(4)戦う少女(元アイドル・仙堂愛乃編)
「必要無いよ」
予想通り、ハルは頑なに首を振った。
愛乃たちは佐倉家に戻るとハルの自室に出向き、さっそくハルに事件を収拾する方法について語り聞かせた。
だが帰って来た言葉はとても冷たく、関わりを避けたいという想いが嫌でも伝わってきた。
「私の全ては秋月を護ることに捧げているの。誰に嫌われようとも構わない。秋月が卒業した後も、私は秋月の傍に居るために学園には通うつもりはない」
愛乃たちを遠ざけるようにハルは顔を背ける。が、
「確保!」
愛乃が声を上げると同時に、メグと夏祭はハルの両脇を抑え込む。
「は、はい――!?」
逃亡していなければ、そんな気も無いのに、ハルは何故か身柄を拘束されていた。
三人の理解できぬ行動に、抵抗もできずただ頭を悩ませる。
「って、痛い痛いたいッ! 夏祭さん締めすぎて腕が折れそうですって!」
「うっさい。黙れ」
発言を許可しない。
夏祭の目はそう語っていた。
「ごめんねハル。でも、これもハルのためだから」
申し訳なさそうに言うメグだが、彼女も一切力を緩めない。
「大体こんなことをして今から何を始める気さ!?」
「説教――間違えたわ、説得よ」
「間違ってない! この状況は説得よりも説教に近いですよ愛さん!」
「嫌なら他人行儀は止めなさいよ。こんなことで一々殻に閉じこもってちゃ、はるる、アンタいつか必ず月子を護れなくなるわよ」
「…………そんなことはない、私は絶対に秋月を見捨てたりなんかしない!」
ハルはキッ――と、鋭い眼光で愛乃を射抜く。
が、愛乃は怯んだりなどしない。
ここで説得を失敗してしまえば、これから先もハルは聞き入れてくれないだろう。
「違うわよ、はるる。……アンタが本当に護りたいものは秋月だけじゃないでしょ?」
愛乃の問いかけに、ハルは答えられなかった。
それは答えられる質問ではなかった。
それは答えていい質問でもなかった。
数秒の無音の後、愛乃は再び問いかける。
「月子を護りたいのは、月子が大切だから、姉だから、唯一の肉親だから。でも、一番は家族だからでしょ? アンタは家族が何よりも大切で、家族が無いと生きているのが怖いから、だから秋月を求めた。当然よね、だって家族が大切なのは当たり前の事だもの。でも、アンタにとっての本当の家族は『血の繋がり』だけじゃない。学園長先生やなっちゃん先輩、めぐみんにアタシ……何よりも家族を大切にするアンタにとって、みんなは家族になっているんでしょ? だからアンタは家族に迷惑を掛けたくないから、自分で家族の輪から離れようとしている。そうすることで家族を護れると思い込んで――。
そう思っているなら、はるる、アンタは間違ってる! 家族ってのは、輪から離れても関係を切り離せるもんじゃないの! 逃げることで護れるのは自分一人だけ。一週間前までの月子のように、殻に籠って誰も寄せ付けなければ自分は護れるでしょうけど、アンタはそれじゃダメだって分かっていたから連れ戻しに行ったんでしょ! なのにどうして今のアンタは月子と同じことをしてるのよ。護りたいんでしょ、家族を! 家族との繋がりを! 続けたいんでしょ、家族との生活を、秋月を護る為の『妹生活』を!」
「――――!」
愛乃の必死な叫びに、ハルの瞳は心と共に揺れる。
秋月を連れ戻すために、美冬から提案された女装。
男を偽って、妹として生きていく方法。
他人を騙し、大切な幼馴染や親友を苦しめてまで選んだ道。
それがハルの選択した未来のはずだった。
正しい選択だと思っていた。
自分を偽って、傷ついた秋月を護れるのなら、他に何もいらないと思っていた。
――でも、気付けば周りには家族が増えていた。
自分を偽って、大切な人たちを困らせてきたのに、それでもハルの周りには笑顔があった。
「ハル、頑張ろう? 私たちはもう、ハルを一人になんてさせないから」
メグは笑って許してくれた。一年間も遠ざけてしまったのに、事情を話しただけですんなりと全てを許してくれた。
「逃げんな。今度こそ、私はいつだってハルの隣にいてやるから」
ハルはあの日、夏祭を泣かせてしまった。けれど、今、夏祭は隣に居てくれている。あの日にハルが信じた通り、またみんなと一緒になれた。
美冬はずっと近くに居てくれた。保護者として、姉として誰よりも近くで見守ってくれた。
「佐倉ハル! こんなことで佐倉家の家族を壊すな!」
愛乃は見ようとしてくれた。ハルの本当の姿を。
知ろうとしてくれた。ハルの心の内を。
偽りの姿しか知らないはずの愛乃が、誰よりもハルのことを考えてくれていた。
みんな遠ざけて、騙して、傷つけて、泣かせて、苦しめて、偽って来たのに……。
それが間違った選択だと知っていたのに……。
「……一つ、条件がある」
もし、この選択の先に、もう一つの選択があったとしたなら。
「このことは美冬さんには黙っていてくれ。自分でどうにかできるなら、できるだけ美冬さんには心配を掛けないであげたい」
――俺はもう、家族を傷つける選択はしない。




