8 手品。
自分の都合が悪くなりそうなことは(勝手にデジカメの中身を見たこととか、剛志のこととか)省略して説明した雄吾の話を聞いて美和は重い口を開いた。
「それって、ほぼ誘拐……」
「それについては、俺も否定も肯定は多分……出来ないです」
誘拐と最初に口を開いた美和だが、内心はここまで意味がわからない状況だと「誘拐」の話は本当はどうでもよくは……ないが、聞くべきとこは、そこじゃないと自分に突っ込みを入れる。
美和が居た世界には「魔力」も「犬が話す」こともない。
本当はそれに対して驚いて話を聞くべきだと思っていたのだが、目覚めた時より雄吾と同棲してると言われた部屋に自分が居ることに違和感がないのだ。
「ここは私にとって異世界? えっと、でも人間関係とかは同じだけど、雄吾と私は別に付き合ってなかけど……だから、うーん。えっと、パラレルワールドってこと? でも、魔法とかあるって言うし、だけど私と雄吾の存在が消えるらしいし……」
頭の中を整理しようと、ブツブツ声に出しながら考えてる美和にどう説明すればいいのかと困って、雄吾とナルは顔を見合わせる。
「ねぇ、魔法って何?!」
「えっ?! 何って何?!」
独り言を言ってた美和が、急に向き返り話しかけられ、雄吾は驚いて聞かれたことを復唱する。
しかし「何?」と聞かれても、生まれた時から魔力のある世界で当たり前に生活してる雄吾は、なんて説明すればいいかわからない。
「うーん。あ、このお皿、ちょっと見てて」
「お皿?」
雄吾に見てと言われた物をジッと見つめる美和。
美和が皿を見てると、フワッと皿が宙に浮かんで台所の洗い場に移動する。皿が浮かんだ瞬間は驚いていた美和だが、次は疑いの視線で雄吾を見る。
「手品でしょ?」
「手品ってなに?」
「手品と言えば、あの手品しかないでしょ? 魔法を手品とか言って、私を混乱させてナルだって、腹話術かなにかでしょ? この部屋だって内装が同じ部屋で、私の部屋にあった物をわざわざ……」
きっとそうだ! と言いながら、美和はベランダがある窓に走り出し、窓を勢いよく開けると美和は硬直する。
「私ん家から見える景色と同じだ……」
急に動いた美和にも驚いたが、手品が何のことがわからない雄吾も「なんのことだ?」と考えて硬直する。
そこに3年、美和と生活してたナルが口を挟む。
「美和ちゃん……僕は魔力を使いながら自分でお話してるし、魔力があるこの世界は手品なんてしても驚く人がいないから、手品なんてする人がいないから、雄吾は美和ちゃんの言ってることわかってないよ?」
美和の世界で、テレビで手品を見たことがあるナルが説明する。
それに、ナルが話してることもあながち間違ってはないのだが、この世界の人間は魔力が無いと言われる人間でも少なからず、魔力を持っている。だから、ナルが会話をするときにナルがわざわざ魔力を使わなくても、大抵の人は動物の言葉がわかる。
美和が魔力のない世界の人間だから、ナルは気を使って魔力を使って会話を一応している。
「え、じゃあ、真剣衰弱とか普通にこの世界の人は魔法使えば答えが普通にわかっちゃうの?!」
「あ、それは、市販のトランプには特殊加工されてるから、よほどの魔力がある人じゃないと、トランプの数字はわからないようになってるけど……俺はそれ解除が出来るしなぁ」
「それに私がこっちに居ないと、私と雄吾の存在が消えるってことだよね……?」
「うん、まぁ……おやっさんはそう言ってたけど」
「おやっさん?」
「あ、美和ちゃんのお父さんの事だよ」
ポンポンと進んでた会話に雄吾の発言した「おやっさん」が美和の父親と聞くと、自分の父親をそんなフレンドリーに呼ぶ人が居ることに驚く。
美和の「うーん」と悩んだ顔を見た雄吾は、勝手に見たデジカメの写真のことを思い出す。
やっぱり美和と護は仲が悪いのか? 自分だけではなく、護もどうするのか他人事ながら心配になる雄吾。
「あ、そういえば。今日は仕入れの日だったんじゃないの? しかも、もう仕込みの時間なんじゃ……」
「ん? 仕入れは沙羅と龍馬に頼んだから大丈夫。なんだけど……なんで美和ちゃんは、今日が仕入れの日って事とか仕込みの時間を知ってるの?」
雄吾に言われて美和はハッとする。
美和の記憶では、働いてたバイト先はチェーン店のファミレス。
仕入れは、定期的に同じ時間に配送が来るから必要はないし、仕込みも難しい物はないから営業時間内にする。
それに、雄吾が自分で店をやってるというのも、さっき知ったばかりの美和が雄吾の店の仕入れ、仕込み時間などを美和が知っているのは不思議な事なのだ。
「そ、それは……勘?」
「いや、勘って少し無理あるよね……?」
雄吾に突っ込みを入れられなくても、美和も無理な言い訳だとわかっていた。
だか、なんで知っているのか自身でもわかってないので、勘としか言いようがなかったのだ。
雄吾は、美和の反応を見て「中途半端に補正されてるな」と感じながらも、最初はかなり驚かれたが美和が自分になんとなく嫌悪感を抱いてなさそうな姿に安易する。
「あのさ、こんな状況なのにものすごく悪いんだけど、2日も店長なのに店を休んでるから、店に顔出しに行くだけ行きたいんだよね。今日は美和ちゃんは、おやっさんが研究所に来るようにって言ってたから、ナルと一緒に行って欲しいんだけど……」
「研究所?」
「あー、えーっと。研究所、けい……あれだ、あれ。何て言うんだっけ、ナル」
研究所と警察署は同じようなものなのだが、ナルに聞いてたとは言え名前の違いに咄嗟に答えられなかった雄吾は、ナルに助けを求めナルが美和に説明をする。
説明を聞いて理解した美和は、あからさまに嫌な顔をする。
「その研究所に行くのは構わないんだけど、父親……かぁ」
「僕、おやっさんに会うの久々だから楽しみ!」
「……楽しみ?」
ナルの楽しみという言葉に、ここの世界の護は自分の知ってる父親と違うのか? と美和の頭に疑問が浮かぶ。
自分の知ってる父親とナルが仲良くしてるところも見たことがないし、美和の中の護は会うことを楽しみにするような、面白い人でもない。
そんな微妙な美和の表情を見たナルは、不思議そうな顔をする。
「おやっさんに会うと、いつもお菓子くれるんだよ!」
「お、お菓子? お父さんが?!」
自分の父親がナルにお菓子をあげてるなんて、初耳の美和はナルの発言にまた驚く。
どう考えても、自分の父親がそういうことをするキャラだと思えないのだ。
きっと、ここの父親と自分の知ってる父親は性格が違うのかもしれない。と美和が自分に言い聞かせていると、雄吾が話し出す。
「じゃあ、わからないことがあったらナルに聞いて! 俺は店行って来るわ。ランチ終わればなんとかなると思うから、連絡する」
「え?! あ、いってらっしゃい」
雄吾にも父親がどんな感じなのか聞こうと思った美和だが、雄吾は急いでたのか足早に家を出て行ってしまった。
「それにしても、私ってば普通に「いってらっしゃい」とか言ってるんだろ……」
わけがわからないことになってるのに、自分の順応能力がこんなにもあったなんてと、誰に話しかけるでもなく独り言を言ってるとナルに声を掛けられる。
「美和ちゃんが、すぐにお皿を洗ってる!」
「ちょっと、ナル!! 珍しいってなによ。もうっ」
雄吾に朝ご飯を作ってもらったのだから、食器くらいはと思って洗っていたの美和だが、ナルが言ってることも一理ある。
「だって、珍しかったから!」
「……ナルって実は毒吐くんだね」
「毒? そんな危ないことしないよ! もうっ」
美和の口調を真似したナルを溜息をつきながら。美和は見る。
話せる犬と3年も生活をしてたとなると美和のだらしがない生活ぶりを、ナルは知っている。
余計なことを誰かに喋るんじゃないかと美和は不安になったが、そのことを口止めする前にナルにも聞きたいことがあった。
「ねぇ、雄吾ってどんな人なの?」
「うーん。美和ちゃんが好きそうな人なんじゃない?」
「へ、へぇ……」
と相づちをしたものの、美和が聞きたかったことはそういことではない。
雄吾もナルに同じようなことを聞いていたが、犬だからと言えばいいのか少しズレた返答になるようだ。
だが、ナルの言う通り雄吾は、美和の嫌いなタイプではない。
背が高い、人懐っこい感じの顔、料理も出来る、キザなことをされても改めて考えると嫌じゃなかった――。
ナルに言われたことを考えてた美和は、雄吾のことより今の現状を考えなければ! と、首をブンブンと横に振る。
するとさっき雄吾が座ってた後ろに、黒とピンクの色違いのデジカメが美和の目に入る。
ピンクのデジカメが自分の物だと、なんとなく確信した美和はデジカメの電源を入れる。
「あっ……」
美和が見た写真には、ファミレスで一緒に働いてた見知った人たちが雄吾のお店の制服を着た集合写真。店の入り口には「祝1周年」とあり、皆の真ん中でニコニコした美和と雄吾が手繋いで周りに、記念の花が飾られてる。
これを見た美和はなんとも言えない複雑な感情が現れる。
幸せそうな自分の姿を見て、雄吾と付き合ってるのか確定事項に嫌悪感を抱く。
けして、雄吾が嫌いとかではなく、付き合っているなら楽しかった思い出もそうだが、色んな思い出があるはず。
そういう思い出もないのに、お互いに歩み寄ることが出来るのかと。
「美和ちゃん、そろそろ研究所に行かない?」
「うん。準備するからちょっと待ってねぇ」
ナルに声を掛けられ、雄吾との恋人関係のことより現状を知るべき。だと、美和は研究所に向かう準備を始めた。