ある日の体育の日
十月の第二月曜日、体育の日。
国民の祝日である本日は、学園はお休み。朝寝坊をしたって誰にも怒られないのだ。
「――こおらあああ! いつまで寝てるんですか、美冬さん!」
ただし、『お母さん』を除いて。
佐倉家のお母さん的存在である佐倉ハルは、国民の祝日なのに今日も通常通りに仕事のある美冬を起こしに来ていた。
「うみゅぅぅ……あ、あと五分だけ」
「ダメですよ。五分も待ったら仕事に遅れます」
「そ、そんな~……」
「泣き言を言わないで、着替えたらうちに来てくださいね。朝食を用意して待ってますから」
「……うみゃ~……」
力なく返事をしながら、そろそろ本格的に急がなくてはまずいので、美冬は着替えて佐倉家へと向かう。
「みんなー、おっはよー♪」
「おはよう、冬姉」
「おはようございます、学園長先生」
「あ、学園長。おはようございます」
リビングに集まっていた夏祭、愛乃、メグに爽やかな挨拶を向ける美冬。
「あれれー? ハルちゃんとアキちゃんはどこかな?」
「はるるなら、月子がなかなか起きてこないから起こしに行っています。――あ、ちょっと、それ見せて! まだアタシが持ってないやつじゃない」
「これは心優しい友人に特別に取引してもらったレアものだよ」
「ほ、星野っ、その友人を私にも紹介してくれ!」
「うにゅ?」
三人の不思議な会話に、美冬は後ろからそーっと三人を眺めと、
「(……ハルちゃんの……生写真?)」
三人の手には、ハルのプロマイドらしきものが握られており、先ほどメグがレアものを言った写真は、ハルの着替え中に取ったと思われる実に際どい一枚だった。
「(……うん、今日もみんな幸せそうだね)」
ホクホク顔で満足げに納得した美冬は、まだかまだかとハル達がやって来るのを待ち詫びる。
「ぉは……よぅ……」
「ほら、シャキッとして」
「あ、やっと来たー。アキちゃん、おっはよー♪」
「フユちゃん、おはよー」
「みんな揃ってるね。それじゃ、ご飯をよそいますね」
全員が食卓に並んでいることを確認すると、ハルは鼻歌混じりにしゃもじを持って炊飯器の方へ歩み寄る。
「にゃはは、今日もハルちゃんが幸せそうだね♪」
幸せそうに生きるハルの後姿を、美冬は優しい目で見守る。
あの日、ハルはクラスメイト達に受け入れてもらうことができた。
ハルは今までの態度と、皆を騙してしまった事を謝罪し、一から友達作りを始めた。
男の《ミス涼月》という特殊な存在なハルだったが、古西からハルの事情を知らされたクラスメイト達は、ハルの誤解を解くために隣のクラスや他学年の生徒達にまで掛け合って、今ではハルを悪く言う噂が流れることはなくなっていた。
橘の言った通り、古西ゆかりは中立――あくまで表面上は――の立場に立ってクラスのリーダーとして全体を纏める、上手くクラスを動かすことができたのだった。
元々流れていた噂は真実がほとんどなく、生徒達が本当の事を知るのに時間はかからなかった。
「みんないい子だから、喧嘩してもすぐに仲直りなのです」
「な~ぉ」
「お、ハルちゃんもそう思うかい? そうだよねー、みんな笑顔が一番だよー♪」
美冬は佐倉家の保護者として、最後まで子供たちの力を信じて手を貸さなかった。
美冬は全てを知って、なおも黙って見守り続けた。
それは、ハル達を信じていたから。「この子達ならきっと乗り越えられる」と。
あの日、美冬が用意した最後の歯車によって、ハルは孤独にならずに済んだのだ。
美冬は「ありがとう」と、心で呟く。
そして願わくば、いつまでも、ずっとみんな一緒に居られますように。
いつまでも、佐倉家の住人が笑顔でありますように。
「みんな、ご飯は行き届いたね? それじゃ、みんなで一緒に」
いつまでも、みんなでおいしいご飯を食べられる日々が続きますようにと。
『いただきます!』
妹生活は今日も続いていた。
『おしまい』




