7 幽霊ではありません。
美和とナルが帰って来て、慌てて脱衣場に隠れた雄吾の手には美和の携帯電話がある。
剛志からの着信履歴を消して携帯をリビングに転移させて、美和に見つかる前に自分の部屋に帰ろうと洗面台の鏡を触ろうとした瞬間。
「あぢぃ、あぢぃ…」
言いながら、美和が脱衣場に入ってきてしまった。
これで自分は変質者扱い決定だ。と雄吾が呆然としていると、明らかに美和の視界に入ってる距離に雄吾はいるにはずなのに、目の前で美和が服を脱ぎ始める。
何ごとかと思い、服を脱ぎ始めた美和を驚いて凝視する雄吾。
そこで1つの可能性が思い浮かぶ。美和には自分の姿が見えてないのではないかと。
ナルには「単純バカ」と言われている雄吾だが「見えてないなら、見放題じゃん!」なんて楽天的なことを考えられるほど節操のない人間ではないので、今のうちに自分の部屋に戻ろうとしたが思わず美和の独り言に反応してしまった。
「ん? やっぱり、家の掃除してくれたのってお母さんじゃない…?」
──流石にちゃんと付き合ってない、女の子の洗濯までしちゃ変態かと思ってさ。
「え?! 何?!」
雄吾はギョッとした。
姿が見えてないんだから、声も美和には届かないと思っていたのだ。
焦った雄吾は、今度こそ自分の部屋に戻ろう思ったのだが、髪の毛を解こうとして洗面所の鏡の前に来た美和となぜか鏡越しに目が合ってしまったのだ。
「え?!」
どうやら鏡越しだと雄吾の姿が美和に見えるらしい。
自分がここに居ることがバレてしまった以上、言い訳も何も出来ないと思った雄吾は、顔を引きつりさせながら美和の肩に手を置いて美和の顔の横でニッコリ笑ってみせる。
「きゃーーーーーっ!! だ、だ、だ、だれ?! ユウゴっ!! ゆうごおおおおおおお!!」
もう雄吾は苦笑いするしかない。
こういう反応はされると予想はしていた雄吾だが、実際この反応を目の当たりにすると切なくなる。
それに美和が助けを求めてるのはナルなのだが「ユウゴ」という名前を叫んでるそれも、雄吾は面白くない。
──雄吾って、俺の事なんだけど?
「お化けっ?!」
鏡の前に居ない美和には、雄吾の姿は見えてなく「ユウゴぉ」と言いながら脱所を出て行ってしまった。
「お、俺ってお化けなのね……」
美和の驚き方にショックを受けた雄吾は、無意識に独り言をつぶやく。だが、変質者と言われるよりはマシかと思っていると、ナルが美和に連れられて脱衣所に来た。
「キャンッキャンっ!!(なんで、美和ちゃん怖がらせてんの)」
冷ややかな視線でナルは、雄吾を見ながら吠える。
ナルにはどうやら雄吾が見えていて、美和にはナルが吠えてるようにしか聞こえてないが、雄吾に言葉が通じてるためお説教を始める。
ナルのお説教も煩いと思いながら、怖がらせたことをなんとかしようと、美和に雄吾は声を掛けることにした。
──幽霊じゃないから、鏡見てって。
泣きそうな顔をしつつも美和は決心したのか、ゆっくりと洗面所の鏡の前に美和が来る。
「だ、誰ですか?!」
──だから、俺が雄吾だって。この犬は俺の犬でナルって言うんだけど。
美和のことをこれ以上は怖がらせたくない雄吾は、そっと美和の頭に手を置いてニコニコしながらナルのことを指をさしながら、美和に説明する。
雄吾の話を聞いてるのか、聞いてないのかわからないがチラッと後ろを振り向いて雄吾が居るのか確認する美和。
もうこのまま自分の世界に連れて帰ってしまうか。とも、思ったが、護が「多分、補正される」と言ってたことを雄吾は思い出す。
もし美和の記憶が補正されなかった場合、このまま連れて帰ったら誘拐犯、幽霊だと思われてるなら死神と思われる。
それでは、恋人関係どころかお互いの存在にも関わる。
──明日の朝になったら、多分わかるはずだよ。じゃあ、ゆっくりシャワー浴びて? じゃ、おやすみ~。
これ以上ここに居ても墓穴を掘って美和に嫌われるだけだと思った雄吾は、美和の髪の毛にキスをして洗面所の鏡をツンと弾いて自分の部屋に戻った。
そして自分の部屋に戻った雄吾は、我に返ると自分のしたことに後悔をする。
「うわぁぁぁ! 俺ってば、髪の毛にキスとか何くっさいことしちゃってんの?! 絶対、ナルにバカにされるやつじゃん!」
自分の部屋に着いた雄吾は、自分のしたことが恥ずかし過ぎて逃げるようにベットに飛び込んだ。
だが今までの自分1人だけの部屋だったら良かったものの、昼間には気にならなかったベットには自分以外の香りがして、余計に雄吾をもどかしくさせるだけだった。
******
やっと気持ちを落ち着かせた雄吾は、美和が寝たであろう時間に美和の部屋に向かうと案の定ナルの第一声は嫌味だった。
「あ、変態ナルシスト雄吾来たの?」
「帰るぞ、ナル」
否定はしたくても出来ない雄吾は、一言だけ言って軽くナルを睨む。
雄吾をあまりからかうと後で煩くなるなと思ったナルは、返事の代わりに雄吾の背中に黙って飛び乗る。
「美和ちゃん、どうやって連れて行くかなぁ……」
あんなことをした後だからか、美和に触れて抱えるの躊躇する。
雄吾が美和を浮遊させようとすると、慌てたナルに止められた。
「雄吾、ダメだよ! 僕と雄吾と美和ちゃんであっちに戻るんだから、また魔力が切れたらどうするの?!」
「これくらい大丈夫だろ?」
「ダメ!!」
少しナルは心配し過ぎではないか? と思った雄吾だが、美和の世界でどれだけ魔力が使えるのかわからないため美和を浮遊させるのを諦めて、恐る恐る美和を抱きかかえると、美和を見つめながら雄吾はため息をつく。
「……まるで誘拐犯だな」
美和を自分の世界に連れて行ったら、この世界の美和の周りもどうなるか気になる。
でも、連れて行く以外の方法なんて知らない雄吾は、護の言ってた通りにするしかない。
美和を抱えた雄吾は3人分の魔力を指先に溜めて、洗面台の鏡を弾いて飛び込む。
「……へっ?!」
いつもと何かが違うと思った雄吾は、思わず声を上げる。
鏡の中に飛び込んだと同時、光が雄吾たちを包み込んだと思った瞬間に美和の中に光が入って消えた。
いつもと違った現象に、何が起こったのかわからない雄吾は、呆然とする。
「……ってば! 雄吾っ? ねぇっ!」
「え、あ、あれ?! ……部屋?」
美和を抱えてたまま固まってる雄吾にナルが声をかけると、雄吾は驚いた顔をする。
「何言ってんの?」
「いや、別になんでもない……」
ナルが何も言ってないと言うことは、自分の気のせいだったと思い雄吾は、美和を静かにベッド静かに下ろす。
「……ほんとに同棲してる感じの家になってる」
「なんだよ、信じて無かったのかよ」
「そう言う意味じゃなくてさ」
「あー。なんか俺……疲れたっぽいから、寝るわ」
「え? う、うん」
さっきの光はなんだったか気になりつつも、魔力が切れたのか脱力感で美和の横に倒れるように雄吾は眠りについた。