教育実習で母校に行ったら、元担任に壁ドンされました
私、小山ゆりは教員を目指して教育実習に来ました。うまくやれるでしょうか。不安です。ですが、記憶そのままの母校を見て、緊張が解けていきました。
元担任の相原先生に会いました。笑うとクシャッとなって幼い感じになるのも、外にはねがちな髪も、本当変わりませんね。私が在学中はフレッシュな印象がありましたが、今は苦味が出て大人の男性に見えます。
「よう、久しぶりだな」
「相原先生、覚えてくださったんですね」
「まぁな。教育実習、頑張れよ」
そう、和やかに会話していたはずなんですが、一体どういうことでしょう? 今、相原先生に壁ドンされています。その時ようやく思い出したんですよ。ここって、生前やっていた乙女ゲームの世界じゃないかって。確信をもてたのは、私を壁ドンしてくださっている相原先生のおかげでした。相原先生はセクハラ科学教師と名高い攻略対象だったのです。
私は生前から、ゲームの攻略対象である相原先生が好きでした。“から”と言ったのは、相原先生のことを転生後の高校生時代も好きだったからです。ああ、恥ずかしい。いくら転生しても、好みのタイプは変わりませんでした。現在進行系で、どストライクです。気だるげな雰囲気とか、大人の余裕に満ちていて、たまらないんです。からかうように笑う姿も、心拍数急上昇です。正直、実習先で会えたらいいなと思っていました。
このゲームは、攻略対象につきヒロインは一人という妙なこだわりがありました。名前にもこわだわりがあって、相原先生のヒロインはデフォルトネームのままなら『時枝 紗也子』。名前を変えることもできますが、その場合だと『時』という字が入っていないと攻略できません。つまり、先生の相手は決められているのです。先生ルートを進めていくと過去の恋人をひきずっていることが分かるのですが、過去にとらわれていることから『時』がキーワードのようです。さて、そんな私には『時』という文字すら入っていません。私はモブなのです。
「私名前もちじゃないんですけれど、どうして……」
「何か問題があるんだろうが、自分の好きになる相手ぐらい決めるさ」
そんな積極性いりませんから! ヒロイン好きにならなくていいんですか!? 壁ドンされて高鳴るこの胸の音が憎いです。先生が近くてクラクラします。生前の記憶を思い出したせいで、前より先生が好きになっています。なんてことでしょう。ヒロインがいるから、結ばれない人なのに。私はその場しのぎでごまかして、逃げてしまいました。
それから、私は単刀直入にヒロインのことを聞いてみました。いずれ結ばれる相手、何らかの引力があってもおかしくありません。
「時枝 紗也子さんのこと、気になりませんか?」
「いきなりどうした? 小山が授業をしたクラスにいたか? 成績も普通、素行も普通の生徒だな」
「茶化さないで下さい。そういう意味で聞いたんじゃありません。分かっているでしょう」
「しかし……ハハ、ストレートに聞いてくるもんだ。まぁ少し気になるが、その感情がどうも不自然で苦手だな。何か、定められているような違和感を感じる。そもそも高校生には食指が動かないんだ。俺は、好きになる相手は自分で決める主義だ。だからお前がいい。まぁ、奴は見事に育ってるなとは思うが」
「どこ見てるんですか!」
その下せた笑みに、ヒロインの豊かな胸のことだと気づきます。確かに、スチルや立ち絵でもスタイルいいなとは思いましたけど! そして私の胸を見下ろして、切なくなりました。
「小山はこれから育てる楽しみがあるな?」
これはセクハラです! 訴えてもいいくらいです! 相原先生の視線から胸を隠しました。うう、でも相原先生にかまってもらえるのが嬉しいです。
結局ヒロインとの仲が気になって、先生の授業を勉強と称して見学させてもらいました。どうやら先生は、ヒロインである時枝さんのことを避けているようです。先生はヒロインとの必須イベントを抱えています。それは、授業の問題に答えられず、最近成績の悪いヒロインを放課後呼び出すというものです。それを避けようとしているようでした。
「じゃあ次の問題、とき……――豊田!」
「え、俺!? 時枝って言いかけたじゃん!」
「油断大敵というやつだな」
先生、それわざとらしいです。そんな努力の末に、この授業をやりきりました。ですが、先生は授業終了で気を抜いてしまっていたのでしょう。ノートを提出にきたヒロインの手を握って、ゲームのように囁きます。
「出した課題をさっそく提出するなんて、えらいな」
あっ、理系勉強を一週間パーフェクトで過ごした時のご褒美会話が発生してしまいました。ただ褒めるだけなんですけど、声がやばいんです。低くかすれるような甘い声での囁きが耳元でリフレインしてしまって、ゲームしていない時でも悶えるほどでした。囁やかれた本人ではありませんが、生で見れるなんて、なんという眼福でしょう! 耳も幸せすぎます!
さすがの時枝さんも顔を赤くしていますね。その様を見て、私はヒロインの場所にいけないのだと、目で実感しました。私はモブにすぎないのです。胸がズキッと痛みます。それでも、恋心を隠してしまわなければいけません。そう心に刻んでいると、先生と視線が合い、気まずそうに顔を歪められました。大丈夫ですよ、あれは気の迷いなんですよね? ちゃんとヒロインと結ばれるように邪魔しませんから。
そう思っていたのに、先生が追ってきました。そんなに必死に追いかけられると、勘違いするじゃないですか。
「さっきの、違うじゃないからな」
「何がどう違うんです? 時枝さんに誤解されますよ」
「はぁ……、伝わらねーな」
「手、離して下さい」
「俺が誰を口説いてるか、はっきりさせてやる」
手首を引き寄せ、先生が手のひらに唇を落とした。先生が唇を離した後も、ぷにっと触れた感覚が身体に残って落ち着きません。
「俺を好きになれ」
それからというもの、先生のセクハラ攻撃は続きます。むしろ悪化してませんかね。ゲームでもここまでヒロインにせまってなかったような気がします。今日は先生の視線が足元にからみついて、不気味です。
「ストッキングって、エロいな。肌の透け具合がぐっとくる。破きたくなるな」
「どうして私の足を見ながら話すんですか!?」
またこの人はセクハラ発言を。もはや変態です。
「んー? そりゃ、小山のこと、在学中からいい足だなって思ってたからだろ。撫でたいと思ってたんだよな。それはきっかけにすぎないんだが、女だなって実感させられたよ」
「えーっと、高校生は食指が動かないって言ってましたよね? それを、在学中からですか?」
「見る分にはいいだろ?」
どうして相原先生が言うと、犯罪臭いんでしょうね? というか、私って高校生時代も相原先生の印象に残ってたんですね。久しぶりと言ってくれたことは、社交辞令じゃなかったみたいです。嬉しいです。でも、足は恥ずかしくなったので隠します。また先生に笑われました。
今日は少し暑いです。気候にあわせてブラウスで来たのですが、相原先生が急に真後ろに立ちました。
「小山。ピンクは可愛いと思うが、ブラウスから透けてるぞ」
不穏な言葉が耳元で囁やかれます。低く落とした声に、ドキッとしてしまいました。そしてピンクという言葉に恐る恐る見下ろすと、ブラが見事に透けていました。とっさに壁に背中を貼り付けて、先生の視線から胸を隠します。
「今日はジャケット貸してやるから、明日からは気をつけろよ」
「相原先生の服が」
「俺には白衣があるから大丈夫」
そう言っているので、ありがたく借りてみました。丈と袖が余ってしまいます。
「先生の、おっきいですね」
「彼ジャケットってやつか。いいな」
そう言って満足そうに笑う彼に、胸がきゅうっとしめつけられました。もう、自分の気持ちをごまかせません。結ばれるヒロインが決まっていようが、私は先生が好きです。
「相原先生、好きです」
「俺も」
「軽すぎます! もっと情緒とか……」
「じゃあ、こう言えばいいのか? 高校生の頃から目をつけてた女がやっと卒業してくれて、これから手を出そうって決めた時にお誂え向きに教育実習生として来た。だから本気で口説いた。やっと俺の女になって嬉しい」
「相原先生、それ怖いです」
「はははは、注文の多いやつだなぁ」
先生がタバコをふかします。いくら先生のことが好きでも、タバコの臭いは嫌いです。そういえば、先生のスチルってキスシーンが多かったような気がします。今ちょうど二人っきりですし、危険な予感がしてなりません。
「キス、しないでくださいね」
「はぁ? そんなの聞くと思うか? 俺がしたい時にする」
無理矢理キスされました。全然ロマンチックなキスじゃありません。しかも、先生との初めてのキスなのに、舌まで入ってきてタバコの苦味が口内で広がります。思わず顔をしかめ、彼の胸を叩いて抗議しました。ようやく、唇が解放されます。荒い息そのままに涙目で睨みつけると、先生が目を細めて笑いました。
「タバコ、吸ったでしょ。苦いから嫌なのに」
「へぇ? つまりタバコを吸わなかったら、キスいくらでもしていいんだな?」
「うっ……」
改めて言われると弱いです。だから、屁理屈を言ってみました。
「じゃあ、タバコ吸っててもいいから、キスしないでください」
「それは却下だ。口寂しいからな」
「私、飴扱いですか!?」
「ハッハッハ、お前は反応がいちいち可愛いなぁ」
完全に遊ばれてます……。
「お前はタバコ吸うなよ」
「何ですか、急に」
「お前の味が分からなくなるから」
先生が肉食獣の目で、自身の唇を意味ありげに舐めました。その仕草を目のあたりにして、ゾクッと身体が震えます。頬が熱をもって熱いです。
「もう! 勝手にしてください」
気づけば、照れ隠しに憎まれ口を叩いていました。そんな私を、優しい目で見下ろした先生。顔がまた近づいてきます。
「んじゃ、勝手にする」
「飴が必要でしたら、さしあげますよ」
「もう観念しろって。俺がほしいのは特別製の飴だから」
そう言う彼に、仕方ないなと瞳を閉じます。ゆっくりと、唇を重ねました。
▼ 相原 享先生を攻略しました!
唇を重ねた時に見覚えのある画面が出てきて、思わずモブでも出来るんですか!? とびっくりしました。それを先生にとがめられて、お仕置きのキスをされました。先生、飴は本日売れ切れですから! もうしませんからね!