみんなを見失ったように、みんなも私を見失ったんだろう。

 あんなに傍にいたのに、すごく不思議だ……。

 イースの手を借りながら体を起こすと、柊とココルもほっとした顔をしていた。


「何が起きたのか、全然わからないんだけど」


「言っただろう。ここは死後の世界。死が当然の場所で、生あるものが異質だ。だからこの場所は、生あるものを飲み込もうとする。死という当然へ、馴染ませようとする場所だ」


「……でも、みんな平気そうにしてるじゃない」


 柊はともかく、イースとココルは違う気がするんだけど。


「気持ちは分からなくもないけど、私はこれでも死神協会のトップで、ついでに世界管理者の一翼を担ってるからね。あとそっちの天使は事情が違うよ」


「え?」


 イースを見やれば、珍しく面倒そうな顔をして、長い髪をいじっていた。

 不遜な笑顔で応えるのだとばかり思っていたけど、イースは何だかいつもと少し違う。


「無駄話してる間に、まーたウィンの魔法が切れちゃうよ。さっさと行った方がいいんじゃない?」


「そう言えば、一時間しか変身できないんだっけ? 厄介な魔法少女だね」


「わ、悪かったわね……」


「うん。残念ではあるけど、個性的でそれはそれでいいと思うよ! さ、シャキッとして行こうか。ここには居ないみたいだしね。もっと奥かな」


 くるりと向きを変えて、再び歩き出すココル。

 奔放過ぎて、何だか問い質す暇さえないわね。イースに目を向けると、いつもの笑みを浮かべていた。

 いつもの……よりは少し硬い気もするけど。


「さ、歩いた歩いた! 今ならたぶん、安全に進めるはずだからね」


「わ、あ」


 ぐいぐいと背中を押され、足を強制的に前に出す。柊の銀色のツインテールが、ひらりと揺れて歩きだした。

 その背中に追いつきながら、疑問が鎌首をもたげる。

 イースは、何か隠してるような気が、する。問い質すのもどことなく憚られて。

 だけど信じてるから聞かないんだ、って自分に言い聞かせる。イースが秘密を隠してるとしても、それは私に害がある事じゃないってことだけは信じてあげなきゃ。


◇◇◇


 花畑を抜けた先は、ぽっかりと口を開けた岩窟が待ち構えていた。岩の塊のようなそれが、唐突に現れたようだった。

 柊曰く、それが当たり前だそうだ。

 きっとここでは、常識があまり通じないんだろう。

 弱く揺れる赤い炎が、ぽつぽつと、決して広くはない岩窟の中を照らしている。

 空気の通りもすごく悪そうなんだけど、不思議と息苦しさとかは感じない。まぁ、ここは死者の世界だから息苦しさがあるわけはないのかな。

 良くわかんないけど。

 二人が並んで歩くのがやっとの道をただ、奥へと進む。

 聞くべきことはたくさんあるんだろうけど、何だか憚られる空気がここにはある。

 なんていうんだろう。存在を知られちゃいけない感じ、だ。見えない誰かに見つかってしまったら、私は死へと引きずり込まれてしまうのかもしれない。さっきみたいに。


「……ふーむ。ここもいないかぁ」


 ココルがようやく口を開いたのは、随分と開けた場所に出た頃だった。

 ちらりと腕時計を確認すると、まだ五分しか進んでいない。おかしい、な。体感感覚だと、もっと経過してるはずなんだけど。


「まぁ、ここは極端に時間の流れが変化するからね。気にすることないよウィン」


「ちょっとイース、簡単に言わないでよ……。一時間しかもたないのに、それで時間変化が不規則なんて、厄介この上ないじゃない」


「あー、そういう見方もあるかー」


 気楽なもんね。困ったもんだわ……。

 高くなった頭上を見やる。揺れる炎に照らされる岩肌は圧迫感が凄まじい。

 そもそも何で燃えるようなものもないのに、どうして炎が揺れてるのかも考えたら怖い。

 視線を落とした瞬間、足元が翳った。


「ん?」


 違和感を覚えたのとほぼ同じタイミングで、背後から甲高い金属音が木霊した。

 慌てて振り返れば、全身が青で、額に一本の金色の角を生やした化け物が居た。


「お、鬼……っ!?」


 確か似たような存在を見たことがある。だけど、こんなに大きかったっけ?

私の身長の二倍くらいある大きなその体。腕の太さは、私の胴回りと変わらないくらいかもしれない。

 そんな太い腕が振り下ろした金棒を受け止めていたのは、柊だった。

 鬼の腰の高さくらいまでしかない柊が、赤い鎌で金棒を押し返そうとしている。


「ひ、柊?!」


「上!」


 慌てて上を向けば、頭上から小柄な赤鬼が小太刀を片手に飛び掛かってきていた。

 反射的に私も自前の武器を手に取る。リーチは極端に短いけど、強度だけは絶対に負けない青白銀製のブックマーカー。

 薄いながらも凶悪な切れ味のブックマーカーで、小太刀を受け止める。

 瞬間、金属のこすれ合う耳障りな音が反響した。


「なんっ、なのよっ!」


 言葉と共に力を込めて小太刀を払いのける。金属音を名残に、小柄な赤鬼が跳躍して後退。

 バランスを崩すことなく着地して、私に対して再び小太刀を構えた。こいつ、本気だ。


「……おかしいな」


 ぽつりと零したのはココルだった。暢気に頬に指を添えて首傾げてるし!

 私殺されそうだったんですけどね!

 ん? 殺される?


「ここ、死者の世界じゃないの?! まだ殺されるの?!」


 思わず気付いた違和感を叫ぶと、ココルが首を振った。


「だからおかしいんだよ。君、エルミナの存在そのものにはなれてないの?」


「な、馬鹿言わないでよ! 姿はあれだけど、存在規定とか諸々は全部依頼主のものよ!」


「なら、魔法少女が襲われるのは変だな」


 ふむ、と腕を組んで悠然としているココルの神経が信じられない。

 こいつら敵意むき出しなんですけど?! さっきの小太刀の赤鬼だけじゃない。どこから沸いてきてるのか分からないけど、数が増えてる。

 ココルの話から察するに、『エルミナ』がこんな手荒い歓迎を受けるわけないってことよね。

 だとしたら、この展開にはすごく覚えがある。


「もしかして、また居るの? あいつっ……!」


 脳裏を過ぎったのは、黒い妖精を連れた淡色の少年。四方平坂。

 人畜無害そうな顔をして、何かと私の仕事に危険な一瞬をもたらす……んだけど、どうも嫌いにはなれそうにない。

 自分でも不思議だけど。

 でも、この本来の何かからずれた現象を引き起こした現象は、四方平坂しか、思いつかない。

 こうしている間にも、じりじりと距離を詰め、囲いの壁が厚くなっていく。つ、と冷や汗が頬を伝った。


「……柊、イース。悪いけど、魔法使うわ」


「それしかなさそーだねー」


「あとは任せておけ」


 それぞれの頼りにせざるを得ない反応を確認し、私は胸にブックマーカーを抱き締める。

 武器だけど、魔法使用のための媒体でもあるブックマーカー『アンタレス』。魔法を一回使うだけで解除されちゃう魔法少女も悲しいもんだけど仕方ない。

 魔法は奇跡だ。奇跡を起こすには、私の存在は曖昧過ぎるんだもの。

 だけど、奇跡でも何でも、ここで消えるわけにはいかないんだ。


「ココル、次の目的地は」


「ん? ここにもいないっぽいからね。次の階層かな」


「じゃあそこを強くイメージして。飛ぶわ」


 手のひらに魔力を集わせながら、私はココルに告げる。ココルは驚いた表情を浮かべ、瞬きを数回。


「凄いこと考えるね」


「おあいにく様、これでも魔法少女なのよ。血反吐に塗れながらも、夢と希望を届ける存在だからね」


「なるほど。頼りになるね」


 くすりと笑って、ココルは緋色の瞳を静かに閉じる。そして何故か演者のように、腕を軽く広げてみせていた。


「さぁ、いつでもどうぞ、魔法少女。いざ行かん、深淵の先!」


 嬉しそうなココルが気になって仕方ないけど。突っ込んでる余裕はないんだ。


「導け、意思の居場所へ! 座標転送(テレポート)!」


 緑の強光が岩窟の影を掻き消した。


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