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サクラセイカツ~あなたと過ごすための妹生活~  作者: 八八八
3.金曜日にはテラス席に
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(2)一色夏祭の日課


 訪れた場所は、学園内にある建物。

 そこは涼篭館と呼ばれ、《ミス涼月》を護る最後の家という役割を持っていた。

「秋姉、朝だぞー」

 ハルとすれ違って以降、夏祭にはあることが日課となり、自らに与えた使命があった。

 次の十月一日まで秋月の面倒を見続けること。

 ハルが迎えに来るまで、自分が秋月を孤独にさせないこと。

 それがハルを避けている夏祭にできる、唯一の手助けだった。

「……ぅぅ……眠い」

 毛布一枚を羽織り床の上で横になっていた秋月は、来訪者の夏祭によって眠りを妨げられる。

 太陽が昇り始めたとはいえ時刻はまだ六時三十分。夜更かしでもしていれば、まだまだ寝足りない時間だ。

「またそんなところで寝て。寝るときは何か下に敷いてから寝なよ」

「……んー……」

 毎度のやり取りを繰り広げながら、夏祭は秋月の周囲の本を整理する。

 秋月の周りにはいくつもの本のタワーが築かれており、その全ての本を部屋に持ち込んでいたのは夏祭だった。

「はい、今日はこの二冊ね」

「また、ご本?」

「読書も立派な教養よ。秋姉は元々勉強ができないのに、ずっと授業も出てないんだから。最低でも本は読んでおきなさい」

 秋月は一昨年前のミス涼月学園コンテストにおいて歴代最多投票数を獲得した《ミス涼月》であり、『校則に縛られない』特権を持つ特別な少女である。

「でも、ナツも、《ミス涼月》だよ?」

 そして前年度の《ミス涼月》に輝いたのは、一昨年度の《ミス涼月》の幼馴染であり、学園長一色美冬の妹の一色夏祭だった。

「私は時々授業を受けてますから」

「ぅぅ……」

「そんな嫌そうな顔をしない。いつも秋姉でも読める本を選んでるでしょ?」

「……(こくり)」

「それに私が持ってくる本はどれも昔……」

「昔?」

「……ううん、何でもない」

 どれも昔にハルが読んでいた本だから、そう言いかけて夏祭は口を閉じた。

 ハルの話題を出したとして、秋月にとってハルも他の男と同じ『怖い』存在でない確証がどこにある?

 ハルが今年度の《ミス涼月》となって明後日に秋月を迎えに来たとき、ハルを『大好きな家族』ではなく『怖い男の人』という認識を持たせないためにも、今はハルの事を思い出させないようにしておこう。

 昔、まだ夏祭達が幼い子供の頃。互いを男女として意識しなくてよかった頃のように、秋月がハルを『ハル』という一人の家族として純粋に見ることができた時、二人はまた一緒に暮らせるようになるはずなのだ。

「(そもそも……)」

 夏祭は、秋月とハルに関してある疑問を感じていた。

 秋月が男性恐怖症であることは夏祭も当然知っている。初めて症状が現れた時、夏祭は秋月の側にいたのだ。

 学園の男性教員を前に泣き叫び酷く怯えきった秋月は、誰の目から見ても正常ではなかった。他にも数名の男性を前にして取り乱す秋月が、男に対して重度の恐怖心を持っていることは誰の目から見ても明らかだった。

 だから秋月を恐怖の対象から護る為に、美冬は秋月を涼篭館で匿うことを決断した。

 定期的に診察を受けてはいるが一年経った今も症状に変化はなく、医者からは『相手がたとえ家族であっても同じ状態になる可能性が高い』とさえ言われており、仮にハルの女装が完璧だったとしてもまた以前のように一緒に暮らすことはかなり難しいはずだ。

 症状を目視して、医者の話も聞いていたから、ハルが秋月と一緒に暮らすことが難しいということは分かっている。

 けれど、そもそも――と、そう考えるようになったのはつい最近の事だ。

 秋月は全ての男が恐怖の対象になっている、そう確信していたから考えもしなかったが。

『そもそも、秋月はハルに対して恐怖心を抱いたりするのか?』

 これは何の根拠もない、ただ単に偶然に思ったことだったが、思い返して見れば二人はあの日以来一度も会ってはいなかった。

 秋月が家を飛び出してから、これまでに秋月とハルは一度も会ってはいない。だから秋月がハルを恐れているかは実際に二人を合わせて確かめてみなければ分からない。

 ただ、秋月が男性恐怖症となった原因は家族である父親にあるため、同じ家族であるハルが全くの例外であるとは言えないのも事実。

「(結局のところ、明日のミスコンでハルが《ミス涼月》に選ばれないと何も分からないままなのよね……)」

 それでも、夏祭には確信に似たものがあった。

 ――『ハルならきっと秋月を護ることができる』。

 自分の大好きなあの彼は、どんな困難な状況の中でも必ずヒロインを助けに現れる主人公なのだと、夏祭には漠然とした確信があった。

「ナツ、何だか嬉しそう」

「え? そ、そんなことない! 秋姉の勘違いだよっ」

 頬が緩んでいたところを秋月に見られ、恥ずかしがる。

「……?」

「そ、それよりコンビニで朝ごはん買って来たから、朝ご飯にしなさい」

「うう、またコンビニ……」

「し、しょうがないでしょ。私、料理できないし、冬姉も料理したとこ見たことないもの」

 一色夏祭。この娘は生まれてこの方、家庭科の成績で三以上を取ったことがない。

「……ナツと、フユちゃんは、いつも何を食べてるの?」

「私もコンビニで、夜は友達と外食することもあるわ。冬姉は……っ」

「フユちゃんは?」

「か、霞でも食べてるんじゃない? だからずっと外見が成長しないのよ」

 本当は知っていた。美冬が毎日ハルの手料理を食べていることを。

「(……いいなぁ、冬姉はハルの手料理を味わえて。……いっぱい愛情が籠ってるんだろうな…………はぁ)」

「……?」

 自分から食べさせてくれなんて、互いに距離を置いている状態で、しかも女の子である夏祭からそのようなお願いができはずがなく。

「……ぅ……ぅぅ、うえぇええんっ、秋姉えぇぇぇ!」

「おお? ナツ、また泣くの? よしよし」

 ハルが恋しくなっては、こうしてあづきの胸の中で涙を流していた。


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