6 あっちもこっちも。
護に明日までに美和を連れて来いって言われた雄吾。
そのことをナルに話しに行くため、美和の部屋に雄吾は戻って来ていた。
「ナルは……俺の話したことの意味わかる?」
「うん。僕は美和ちゃんと仲良くなってるからいいけど雄吾は大変だね。で、僕のことも聞いてきてくれた?」
「あっ」
自分のことで精一杯だった雄吾は、ナルの存在のことは忘れていて護に話さなかった思い出した。
「もうっ! 自分のことばっかりずるいよ、バカ雄吾!」
「そんなこと言ったって、美和ちゃんは記憶補正されて俺のことを知ってることになるかもしれないけど、俺はなんも補正もされないで美和ちゃんと過ごすんだぞ?! 美和ちゃんがいくら可愛いからって、無神経に俺だって彼氏顔していいのか悩んでんだよ。バカ!」
軽く逆ギレをした雄吾だったが、美和を自分の世界に連れて帰っても自分も美和もその世界にしか存在してない自分たちの今後どうするか聞いてない。
ナルのことを護に話してたとしても、自分と同じ状況になるに違いない。それを今、ナルに話しても逆撫でするだけだろうと思い雄吾は口を閉じる。
「そうだ、ナル。俺、飯作って来たから食わね?」
研究所に居るであろう美和のために作ったスープとサラダだったが、本人がいなかったからと言って流石にここの美和に食べさせることは出来ない。と思い雄吾はナルに食べさせようと持って来ていた。
「いらない。後で美和ちゃんが用意してくれるご飯食べるから」
「なんだよ、まだ拗ねてるのかよ」
「そうじゃないよ! 美和ちゃんが用意してくれたご飯が、食べられなかったら嫌だもん!」
普段から人見知りはしないナルだが、随分と美和に懐いたもんだと感心する雄吾。
「ナルが食べないなら持って帰るしかないか」
「別に持って帰らないで、美和ちゃんに食べてもらえば? 雄吾も仲良くならないとダメなんでしょ?」
「俺のこと知らない美和ちゃんに、どうやって食べてもらうんだよ」
「なんとなくポジティブな子だから、なんとかなるんじゃない?」
「……お前、それ簡単に言うのな」
自分が出来ないことを簡単に言うナルに向かって、雄吾がため息をつくと何か思い出したようにナルが話し出す。
「そういえばね、美和ちゃん家事全般が苦手みたいだよ」
「えーっと? だから、なんでしょうか?」
ナルの言ってることがいまいち理解できない雄吾は、思わず敬語になる。
「掃除とかして、いい男アピールしてけば?」
「は? ここで?」
ナルなりに雄吾と美和を仲良くさせようとしてるのだろうが、ナルは何か少し勘違いをしてる。
自分たちの世界に帰れば無条件で美和は、記憶の補正で雄吾の彼女になる。彼女なのだから、少なくても雄吾に好意は抱いてくれてるはず。
だから、美和を自分に惚れさせるための行動が、したいわけではない。
それに勝手にこの部屋の掃除をしても、現在の美和には逆に引かれるはず。
雄吾が悩んでるのは、何がきっかけで付き合い始めたか、どういう付き合い方をしてたか、それらの記憶が雄吾に無いため、どうすれば違和感なく彼氏として役目を果たせるかどうかなのである。
それでも、協力しようとしてくれてる弟の存在みたいなナルに、強くは言えなくなった雄吾は渋々だが流されるままナルの言う通のことをすることにした。
持ってきた料理を美和の部屋の冷蔵庫にしまいながら、本当に掃除をしていいのか? と、思いながら美和の部屋を見渡す。
確かに部屋は散らかっては、いるものの……苦手というより、美和はやらないだけなんじゃないのか? と思う雄吾。
「掃除機とかある場所は、俺ん家と同じ場所にあんの?」
「料理しない分そこらへんの物は、雄吾の部屋と違って何もないけど、ほとんど同じだよ」
「オーケー。どうせ一緒に住むんだから、掃除しても問題ないだろうしやっちまうか」
美和の記憶が補正されたら、ここで誰かが掃除したという記憶がないことを願って掃除を雄吾は始めた。
掃除を終わらせると、雄吾は1つ気になったことをナルに聞く。
「……なぁ、ナル? 男が女の子の洗濯物に触るのってあり?」
「犬の僕にわかるわけないじゃんか」
「ですよねぇー」
ナルに聞いた自分がバカだったと思いながら、脱ぎ散らかしてる服だけは洗濯カゴに持って行くだけにして洗濯をするのは止める。
前に親が旅行中に沙羅の洗濯物を干してたら、凄い勢いで雄吾は怒られたことがあったからだ。
「こんなもんかねぇ? 俺、自分ん家の方も少しちゃんとしてくるわ。美和ちゃん、何時に帰ってくんの?」
「18時過ぎじゃないかな?」
「またその頃に来るから、その時またナルのカラダ借してよ。じゃ、一旦戻るわ」
流石に1人暮らしをしてる美和の部屋の物を、漁って美和のことを探るのは悪いと思った雄吾。
自分の世界の美和なら今はどうあれ、一応は付き合って同棲までしているのだから、自分の私物に美和のことを知れる物があるのではないかと考えた。
自分の世界の部屋に戻った雄吾は改めて、部屋の中を見渡す。
最初に戻って来たときは、混乱していたり、ナルに話に行かなきゃで、しっかりと部屋の中をまだきちんと見てなかったのだ。
「自分の部屋なのに、なんかキョロキョロしてんの変な気分だな……」
自身が食べ歩きをする時に、持ち歩いてる机の上にあるデジカメが雄吾の視界に入る。
手に取って電源を入れると、美和と手を繋いで店の一周年で撮った写真に、何処かに出掛けて撮った写真。
「店が一周年の時には、既に付き合ってたのか」
店の一周年の時は、店の仲間と関係者たちで盛大に祝ったことを思い返す雄吾。
いい思い出なのだが、雄吾の記憶には美和の存在はそこにはなく雄吾は申し訳ない気分になる。
デジカメをテーブルの上に置いて、スッと立ち上がる雄吾。ベットの陰に行き、何かの引き出しを開ける。
小さくガッツポーズを雄吾はした……んだか、これは見なかったことにした方がいいだろう。
ナルの「単純バカ」という台詞が聞こえそうだ。
******
「うわっ! やばっ! 思ったより寝ちまってた」
これからの大仕事のために、自分の世界にいる分には魔力が無くなってる感覚はないものの、美和の世界に行った時の魔力がどうなるか予想が出来ない。
魔力切れをまた起こさないようにと、休んでいたら美和がバイトが終わる時間ギリギリになってしまっていた。
時間ギリギリと言っても、洗面台で美和と雄吾の部屋は繋がっているから目と鼻の先。
「美和ちゃんは、まだ帰ってきてないよな?」
「もー! 遅いから、どうしたのかと思ったじゃん」
「少しのつもりが、思ったより寝ちまって……」
「そっか」
「あれ? 怒らねぇの?」
自分たちの世界に帰ったら、ここにいるより魔力が増えたナルにはどうせバレるはずだと、正直に話した雄吾だったがナルの反応が自分が思っていたのと違って肩透かしを食らう。
3年もの間ナルの中で起きない雄吾のことを、ナルなりに心配していて魔力不足になって「また起きなかったら嫌だ」という気持ちがあったからナルは雄吾のことを怒れなかった。
そのナルの寂しそうな顔をしてるのに気付いた雄吾は、話を変える。
「美和ちゃんって、どんな子?」
「うーん。どんな子って言われてもな。雄吾が好きそうな子だよ」
好きそうな子。それは雄吾もナルに言われなくても自分でわかっている。
だけど、自分が気に入ってる人はナルも気に入るし、ナルが気に入ってる人は自分も気に入る。
動物だからか、ナルの行動は素直で子供っぽいが基本的にはずっと一緒にいる雄吾とナルは、考え方も行動パターンも似ている。ナルが仲良くなったのだからと、雄吾はこれ以上ナルに美和のことを聞くのは諦めた。
「あ、雄吾。美和ちゃん帰って来たよ」
「おう」
とりあえずは美和と接触してみたいと思ってる雄吾は、ナルの体を借りるためナル中に飛び込む。
「ただいま、ユウゴ……って、あれ?」
雄吾が掃除をしたなんて、知るわけもない美和は部屋の中をキョロキョロしながら自分の母親が掃除したのかと思い、母親の姿を探す美和。
そんな姿を見た雄吾は「ほらみろ」と心の中で思う。だが、自分が掃除したということは知られたくないが、知って欲しいという面倒くさい感情もある。
「くぅーん(俺がやった!!)」
と、尻尾を振って鳴く。
バレたくはないから、魔力を使わず自分が掃除したということを伝えてみる雄吾。
「ユウゴがやったの?」
魔力を使って鳴いたわけではないから、通じるわけがないのだが美和の反応に通じたかと思い雄吾はドキリとする。
それから美和は冷蔵庫に向かう。
雄吾の心境は正に「ヤバイ」の一言。持って帰るつもりだった、スープとサラダを冷蔵庫の中に入れてたのをすっかり忘れてたのだ。
「スープとサラダ……?」
見覚えのない食べ物を見て固まってる美和を見て「ヤケクソだ!」と思った雄吾は、サラダに入ってる生ハムをペロッと1枚だけ食べると美和は安心したのか、食べると言い出して雄吾の作ったサラダをスープを温め直しながら食べる。
そして、スープを一口食べた時の美和の表情を雄吾は見逃さなかった。
──俺、あの表情……知ってる。
美和のスープを食べた時の表情を雄吾は何時、何処で見たのか気になって考えてみたものの、自分の世界では会ったことがないのだから、思い当たることもない。
それでも気になって考え込んでいると、ナルの声が雄吾の頭の中に響く。
──雄吾? これから散歩だけど。
──ん? あぁ。美和ちゃんには悪いけど、やっぱり少し美和ちゃんのこと知りたいから部屋の中の物を見させてもらう。
「ユウゴ~、散歩行くよぉ~」
「わんっ」
ナルの代わりに雄吾が返事をして、姿を消しながらナルの中から出る。
2人が居なくなったのを見計らって、雄吾は消してた姿を元に戻す。
部屋の物を見せてもらうと部屋の残ったのはいいが、掃除も勝手にやったとは言えやはり人の物を勝手に見るのが気が引けてる雄吾。
どうしたもんかと思っていると、目の前に雄吾の持っているデジカメと色違いの物が目に入った。
「……写真くらいならいいよな?」
心の中で美和に謝りながらデジカメの電源を入れると、1枚目に雄吾の見知った顔が写ってる写真が現れる。
「なんだよ、この怖そうな顔したおやっさん。あはは」
護、美里、美和の3人のいわゆる家族写真だ。
その写真は怖い顔をした護を真ん中に、両端に美里と美和が立って写っているのだが、護と美和の間には距離がある。
「何この距離。もしかして、美和ちゃんとおやっさんの仲悪いのか?」
「娘欲しいもん」と護が言ってたことを雄吾は思い出す。
自分に対しては気さくなオヤジなんだが、家の中では違うのだろうか? 護に昔から世話になってる雄吾は護の怖い顔は見たことがない。
自分の世界でも美和と護の仲が悪そうだったら、自分がなんとかしてあげられたらいいな、と思いながら他の写真も見る。
次々と写真を見てると、雄吾も知ってる人ばかりだったが、中には知らない人もいる。
友達でも知らない人がお互いに居ても当たり前。と、雄吾は気はしてないがスープを食べたときの美和の表情が気になって写真を見てるのだが、関係ありそうな写真は見当たらなかった。
「ん?」
ぼーっと、雄吾がデジカメの写真を眺めてると、携帯のバイブ音がどこからか聞こえる。
「俺のはこっちでは、鳴らないから美和ちゃんのか」
どこで鳴ってるのかと携帯を探すと、リビングの方から聞こえる。
切れたと思うと、もう一度ブーブー鳴り始める。急ぎの用かと思い、気になって雄吾はチラっと着信画面を見る。
「は?! 剛志っ?!」
美和の世界では、一方的にメールで美和に別れ告げた人物。その対応もそうだが、雄吾の世界の剛志の印象も雄吾は最悪だ。
こっちでは3年経っているから、3年前の元カレのはずだ。正確にはこっちの世界の美和の彼氏ではないんだが、何故かイラっとした雄吾はその電話に出てしまった。
「はいはーい?」
『はっ?! だ、誰だよ』
「雄吾だけど、美和ちゃんシャワー浴びてるんだよねぇ。なんか用なら聞くけど」
『は? な、なんで?!』
「なんで?」と言われて、雄吾も「なんで?」と疑問が湧く。
剛志の疑問は「なんで、男が電話に出たのか?」というより「なんで、雄吾が電話に出たんだ?」という疑問だと直感で雄吾は感じた。
そもそも、この世界では雄吾は存在してないのだから、剛志と雄吾は知り合いでもないはず。
その直感は気のせいだと自分に言い聞かせて、雄吾は電話の対応をすることにした。
「要件はー?」
『だから、なんでお前が電話に出てんだよ』
「美和ちゃんに彼氏がいたら、おかしい?」
『こっちに、お前が居るのがおかし……』
雄吾がこっちに居るのがおかしい。剛志はそう言おうとしたことで、雄吾は剛志もこの世界の人間ではないと確信した。
しかも、少数の人しか知らないはずの雄吾の存在のことも知ってるような口振り。
「ストーカーで妄想婚約者の方ですか?」
『やっぱり、お前。あっちの……』
雄吾が煽ったことで、剛志にも雄吾自身もこっちの世界の人間では無いことも教えたことになる。
そうなると、ここまで美和に執着して電話をしてきてる剛志がヤバイやつだとも嫌でも気付かされる。
「僕ニハ、アッチトカ、意味ワカリマセン」
手遅れだとは分かってはいるものの、雄吾の誤魔化し方が単純すぎて余計に剛志を怒らせる。
『こっちでもお前、邪魔するんじゃねぇよ!』
「もう、なんでもいいけどさぁ……剛志くんは、なんの用で電話してきたんだよ」
『お前には電話してねぇよ! 俺の美和に手出すな!』
「剛志くんの美和っすか……」
剛志と会話にならない雄吾は、呆れて何も言えなくなっていると玄関からガチャガチャと鍵を開ける音がする。
「あ、剛志くん。美和ちゃん、シャワーから出てきたからまた、今度お話しよーね。じゃーねー」
剛志が何かゴチャゴチャと言っていたが、慌てて電話を切った雄吾。
自分もストーカーみたいな存在という自覚は、雄吾にもあるが雄吾には剛志がまた接触して来るような予感がする。
何故、剛志が雄吾がこっちの世界に居ないことを知っていたのか──。