(4)世界一キミを想っている人
ハルが飛び出して行った校長室には、愛乃と美冬の二人が残された。
「な、なによ、急に走り出して」
愛乃はハルの見せた真剣な表情に驚かされた。
あの鍵に一体どういったものが込められているのか、部外者の愛乃は知らないのだ。
「これは、本当は《ミス涼月》にだけしか教えちゃいけないことなんだけど」
美冬はハルの出て行った方を眺めながら口にする。
「《ミス涼月》には全てを許される特権ともう一つ、鍵を与えられることになってるんだ」
「鍵、ですか?」
先ほど美冬の手から渡された鍵。美冬はあの鍵を『涼月の鍵』と言った。
美冬の口振りから、あの鍵が歴代の《ミス涼月》達に送られていることは分かったが、あの鍵が何の鍵であるのか間では見当が付かなかった。
それとは別に、どうして《ミス涼月》ではない愛乃に対して美冬はその事実を教えたのか、愛乃はそっちの方が気になってしまう。
「愛ちゃんも、この学園には誰も入ることのできない立ち入り禁止の建物があることは知っているよね?」
「はい。確か、図書館の裏に立っているあれですよね」
詳しい話を聞いたわけではないが、その建物は教職員でも限られた人しか入れないという噂を愛乃は耳にしていた。ただその建物が何のために存在しているのかまでは知らない。
「あの建物には涼篭館って名前が付いていて、あそこは《ミス涼月》となった生徒を『護る』ための建物なんだ」
「え?」
美冬の意外な言葉に耳を疑った。
「《ミス涼月》となった生徒が万が一に何者かに襲われた場合にあの建物に匿っている、ということですか?」
全国でもかなりの人気を誇る涼月学園のミスコンだ。優勝した《ミス涼月》の生徒に付きまとう者が現れる可能性は高いだろう。アイドルをやっている愛乃も、実際にストーカーの被害に何度かあっていたからこそその恐怖は理解できた。
しかし、美冬の返した答えはそれだけではなかった。
「うん、確かにそういうこともあるけど、でも涼篭館本来の目的はそれだけじゃないの」
「と言いますと?」
「あの建物はね、本当に《ミス涼月》達を護る為にあるんだよ。あそこは、逃げ場のない彼女たちを、それこそ全てから護る場所なんだ」
「全てから……護る?」
「そう。どこにも帰るべきところのない彼女たちの為に用意された最後の隠れ家。そして今、あの隠れ家を使っている生徒は一人……」
そこで、美冬は愛乃の方へと振り返る。
「行っておいで、愛ちゃん。君の目で、ハルちゃんが彼女の帰る場所になれたのかを見届けてあげてください」
それは美冬なりの償いだった。
ハル達のためとはいえ、美冬はハルを孤独にさせてしまった。
ハルはもう普通の男の子として生活することは出来ない。
ハルに背負わせてしまったものは、美冬が想像したよりも遥に『重い』ものなのだ。
だから美冬は『責任』を取らなくてはならなかった。――ハルを孤独にさせない責任を。
一人でも多くの者に本当のハルを知ってもらい、彼を孤独から救って欲しかった。
『見届けてあげてください』
美冬は願った。あの愛乃の目に本当のハルが見えていることを。
彼女がハルを孤独にさせない『歯車』の一つになってくれることを――
美冬は走り出した愛乃の背中に、そんなこと想いを望んでいた。




