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サクラセイカツ~あなたと過ごすための妹生活~  作者: 八八八
4.佐倉家に住まう少女たち
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(6)現実


 月曜日。それは新たな一週間の始まりである。

 ここ一年間で最も賑やかで楽しい休日を過ごしたハルだが、今日からは平日である。

 秋月は男性恐怖症に関する週に一度の診察があるということで、既に美冬と共に家を出ていた。お昼頃には診察も終わるということで、午前中は秋月の面倒を見なくてもよくなった。

「さて、午前はぽっかり暇ができたことだし、掃除や洗濯をしながら診察が終わるまで待つとしますか――」

 張り切って袖を捲ったハルだったが……

「何言ってるのよ、はるるも一緒に学園に行くわよ」

 愛乃にガッシリと肩を掴まれてしまう。

「そうだよ、ハル。あまりお姉ちゃん子過ぎるのも良くないよ?」

「……」

 愛乃の後ろには、ハルの鞄を持ったメグと、黙ったままジッとこちらを見つめてくる――またはガンを飛ばすとも言う――夏祭の姿もあった。

「これは……お三人方と一緒に登校しろという事でしょうか?」

「一々朝の登校で争うのも疲れるわよ」

「話し合って、朝の登校は一時休戦ということになったんだよ」

「……」

 いつの間にか、ハルの知らない所でそんな決まりができていたらしい。

 午前中は家で過ごす予定でいたハルだったが、三人に言い寄られては予定を変更しない訳にはいかなかった。


「なんだか、不思議なメンツになったね」

 人通りの少ない登校の道中、ハルは何気なく呟く。

 ミスコンの日まではいつも一人だったのに、翌日にはメグや愛乃と、その次の日は秋月も加わり、週の変わった今日は秋月がいない代わりに夏祭が隣に居る。

 四人中二人が《ミス涼月》で、準ミスもいる。メグもミスコンに出場はしなかったが、十分入賞できるビジュアルを持っていた。

「まさに花園って感じだね」

「そこは『両手に花』じゃないの?」

「あ、そっか。性別だけでみたら確かに両手に花だね」

「アンタ、いま素で自分のことを女としてカウントしたわね」

「何せ美少女ですから――あだッ!」

「……打つぞ」

「できれば実行有言ではなく有言実行にしてもらえませんか、夏祭さん……?」

「……ふん」

 以前より仲が元通りになったとは言え、夏祭の不機嫌さに変化はあまりなかった。

 むしろ不機嫌の理由に嫉妬が加わったことにより、二人きり以外の状況では前より不機嫌度はパワーアップしていた。

「(今日の晩御飯は夏祭の好物にしておこう)」

 密かに夏祭のご機嫌を取ろうとハルは画策していたが、

「ん」

 あることに気付き、表情を一瞬にして硬くする。

 まずい。

 そう感じたハルは直ぐにその場から去ろうと踵を返すが、

「ちょっと! どこに行くつもりよ、はるる!」

「ダメだよハルっ。大人しく私たちと登校しなさい!」

「逃げんな」

 咄嗟に手を伸ばした三人に捕まってしまい、身動きが取れなくなってしまった。

「なっ――」

 しまった。

 今日はこの三人と一緒だったことを、ハルは失念していた。

 無理やりに引きはがしてしまおうかと悩むが、彼女たちにそんな手荒な真似は出来るはずなく、


『――おい、あれって佐倉ハルじゃね?』


 三人に説明する時間さえ貰えず、

 ハルはあっけなく見つかってしまった。

 涼月学園の生徒達に。

「(……遅か、ったか……)」

 観念し、逃げようとしていた足の力を抜く。

「え?」

 ようやくして異変を感じ取った愛乃たちは、周囲の生徒に目を向ける。

 生徒達の視線は全てハルへと向けられていた。

 最初は、ハルが今年度の《ミス涼月》だから注目していると思った。

 だが、即座にその視線が好奇のものであることに気が付く。

 それは、自分達とは違うものに向ける視線。

 まるで違う生き物を見るような、

 そこには憎しみが混ざっているかのように、

 それは蔑みの視線であり、

 彼らは嘲笑うようにして、

 佐倉ハルを愚弄していた。

「……なに、どうしてこんなに見られてるの?」

 メグは怯えるように一歩後ずさる。

 すぐに危険を感じた愛乃は、ハルを護るように前に立つ。

「何よ、アンタたち。言いたいことがあるならアタシに言ってみなさいよ!」

 そんな『彼女』の一言に、生徒達は動揺の声を漏らす。

 思いもしなかったのだろう。まさか『彼女』がハルを庇うとは。

 誰も何も言えなくなっていた時、

「別にいいよ、愛」

「え?」

 驚いた愛乃は、振り返りハルの顔を見るが。

「さあ、みんなは先に学園に行きなよ。私は後から独りで行くから」

 辛そうな顔はしていなかった。

 傷ついてはいなかった。

 強がってもいなかった。

 けれど、笑ってもいなかった。

 まるで『全て知っていた』かのように、ハルは表情一つ変えない。

 そして、ハルは人目から逃げるように、学園とは反対側の道へと立ち去って行った。

「……ハル」

 その感情の詰まっていない背中を見ながら、夏祭は辛そうに呟く。

 その時、夏祭の脳内である言葉が流れる。

『学園長の思惑通り、佐倉ハルは佐倉秋月を連れ帰ることができるでしょう』

 それは九月三十日。ミスコンが開催された日。

 放課後の屋上で、一人でいた夏祭の前に現れた男が言い残した言葉。

『だが、このままでは佐倉ハルは――必ずまた『孤独』になる』

 あの時、夏祭は男の言葉の意味が理解できなかった。

「……ハルが……孤独……?」

 今なら男の言葉の意味が分かる気がした。

 あの背中を見ているとそれが近い未来に真実になるのでは、そう恐れを感じずにはいられず。

 賑やかで平和だった休日は一気に覚めてしまう。

 平日に彼女たちが目の当たりにしたのは。

『酷い現実』と、

『孤独』を感じさせるハルの背中だった。


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