疑惑のケージ
「ヘンゼル、とっととグレーテルに食事を運んでおいき!」
「はいはいっと」
魔女の命令を軽く受け流しつつ、私はトレーに乗せた食事を運び出す。
魔女の家の最奥。暗く、灯さえない暗闇に包まれたその場所にある檻。
その中で膝を抱えているグレーテルへ食事を作り、運ぶのが私の今の役目だ。
太らせる目的のせいか、脂っこいものばかり用意させられている。見ただけで食欲失せるわ。
「ねぇ、いつも思うんだけどさ、ウィン」
「何よ」
広くもない家だというのに、檻へ行くには灯がないと暗くて危なっかしい。
そのためのランタンに火を灯していた私へ、イースが徐に声をかけてきた。
何だか少し、深刻な声音。
「……少しはママさんの手伝いしたほうが良いと思うよ? 流石の空腹少年でも、それは食べられないよ」
「う、うるさいわね! ちょっと失敗しただけでしょ!」
焼きすぎて表面が黒いけど、その下は無事なんだからいいじゃない。
あと、ちょっとくらいソースが苦くても死にはしないわよ!
やれやれと言わんばかりに頭を振ったイース。
確かに、正直料理はあんまり得意じゃない。
悔しいけど……戻ったら、ママの手伝い、少しはしよう。
火の灯ったランタンを手に、私はトレーを持って奥へと進む。
その後に黙ってイースはついてきた。
「そう言えば、柊はどうしたの? 姿が見えないけど」
「何か気になることがあるからとか言ってたけど、詳しくは聞いてなーい」
「……気になる事?」
眉をひそめてイースを見やる。
イースの全身が薄く光を放つのは、天使の特性なんだろう。
悪魔みたいな発言しかしないけど。
イースは笑顔で頷いた。
「らしいよー。まぁ、琴は心配性だからねー」
「……うん……」
それはそうかもしれないけど、何だかんだと柊は最終的には頼りになる。
その柊が何か危惧してるっていうのは、私の中では不安材料でしかない。
でも、私に出来るのは柊が何かを掴んで、戻ってきてくれることを信じる事。
だから今は、物語を繋げて、フィナーレを迎えるんだ。
そうすれば少なくとも、私の代行という使命は全う出来るんだから。
「……お待たせ、グレーテル」
檻の向こうに声をかける。壁に背を預け、片膝を抱えていたグレーテルがぴくりと反応する。
グレーテルの光のない目が、私を捉えた。
「……大丈夫? 気のせいか日に日にやつれてる気がするんだけど」
「誰のせいで! 大体、お前の飯がマズ過ぎんだよ」
「それは……うん、ごめん」
謝るしかないわ。ヤバい。さすがに料理の腕前とかコピーできるような仕様じゃないからな。
このまま私の食事でグレーテルが死んだらそれはそれで大問題だ。
次から魔法で何とかしようかな。くすくす背後で笑うイースが憎らしい。
檻の下にあいた隙間からトレーを滑り込ませて、食事をグレーテルへ押し付ける。
グレーテルは一つため息を吐いて、スプーンを手に取った。
「ったく。……こんな事なら、いつものヘンゼルの方が幾分ましだな」
仏頂面でスープを口に運ぶグレーテル。
とか言いつつ、ちゃんと物語の進行上ご飯は食べるし、ちょっとは肉付きが良くなってるんだから、流石主演男優は違うわね。
しゃがみこんでその様子を眺めていると、そっぽを向きながらグレーテルがぽつりと。
「……食えなくはないから許すけど。精進しろよな」
「そーね。返す言葉もないわ」
「……ところで」
スプーンでスープをすくう手を止め、不意にグレーテルは私を見やる。
猜疑心の過ぎる瞳に、私は首を傾げた。
「何よ?」
「物語はちゃんと進んでるんだよな?」
何を言い出すかと思えば。……でもそうか。一度は外れかけたからね。不安に思うのは仕方ない。
「大丈夫よ。進んでる。明後日には終わらせようかって魔女と話してた所。……あんたはそれでいい?」
「ああ、いい。今回ばかりはとっとと終わらせたい」
どこかほっとした様子で息を吐き出したグレーテルに、私は思わず苦笑した。
ほんと、プライドばっかりが育ってしまったんだな。
「おっけ。じゃあそうしましょう。……心配しないで」
「あ?」
いつもの不機嫌さを取り戻したグレーテルは、睨む様に私を視界に捉える。
私はその虚勢を張る意地っ張りな兄貴様に笑顔で言ってやった。
「私は代行者として、この物語をフィナーレまできちんと繋いでみせる。あんたを、守って見せるわ」
一瞬強くランタンの炎が揺らめいて、目を見開いたグレーテルの顔に朱が差した。
◇◇◇
「おやおやご苦労だったねぇ、ヘンゼル」
「グレーテルは明後日でフィナーレに同意だそうよ、かまどの魔女さん」
「そうかいそうかい。ではそうしようねぇ」
にこにこと優しい笑顔で応えるかまどの魔女。
大分年老いているもんだから、いつも彼女は腰が曲がってるし、大事そうに両手でカップを手にしてお茶を啜っている。
何というか、良きおばあちゃん、って感じ。
……なんだけど怒鳴ると流石ベテラン女優で、思わずこっちの背筋が伸びる気迫がある。
お菓子の家も手製で、とってもお菓子作りが上手。レシピもいくつか教えてもらったけど、私にはレベルが高すぎるんだよね。
ソファーで休憩中の魔女の隣に腰掛けて、私は天井を仰いだ。
「魔女さんさ、焼き殺されて熱くない?」
「いいや、そんな事はないさ。私はね、温度を感じ取れない体質でねぇ……ぴったりの役柄だと思っているよ」
「そうなんだ……みんな大変だね」
継母さんは、子どもが産めなくて。かまどの魔女さんは温度が感じ取れない。
欠けたものが上手く役柄に当てはまったらそれはそれで、人生に意義を持てるのかもしれない。
ましてや、物語として読み手に『何か』を与えるんだ。
それはとっても素敵なことな気がする。
「だからどーんとやっておくれ? でないと、私の折角の見せ場が台無しになってしまうからねぇ」
「が、頑張る……」
ふぉふぉ、と朗らかに笑ったかまどの魔女。
凄い事頼まれてるんだけど、まぁそれも一つの仕事だから仕方ないか。
「しかし、あれだねぇ。……何だか森がざわついておるのぅ」
「森が?」
窓から見える木々は、静かに風に揺られているような気がするんだけど。
眉をひそめた私を他所に、かまどの魔女は「よっこらしょ」と立ち上がった。
ゆっくりとしたペースで、暖炉で温めていたお茶の入った薬缶を手に取る。
「今回は何かが、違うのかもしれないねぇ」
こぽこぽと自分のカップにはちみつ色のお茶を注ぎながら、魔女が呟く。
「何か……か。柊も何か気にしてるみたいだし、イースも何だかんだで、何か感じてるのかな……」
「そうだねぇ。でも、安心おし。この物語を完遂させることに対して、協力的でない登場人物は一人もおらぬよ」
「魔女さん……」
にっこりと微笑み、かまどの魔女は窓の外へと視線を向けた。
「さて、月は今日もどんな魔力で人を惑わしているのだろうねぇ」
◇◇◇
ほうほうと、フクロウの鳴き声がする。
イースは私のベッドを半分占拠して、すーすー寝息を立てていた。
まぁ、それもそうよね。ベッドに入って一時間も経つもんね……。
だけど、私はまだ、寝るわけにはいかなかった。
き、と扉の軋む音に、私はハッと視線を向ける。
そっと音をたてないように両手でノブを握る丁寧な柊の後ろ姿が見えた。
「柊!」
「わぁっ!」
「!」
鋭く呼びかけた私の声に、イースは飛び起きて、柊はびくっと肩を震わせた。
柊はぎこちなく振り返って、ゆっくりと瞬きを二回。
「なんだ、急に。折角人が気を使って……」
「何か分かった?」
言葉を遮るように私が問い詰めると、柊は露骨に嫌な顔をした。
イースは欠伸しつつ目を擦る。
柊は返事の代わりに一つため息を吐いて、黙ってベッドへ歩み寄る。
そのままベッドサイドの椅子に腰を下ろすと、視線で私に睡眠を促した。
何よその態度!
「質問に答えなさいよ」
「誰も何かを調べに出かけたなんて言ってない」
「イースが柊は何か気になることがあるって言ってたって」
口を尖らせた私に、柊はぎろりとイースを見やる。
隣のイースは天使そのもの、天真爛漫の輝く笑顔で柊の眼光を受け流す。
イースと柊の間で白熱するのは、無言の批難の応酬。
やがて柊は疲れた吐息を零して、ようやく私に視線を合わせた。
「……外部からの介入がまるでない状態で、物語のスキップが起こるなんて考えづらいだろ」
「それが何か探してたってことは、何となく分かってたわよ。で、結果は?」
回りくどいのは嫌いだし、あと話が長くなると柊は煙に巻こうとする。そんなのは悔しいからさせない。
直球で問いかけた私に、柊は力なく首を振った。
「何も。収穫はない」
「ほんとに?」
思いっきり疑いの眼差しを向けると、柊は心外そうに目を細める。
「信じないなら聞くな」
「そうじゃないわよ。ただ……柊はたまに私に隠し事するもの」
「まーねぇ。琴は心配性だもんねー」
「そんなんじゃない」
むっとした表情でぴしゃりと言い切った柊。
確かに、柊は何かと世話を焼いてくれるし、いつだって私の心配をしてくれる。
だから、安全を確保するために黙ってるのかもしれない。
だけど、柊はそう思ってるかもしれないけど……私にだって、抱えてる想いはあるんだ。
「私はもう、手を引いてもらわなきゃ歩けない子どもじゃない」
「そんなことは当たり前だ。ただ俺は、俺の使命を全うしているだけだ。それをウィンディにとやかく言われる覚えはない」
「柊の使命なんて、私を見張る事でしょ」
「違う」
きっぱり言い切った柊は、真っ直ぐに私を見る。
ワインレッドの深い色の瞳は強い、揺るぎない意志を宿していた。
怒らせたのかもしれない。背筋がちりちりするけど、目だけはそらさない。
目をそらしたら、私は柊に負けたことになるもん。
「俺の役目は、お前の魂をその時が来るまで守り抜くことだ。その時が来る前に、本来死ぬべきじゃない時に死なせるなんてことは、神が許して、総統が認めようとも俺だけは許さない」
「おぉ、琴カッコイー! イケメンだー!」
無意味にはやし立てるイースを冷たく睨んで、柊は仏頂面のまま私に視線を戻した。
何よ、もう。
何か、私が子どもっぽく我儘言ったみたいじゃない。
「柊は、仕事熱心ね、ほんと」
恥ずかしさを誤魔化すためにそう吐き捨てると、意外にも柊は小さなため息を吐く。
視線を伏せて、柊はぽつりと。
「それが俺の未練だからな」
「え?」
意外な言葉に瞬きを一つ。
柊は右肩にかかった髪を払いのけて、口元に笑みを浮かべた。
「世界は意外と脆い。そのために厳しくルールが張り巡らされている。そのつけは、いつだってそこに生きる存在だ。……俺はその、脆くて厳しいルールで『死なざるを得なかった』だけで。恨んではない。ただ、俺はまだ少しだけ、世界を見たいだけだ」
「それが……柊の未練なの? じゃあ、今は随分満足してるの?」
何だか急に不安になって、私は思わず問い詰めていた。
死神の未練は強さのバロメータで、存在の証明だ。未練が強いほど死神としての能力は上がり、その逆は消滅。
柊が満足した瞬間に、その存在は消えてしまう。それが死神という存在だから。
柊が世界を見たいだけなら、すぐにも消えてしまう可能性は無きにしも非ずで。
だけど、柊は苦笑した。それに、何だか私はほっとしてしまう。
「言ったろ。俺は、今はお前の魂をきちんと最後まで導くことが役目だ。……生れ落ちたなら、最後までその命を燃やし尽くせ。それが生きるってことだ。……俺の分まで、ウィンディには生きてもらわないと困る」
くしゃっと柊の手が私の頭を撫でる。
女の子みたいに繊細で優しい指。女装してたって何ら違和感がないのに、口調だけはやたら男前で。
だけど、そんな柊がいたから私は今もここで頑張れてるのは、真実だ。
死神なんて、おどろおどろしい響きとはまるで正反対の、優しすぎる柊。
隣でとても楽しそうにニヤニヤと笑っているイースと一緒で、どうやっても私に必要な存在なんだ。
悔しいけど。
「分かったらとっとと寝ろ。子どもはとっくに寝てるべき時間だ」
「寝よ寝よー!」
「だから子ども扱いしないでよ?!」
普段はものすごく失礼な奴らだけどね!




