(2)戦う少女(ヘタレ親友・星野萌編)
同じく昼休み。
夏祭が日和に相談を持ちかけていたのと同時刻。
星野萌はある人物を頼って、校舎裏にその人物を呼び出していた。
「お願い、ハルを助けてあげたいの。だから、私にできることを教えてください!」
「ふむ、そろそろだと思っていたが、どうやら予想通りに事は動いているようだな」
その人物とは、ハルとメグと同じ中学出身の男、橘だった。
彼は納得するように頷きながら口元を緩める。
「やっぱり、橘君は何でもお見通しなんだね」
「予測できる物事は把握しておいた方が、より面白いことを見つけやすいからな」
やはり、彼はハルの今の状況を知って――いや、予測していた。
その計り知れない情報力を用いて、前もって対抗策を用意する。それが橘という男子生徒のやり方であり、しかしながら橘本人は極力表に出たりはせず、あくまで裏方に徹する。
そんな彼は、何か事件があれば必ずと言っていいほど、何らかの形で事件の裏に存在した。
「今回はハルが問題の中心にいる。橘君が何も動いていないわけないよね?」
「無論だ。佐倉は俺の知っている中で最もおもしろいやつだからな。易々と腐らせるのはあまりにも勿体ない」
「……えっと、ハルは橘君のおもちゃじゃないんだよ?」
「ははは、何を分かり切ったことを。もちろん佐倉は大切な親友だ」
どういう意味で大切なのか、ツッコみたくても恐ろしくて受け流してしまう。
きっとこれは友情だ――そう信じて、メグは話を続ける。
「それで橘君も知っての通り、ハルはたくさんの人に良く思われていなくて……今まで私たちは全くそのことに気付かなかった。でも、ハルはなんだか分かっていたような、覚悟を決めてたように見えたの」
あの感情が見えなかった背中は。
戸惑いも、怯えも、恐怖さえも見せなかったあの背中は。以前からこの時が来るのを予期して覚悟ができていたからではとメグは考えた。
「どうすれば他人に嫌われるかなど、少し考えれば分かることだ。嫌われたくなければ、嫌われるような真似はしないだろうさ」
「たくさんの人に嫌われても、ハルは考え直さなかった。アキ一人の為に、自分が傷つくことを選んだ……」
ハルの選んだ道がどれほどまでに過酷なものであるか、今更ながら改めて気付かされる。
傷ついても、人から嫌われても、それ以上にハルには家族と一緒に暮らすことが大事なことなのだと気付かされた。
「選んだのは佐倉自身だ。自分で招いた事態なのだから、ご本人様はさぞご納得されていろう」
「でもやっぱりダメだよ。それが、ハルが嫌われていい理由にはなったりしないよ。ハルがどんな覚悟を決めたとしても、私たちはハルを孤独にさせないって決めたから」
そう言うと、メグは橘に向けて頭を下げた。
「お願いです! 考えたけど……いっぱい考えたけどっ、どうしてもハルを救える方法が分からないの。ハルを護ってあげたいけど、私には何もできないから、何のとりえもないから、何にもしてあげられないけど……でも、好きだから! ずっと笑ててほしいから! ハルを、みんなの好きなハルのままでいさせてあげたいから――だから、ハルを孤独にさせない方法を教えてください!」
恥ずかしくはなかった。
好きな人の為に想いをさらけ出すことに、何の躊躇いもなかった。
助けてあげたかった。
護ってあげたかった。
救ってあげたかった。
独りにさせたくなかった。
いつまでも笑ったままでいてほしい。たとえこの想いが実らなくとも、ずっと親友のままでもいいから、笑った彼の近くに居続けたかった。
「取り敢えず、頭をあげてもらおうか、星野」
指示され、ゆっくりとメグは頭を上げる。
「星野に良い事と悪い事を教えてやろう。まずは良い事だが、実は、生徒達の佐倉に対する印象はさほど悪くはない」
「え? でも、朝の様子じゃ……」
「今はパンダが珍しくて集っているに過ぎない。ただでさえ露出が少ない男の《ミス涼月》が学園の通学路に現れた。生徒達は野次馬のように群がって、けれど遠巻きに見て来る。《ミス涼月》は偉大な存在なのに、他にも美少女が並んで歩いていた。ふっ、これなら知り合いでもない限り声を掛けられるはずもない」
「じゃ、じゃあ、私たちが心配しなくても、時間が経てば騒動は収まるの?」
「本当に佐倉を蔑んでいる者は表だって出てきたりはしないだろう。だが、それでも何か手を打つ必要はある。今は仙堂愛乃が抑止力になっているが、中立の立場にいる人間の力を借りる必要がある。ま、それに適した人材は既に見つけてあるがな」
「そ、そうなんだ……って、あ」
思った以上に悪い状況でないことに一度は安堵する、が――
橘は「良い事と悪い事」と言った。
「それで、悪い事って……?」
「これはあくまで予想、想像にしか過ぎないが、ほぼ確信していることだ。絶対に正しい情報ではないが……それでも訊くか?」
メグは無言で頷き、話の続きを求めた。
「了解した。これは、これまでの佐倉の行動や思想を読み取っての想像なのだが……おそらく、佐倉は近い内に星野達を遠ざけようとするだろう」
「……え」
遠ざける?
ハルが?
私たちを?
橘の言葉が分からない。
何を言っているのか、
何を示しているのか、
何が言いたいのかが全く分からない。
……違う、分かりたくないだけだった。
ちゃんと橘の言っていることは理解できた。
ハルなら、自分がどれだけ傷つこうとも秋月を護ることを選んだハルならば、自分のせいで周りの人間が自分と同じ想いをしないように自ら周りを遠ざけようとするだろう。
大切なものを護る為に、自分を捨てることで護り切れると考えもするだろう。
それが佐倉ハルの生き方なのだ。
大切なもののためならば簡単に自分を捨てることができる。
それがハルの強さでもあり、一番の弱さだった。
「佐倉のことだ。大勢の者に一緒に居るところを目撃された瞬間から、自分と同類と思わせないように行動するだろう。たとえば、一人だけその場から抜ける、といったふうに」
「……じゃあ、あの時のハルは」
あの感情が見えなかった背中は。
孤独に感じさせたあの時のハルは。
「ハルが自分の感情を殺していた……」
『だが、このままでは佐倉ハルは――必ずまた『孤独』になる』
橘は、あの日一色夏祭に言った言葉を思い返す。
始めはそれが事実になるかは五分五分だと予想していた。
できる限りの手は打つつもりだったが、少なくとも『九月三十日』の時点では賭けるほどのものにはならないと思っていた。
だが、今の予想は違う。
――『ヒロイン達が姫様を救う』に賭けよう。
あの時には足りなかった最後の一押しが、今はハルの傍にはある。
「ふっ、勝率が九割を超えてしまっては賭けが成立しなくなってしまうではないか」
「あ、あれって佐倉ハルじゃん! 学園にいるとかラッキー、写メ取ってみんなに自慢しよ――」
「おーっと!」
「きゃあっ! ちょっと、誰よいま突き飛ばしたの! って、あああー! 見失っちゃったし!」
――それでも一切の手を抜くつもりはないがな。それにしても……パーティーとはまた賑やかだな、佐倉よ。
ハルの中学からの友人であり、悪友である橘。
ある時は屋上に突如現れる謎の男子生徒を演じ――
またある時は昼休みにカメラを取ろうとした女子生徒の邪魔をする黒子だったりする。
そんな彼の趣味は、『面白いことを見つけて、それをより面白くすること』である。




