(5)最強
それから午後は各々の時間を過ごした。
夜になり、全員での夕食も済ませた後、みんなでボードゲームをしながら団欒とした家族の時間を過ごした。
そして時刻も十時を過ぎ、そろそろ入浴の時間を迎えた頃。ハルの提案で、ハルを除いた女性陣は一色家の広い浴槽を使用することになった。
提案した理由は、脱衣所と風呂場がハルにとっての一番の危険地帯なので早急に手を打つ必要があったからだ。普通、そういう提案は女性陣から上がるものなのだが……思い出してほしい、これまで起こったハプニングの被害を受けたのは全てハルだったことを。
ハルは数日で身の危険を必要以上に覚え、これ以上の貞操の危機に直面する事態を避けようとそう言った提案をしたのだった。
「ふぅ……やっぱり広いお風呂はいいわよねぇ」
「確かにこっちのお風呂は広いけど、向こうのお風呂は普通くらいだと思うよ?」
「星野、芸能人の家とハルの家を一緒に考えない方がいいぞ」
「あれ? これくらいが普通じゃないの? 向こうの浴槽なんて、一度に入れて二、三人程度じゃない」
「それが普通。うちは冬姉のこだわりで広いお風呂にしたけど、星野の家だってハルの家と同じくらいなはず」
こくり、とメグが首肯する。
愛乃には分からないだろうが、四人が一度に入ってもかなりの余裕がある浴槽は珍しい。あと三人は一緒に入る余裕がある。
「やっぱり私立の学園長って儲かるのかしら?」
「知らない。一色家の財布はハルが握っている。そして私の小遣いの額も、実はハルが決めている……ぶくぶく」
恨めしそうな目をして、夏祭は口元まで湯船に着ける。
「ど、どこまで主婦なのよ、はるるは……」
「そう言えば愛ちゃんのお小遣いの額はどれくらいなの?」
今日一日で随分と距離が縮まったメグと愛乃は、お互いを「めぐみん」「愛ちゃん」と呼び合うようになっていた。
「お小遣いなんて、アイドルを始めてから貰ってないわよ」
「あ、そっか。愛ちゃんはもう自分で稼いでたんだよね」
「そういうことよ」
「でも、仙堂はアイドルを引退したんだから、今はどうしてるの?」
「別に稼いだお金をその時に全額使ってたわけじゃないんだから……。心配しなくても、ちゃんと貯金してるわよ。学生が一年間バイトしても貯まらないくらいはあるわね」
「いいなぁ~愛ちゃんは。うちは両親にバイト禁止って言われてるから……」
「バイトが禁止されているのに、よくも男の家に泊まることは許されたわね」
「だってハルの家だもの。お母さん、ハルのことすごく気に入っていたから」
「う、うちだって、ハルは冬姉にすごく気に入られているぞ!」
「何を張り合おうとしてるのよ、なっちゃん先輩は」
「何でもいいけど、愛ちゃんのネーミングセンスは独特だよね……」
なっちゃん先輩、とは愛乃が夏祭を呼ぶときのあだ名である。
「ん? 一応同じ学園の上級生なんだから『先輩』は付けてるじゃない」
「んだよ、先輩に対して一応って」
「あらら、昨年度の《ミス涼月》は本当に口が悪いんですね、噂に聞いた通りだわ~」
「ああ?」
「って、めぐみんが言ってたわよ」
「ちょっと愛ちゃん! 堂々と他人に罪を擦り付けようとしないで!」
「他人じゃないわ、家族兼親友よ」
「余計に悪いよ!」
「それで、二人はいつまではるるに付きまとうつもり?」
「はあ? 星野は兎も角、私は元々ハルの幼馴染なんですけど」
「わ、私も付きまとってないよ!」
「「……」」
「な、なに、その目は……」
どの口がそれを言いますか。という目です。
「大体、愛ちゃんだってホームステイとか言いながら佐倉家に転がり込んでるじゃないっ」
「私ははるると月子が心配で来たのよ。めぐみんみたいなやましい考えはないわ」
「やましくないです! 乙女の純情です!」
「星野、うっさい」
「ご、ごめんなさい……」
「あはは、怒られてる~」
「仙堂も、邪魔」
「ちょっと待って。うるさくて怒られるなら分からないこともないけど、それって単に私の存在を邪魔だって言いたいだけよね?」
「……あれ? 仙堂『も』ってことは、私の存在も邪魔ってこと……?」
「ハルに近寄る女は全員邪魔」
「うわっ、何この女! いくら付き合っていたからってはるるを所有物か何かと勘違いしているんじゃない? 『元』が付くのを忘れないでほしいわね」
「ははは…………よし、表に出ろ、仙堂」
「お、抑えてください一色先輩!」
「大体、小遣いもはるるに決められてるなんて、ふふ。今は世話のかかる娘くらいにしか思っていないんじゃないの?」
「そして愛ちゃんは煽ろうとしないの!」
「愛ちゃんはハルにミスコンで負けたのに、どうしてハルを追っかけてるの?」
「負けた事にはもう納得してるからいいのっ。今は学生生活を満喫することにしたから。はるるの傍に居るのは、傍に居て支えてあげたいからよ」
「ハルを支えるのは私一人で十分だ。だから帰れ」
「そんなアナタは一年間はるるを避け続けていたではありませんか。そんな信頼性の低いお方にはるるを任せられるわけないじゃない」
「だったら私にまか――」
「めぐみんは論外ね。むしろアンタに任せるとはるるが危ないじゃない。やっぱりこの中ではアタシが最もはるるのパートナーに相応しいわね」
「はっ、ハルのパートナーは幼馴染の私が最も相応しいに決まってるじゃない」
「なんですって?」
「幼馴染なめんな」
「……ふと思ったんだけど、ここにいる誰よりも、学園長の方がハルの相方に適してるんじゃないかな?」
そんなメグの一言に、愛乃も夏祭も言葉に詰まってしまう。
――昔からハルと一緒。
――この一年間彼女だけがいつもハルの傍に居続け。
――ハルが最も信頼を寄せる人物で。
――その上、ハルを一生養っていく力もある。
…………。
「やめて! これ以上学園長先生に出て来られるとアタシたちの出る幕が無くなるじゃない!」
「そうよ! 第一、冬姉はハルの保護者なんだから! 二人に家族以上の感情なんてあるはずないじゃない!」
「そうだよね! むしろハルが学園長を意識しているはずがないよね! なんてったって今は年頃の女の子が三人も一緒に暮らしているんだから普通はそっちに意識が行っちゃうよね!」
必死になって意見を同調させる三人。
その言葉は相手に語りかけているようで、実際は自分自身に対して言い聞かせていた。
「そう言えば……」
ふと気になってメグがある方へ視線を向ける。
「アキはさっきから静かだね?」
現在この空間には三人だけではなく、秋月も一緒に湯船に浸かっていたのが、先ほどから一言も発さないために彼女の存在感は薄れていた。
「どうしたの、月子? 何か考え事でもしてたの?」
心配になって三人は秋月の周りに集まる。
「えっと」
「なんでも言って、秋姉」
「うん」
やはり何か考え事をしていたのか、三人は秋月の力になろうと真剣に彼女の言葉に耳を傾けた。
「どうして、フユちゃんは、一緒のお風呂に入らないの?」
「「「え?」」」
その頃、隣の風呂場では。
「安心してゆっくりと入れるお風呂は最高だな~。みんな隣のお風呂を使いに行ったことだし、間違って誰かがバッタリと入ってくることなんて……」
ガチャ。
「やっほ~ハルちゃん。美冬さんが直々にお背中を流されに来ましたよ~♪」
「こと……なん……て……」
振り向くとそこには、バスタオル一枚で身体を覆った保護者兼学園長がいた。




