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運命代行魔法少女は終の雨を創生する。  作者: 翡翠しおん
運命代行魔法少女は、想定外の存在で。
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運命の魔法少女。

 瞳を閉じて、眠るように床へ横たわる白雪、元姫。

 その手に握られていた林檎が、ころり、と足元を転がる。

一齧りだけされた最早黒々しい林檎。


毒林檎だ。

 蜥蜴、蝉の抜け殻、牛の肝臓、蛙の燻製をどぶ水で三日煮た、対化学兵器用毒ガスマスクでも耐え切れそうにない悪臭。

 そんな悪臭極まりない液体の中で一週間放置されたこの林檎は、最早食べ物じゃないと思うわ。


 よく食べたわよね、こんなの。

 しゃがみこんで試しに白雪の頬を突いてみる。


 ぴくりとも動かない。

 だんだん冷たくなってきてるみたい。死後硬直ってやつね。


「よーし、これで終わりね。あとは、ネクロフィリアな王子様が来るはずだし、私の役目はここまでね」


 うん、と頷いて私は立ち上がった。

 黒いドレスが、重い。ドレス……憧れのドレスは今日も黒。

 たまにはピンクとかクリームイエローとか、淡いブルーとか、明るい色が良い。

欲を言えば、オーロラみたいに色を変えるのに憧れるなぁ。


 なんて、想像の世界で自分を着せ替えて心を弾ませる。


「そーね。憧れるだけはタダよ。良いんじゃないの」


「どーいう意味だっ!」


 ばっと振り返れば、にこにこと無害そうな笑顔を向けるイース。

 腰まで届く髪は、女子ならきっと一度は憧れる淡い桃色。

 笑顔からきらきらとした光が零れているのは、きっと天使独特の魔法だ。

 いいわよね、致死量がマイクロ単位の毒を撒き散らす癖にそれを隠す方法があるんだから。


「それより早く離れないと、琴がまた騒ぎ出すんじゃない?」


「はいはい、そーですね」


 イースの言い分はもっともだから、別に反対はしない。ムカつくけど。

 それはまた帰ってからでいい。

 長い黒のドレスを摘まんで持ち上げ、転がる白雪をそのままに踵を返す。


「ネクロフィリアな王子に精々助けてもらいなさいね」


 目覚めたあんたを、果たしてネクロフィリアが愛してくれるかは、正直疑わしいけどね。

 それは私のせいじゃないし、白雪のママさんのせいでもない。

 もしも、恨まれるとしたらそれって筋違い。

それは、白雪を愛してくれたんじゃなくて、死体を愛しただけだもんね。

 せめて恨むなら王子にして頂戴な。


 イースに続いて、ちょっと低めな玄関をくぐる。

 赤い扉の玄関を越えると、木々の隙間から光が降り注ぎ、私を照らした。

 少し眩しく感じた私は目を細めて、顔を上げる。


 きらりと、何かが太陽を一瞬遮り、光が閃いた。

 鳥が空を過ぎった……


――ガッキャァァン!


 ……わけじゃあ、なさそうね。

 鳥なら細いさえずりが聞こえてしかるべき。こんな金属音は立てないはず。


 ひらりと赤茶けた地面に降り立つ、その後ろ姿に私は思わず舌打ちをする。


「おい。その舌打ちは何だ。礼を言われてもおかしくはない状況だったぞ」


「頼んでないし」


「悪いな。それが俺の任務だ」


 横顔を振り向かせて、整った唇を笑みの形にシフトさせる柊。

 振り返った拍子に、柊の肩を二つに結わいた銀髪が、さらさらと滑った。

 くそぅ……言い返す言葉が見つからない。


 黙り込んだ私に興味はないとばかりに、柊は視線を前に戻す。

 不釣り合いなほど巨大な赤い鎌を構えた、柊。

 その視線の先には……カラフルな衣装を身に守った七人の筋肉質なオジサマ方。

 身の丈一メートル程度の、いかつい顔をした職種樵きこりの七人の小人。


「出た。七人の小人! 白雪の保護者だ!」


 何だか嬉しくなって声がワントーン高くなっちゃった。

 こつっと、イースに頭を小突かれ、私は慌てて口を手で覆う。

 いけない、一応私は、≪女王様≫だったんだった。


 コホンと咳払いをして、私は出来る限り威厳に満ちた雰囲気を醸し出せるように一歩前へ、踏み出した。


「残念だったわね。貴方たちの大事な白雪は、私の手で葬ってやったわ」


「……何者だ、貴様」


 低く渋い声で私を睨み付けたのは、一番怖い形相をした赤色小人。

 醸し出すオーラは、目で人を八十人は殺してきたと告げている。斧を中段に構え、隙もなく、ついでに上腕二頭筋が発達し過ぎていて怖い。

 でも、私に怯むことは許されない。だって、私は≪女王様≫だから。

 笑みを浮かべて、私は短い髪を優雅に、かつ妖艶に掻き上げる。


「この国の女王様を知らないとは、困った国民だね」


「馬鹿を言え。女王が貴様のようなガキの訳がない」

「子供の遊び場じゃないんだ。帰れ帰れ!」

「女王はもっとスタイルが良い。まな板の娘はお呼びじゃないぞ」

「ロリな女王様萌え」


 馬鹿にされてるし、何か最後気持ち悪いの居た!

 ぞわっと悪寒が走って、思わず腕を抱く。

 でも、依然としてぎらぎらとした殺意がこちらに向いていた。

 不意に、赤小人が馬鹿にしたように目を細めて、鼻で笑う。


 ……あ、無理。


「柊、イース。やっていいよね? どうせ時間あるもんね?」


「良いけど、ウィンも大概短気だねー。気にすることないよー。ウィンは可愛い可愛い」


「なんの慰めよ! 私はねぇ、ママに似てるって評判で……」


「似てるとは思うが、残念だが……ウィンディは母君には、届かない」


 実に冷静に感想を言いやがった柊。実に腹立たしい。

 深く息を吐いて、私は七人の小人を睨んだ。

 これはオプション的な運命よね。だけど、このまま逃げ帰るのは何だか女王様としても私としても悔しいから。


「行くわよ、イース、柊!」


「りょー」

「ああ」


 地面を蹴って、跳躍した柊と、白い翼を背に広げて、周囲にリング状の刃を八つ浮かび上がらせたイース。

 そんな二人に一瞬後れを取って、七人の小人は斧を手に迎撃態勢をとる。


 その間に私は、ドレスの隙間に忍ばせておいた青いフレームの眼鏡を掴んだ。


「絶対土下座して謝らせてやるんだから!」


 決意表明して、その手に握り締めた眼鏡を装着。

 ぶわっと広がる風と光。


 それが途切れると、小人さんたちは唖然とした表情で私を見つめていた。

 何だかそれに、ちょっと嬉しくなる。


 淡い桃色の衣装にはフリルがふんだんにあしらわれ、風に柔らかく可憐に揺れる。

 私の自慢の、衣装。

 その良さは誰にも等しく伝わるんだなぁ。

 自然とこぼれた笑顔で、私が口を開こうとした瞬間。


「衣装が変わっても、やっぱりまな板の小娘じゃないか! 女王様に謝れ?!」


 叫んだ青い小人は、一体誰の味方なんだろうか。

 苛立ちを何とかこらえて、私は凛として宣言する。


「私に生意気言ったこと、後悔するわよ」


「ウィンったら三流ねぇ、相変わらず」

「逆切れも甚だしいぞ、ウィンディ」


 この場には、どうやら味方はいないらしい。


◇◇◇


 膝まで白い靄で覆われた世界に、のっそりと佇むその背中。

 蹴りたいのを我慢して、私は腰に手を当てつつ声をかけた。


「神様。終わったわよ。帰る」


「あ、おかえり、ウィンディ。今日も可憐な活躍だったね」


 それは素直に受け取っていいものか、正直悩ましい。

 二メートル以上ある身長で、ある程度離れないと、目を合わせるには首が痛くなりそうなほど。

 白く染まった世界では遠近感さえ狂ってしまうから、余計にこの神様の大きさに混乱する。


「ちょっと待っててね」


 にこにこと笑う神様は、その大きさと同じで、器も大きい。

 いい人、だけど大雑把。悪く言えばすごく適当。

 ふさふさと柔らかそうな髭を揺らしながら、知らない旋律の鼻歌を歌う神様。

 この人のおかげで私はあるけど……この人のせいで、私は苦労してるんだよね。

 ……複雑。


 黙ってその姿を見つめていた私に、神様はにっこりと微笑みながら振り返った。

 大きな左手の人差し指で、私の頭をそっと撫でる。

 人差し指でさえ、私の手より大きいんだからいかにこの人が大きいのか。

 そっと神様を窺うと、神様は。


「ゆっくり休むんだよ。苦労させてごめんね」


「……いいよ。割と楽しいし。それに」


 パパとママの顔を思い出すと、それだけで頑張れるんだ、私は。

 だから大丈夫って神様に笑って見せた。


 ほっとした様子で神様は頷くと、すうっと私の意識は遠のいた。

 白い世界が見る間に黒に染まり……――


◇◇◇


 顔を上げると、コツコツと黒板をチョークが叩く音が聞こえた。

 ああ……そうだった。授業中だったんだっけ。


 小さな欠伸を殺して、私は顔を前に向ける。

 現代歴史の先生の背中が、まだぼやけていた。


「顔がまだ寝てるぞ、ウィンディ」


 授業中だろうが何だろうが、実に堂々と声をかけた柊の声は、左側から。

 私以外には見えないようにしてるんだろうけど。生憎と私はそうじゃない。

 困った奴。

 目を向けると不審がられるので、私は鉛筆を手に、ノートへ文字を書き綴る。


――疲れてんの。ほっといて。


「無理はするなよ。断る権利は、お前にも一応はあるんだ」


 ……柊のこの無駄な優しさは、どうにかならないもんか。

 頬杖をつきながら、口を尖らせて再び文字を走らせた。


――次はいつ?


 柊は沈黙した。

 呆れてるのか、怒っているのか。よくわからないけど、何だか居心地が悪くなった。

 そっと左側を窺うと……実に、複雑そうな顔をした柊と目が合った。

 純粋に、心配してくれていたようだ。

 流石に罪悪感が沸き起こる。


 ごめん、と短く書いて、私はノートを閉じた。

 同時に、チャイムの音が教室に響く。

 授業は終わり。この話も、今はここで終わりにしよう。


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