(7)ラッキースケベ(被害者)
「……はぁ」
夏祭と感動の再会――とはいかず、冷たくあしらわれたことにショックを隠せないハルは、自宅に戻って来てからも溜息を零さずにはいられなかった。
「ハル」
「秋月。もう上がったんだ」
心配そうに顔を出したのは、肌を桃色に火照らせ、パジャマに着替えた秋月だった。
「お風呂、空いたよ?」
「うん、ありがと」
「……ハル、元気ない?」
「え、って、誰から見ても分かるよね、そりゃ」
あはは、と渇いた笑いを浮かべながら、これではいけないとハルは自らの頬をつねる。
「ぎゅ」
「――え」
突然、柔らかいものがハルを包み込む。
咄嗟のことで驚いたが、心地よい匂いと、ほんのり暖かい柔肌がハルを優しく抱きしめていた。
「ハル、いい子いい子」
「秋月……」
いつも自分が手を引っ張っていた。
自分が護る相手だった。
自分が不安にさせてはいけない大切な人だった。
彼女はもっと弱い人だと思っていた。
でもそれは違う。
本当に弱いのは自分自身だ。
誰よりも弱いから、独りでは寂しくて怖かった。
誰よりも弱いから、誰かに愛を注いでもらわなければいけなかった。
ハルは秋月を見くびっていたのかもしれない。
いくら幼い姿をしていたとしても、秋月はハルのお姉ちゃんなのだ。
秋月に優しく抱擁されていると、落ち込んでいた気分も大分回復できた。
「……ありがと、秋月。もう大丈夫だよ」
ハルはよしよしと秋月の頭を優しく撫でる。
それに従って秋月はハルを解放する。
少し名残惜しくはあったが、いつまでも甘えているわけにはいかなかった。
「それじゃ、お風呂に入って来るから」
そう言ってハルは脱衣所へと向かった。
「……」
秋月はハルの背中を見送ると、一人リビングに残される。暇だったが、テレビは男が映るのが怖くて点けられない。
ぼー……としながらハルを待っていた時、
「ねえ月子、歯磨き粉貸してもらえない? 鞄に入れてたと思ったんだけど、家に忘れてきちゃったみたいなのよ」
愛乃が部屋の整理から戻って来ると、秋月にお願いしてくる。
「ピンクの」
「ありがと。それじゃ、歯磨きしてくるから」
速やかに了承を得た秋月は、そのまま歯ブラシを持って脱衣所へと立ち去る。
「……」
秋月は特に何も考えず、ぼー……と二人が戻って来るのを待っていた。
「大分入るのが遅くなったな」
脱衣所に到着したハルは、今日一日を振り返りながらストッキングを脱ぐ。
その時、ケータイ電話に着信が入った。ディスプレイには『メグ』と表示されている。
「……ああ、そういや説得がどうとか言ってな。まあこの時間じゃどのみち……はい、もしもし」
電話に出ると、やはりダメだったと涙声になりながら報告してくる。
分かり切っていたことだが、ハルは一応「残念だったね」と言ってあげた。
ただメグの話では学園のある日はダメだが、それ以外の日であればいつでも泊まりに行っていいと許しを出されたそうだ。
というわけで、何故かメグまでも(休日限定で)佐倉家に住まうことに決まった。
「おばさんたちは嫁入り前の娘をどう思ってるんだ?」
一人だけ仲間外れにするのも気が引けたので、ハルが折れる形でメグの泊まり込みを許可することになった。
年頃の異性と一つ屋根の下で暮らすことに何も思わないのかと問いたかったが、それだけ自分が女として見られているのだろうとハルは勝手に納得していた。
「ま、愛が来てくれたおかげで秋月のお風呂の面倒を任せることができたし、一応は助かっているから問題ないか」
そう言いながら制服のスカートに手を掛け、膝元まで降ろしかけた時、
――ガチャ。
「ん?」
「え」
スカートに手を掛けた状態で後ろを見ると、
ドアを開けて中へ侵入しようとした愛乃と――バッチリと目が合った。
「…………」
「…………」
長い時間、二人は硬直状態に陥る。
スカートを降ろしかけていたので、愛乃の位置からはハルのお尻が丸見えだった。
運よくまだスパッツを穿いてはいたが、それが余計にエロ~く見せてしまっている。
ハルは愛乃の顔を、愛乃はハルのお尻を見つめ。それから数秒の時を経て、
「きゃああああああああああああああああああああ!?」
まずハルが叫び声を上げた。
「わわっ、ごめんなさ――って、なんで女のアタシが叫ばれてんのよ! 逆でしょ普通!」
「あ、あああ愛さん、貴女やっぱり、覗きの趣味が! それもこんな大胆に入って来るなんて! これってハルちゃん貞操の危機!?」
「だあああからそんな趣味は無いって言ってるでしょ!」
「うぅぅ、始めてはちゃんとベッドの上で相手は変態以外が良かったのに……」
「だ・か・ら! アタシの話を聞きなさいい!」
ハルは鍵を掛け忘れ、愛乃は脱衣所と洗面所が一カ所にあるということを失念し、秋月は一足先にリビングでお休みしていたのだった。




