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サクラセイカツ~あなたと過ごすための妹生活~  作者: 八八八
3.金曜日にはテラス席に
27/42

(7)一色夏祭の嫉妬


 そして、十月三日が訪れた。

「信じられないわよ、まったく!」

 昨晩から新たに佐倉家の一員となった仙堂愛乃は、朝からお怒りモードだった。

 彼女が感情的になって怒る相手など、もちろん一人しかいない。

「そこまで怒らなくてもいいでしょ?」

 既に女子用いつもの制服に着替えていたハルは、まだ朝も明けたばかりだというのにご近所の迷惑を一切考えずに自分を叱咤する元アイドル様に悪びれた顔をせず言い返す。

 何故、ハルが愛乃に責め立てられているのか?

 それはハルが目覚めて少し経ってからのことだった。

 昨日と同じく、今朝も秋月にしがみ付かれ、ベッドから抜けられずにいた――秋月が可愛すぎて――ハルは、ハルを部屋まで起こしに来た愛乃に、秋月と一緒のベッドで寝ていたことを知られてしまった。それが事件の真相。

「別に姉妹なんだから、一緒に寝ても問題ないじゃない」

「大有りよ! アンタね、いくら可愛くても元が元なんだから、たとえ実の姉でも一緒に寝ちゃダメに決まってるでしょ!」

「けど、秋月は一人で寝られないって言ってるよ?」

「だったらアタシが月子と一緒に寝るわ!」

 それは……ん、意外とありがたい申し入れかも?

 今までは何も問題は起きなかったが、さすがに一緒に寝たり、お風呂に入っていれば何かのきっかけで秋月の男性恐怖症のスイッチが入ってしまわないとも限らない。

 今後の生活を考えると、できるだけリスクを減らしておく必要はあった。

「(……でも、秋月の寝顔独り占めできないのは、ちょっと痛いかも)」

「むっ、何か余計なこと考えてる?」

「いいえ何も。それでは夜はお願いします」

 ポーカーフェイス。それはハルの得意技の一つである。

 ハルは考えていたことを悟られないように自然に会話を終了させた。

「それじゃ、私は美冬さんを起こしに行ってくるから――」

「ちょっと待ちなさい!」

「……今度は何ですか?」

 これで呼び止められたのは何度目だろう。

 愛乃と暮らすことはこれほどまでに足を止める必要があるのかと、朝から若干疲れてきたハルは面倒そうに愛乃の方へ振り返る。

「アタシも一緒に行くわ」

 ――え、この人なに言ってんの?

 一色家は佐倉家の隣家。

 歩いて十秒も掛からない位置にあるというのに、ハルには付添う理由が分からなかった。

 だが、愛乃にはどうしてもハルを一人で行かせるわけにはいかないのだ。

「(保護者って言っても、学園長はアタシ達と同世代にしか見えない外見をしてるのよ? そんな人が寝ているところに、はるるを一人で向かわせるわけにはいけないわ。モラル的な理由で!)」

 果たしてモラルだけが理由なのか。本人は自分の感情を読み取ることができなかった。

 特に拒否する理由もなかったので、今日は愛乃を供に一色家へと上がり込んだ。

「へー、こっちの家は和風な造りになってるのね」

 感心しながら愛乃は家の中を見渡す。

 実家も佐倉家も洋風な造りとなっていたため、愛乃には一色家が物珍しく見えた。

「な~」

「あ、学園長の猫」

「美春だよ。おいで」

 ハルは手を差し伸べて美春に呼びかける。

 ゆったりとした足取りで自分の元までやってきた美春を、そっと抱きかかえた。

「すぐにご飯を出してあげるから、もうちょっと持っててね」

「なぉ~」

 ハルの全意識が美春へと向いた時、

「ここが学園長の部屋ね」

 一緒に居た愛乃が、とある部屋の扉を開けようとしていた。

「ちょ! そこは違――」

 ――ガチャ。

「え?」

 否、もう行動に移った後であった。

「えっ、違ったの? なら、一体ここは誰の部屋……な……の……」

 部屋の中を覗いた愛乃の動きが止まる。

「(そこはもう一人の部屋……なんだけど、遅かったか……)」

 ハルは諦めた表情で、愛乃と共にその部屋の中へと入る。

 どうせ開けてしまっても、彼女は先に家を出ているはずだから。

「――……え?」

 そう思っていたハルの考えは、一瞬で打ち砕かれることとなる。

 一年間一度も寝過ごすことなく、ハルが来る一時間以上前には家を出ていたはずの彼女が、

「……うう、なにぃ…………? え?」

 本日、十月三日に限っては、寝坊をして、ハルたちが入って来るまで眠り続けていたのだった。

 一年ぶりに見た、幼馴染の姿は――

「う、ううう…………」

 黒だったはずの髪が金色に変わっていて――

「な、ななな……」

 一瞬、他人かとも思ったけど――

「――――」

 彼女の本質的な部分は一年前とちっとも変っていなくて、そして――

「で、でてけええええええええええ!!!!!」

 すごく、エロい格好をしていた。

「(まさかネグリジェを着ていたとは……)」

「いいからはるるは早く出なさい!」

 愛乃に頭を引っ叩かれながら、ハルはその場から撤退させられた。


「大変、申し訳ございません!」

「……」

「はい、白い目で見られてもおかしくない大罪を私は犯しました!」

「……」

「ふ、深く反省しております……!」

「……」

「……あ、あの~、夏祭さん?」

「あん?」

「(……あれ、なんかメンチ切られてね?)」

 土下座した状態で見上げているせいか、ハルには夏祭の表情が鬼の形相に見えてしまっていた。

 教訓――可愛い女の子でも怒らせると鬼に化ける。

「ご、ごめんなさい!!!」

 何故、ハルがここまで謝らなければならないのだろうか? 元はと言えば夏祭の部屋を無断で開けたのは愛乃の方なのに。

 その真犯人である愛乃は、先ほどからハルの後ろで冷たい目線を向け続けている。

 なんたる虐遇か。

「(ハルちゃん……泣いちゃいそうです)」

 でも泣かないの。だって私は強い子だから。

『私は悪くねえ! それでも私はやっておりません!』

 そう叫ぶことでこの無実の罪が晴れるのなら、そもそも土下座をする流れにはならなかった。

 何でも多数派が正義になる民主主義は実に理不尽な政権である。(本国は日本ですけど)

 故に男女比率上、ハルが自分のことをいくら女だと主張したところで、前門の幼馴染・後門のアイドル(元)の二人は聴く耳など持ってはくれないのだ。

「(ああ、せめて逝く前に、もう一度秋月の寝顔を拝んでおきたかった……)」

「――の?」

「はひ!?」

 危機的状況過ぎて現実逃避をしていたハルは、前門の狼の声で現実へと引き戻される。

「……だから……なんかないの?」

「……ない、と言いますと?」

 必死に考える。何が足りていないのか。

 謝罪の言葉は何度も口にした。態度でも示している。では、他に何が足りないのか……?

「で、できれば、服で隠れる部分で勘弁してください……」

「誰が折檻するなんて言ったのよ!」

「あれ、違いましたか?」

「お望みならば」

「(ぶるぶる)」

 ハルちゃんは話し合いが大好きな平和主義者なのです。

 当然、断固として肉体言語は受け付けていない。

「……じゃあ、ない、ってどういう意味であらせられるしょうか?」

「だから! 私を見て、何か思うことはないの?」

 夏祭を見て思うこと?

 言われてじっくりと夏祭を観察する。が、いくら見ても先ほど抱いた印象とは変わらない。

 だからハルはストレートに答えた。

「夏祭は夏祭だって。一年前と変わってないよ」

 髪以外は――とは口にしないでおく。

 多少、いや、かなり周りから受ける印象は変わって来るだろうが、別に金髪にしたからと言って彼女が『一色夏祭』、ハルの幼馴染だということには変わりないのだ。

 髪を染めたくらいで何かが変わるほど、二人の付き合いは浅くない。

「……ふーん」

「ふーんて」

 訊いてきたわりには、やけに素っ気無い返事を返された。

 その質問には何か深い意味があるのか、そう尋ねようとしたハルだったが、

「うええええんっ! いつまでたってもハルちゃんが起こしに来てくれないよおおおっ!」

 突如、いつの間にか突破されていた後門から、年齢不詳の保護者が飛びかかってきた!

「ぐはっ! み、美冬さん……おはよう、ございます……あと、決して忘れていたわけではなくて……」

「ひどいよハルちゃんっ!」

「だから人の私の話を聞いて――」

「っ!」

 突破されていないはずの前門から何か殺気に似た何かを感じるのですが、これは一体……?

「よし、落ち着こうか夏祭。そして美冬さんは床に足を着けましょうか。いつまでも背中に乗った状態でいられると大変辛いのですよ。何せ私、土下座してますから……」

 今まさに、前門の幼馴染・後門の元アイドル・天門の学園長状態である。

「な~ぉ」

 目の前に座り込み、ハルを見つめる白猫美春。

「美春……」

 お前だけだよ、慰めてくれるのは……。

 今朝は飛び切りの猫缶を用意してあげよう。ハルはそう心に約束する。

「……ふん」

 いつまでもじゃれ合う(ハルは決してじゃれ合っているつもりはないのだが)二人を見せつけられていた夏祭は、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、二人の脇を歩き去ろうとする。

「あれえ~? なっちゃんはみんなと一緒に朝ご飯を食べて行かないの?」

 ようやくハルの背中から降りた美冬が立ち去ろうとする夏祭を呼び止める。

「……いい」

「ちょ、ちょっと待って!」

 ハルは慌てて起き上がると、台所の方へと走って行き、

「……?」

 夏祭は訳が分からず立ち尽くしていたが、やがてハルは小走りで戻ってきた。

 その手には、四角い箱上の何かを白い布で包んだものが握られていた。

「はい」

「……なに?」

 いきなり白い包みを手渡された夏祭。

 思わず問いかけてみると、驚く返事が返ってきた。

「お弁当だよ、夏祭の」

「……え?」

「ずっと作ってあげたかったんだ、夏祭にも。でも、今までは時間が合わなくて作ってあげることができなかったんだ」

「……」

 ジッと、夏祭は白い布で包まれた弁当箱を見つめる。

 段々と不安になってきたハルは、恐る恐る尋ねてみる。

「め、迷惑、だったかな?」

「……別に」

 やはり素っ気無く答え、夏祭はそのまま通り過ぎて行ってしまった。

 ご丁寧に白い包みを抱きかかえながら。

「や、やっぱり、怒ってる……」

「ハルちゃんも大変だねー」

「どうせ、はるるがいけないことをしたんでしょ」

「(好き勝手行ってくれますね、お二人とも……)」

 お弁当を喜んでもらえなかったと落ち込んでいたハルには、二人の言っている意味が全く理解できていなかった。


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