(6)現実
月曜日。それは新たな一週間の始まりである。
ここ一年間で最も賑やかで楽しい休日を過ごしたハルだが、今日からは平日である。
秋月は男性恐怖症に関する週に一度の診察があるということで、既に美冬と共に家を出ていた。お昼頃には診察も終わるということで、午前中は秋月の面倒を見なくてもよくなった。
「さて、午前はぽっかり暇ができたことだし、掃除や洗濯をしながら診察が終わるまで待つとしますか――」
張り切って袖を捲ったハルだったが……
「何言ってるのよ、はるるも一緒に学園に行くわよ」
愛乃にガッシリと肩を掴まれてしまう。
「そうだよ、ハル。あまりお姉ちゃん子過ぎるのも良くないよ?」
「……」
愛乃の後ろには、ハルの鞄を持ったメグと、黙ったままジッとこちらを見つめてくる――またはガンを飛ばすとも言う――夏祭の姿もあった。
「これは……お三人方と一緒に登校しろという事でしょうか?」
「一々朝の登校で争うのも疲れるわよ」
「話し合って、朝の登校は一時休戦ということになったんだよ」
「……」
いつの間にか、ハルの知らない所でそんな決まりができていたらしい。
午前中は家で過ごす予定でいたハルだったが、三人に言い寄られては予定を変更しない訳にはいかなかった。
「なんだか、不思議なメンツになったね」
人通りの少ない登校の道中、ハルは何気なく呟く。
ミスコンの日まではいつも一人だったのに、翌日にはメグや愛乃と、その次の日は秋月も加わり、週の変わった今日は秋月がいない代わりに夏祭が隣に居る。
四人中二人が《ミス涼月》で、準ミスもいる。メグもミスコンに出場はしなかったが、十分入賞できるビジュアルを持っていた。
「まさに花園って感じだね」
「そこは『両手に花』じゃないの?」
「あ、そっか。性別だけでみたら確かに両手に花だね」
「アンタ、いま素で自分のことを女としてカウントしたわね」
「何せ美少女ですから――あだッ!」
「……打つぞ」
「できれば実行有言ではなく有言実行にしてもらえませんか、夏祭さん……?」
「……ふん」
以前より仲が元通りになったとは言え、夏祭の不機嫌さに変化はあまりなかった。
むしろ不機嫌の理由に嫉妬が加わったことにより、二人きり以外の状況では前より不機嫌度はパワーアップしていた。
「(今日の晩御飯は夏祭の好物にしておこう)」
密かに夏祭のご機嫌を取ろうとハルは画策していたが、
「ん」
あることに気付き、表情を一瞬にして硬くする。
まずい。
そう感じたハルは直ぐにその場から去ろうと踵を返すが、
「ちょっと! どこに行くつもりよ、はるる!」
「ダメだよハルっ。大人しく私たちと登校しなさい!」
「逃げんな」
咄嗟に手を伸ばした三人に捕まってしまい、身動きが取れなくなってしまった。
「なっ――」
しまった。
今日はこの三人と一緒だったことを、ハルは失念していた。
無理やりに引きはがしてしまおうかと悩むが、彼女たちにそんな手荒な真似は出来るはずなく、
『――おい、あれって佐倉ハルじゃね?』
三人に説明する時間さえ貰えず、
ハルはあっけなく見つかってしまった。
涼月学園の生徒達に。
「(……遅か、ったか……)」
観念し、逃げようとしていた足の力を抜く。
「え?」
ようやくして異変を感じ取った愛乃たちは、周囲の生徒に目を向ける。
生徒達の視線は全てハルへと向けられていた。
最初は、ハルが今年度の《ミス涼月》だから注目していると思った。
だが、即座にその視線が好奇のものであることに気が付く。
それは、自分達とは違うものに向ける視線。
まるで違う生き物を見るような、
そこには憎しみが混ざっているかのように、
それは蔑みの視線であり、
彼らは嘲笑うようにして、
佐倉ハルを愚弄していた。
「……なに、どうしてこんなに見られてるの?」
メグは怯えるように一歩後ずさる。
すぐに危険を感じた愛乃は、ハルを護るように前に立つ。
「何よ、アンタたち。言いたいことがあるならアタシに言ってみなさいよ!」
そんな『彼女』の一言に、生徒達は動揺の声を漏らす。
思いもしなかったのだろう。まさか『彼女』がハルを庇うとは。
誰も何も言えなくなっていた時、
「別にいいよ、愛」
「え?」
驚いた愛乃は、振り返りハルの顔を見るが。
「さあ、みんなは先に学園に行きなよ。私は後から独りで行くから」
辛そうな顔はしていなかった。
傷ついてはいなかった。
強がってもいなかった。
けれど、笑ってもいなかった。
まるで『全て知っていた』かのように、ハルは表情一つ変えない。
そして、ハルは人目から逃げるように、学園とは反対側の道へと立ち去って行った。
「……ハル」
その感情の詰まっていない背中を見ながら、夏祭は辛そうに呟く。
その時、夏祭の脳内である言葉が流れる。
『学園長の思惑通り、佐倉ハルは佐倉秋月を連れ帰ることができるでしょう』
それは九月三十日。ミスコンが開催された日。
放課後の屋上で、一人でいた夏祭の前に現れた男が言い残した言葉。
『だが、このままでは佐倉ハルは――必ずまた『孤独』になる』
あの時、夏祭は男の言葉の意味が理解できなかった。
「……ハルが……孤独……?」
今なら男の言葉の意味が分かる気がした。
あの背中を見ているとそれが近い未来に真実になるのでは、そう恐れを感じずにはいられず。
賑やかで平和だった休日は一気に覚めてしまう。
平日に彼女たちが目の当たりにしたのは。
『酷い現実』と、
『孤独』を感じさせるハルの背中だった。




