(5)女の子は不思議な生き物なのだ(by学園長)
「狭い部屋ね」
わざわざ部屋を用意してあげたというのにこの口振り。
この『元』アイドル様は一体今までどんな部屋で過ごしてきたのだろう?
思わず感心してしまいそうになるハルだが、改めて提供する部屋を見渡してみる。
元々空き部屋だったこともあって、必要な物も不必要な物も存在しない空間である。
「何も置いてないからむしろ広く感じるはずなんだけど」
親がビッグな彼女は自宅も相当ビッグなのだろうか。
「別に文句を言ったつもりはないわ。ただベッドを置けば狭くなるなと思っただけよ」
「ベッド? うちには私と秋月の物以外のベッドなんてないよ?」
「土曜にアタシ用の荷物が届くわ」
「ああ、そっちで準備してくれるなら構わないけど」
「それで、はるると月子の部屋はどこにあるの?」
「よし待て。少し状況の整理をしよう」
ここまで押されるがまま部屋まで案内をしてきたが、さすがに一度じっくり話し合うべきと感じたハルは質問をぶつけてみる。
「えっと、いくつか質問なんだけど。アイドルを辞めたってのは本当?」
「本当もなにも、アンタのせいで辞めるはめになったのに」
「(え、私のせいですか?)」
身に覚えのない罪状である。
「……それはまた後で話すとして、その『はるる』とか『月子』って新種の単語はなに?」
ハルの聞き間違いでなければ、愛乃は佐倉家にやって来てからハルのことをずっと『はるる』と呼んでいるように聞こえていた。そう、聞こえただけである……もちろん聞き間違いではないが。
「なにって、あだ名に決まってるでしょ」
「な、なんで突然あだ名なんて」
「友達はあだ名で呼び合うものでしょ」
「……とも……だち?」
別に友達と思われることに抵抗があるわけではない。
ハルは捻くれた部分は多少あるが、自分を友達だと言ったくれる相手に対して軽蔑するほどは捻くれてなどいない。相手はそこらのアイドルとは比べものにならない美少女。ファンで無くとも彼女と関係を持てることは喜ばしいことであるはずなのだ。
……ただ、自分と愛乃が本当に友達という間柄であるかと考えると、昨日までの愛乃の言動からはとても思えなかった。友達というよりは敵。むしろ敵友と書いてライバルという関係の方が近いとハルは思う。
「アタシのことは、そうね……『愛』でいいわよ」
愛乃は当然のように振る舞っているが。
「……き、強制ですか?」
「親友なら当然でしょ」
おめでとう、二人は《友達》から《親友》へとグレードアップしました!
流れが早すぎて全く話に着いていけない。今日の愛乃はあまりに強引過ぎた。
「ね、ねえ、仙堂――」
「あ・い!」
「うっ……あ、愛はさ、どうしてホームステイしようと思ったの?」
「べ、別に、寮に入るのが嫌だっただけよ。そしたら偶然ホームステイできる家があるって聞いて、そしたら偶然、偶然よ! 偶然その家がハルるの家だっただけよっ」
何故そこまでして『偶然』と念を押すのか。
見事なツンデレに対しツッコみを入れたくはあったのだが――
「私もハルの家で暮らす!」
突如その場に乱入してきた暴走少女のおかげで、ハルはその機会を失ったのだった。
「よし待て。私に現実逃避をする時間をください」
「何言ってるのハル! ちゃんと私を聞いてよ!」
「お前こそ何を急に言い出しますか……」
「だから、私も佐倉家で暮らすの!」
メグは愛乃のホームステイを知らされてから、電池の切れたロボットのように一ミリも動けないでいた。愛乃の知らせは彼女にとってはまるで悪魔の報告だった。
意中の相手の家にアイドル(元)が住み着くことは、友達以上恋人未満であるメグ(ヘタレ)にとってこれ以上ない危機的状況。何とかして愛乃を住まわせたくはないのだが、家の住人であるハルと秋月が認めてしまっていては追い出す術がない。
メグ、ピンチ!
そんな決定的敗北寸前まで追いやられたメグにとって、それは残された最後の手段。
『自身も佐倉家に住み着く』
強敵と同じ行動を取ることで相手のリードを帳消しにする!
これこそがあのヘタレな、あのヘタレなメグが取った、大胆かつ周りが一切見えていない行動だった。
「いや、おばさんが許してくれないでしょ」
「……え」
そして、自分さえも見えていなかった彼女は、まだ自分が学生の身分であるということをスッカリサッパリ忘れてしまっていた。
「……お、お母さんに相談してくる!」
メグは顔を強張らせながら、荷物を持って佐倉家を飛び出して行った。直接会って説得する考えなのだろう。
果たして、年頃の娘が異性の家に住み込むことを許可する親がいるだろうか……
メグさんの次回のイベントにご期待ください。
「よし、まずは一つ問題が片付いた」
ハルはホッと胸を撫で下ろす。
後ろに控えている問題(愛乃)に関しては、とりあえず食事を与えながら少しずつ解決させればいいだろう。なんてハルは若干投げやりな思考で、一先ず愛乃をパーティーにお招きすることにした。
「つまり、愛は親との約束で、ミスコンで優勝できなければ卒業まで仕事をしない取り決めをしていたと?」
「そ。これからが大事なときだったっていうのに、はるるのせいでアイドル辞めたんだから、はるるが責任を取るのが当然でしょ」
何が当然なのか、一から全部の事情を説明されてもハルには全く分からなかった。
愛乃に説明された内容はこうだ。
・アイドルとして活動をしていた愛乃は高校に進学するつもりはなかったが、両親はもちろん高校は卒業させたかった。
・そこで両親は、『特権』が存在する涼月学園を愛乃に勧めた。
・涼月学園のミスコンで優勝し、優勝者の『特権』が得られれば愛乃は学園に通うことなく卒業できる。
・だが、優勝以外で手に入る『特権』では、卒業まで学園に通う必要があった。
・もし愛乃が優勝できれば両親が文句を言う必要も無く、たかが一学園のミスコンごときで優勝する自信のないやつがアイドルを名乗るなど笑わせるな!
・と挑発された愛乃は、両親の思惑通りに涼月学園に進学した。
・そしたらミスコン当日になって突然、自分より美少女な存在が現れた。
・結局その美少女に敗れ、両親に事務所を辞めさせられた。
ほら、整理してみたけどやっぱり何が当然か分からないでしょう?
「……うん、なんか、ゴメンね……」
それでも謝ってしまったのは、それで愛乃の気も晴れればと思ってのことだった(あと一々突っ掛って来れるのもやめて頂きたいから)。
しかし、愛乃は謝罪など求めていなかった。
「べ、別にっ。少しくらい仕事を休んでもいいかもって思ってたところだし、卒業したらすぐにアイドル再開するから、はるるは気にすることじゃないわよ!」
これが昨日までハルを敵視していた者のセリフなのだから、世の中分からない。とりあえず、ハルは愛乃の豹変ぶりを『女の子は不思議な生き物なのだ』と結論付けた。
いくら原因を考えた所でハルには何も分からなかったのだ。
「――女の子とは不思議な生き物なのだっ☆」
「うおっとお!?」
いきなり心の中を読まれて驚くハル。
だが、突然声を上げたのは愛乃ではなく。
「にゃはははは♪ ひゃーはるにゃーんっ♪」
「み、美冬さん……? ぐはっ!」
唐突に飛び上がった美冬は、コタツを飛び越してハルの胸元にダイブする!
寸前のところで両手を広げたハルだったが、美冬をキャッチした状態で勢いよく床に突き飛ばされた。
「いったた……な、なにがいった――むぅッッッッッッ!?」
「!?!?!?!?!?」
瞬間、ハルの声を阻まれ、愛乃は声にならない叫びを上げる。
一体何が起きたのか。ハルは数秒の思考停止の末、状況を理解する。
「(だ、誰だ、美冬さんにお酒を飲ませたのは!?)」
状況を理解して尚も慌てふためく。
それは鼻が触れてしまっているほどに近く、口元には押し潰される圧迫感、さらには舌に絡み付く艶めかしい感触が――!
ハルの腕の中にいたのは、学園長の美冬でもなく、保護者の美冬でもなく――
酔い潰れキス魔と化した美冬だった。
「な、なな、なななな、ななななななななんななな――」
状況が把握しきれない愛乃。
目の前で映し出されるハルが学園長と交わす大人なキス。とても淫らな姿である。
「ッつ、ッッッ――ぷはッ! や、やめて、美冬さん! あ、愛も見てないで助け――」
「にゅふふ~、はーるにゃん♪ ちゅーだよちゅ~~~♪」
「きゃあああ!? 早く! 早く助けて愛いぃぃぃぃぃ!!」
「不潔! 不潔よ、不潔!」
「だったら止めてくれえぇぇぇぇぇ!」
学園長兼佐倉姉妹の保護者、一色美冬。
彼女は大のお酒好きでもあるが、酔っている時にハルが側にいるとキスをし出す、変わった酔い方をするちょっぴりお茶目な年齢不詳な少女だった。
「ちゅーちゅーちゅー♪」
「ばかばかばかばかはるるのバカぁぁぁぁ!」
「ぐああああ!?」
この場にメグが居なくて非常に助かった。ただでさえ愛乃が取り乱しているのに、ここにメグの暴走が混ざっていれば余計に事態を収拾するのは困難であろう。
「……すや……すや」
「あ、こら秋月! お風呂入ってないのに寝てはいけませ――」
「はるにゃーん♪」
「はるるのバカ!」
メグが居なくとも、現状はかなりカオスを極めていたが……。




