13 母親。
テーブルの上にはこれから何かパーティーでも始まるのではないか? と思わせるくらい、雄吾の作った大量の料理が並べられてる。
作った本人も作りすぎたと思ったのか、料理を見て「こんなに誰が食べるんだ……」と独り言を嘆いている。
「ふふふ。そういえば雄吾くん、美和と付き合い始めた時に来た日も大量に作ってたわねぇ」
「え?! あ、あはは……」
記憶にない自分も同じことをしてたらしいということを、美里の口から聞き「俺ってば……単純すぎる」と、恥ずかしさで雄吾は苦笑いをする。
そんな雄吾と美里の会話は、聞こえてない美和は基本的に返事と必要最低限のことしか話さない父親と会話が出来るのかと。頭を悩ましていてた。
自分の記憶にない時間枠的には、雄吾と既に付き合ってたであろう時期に付き合っていた美和の元カレの剛志。
もし本当に付き合っていて、メールだけで振られているなら普通は記憶になくても滞在的にでも「怒り」の感情が先ではないのか? と、美和は思った。
メールで彼女を振って、連絡してくるな。なんて言われれば、剛志自身のことはまった記憶にない美和にとっては他人事なのだが、他人事にしたって気分は悪い。
話しかけられた時には「怖い」「不気味」という感情しか剛志には感じなかったのだ。雄吾から、剛志は美和のストーカーと聞いてしまったら余計に嫌悪感しか抱けなくなっていた。
しかも、ただのストーカーではない。魔力があって、この世界と鏡の世界を行き来が出来る。
「なんか、玄関からものすごい殺気を感じる!」
美和が悩んでいると美里の膝の上で遊んでいたナルが、笑いながら物騒なことを言い出す。
殺気? と、恐る恐る美和が雄吾の顔を見ると、雄吾も笑いをこらえたような顔で玄関に視線を移す。
「ぷっ……あ、俺が見てきます」
笑いをこらえるのを諦めたのか、吹き出してから玄関にバタバタと向かう雄吾に「ふふふ」と笑って美里は見送っている。
美里の様子を見て、玄関で殺気を発している人物が誰なのか予想はついた美和だったが、ナルの様子は別として雄吾の物怖じしてない様子に驚く。
「何やってんの? もう飯出来てんよ?」
「っ?!」
玄関先から雄吾と言葉を詰まらせたような声が聞こえる。
殺気を出してた人は、きっと言葉を詰まらせた方の人物だがこの家に入って来る時点で誰が居るかは決まっている。
「護さん。おかえりなさい。やっと入って来たのねぇ」
「……っ」
そこには美和が思ってた通り、雄吾に腕を引かれて来たムスッとした顔の護が居る。
雄吾に無理矢理に引っ張られたからか、怖い顔をしてる護に何も言わないのも変だと思い美和はビクビクしながら口を開く。
「お、おかえりなさい……」
「あ、あぁ」
護は一瞬だけ目を丸くして美和を見たが、すぐに表情をムスッとした顔に戻して美和から視線を逸らした。
美和には護が何かに怒っている顔にしか見えてないが、雄吾、美里、ナルの3人には子供が拗ねて膨れてるようにしか見えなく笑うのを我慢してるのか方が震えている。
「やっぱり、こんな感じなんだな……ぷぷぷ」
「研究所でもおやっさん、あんなんだったよ」
クスクスと笑いながら雄吾とナルが話してるのは、美和にはもちろん聞こえてない。
「どの」「どこの」自分の父親でも、自分にはやっぱりこの態度か。自分が父親になにしたんだ? と、美和は溜息をつく。
そんな美和と何を考えてるかわからない護を置いてきぼりにして、食事は始まる。
雄吾もナルも護のことを「おやっさん」と一生懸命に話しかけているが「ああ」と空返事するばかりで会話はなりたっていない。
そろそろ真面目に話をしなきゃな。と思い、美里にも自分たちの状況を話をしていいのか、雄吾には判断が出来ず美里の顔をチラリと視線を移すと美里と目が合ってしまう。
「あら? 雄吾くん、何かしら?」
「え、あ、えーっと……」
護に助けを求めようと雄吾が護を見ると、自分と目を合わせないようにしてるのか、それとも雄吾の隣に座ってる美和と目を合わせないようにしているのか、こっちを見ようとも護はしていない。
雄吾のうろたえている姿を、ニコニコしながら見ていた美里が口を開く。
「今日の雄吾くん、いつもより緊張してるわね? 美和、妊娠でもした?」
「「「に、妊娠っ?!」」」」
雄吾、美和、護が同時に声を上げる。
「ゆ、雄吾……お前……」
目をまん丸にした護の視線が、雄吾とに突き刺さる。
「ちょっと、お、お母さん! 妊娠なんか、多分してないから!」
「美和ちゃん「多分」って、その言い方だと誤解される!」
「あ、うん。してない、妊娠してないはず!」
「してないはずって……!」
なんでそういう話になった! と、雄吾と美和は驚いて慌てて否定する言い争いをするが、その言い争いも何故か「多分」「はず」とあいまいな表現で空回りをする。
「ママ、あんまりからかわない方がいいと思うけど……」
「だって3人とも、面白いじゃない?」
ポカーンとした顔でからかわれた3人は、美里とナルを見る。
「雄吾。妊娠はないんだな? ない記憶の雄吾がさせたとかじゃないんだな?」
「ない記憶とか言われたら、俺……なんも言えねぇし!」
からかわれたと分かっても、納得が出来ない護は真面目な顔をして雄吾をしつこく問い質す。
その様子を「ほら。こうなった」と笑いながらナルと美里が見ている。
「あぁ、ナル! 笑ってないでおやっさん、なんとかしろよ!」
同じことを何回も聞いてくる護に、嫌気を差した雄吾はナルに助けを求める。
「あはは! おやっさん、美和ちゃんの中にもういっこ人格は感じないから、赤ちゃんいないと思うよー」
「それならいいが……」
ナルの言葉に渋々と納得した護を不思議に思った美和がナルに「なんで納得したの?」と聞くと、小さな声で美和に説明をする。
ナルが人の心を読むときに、お腹に子供がいる人の中に人格が2つ感じるから母親の方の心が読みにくくなるから、自分には子供がいるかいないか分かる。と、いうことらしい。
「妊娠の話は、流石に冗談だったんだけど……私にはなんで、美和がここに居るのかサッパリわからないわ」
「あぁ、それは……」
美里に聞かれ答えようとした護だったが、美和が鏡の世界の方から連れてきた美和だとは知らないため言葉を詰まらせる。
「あら、内緒なの? 美和の元カレがストーカーしてるとか話だったから、その話かと思ったんだけど」
「元カレ……」
やっぱり、こっちでも剛志と付き合っていたのか。ということは、やっぱり自分は雄吾と剛志で二股をしていたのかと、美和は落胆する。
「……私、剛志といつ付き合ってたか、お母さん覚えてる?」
「えーっと。3年前? あ、でも、最近かしら?」
美里の言葉の意味をそこにいた全員が、疑問を持ち部屋が一瞬で静まり返る。
その静まり返った様子を見て、ヤバイという顔を美里がする。
「美里、まさか……」
「キャー! ま、護さん、ご、ごめんなさぃぃっ! 黙って、鏡の世界に遊びに行って、あっちの美和の母親のふりして遊んでてごめんなさいっ!」
美里は護が何かをしてるは、知っていたが何をしてるのかは知らなった。
結婚するまで元研究所で働いてた血が騒ぎ、こっそりダメと思いつつ調べていたら、鏡の世界と何かをやってるのが分かって遊びに行ってみたら、居ないはずの娘がいて嬉しくて美和にちょくちょく会いに行っていたのだった。
「じゃあ、ナルは最初から美里さんのことわかってたのか?!」
「うん。あ、でもさっき会うまで、わからなかった」
「え、ナルちゃん、ユウゴちゃんだったの?!」
「ゆ、ユウゴちゃん……」
3人のやり取りを、ポカーンとした表情で美和と護は見ている。
「雄吾くんが飼っているナルちゃんに似てるとは、思っていたのよ。でも、名前が何故かユウゴちゃんでしょー? 違うワンちゃんだと思うじゃない」
「ナルには魔力があるんだから、鏡の世界の犬じゃないって普通は気付くだろ……」
ボソボソと護が呟く。
「じゃあ、なんでお母さんには、こっちとあっちの世界の記憶があるの?」
「記憶? あら、あなたたちも記憶がないの? 私も昨日の朝起きて玄関の掃除してたら、見覚えのない靴があるんだもの。いつ買ったのかと思って、物の記憶を見たのよ」
「物の記憶……?」
護は何のことを美里が言っているか分かったようで、溜息をつく。
美里が「物の記憶を見た」と言うのは、そのままの意味で、その物が見て来たことを魔力で見れるのだ。
さっきの見覚えのない靴の記憶を魔力を使って見たら、この世界にはいないはずの美和の靴だったため、どういうことか? と、驚いて色々な物の記憶を見て、ないはずの記憶を穴埋めしたということだった。
「変だと思ってたのよねぇ。雄吾くんが住んでるはずの家に、鏡の世界では美和が住んでるなんて。今日は色んな場所に行って記憶の穴埋めして帰って来たら、護さん何も言ってくれてなかったし美和と雄吾くんが来てるんだもの本当にビックリしたわ。って、ことは、美和は鏡の世界の美和なの?」
うふふ。と、美里は「じゃあ、護さんだけ美和と初対面なのねぇ」呑気に笑っている。
ここまで知っていて記憶がないのなら、護も何も言えなくなり美里に雄吾と美和の状況を話すことにした。
「あら……なんか、大変なのね。娘が出来たなんて喜んでる場合じゃない感じ?」
「今の状況だとそうなるな」
「じゃあ、娘が出来て息子も出来るかもしれない。なんて、喜ぶなんてもってのほかなのね」
「「息子っ?!」」
美里の気の早い発言に雄吾と護が同時に叫ぶ。
「えっと、お母さんは、私の元カレの剛士のこと知ってるんだよね? 私にはまったく身に覚えのないことで、記憶にないからお母さんが知ってること教えて欲しいんだけど……」
「私は別にかまわないけど……雄吾くんの前で美和の元カレの話なんかしていいの?」
「俺は聞かない」
「……護さんには、聞いてないわよ」
はっきり言って、雄吾もあまり美和の元カレの話は聞きたいとは思ってはいない。
だけど、魔力を持ってる剛士が鏡の世界でも美和に接触しようとし、この世界でも美和にも接触したことを考えると、それなりに魔力がありそうな剛士のことは今後のことを考えると、きちんと聞いておいた方がいいと思っているため聞きたくはないとはどうしても言えなかった。
「私も少ししか知らないけど、それでもいいなら話すわね」
美和と雄吾の顔をチラリと確認した美里は剛士のことを話し出した。