#4 魔法と属性と魔道具と
「・・・ん・・・んん・・・」
煉紅郎が足音や衣擦れの音で目を覚ますとそこには、
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「なんでココに居る?バル爺」
バルボドッサが我が子の寝顔を見る親の様な表情で煉紅郎を眺めていた。その後ろでは、子猫メイドがせっせと小忙しく動いている。
「ん?気持ち良さそうに寝とったからのぉ。可愛くてついつい見惚れておったわ」
「二十代後半の男を捕まえて可愛いはねぇだろ」
「んニャ!ご主人様、お目覚めですかニャ」
「あぁ、おはようシャルル」
「おはよう御座いますニャ、此方でお顔をお洗いくださいニャ」
「あぁ、ありがとう」
煉紅郎は、シャルルが用意した水の張った桶とタオルを使い手早く顔を洗い、持ってきてくれた衣服に着替え、猫メイドの準備した朝食をバルボドッサととりながら今日の予定を話し合った。途中、朝食は後でとると言うシャルルを横に座らせ自身の朝食の半分を選り分けて差し出し、昨日より少し賑やかな朝食をとった。
煉紅郎とシャルルのやり取りをバルボッサは我が子を見る親の様な目で見ていた。
朝食も終わり、シャルルが後片付けをしている最中(煉紅郎は手伝おうとしたがシャルルが一人でやると譲らず折れた)、煉紅郎とバルボドッサは今日の予定をまとめている。
これからの予定としては、先ずは煉紅郎の魔力の検査をする。コレにより煉紅郎自身の潜在魔力の高さや性質を知ることが出来る。魔法は魔力を自覚し理解する事で使えるようになる。魔力の検査が終わり次第、書庫に向かうことになった。
シャルルと別れ、バルボドッサと魔力の検査の為、部屋を後にする。
バルボドッサに連れられ城中を進み、とある一室の前で止まる。扉には部屋の名前を知らせる為のネームプレートが打ち付けられているが煉紅郎には蚯蚓の這った様なモノにしか見えなかった。バルボドッサ曰く『魔道研究室』と書いてあるらしい。
(ふむ、そうか加護は言語通訳であって翻訳するわけじゃないか、コレは書庫に行く前に読み書きを憶える必要があるな)
「どうしたんじゃ?はよう入りなさい」
「あぁ、すまない」
煉紅郎が1人物思いに耽っているとバルボドッサの声に我に帰り、研究室の中に入る。
研究室の中は綺麗に整頓されて本棚や戸棚が壁を埋め尽くしている。その部屋の真ん中に小さな机が一つぽつんと存在し、その上に水晶玉が鎮座している。
「これはこれは、いらっしゃいませ」
声のする方に目を向けるが姿が見つからず、キョロキョロしていると「下です。下」と声が聞こえるので視線を下ろすと其処には小さな子供がちょこんと立っていた。
「うぉ!」
「どうされました?」
「いや、すまない」
「いいえ、気にしないでください。いくらこの国が亜人迫害が少ない国と言っても、亜人は奇異の目に合いますから慣れてますよ。それに、私はまだ良い方ですし、単眼族や青鱗人族の方は・・・」
「いや、本当にすまない」
「カラナ君、この方はレンクロウ・マダラメ様。先日行なわれた勇者召喚の儀でお呼びした勇者様じゃよ」
「えっ、勇者様。これはこれは、申し訳御座いません。それでは私めの身形など見慣れてはいないでしょうに愚痴っぽい事を言ってしまい申し訳御座いません。私、小人族のカラナと申します。此方で魔道具の研究を主にしております」
「よろしく。レンクロウ・マダラメだ。」
「よろしくお願いします。勇者様」
「すまないが、勇者とは呼ばないでくれないか、レンクロウで構わないから」
「分かりました。レンクロウ様」
「それと、失礼な事を聞くが、俺はこの世界に来てまだ日が浅いんだ。君は・・・男の子だよな?君みたいな子供が城で働いているのか?」
「あぁ、そうですね。失礼ですがレンクロウ様、お歳はおいくつでしょうか?」
「二十七だが・・・」
「そうですか、では、私の方が十三ほど年上ですね」
「えっ・・・」
そう言うと見掛けは少年の中年はにこやかに微笑んだ。
「カラナ君、そろそろ良いかな?」
「あっ、すいません。それでは、此方にどうぞ」
カラナに促がされ煉紅郎は水晶の前に立った。その反対側にカラナが台に乗り水晶を覗き始めた。
バルボドッサはというと煉紅郎の隣に立ち水晶を覗ける位置に移動していた。
「では、レンクロウ様、この水晶に両手を翳してください」
「ん、こうか?」
「はい、では始めます」
そう言うとカラナは煉紅郎の両手の上に自分の両手を重ね、呪文を唱え始め、次第に水晶が光りだした。次第に水晶の光が治まると水晶の中に小さな靄の様なモノがゆらゆらと揺らめいてる。
「これは・・・」
「レンクロウ様、今回行なったのは水晶式と言われる魔力検査方法です。検査対象者が水晶に両手を翳し、魔力を操れる者がその両手の上に両手を翳して魔力を対象者の両手を経由し水晶に魔力を送る事で検査対象者の得意な魔力の属性と量を知る事が出来ます」
「ほぅ、じゃあ、俺の魔力ってのはどんなもんなんだ?」
「ええとですね・・・・・・」
「どれ見せてみぃ・・・・・・」
「どうしたんだ?」
カラナとバルボドッサの二人は水晶を除いて暫し声を失ったかの様になっていた。魔力検査の知識が一切無い煉紅郎はただただ二人の応答を待っている事しか出来なかった。
そして、しばしの間を置いてカラナが煉紅郎を見つめ再び水晶に視線を向けると話し始めた。
「レンクロウ様」
「で、どうなんだ?俺の魔力とやらは?」
「えぇ、では先ずは魔力の総量をお教えしましょう。・・・レンクロウ様の魔力の総量は少ないと思われます。ですが、魔力の総量は日々の鍛錬などで底上げが可能です」
「ふーん。そうなのか・・・」
「ほぅ、意外とアッサリしておるのぉ。もうちぃーとばっかし喚くかと思うたんじゃが」
「喚くも何も、少ないと言われてもどの程度ものかが解らないんだ。喚きようが無いだろう?」
「あぁ、なるほどのぅ」
「そうですね。では、簡単にご説明しますとレンクロウ様の魔力総量ですと・・・」
「まぁ、一度に使えて三つが限界じゃろうて」
「バルボドッサ様・・・」
「いやいや、すまんのぉ、カラナ君、つい喋りたくなってしもうてのぉ」
喋りたかったのかカラナはバルボドッサをジト目で見つめ、深く深呼吸して煉紅郎に視線を移した。
「では、続いて魔力の属性についてご説明しましょう。此方をご覧ください」
そう言うとカラナは机の下から一枚の羊皮紙を取り出した。それには文字?や線、円が描かれている。
「これは九属式図と言いまして魔力の属性と関係を示したものです。検査の結果、レンクロウ様の得意な属性は闇属性です。闇属性はコレです」
そうカラナが言うと指差した図を見ながら説明を続けた。
「魔法には修得率と言うものが御座います。修得率がもっと高いのが水晶式で解った得意属性です。そして、両隣の属性から徐々に修得率が減少して行き、最も修得が困難なのが対の属性で、レンクロウ様ですと、聖属性になります」
「闇、属性か・・・すまないが、この世界の文字がまだわからないんだ。他の属性や魔法について出来れば教えてくれないか?」
「私で宜しければ構いませんよ。お時間の方は・・・大丈夫ですか?」
カラナの目線はバルボドッサに向いていた。バルボドッサもコレに気づいたか「フォフォフォ」と笑いながら「大丈夫じゃろ」と言って部屋を出て行ってしまった。元々、魔力検査まで付き添うという話だったので煉紅郎自身も其処まで驚いてはいなかった。
「では、続けましょう」
「よろしくお願いします」
「フフッ、何だか変な気分ですね」
「そうか?」
「ええぇ、では、先ずは九属式図の説明を、先ほど説明したとおりコレが闇属性。両隣の此方が火属性、こっちが風属性、火属性の隣が樹属性、さらに隣が地属性、風属性の隣が氷属性、さらに隣が水属性、そして、闇属性と対をなす聖属性になります」
「この真ん中のは?」
「コレは異種属性です」
「異種属性?」
「はい、周りの八属性とは違い対になる属性も無く、特殊な性質を持つ魔法の属性の事です。では、このまま残りの八属性の説明をしましょう。先ず最初はレンクロウ様の得意属性の闇属性です。水晶式での紋様は黒い靄です。この属性の特徴は明かりの明暗の操作つまりは闇を操る事が出来ます。その他には影の操作などがあります。続いては火属性です。紋様は火の玉で、この属性の特徴は、そのまま火や熱を操るのが特徴になります。三つ目は風属性です。紋様は片翼で、特徴は天候や気候、大気操作が特徴ですね。続きましては樹属性になります。紋様は木の葉の模様で、属性の特徴は樹木の生長促進と操作に特化し、それと独自の植物の創造なども出来ます。五つ目の属性は氷属性ですね。属性の紋様は雪の結晶で、特徴は温度操作による氷の創造と操作になります。六つ目は地属性、紋様は八角形の鉱物で、特徴は地質変化や隆起操作、高度変化などになります。七つ目の属性は水属性、雫の紋様で、水質や水分の操作、流れを操るのも得意としています。最後の属性はレンクロウ様の最も不得意とする属性、聖属性になります。紋様は十字架模様で、特徴となるのは自身や他者への回復や身体能力向上効果、結界などに特化しています。そして、異種属性ですが、紋様は前にお話した八属性とは違い、個人一人一人違う紋様が現れます。例にして上げると、剣や盾に星形なども記録にはあります。ですが、これは過去の記録であり其処まで信用に足るものでは御座いません」
「どうしてだ?」
「異種属性は、良く異端扱いをされる事があるんです。昔は魔人がこの属性であるとも考えられていました。それにそれは、現在でも信じる者が少なくは在りません」
「なるほど、対になる属性が存在しないとなると宗教や民間信仰で標的にされやすいからな」
「どうしてだかお解かりになられますか?」
「いや、詳しくは解らないが、結局の所、人間という生き物は、他人が自分と違って、秀でたモノを持っているとそれを我慢できなくなって非難したくなるものだ。それが集団の中で突然現れたとなると非難から恐怖に変わり、迫害へとエスカレートする」
「お恥ずかしい事です」
「いや、俺の居た世界でもあったことだ。この世界で無いわけが無いと思ってはいた。それにこの世界に来て二日だが、色んな事が分かった」
「例えばどんな事を?」
「人間種とは異なる人種、文化や技術、とかな」
「なるほど、私も異なる人種の一人ですね」
「すまない。そう言うつもりで言った分けじゃないんだ」
「えぇ、大丈夫ですよ。では、続いて異種属性の特徴を・・・と言ってもコレも過去の記録ですが、肉体や骨格の変形、精神操作などがあります。過去にはネクロマンサーや魔獣使いといった人物がこの属性でした」
「その属性は俺でも修得は可能なのか?」
「基本的には不可能ですね。理由としてはこの属性の修得には血統や特殊環境などが関係してくるので、後天的に修得したと言う事は聴いたことがありません。しかし、基本的に魔法の修得は秘匿されているんです。修得する為には、魔法の使える者に弟子入りするか、魔法学校に入学し自分にあった魔法を修得したり開発したりするんです」
「魔法を開発する?」
「はい、魔法は自分で作り出す事が可能です。ですが、作り出すには時間が掛かり尚且つ望んだ結果になるとは分かりません。なので大半の者は学校に入るか、弟子入りするかですね。聖職者であれば教会での修得も可能です」
「面倒なものなんだな・・・」
「えぇ、魔法学校は入学金が高額で貴族や豪商の子供しかは入れません。弟子入りにしても、良い師に巡り合えないと色々と大変で問題もあったりする様で、教会にしても聖属性の魔法を主に教えているのでレンクロウ様の様に得意属性が闇属性の場合は魔法の修得に通常の何倍の時間を費やして教会内で孤立すると言う話も過去に御座いました」
「本当にめんどくせぇ・・・」
「本当にそうですね。ですが、魔法は出来てしまえば忘れる事はありませんから」
「どうしてだ?」
「水辺を泳ぐのと変わりませんよ。一度泳げてしまうと身体がそれを覚えるのでその次から無意識に泳げるのと同じですよ」
「そんなもんか?」
「はい。ですが、気をつけなくてはいけない点でもあるのです。魔法には許容量と言うものがあり、人それぞれその許容量は違います。しかもその限界は自覚する事は達するまで解らないので誰もが許容量限界まで気づかず魔法を覚えてしまう」
「ん?それの何が問題だ?」
「許容量の平均は中級の魔法で三、四個と言った所ですが、人によってはその倍以上覚える者も居ますし、その逆もしかりで・・・」
「許容量が増える事は・・・」
「ありません。それに、不得意属性に寄った属性の魔法ほど許容量を圧迫するような記述が残っています」
「・・・確かにそれは問題だな。不得意属性にはメリットが殆ど無いんだな。・・・」
煉紅郎がブツブツと考え込み始めるとカラナは目を丸くしてその様を見ていたが、ポン!と手を叩き席を立ち戸棚に向かった。
暫くして戻ってきたカラナの手には銀色の飾りっけの無い腕輪が一つあった。
「レンクロウ様」
「ん?あっ、すまない」
「大丈夫ですよ。それより、コレを」
カラナの持ってきた銀色の腕輪は鈍い輝きを放っている。
「コレは・・・腕輪?綺麗なものだな」
「この腕輪は『火鼠の腕輪』と言う魔道具です」
「魔道具?」
「はい。魔道具と言うのは、道具に魔法を付与した物で魔力を操れる者なら誰でも魔道具に付与された魔法を使う事が出来るのです」
「それは、誰でも作れるのか?」
「いいえ、魔道具を作れるのは魔道細工師と付与士と呼ばれる職人だけです。魔道細工師は核に魔石を使って作成します。その過程で魔道具に魔法を付与させます。付与士は異種属性の付与魔法を使い物に魔法を付与する様です」
「様です?」
「はい、魔道具の研究と仰々しく聞こえますが、付与士に関しては本などで知った程度、私の専門は魔道細工師なので」
「そうか、それでコレにはどんな魔法が込められているんだ?」
「この火鼠の腕輪にはその名の通り火属性の魔法が込められております。先ずは試してみるのが良いでしょう。腕輪を着けてみて下さい」
「あぁ、こうか?」
煉紅郎は腕輪を受け取り右腕に身に着けた。
「どうすれば良いんだ?」
「目を閉じて精神を身体の中に集中してみてください」
「うん」
「靄の様な水の様なモノを感じますか?」
「あぁ、何だか不思議な感じだが・・・」
「それが魔力です。それを右腕に、手首に、腕輪にと徐々に移動させる様なイメージして動かしてみてください」
煉紅郎は目を閉じたままカラナの指示に従って、イメージを巡らし右腕に嵌められた腕輪に意識を集中して行く・・・すると、指先から小さな火の玉が出現した。
煉紅郎は、その揺らめく火の玉を色んな角度から眺めていた。その姿はまるで初めて火を見つけた子供の様だった。そんな煉紅郎の姿をカラナは驚いた表情で見ていた。
彼が驚いたのは当然と言われれば当然だった。ポルモルの世界において魔力の存在は認知されてはいるもののその力を自在に扱うには多少なりの訓練が必要であるからだ。優れた者でも数日はかかり、不得手な者は十日以上かかってしまう。魔力操作が出来るからと言って、魔法が使えるわけではない、魔力操作が出来て初めて魔法の修得に取り掛かれる。そして初めて魔法を使う事が出来る。この魔法修得の肯定を飛ばして魔法を使えるのが魔道具を使用する方法である。が、魔道具の使用は魔法を扱うよりも困難で魔法を修得するよりも遥かに時間が掛かるのが通説であったが、煉紅郎はそれをあっと言う間にこなしてしまったのだ。
これは、煉紅郎の天性の才能とも言えるものだった。煉紅郎は元来、告往知来を地で行く男であり、カラナの説明と自身の人体に対しての知識を合わせ、魔力を人体を巡るイメージを作り出し、魔力を操作したと言う訳だ。
その後、煉紅郎は、カラナから魔道具についての講義を受け続け、日が暮れ始める頃、研究室の扉を叩く音が講義の終了を告げた。
今回はほぼほぼ説明回になってしまいました。
設定として、煉紅郎は何も知らない異世界人なのだから序盤は説明回が多いと思ってください。
いや、申し訳ない、説明回脱出まであと少しお待ちをm(_ _)m
では、次話は来週火曜日正午になります。
誤字脱字とう御座いましたら御一報ください。