(5)戦う少年(ミス涼月・佐倉ハル編)
「この制服も久しぶりだな」
久々に着る男子制服に、ハルの口元は自然と緩む。
もう二度と。着る機会は訪れないと思っていた。
これを着るのもきっと今回で最後。なら、この最後の時に気の済むまで羽を伸ばそう。
そして、明日からは気持ちを新たに『私』に戻るんだ――
ハルは晴れやかな気分で大地に立つ。
「アタシは初めて見たわよ。男装したはるるなんて」
「あの、これが正装なんですけど……」
晴れた心に割って入る雲(愛乃)を、ハルはジト目で睨む。
「冗談よ。……へぇ、意外と男前じゃない」
「意外ってなんだよ。これでも一応は《ミス涼月》なんだから、見た目は悪くないはずだよ」
「言い間違えたわ。はるるの元は、カッコいいよりも可愛い系だと思っていたから。けど、普通に男に見えるわね」
「だから、普通に男だって」
今のハルは完全なノーメイク。スッピン状態だ。
髪の手入れも適当に寝癖を直した程度。
もちろんスカートなんて穿いていない今のハルは、誰がどう見ても男にしか見えない。
当然だ。ハルは男なのだから。
「学園に行けば委員長は待っているんだっけ?」
「ええ、めぐみんが呼び出してくれているわ」
ハルを説得した翌日。ハルは朝から学園にはいかず、放課後の時間になって愛乃と共に学園へ向かい、古西ゆかりと話をつける手はずになっていた。
メグは学園で古西に声を掛け、愛乃が仲介役を、ハルが女装を解いている間は夏祭が一色家で秋月の面倒を見る。
みんなが家族を護る為に、それぞれにできることを一生懸命にこなしていた。
「それにしても、どうしてわざわざ女装を解いたの?」
愛乃は素朴な疑問を向ける。
「ミスコン終わった後で一度委員長に会ったんだけど、その時に逃げられちゃって。彼女は女装していない俺の事を覚えていたから、どう対処していいのか分からなったんだと思う。だから、彼女に会うにはこの状態がいいと思って」
「ふーん…………ま、アタシは本来のはるるが見れたからいいんだけどね」
「なんだよ、その何かありそうな言い方は」
「別に。それがはるるの決意の表れなら構わないじゃない」
「あーそ。ところで、気になってたんだけど、愛の持っている鞄には何が入っているの?」
愛乃の手には小さめの鞄が握られていた。
「これはもしもの時のための補助アイテムよ」
「あ、危ないものじゃないですよね……?」
「そんな危険物じゃないわよ。あ、でも別の意味で危険物なのかもしれないわね……」
「……な、何も起きないといいな」
心から、そう心からハルは思った。
「それじゃ、そろそろ行くか」
時刻を確認してハルが言う。時計の針は四時を回ろうとしていた。
「ええ」
愛乃も返事を返す。
玄関を開け、二人は一緒に学園へと向かった。
「行ってらっしゃい、ハル」
夏祭はハルの後姿に声を掛ける。
夏祭は一色家の自室の窓からハルの姿を眺めていた。
本当はハルの隣で付き添ってやりたいが、夏祭には他に役目があった。
「秋月。ハルはやっぱり変わらないよね。どっちの姿でも、ハルはハルなんだよね」
部屋で読書をしていた秋月に呼びかける。
別に返事を求めていたわけではなかったが、秋月は反応する。
「ハルは、ハルだから」
「……うん。ホント、そうだった。あの日の私は、ハルがハルじゃ無くなっちゃう、そう恐れていたけど、何も恐れる必要なんかなかったんだ。だって、ハルは今でも昔のように笑うことができるんだから」
昔のままのハルでいてくれたから、だから夏祭は許してもらえたのだろう。
いや、そもそもハルは怒ってなどいなかった。夏祭と仲直りできることを信じて、ずっと夏祭が戻って来ることを待っていたのだ。
「本当に、良かった……」
まだ何も解決してはいないのに、
夏祭の心に不安は何もなかった。




