プロローグ
「ヤバッ! もう面接の時間になっちまう。おやっさんに何言われるかわかんねぇから、急がないと」
「おやっさんの娘さんでしょ? 遅れたら、絶対に怒られるねぇ」
フライパン、包丁を手にも持って冷蔵庫を浮遊させてる男は武井 雄吾。
その雄吾と会話しているのは、雄吾のペットの犬のナル。
雄吾が今してるように物を浮遊させたりしている人を見るのは、ほぼ日常茶判事でなんらおかしいことはない。他にも姿を消したり、その場所から瞬間移動や物を違う場所に転移させたりすることも出来る人間もいる。
ここは魔力がある人間が居る世界。上であげたそれらを扱うまでの魔力を持ってる人間もごく一部で、雄吾もそれを扱える魔力を持ってる人間の1人。
「おやっさんに文句言われるの面倒だしな。ナル! 俺、先に行くから」
「え、え?! 僕も一緒に……って、行っちゃったよ」
ちなみに、犬が人間と会話してるのも通常営業な世界なのである。
「わわわわわ! げっ! なんだよこれ、やばい弾かれる! いってぇえええええ。あ、落ちる! 落ちる! 冷蔵庫が壊れる! れーいーぞーこーーーー!!」
雄吾が向かった場所には魔力を遮断させる結界が張られて為、雄吾が転移で中に入ろうとした瞬間に目に見えない力に弾かれてしまい空から下に雄吾は綺麗に落下。
「いってぇぇ!! なんて騒いでる場合じゃない。俺の冷蔵庫、何処?!」
「……冷蔵庫って、これのことですか?」
自分が落下したことはどうでもいいとばかりに、冷蔵庫を空中を探す雄吾の後ろから女の子に声を掛けられて、慌てて振り向くと女の子が冷蔵庫を浮遊させて持っていてくれてる。
雄吾は女の子を見て、目を丸くした。
好みのタイプ。という理由もあるが、雄吾が持っていた冷蔵庫は家庭用のとは違い業務用の冷蔵庫で普通のより大きくて重たい。
それを平然と浮遊させる魔力を持ってる人間が、いくら魔力のある世界だと言っても少ないのだ。
「あ、あの?」
「あ! そ、それです! それ!」
女の子を凝視してた雄吾は我に返って、返事をして冷蔵庫を受け取る。
「あと、この包丁とフライパンとかは……」
「包丁とフライパン?! あ、あれ?! そ、それも俺のです……」
買った物で一番値段が高かった冷蔵庫を気にしすぎて、他の物のことを忘れてた雄吾は慌ててそれらも受け取る。
「あと、もう一つ……あそこの店の方ですか?」
女の子の指した方向を見ると、雄吾が転移しようとして結界によって弾かれたばかりの場所。
それを見て、また焦りだす雄吾。
「もしかして、面接にいらっしゃいました?」
「はい! よろしくお願いします!」
面接に遅れると言っていた雄吾の面接ではなく、おやっさんの娘である女の子が雄吾がこれからオープンさせる店にオープニングメンバーで働いてくれる子の面接。
面接に来た女の子の笑顔を見て「あぁ、後でおやっさんのどやされる」と小さな声で雄吾がつぶやいたのは言うまでもない。
「ごめんね、みっともない姿をお見せして」
人が集まる場所には外からの危険な魔法が中には影響がないように、特殊な結界を「魔法研究所」に頼んで張らないといけないという決まりがある。
だから、学校、移住地、人が集まる場所にはそれぞれの場所に合った結界が張られている。
その結界を張りに研究所からの業者が、今日来て結界を張るという連絡があったにもかかわらず、忘れてて結界に弾かれると失敗を雄吾はした。
店の中では従業員で魔力を持ってる人間は簡単な登録をすれば、店の中でも魔力がある程度使えるようになる。
「これ、有り合わせで作ったから大した物じゃないけど、良かったら食べてみて。賄いとかも最初は俺が作るから、口に合わなかったら嫌でしょ?」
「いえ! 前に、雄吾さん父を夜中に連れて帰って来てくれたことありますよね? 私、部屋着だったので挨拶には伺いませんでしたが、雄吾さんが作って帰ったお料理は朝頂きましたよ。すごくおいしかったので、また食べられるなんて嬉しいです」
「あー。おやっさんと呑んでたら泣き上戸モードに入って、クッソ面倒だったから送ってたら「店出すなら、俺の舌を唸らせろ!」って騒ぎ出したから、作ったんだけど勝手に冷蔵庫開けてたりしたから、おやっさんの奥さん怒ってなかった?」
雄吾はこの店を出す前に、料理の修行をするため数年間イタリアに居た。
日本に帰ってから、おやっさんに報告がてら呑みに誘ったらギャンギャン怒り出したと思ったらいきなり泣き出す。
そうなった、おやっさんを雄吾はどうすることも出来なくなり、強引に家に送って行ったことがあり彼女はその時のことを言ってるんだと雄吾は納得した。
その時の懺悔の気持ちかわからないが、おやっさんが自分の奥さんに頼んでくれたのか、奥さんが結婚前に購入してたマンションを貸してくれることになって今はそこに雄吾は住んでいる。
「いえ、母は「毎日作りに来てくれないかしら」って喜んでましたけど……おやっさんって、父のことですよね?」
彼女は雄吾が自分の父親を「おやっさん」と呼んでる雄吾に何故か驚いた顔をしている。
その彼女の顔を見て、雄吾は「あ……」と、小さな声を上げる。
彼女の父であるおやっさんが「娘に優しいこと言いたいけど言えない……なんでもやってあげたいのに恥ずかしい。パパって呼んでもらいたいのに! 本当は怒ってないのに!」とか、言って泣き上戸に入ってしまったんだと思い出した。
雄吾もおやっさんのことをビビってるとは言ってるものの、怖くて近づけないと怯えてるわけではない。面倒見のいい気さくなオヤジで子供の頃からそれなりの魔力があった雄吾は面倒をみてもらっていて、いたずらすれば殴られて、そのあと説教しつつも美味しい飯屋に連れてってくれる。
でも、流石に「パパ」って呼ばれるキャラではないなと、思って雄吾が吹き出すと彼女はもっと不思議そうな顔で雄吾のことを見る。
「ごめん、ごめん。少し思い出し笑いを……ぷぷぷ。あ、それどう? 口に合う?」
「このスープ……は、雄吾さんのオリジナルですか?」
「ん? なんか、変だった?」
「あ、そうじゃないんです! 変な言い方してすいません、凄く美味しいです!」
彼女がスープを食べた反応に雄吾はドキリとしたものの、美味しいと言われて安心したのか、面接で来たはずだったが、会話が弾みこの後も雑談でする2人。
それを店の外から見てた人物が居ることにも気づかずに……って、なるわけもなく外からギャンギャン喚く声が聞こえる。
「雄吾! 早く僕も中に入れてよ!! 置いてった癖に無視とか酷いよ! バカ、アホ!」
「ナルのこと忘れてた」
「ナル?」
「うん。俺の犬」
彼女と話しながら店の扉を開けに行くと、犬の姿をしたナルの頭をポンっと触りを人の姿に雄吾は変える。
「もうっ! さっきから入ろうとしてるのに、結界のせいで犬の姿じゃ弾かれて入れなかったんだから!」
「忘れてたんだよ。そんな怒んなって」
シッシッと雄吾に軽くあしらわれてるナルは5才くらいの男の子の姿で、雄吾に対して傍から見れば可愛らしい顔で怒ってる。
雄吾にいくら文句を言っても埒が明かないと気づいたナルは、視線を感じてそっちに視線を移すと女の子と目が合った。
「雄吾! この可愛い女の子だれ?!」
犬の姿だったら、尻尾を全開に振ってるのが目に見えるかのような目をキラキラさせて彼女に近づくナル。
「ほら、言ってた面接の子だよ」
「初めまして、ナルくん」
自分が人の姿だというのを忘れてるのか「くぅーん」と鳴きながら、彼女にべったりとくっついてるナルに対して雄吾は少し羨ましいなという気持ちも持ちつつその日は3人で雄吾が作った料理を食べて解散した。
──それから、雄吾と彼女が付き合い出すお話はまた別のお話。