#5 三つの要求
研究室の扉を開けて入ってきたのは、バルボドッサと鎧を着た大男であった。
「おい、勇者、国王様とダリオン騎士団長がお呼びだ。私達について来い」
「何だよ藪から棒に、連れてく理由ぐらい言ってからでも遅くは無いだろうに・・・」
「そうじゃのう。マダラメ、お主の返答の期日は明日のはずじゃったんじゃが、ダリオンのヤツが・・・」
「バルボドッサ殿、ダリオン騎士団長に対して『ヤツ』とは何ですか!『ヤツ』とは!」
大男は声を荒げながらバルボドッサの発言を訂正を求めたが、バルボドッサはそんな事は気にせず話を進め始める。
「五月蝿いのぉ。ダリオンが国王様に返答を早める様に進言して、早まってしまってのぉ。まぁ、決まったもんは仕方がないわい。どうせ、マダラメ、お前さんも心は決まっておるんじゃろ?」
「まぁな、っで、こっちの人は誰?騎士団のヤツだってのは解るけど・・・」
「ふん!俺は、王国騎士団第二師団団長グルール・ビアンシムだ!こっちは急いでいるのだ。早くついて来い!」
「そんなに叫ばなくても聞こえてるよ。・・・解った解った。行くよ。それじゃあ、勉強になったよカラナさん」
「いいえ、そんな、私は殆どココに居ますのでお暇な時にでも寄ってください」
「ああぁ」
そう言うと煉紅郎はバルボドッサとグルールの二人に連れられ研究室を立ち去った。研究室の中はさっきまでの喧騒が嘘かの様にシーンと静まり返っていた。
研究室を後にした煉紅郎達三人は、その足を弛める事無く進ませ目的の場所『謁見の間』に到着した。
仰々しく入っていく二人の後を追う形で謁見の間に入る煉紅郎。
(昨日の時よりも居る人間は少し少ないな)
煉紅郎の感想通り現在、謁見の間に居るのは国王と王妃、姉妹王女、王国騎士団団長と各師団の師団長と副師団長だけでその他の騎士や文官の姿は見えなかった。
国王は、煉紅郎の姿を確認すると前回と同じ様に声を発した。
「勇者、レンクロウ・マダラメ殿、此度は急な申し出を受けて貰って感謝する」
「気にしないでくれ。こっちもちょうど良かったのかもしれないしな」
「ん?そうか、それは良かった。で、早速なのだか・・・昨日の答えとやらを聞かせてもらえないか?」
「解った・・・」
(ふぅ、そんなに見詰め、いや、睨まなくて良いと思うんだが・・・)
この部屋の中に入った時から刺さる様な視線を煉紅郎に向ける男が居た。煉紅郎自身、その男、王国騎士団団長ダリオン・ダグラムに恨みを買ったつもりなど塵一つ思っていなかったので理解に苦しんだが、そんな事よりも今は目の前の問題の解決に思考を切り替えた。
「・・・五年だ」
「え?今なんと言ったのだ?」
「あと五年だ。と言ったんだ」
「何だと!ふざけるな!!」
煉紅郎の返答にダリオンが絶叫した。それもその筈、ダリオンの思惑としては一刻も早く煉紅郎に魔人討伐とバルブの破壊の為に旅立って欲しかったのだ。たとえ道中で煉紅郎が死のうとも死ぬまでの間に何体かの魔人を倒す事もあるだろう。まぁ、ダリオンの計画の中でベストなのは魔王に深手を負わせるが、あと一歩のところで死ぬ。其処をダリオン率いる王国騎士団の精鋭部隊で急襲し魔王諸共バルブを破壊出来れば、凱旋した時、煉紅郎の死体を棺に入れて持って帰って、国王達に口八丁で適当に「自分が合流するのが遅かったばっかりに」とか何とか言って涙ぐめば、真相を知らない者は自分の事を責めはしないそれどころか、勇者の意思を継ぎ魔王に勇敢に立ち向かった者として讃えてくれるだろう。そうすれば、自分の地位は高上し、国王にも負けない権力を手に出来る。元々、国王は軍部に関してはダリオンに任せきりの姿勢をとっている。そこに発言力を加えれば誰もダリオンに逆らう事は出来なくなる。
なのに、目の前にいる。伝説の勇者とは掛け離れた容姿、態度の男は、ダリオンの計画をぶち壊す発言をしたのだ。五年もあればヤツの元に仲間が出来る可能性が、魔王を倒す、バルブを破壊する力を手にする可能性がある。そんな事は絶対にさせてはならない。十大国の勇者召喚の協議が始まった時から考えてきた計画なのだ。コレは絶対に成功させなければならない。勇者が魔王を、バルブを打ち滅ぼしてしまったら、自分が、王国騎士団が無能だと思われてしまい、自分や騎士達が軽んじられてしまう。既に城内には昨日の一件が知れ渡ってしまっているのだ。
「五年も我々に魔人の恐怖に耐えろと言うのか!この王都なら我等、王国騎士団が居るから良いものの、国には他にも大小様々な村や街があるんだぞ!其処はどうするつもりだ!」
「王都を守るのに騎士団全員が必要なのか?」
「当たり前だ!ばかものが!」
「・・・ふむ・・・」
そう言うと煉紅郎は思案し始める素振りを見せる。
そして、しばしの間、煉紅郎に向けて騎士団の連中から罵りの言葉が浴びせられる。妹姫が一言罵ったかと思ったら、姉姫に窘められていた。
「・・・・・・」
「勇者殿、五年は長いと私も思うのだが、どうか、短くしてはくれないか?」
「・・・うむ・・・」
国王はそう煉紅郎に申し出た。国王としてみれば、勇者には魔王の討伐とバルブの破壊をして貰う為には多少の無理は通し、叶えるつもりでいたのだ。それが、高価な武器や鎧であっても、優秀な人材であっても、用意するつもりであった。
しかし、早朝にダリオンが自室にやって来て、勇者をすぐさま出立させるべきだと進言して来た時は本当に驚いた。流石にダリオンの言い分には無茶があると思いやんわりと窘め様とはしてみたのだが、ダリオンは鬼気迫る勢いで意思を変えぬ為、国王が折れ、現在に至ってしまった。この事に国王は自分自身に辟易していた。
なので、当初の考え通り、勇者が必要と申し出たものは出来得る限り手配しようと思っていた。しかし、流石に五年という歳月は長すぎる。と思ったが、ダリオンの言葉に耳を貸し考える姿を見ていると、どうも本気でそう言ったわけでもないのかもしれないと思いもするが、もし機嫌を損なって何処かへ行かれてしまう可能性も無いとも言えない、この場で一番気の休まらない状況に陥っているのは彼かもしれない。
「・・・じゃあ、王様に免じて一年にするよ」
「なっ!ふざけてるのか貴様!」
「ふざけてるのはお前らの方だろうが!」
突然の煉紅郎の咆哮に辺りは静まり返った。怒気を含ませたまま煉紅郎は話を続けた。
「幾ら俺に神の加護が有ろうが、この世界の事に関しては、赤子と同程度の知識しかないんだ。地理に貨幣価値、動植物の生態系、その他にも色々知らないことが多すぎる。俺はあんた等の勝手でこの世界に連れて来られたんだ。勝手に連れて来て自分達が大変だから命懸けで化け物を倒して来い!って言われたって、流石に自分勝手過ぎるってもんだろう?」
煉紅郎の言葉に思う所があるのか、殆どの者がばつが悪そうにしている。
「この世界の事を知る為にも、信頼できる仲間を見つける為にも、強い武具や道具を見つける為にも、俺自身が納得できる強さを身に着ける為にも、時間が必要なんだ。それが五年という時間だ。それを一年に短縮するんだ感謝こそされど非難される謂れは無い。それじゃあ何だ?お前等はわざわざ異世界から人を呼び出して右も左も解らないのにモンスターが居る所にほっぽり出して死ぬのを眺めるのが趣味なのか?」
「なっ!」
煉紅郎の言葉は「お前等」と言って置きながらその前からずっとダリオンを睨みながら語っていた。その言葉にダリオンも反論しようとも思うが場の空気が既に勇者に傾いてる事に気づき苦渋の思いで吐き出したい言葉と飲み込んだ。
そんなダリオンの表情を覗き見た国王が少し安堵した。ダリオンと煉紅郎、この二人の策謀はどうやら煉紅郎に勝ち鬨が上がったようだ。これで少しは安心して勇者との交渉出来ると思い、行動に移した。
「我等はそんな事はしない。どうか、怒りを静めてはくれないだろうか?」
「別に其処まで怒ってはいないさ・・・で、どうする?一年でいいか?」
「貴様!」
「ダリオン騎士団長!レンクロウ殿は貴方と話しているのでは無い、分を弁えなさい!」
「ぐっ・・・申し訳ありませんでした。陛下」
「・・・レンクロウ殿、一年経ったら、バルブの破壊に向かってくれるのだな?」
「あぁ、約束する。」
「そうか、なら、我等は一年待とう・・・」
「それと幾つか要求したい事があるんだが・・・」
「ほう、どんな事だ?出来る限りは叶えよう」
「じゃあ、御言葉に甘えて・・・一つ目は、資金の援助・・・っと言ってもこの世界の貨幣価値が今一分からないから、これはバル爺と相談して決めるよ」
「解った。それで良いか?バルボドッサ」
「はい。陛下」
「二つ目は、この城に置いてある書籍物の全ての閲覧権が欲しい」
「あぁ、構わぬが何故その様なものが必要なのだ?書庫の書物は好きに見て構わぬが・・・」
「何かあった時の為だ」
「何かあった時?」
「書物には過去の出来事や知識が詰まっている。それを何処ぞの誰かが、手を回して閲覧できなくされては面倒なのでね」
そう言いながら煉紅郎の視線はダリオンに向いていた。
「三つ目は・・・王女のどちらかを俺の下で一年間、訓練させる」
「なっ」
「えっ」
煉紅郎の三つ目の提案に場の空気は一瞬で凍りついた。
その空気を破る様に妹姫が怒号が響いた。
「な、何言ってるのよ!あんたは!」
「アリス・・・」
「何よ。お姉様!あんな事言われてどうして怒らないのよ!」
「でも・・・」
「でもじゃないわよ!きっとアイツ、訓練だって言って、厭らしい事をする気なんだわ。きっとそうよ!じゃなかったら、事故に見せかけて殺されるかもしれないのわよ!」
この妹姫アリステリアの態度は先程の煉紅郎の発言や態度に対しての恐怖心から来るものであった。彼女は勇者召喚の儀式に参列していた。そのときの彼女には勇者に対する期待があったが、煉紅郎が姿を現すとその期待は崩れ去り、心の隅に鬼胎を作り出した。それは徐々に大きくなり、この瞬間に恐怖へと変化したのだ。
「そんな事するか。コレは保険だ」
「保険?」
少しウンザリする様に煉紅郎は話しはじめた。
「あぁ、こっちに姫が居ればそう簡単にこの国は俺を切り捨てる事が出来ないからな」
「なっ、何を言いますか、レンクロウ殿」
「悪いがそれが無いとは思えないからこの要求だけは絶対に通させて貰う!」
「解りました。そういう事なら私が・・・」
「あたしが行くわ!」
姉姫エルミシリアが勇者の下へ行こうと決心し、その事を話そうとしたら、横から妹姫が決意の表明をだしたのだった。
「ちょっと、アリス」
「大丈夫。お姉ちゃんをあんな卑劣なヤツの下へは行かせないんだから!」
「アリス・・・」
端から見たら姉姫は妹の健気な好意に感動しているように見えるが、本当は違った。
(えっ、何言ってるのこの子?何で邪魔するの?折角レンクロウ様の側に居られるチャンスが巡って来たのに・・・はっ!まさか、この子もレンクロウ様の事を・・・でも、そんな素振り見せなかったじゃない)
(お姉ちゃん!大丈夫だよ。あたしがお姉ちゃんを守ってあげる!だから安心してね)
姉妹の思惑は交わる事は無く、暫し、姉妹姫の問答が続くが最終的には姉姫が折れる形で決着がついた。
「で、結局はどっちが来るんだ?」
「あたしよ!」
「解った。それで良いか?王様」
「ん?あぁ、了解した。他には・・・」
「いや、無い」
「うむ。では、プシュケー国国王として全ての要求を飲むとしよう」
「陛下!」
「ダリオン」
「はっ」
「師団長達を連れて退室しろ」
「ぐっ・・・はい・・・」
苦虫を噛んだ様な顔をしながらダリオンは師団長と副師団長達を連れて退出していった。
「レンクロウ殿、此度の一件すまなかった。これは私の責任だ」
「いや、もういい、他にそっちの用件は?」
「もうない、今日はもう休まれてはどうかな?」
「いや、これからバル爺と話し合って今日中には王様の所にお願いしたい資金額を知らせるよ」
「そうか、わかった。では、失礼する」
そう言うと国王は王妃達を連れて退室する。
部屋に残ったのは煉紅郎とバルボドッサだけであった。
「お前さん、中々大胆な事をしよる」
「まぁ、大方思惑通りって行った所だよ」
「ほう・・・」
「部屋に戻るからそこで説明する」
「そうじゃな」
そう言うと二人は部屋を後にし、煉紅郎の部屋へと向かった。決死の決意と殺意を籠めた視線をその背に受けながら・・・
「それじゃあ、お前さん、今後の身の振りはどうするんじゃ?」
「う~ん・・・それも含めてバル爺に相談したいかな?」
「そうかいそうかい」
「そういや」
自室までの道半ばで煉紅郎が立ち止まり、それにつられる様にバルボドッサも立ち止まり煉紅郎の方を振り返った。
「どうしたんじゃ?」
「どうしてバル爺は、俺なんかに親切にするんだ?」
「そりゃあ・・・」
「王様の命令なんだろうけど、それ以外のものも感じるんだが・・・」
「マダラメ殿・・・危ない!!」
一体何処に潜んでいたのか、突然、煉紅郎の後方、死角から黒衣を来た者が短剣を手に姿を現した。
煉紅郎と対峙していたバルボドッサが気づき咄嗟に危険を報せたが、時既に遅く黒衣の暗殺者の短剣は煉紅郎の首を捉え斬り落とさんが勢いで迫り、遂には短剣の刃が煉紅郎の首に触れる・・・っと次の瞬間、其処に首は無かった。そして、次の瞬間、暗殺者の横っ面に煉紅郎の蹴りが決まり、暗殺者は、通路の壁に身体を打ち付けるが、すぐさま体勢を整え反撃の構えを取ろうとしたが、煉紅郎が眼前に迫り、その追撃を受け意識を刈り取られ地に伏した。
「ふぅ・・・ビックリした」
「そりゃあ、こっちの台詞じゃわい。マダラメ殿は格闘の経験が有ったんじゃな」
「いいや、喧嘩もした事無いよ。人を蹴ったり殴ったりしたのはコレが初めてだ。・・・で~・・・どうする?こいつ」
通路の床で気を失っている暗殺者を指差し言う。
「ふむ、まぁこのままでも良いが・・・お前さんを狙った理由は聞かないとのう・・・」
「なら、部屋まで担いでいくか」
「大丈夫か?」
「それ以外に良い方法も無いだろう」
「そうじゃな」
(バル爺の言う事も尤もだ。まぁ、何と無くは解っちゃいるが、それが真実だとも限らんし、連れて行くしか無いな)
煉紅郎は暗殺者を背負うと体勢を整えバルボドッサと再び自室へと向かい歩き始める。時折、おぶっている暗殺者を背負い直すが、その都度、訝しげな顔をする煉紅郎とそんな彼の顔を見て不思議には思うがあえてそれには触れないバルボドッサであった。
では、次話は来週火曜日正午頃になります。
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