(4)訪問(鍋パーティー)
「ふ、ふふ、ふふふふふ……」
目の前には食材の山が築かれていた。ざっと十人分はあるだろう。
ハルは今、興奮を抑えることができずにいる。それは何故か?
至極簡単な理由である。
今夜は佐倉家でパーティーが開かれる。パーティーとはつまり、たくさんの料理を振る舞うことができるということ。――すなわち、自身の料理スキルを存分に披露する好機!
「ふふ、腕がなるわね……」
ここからのハルは主夫――いや、主婦である!
主婦にとって料理場とは戦場。
料理場とは主婦の真の力が発揮される場所であり、ハルの真の姿が現れる場所だった。
「さて、本日のメニューをおさらいしましょう」
季節は十月。秋月やメグの希望からメインは鍋物に決定済み。
「個人的にはキムチ鍋でどのくらいの辛さならみんなが美味しく食べられるかを知っておきたいんだけど、それはまたの機会に回すとして。やはり鍋と言えば豚ね」
メインの鍋の仕上がりは大体想像できた。けれどさすがに鍋だけでは味気ない。
「何か野菜を使ったものを……でも秋月は基本野菜が苦手だからなぁ……」
「あ、あのー、ハル……?」
その時、戦場での恐ろしさを知らぬ一般市民が、戦場の戦士である主婦の元へ歩み寄ろうとして、
「来てはダメよメグ! 戦場では弱いものはやられるのが鉄則。この場は私に任せて秋月を護ってあげて!」
戦場へと踏み入りかけた一般市民に向けてハルは咄嗟に警告を発する。
「へ? 戦場って、ここはキッチン……」
「いいから早く下がって! 上から来るわよ!」
「何が!?」
「お願いメグ! 死んでからでは救えないわ!」
「落ち着いてハル! いくら料理が好きだからって少し興奮しすぎだって!」
「なっ……メグが……やられ……た……?」
「やられてませんから! お願いだから正気に戻って!」
その後、メグの怨霊と死闘を繰り広げながらも順調にパーティーの準備を進めて行き、
「かんっせ~い♪」
無事、ハルは戦いに勝利することができたのだった。
失ったものは大きかったが、やはりこの達成感は格別である。
「……や、やっと、おわ……た……」
「あれ? 何してるの、メグ?」
気が付くと、キッチンの隅で腰を抜かしたメグの姿があった。
「あ、もしかして、お腹がすいて我慢ができなかったんだ? もう、食いしん坊なんだからー」
「そ、そんなぁ……」
何やら精根尽き果てた表情だったが、その後はメグに料理を運ぶ手伝いをしてもらい。
「二人とも、ジュースは入ってる?」
「大丈夫だよ」
「グレープ」
こたつを囲んで、三人はそれぞれジュースの入ったコップを手に持つ。
美冬は遅れるとのことなので、先に三人でパーティーを始めておくことにする。
「それでは、主賓の秋月から何か一言を」
ハルは空いた手でマイクを持つふりをして秋月へと向ける。
秋月はそれを呆然と見つめていたが、
「ただいま」
そう一言だけ。
そのたった一言だったが、ハルたちにとってはこれ以上の言葉は無かった。
ハルとメグは一度見合ってから、二人で同時に言葉を返した。
『おかえり』と。
パーティーが始まって二時間ほど経過した時だった。
ピーンポーンと鳴り響いたチャイムの音が、佐倉家の食卓へと届く。
「こんな時間にお客さん?」
既に食べ終わっていたメグが不思議そうに呟く。時刻は夜の十時を回っていた。
「美冬さんだよ、きっと。出て来るね」
同じく食べ終わっていたハルが玄関まで出向いていく。玄関を開けると、やはりそこには美冬の姿があった。
「こんばんは~、ハルちゃん♪」
「こんばんは、美冬さん。遅くまでご苦労様です」
美冬は手に荷物を持っており、いかにも仕事帰りといった様子である。
「すぐに美冬さんの分のご飯を用意しますから上がって待っていてください」
「その前に、ハルちゃん。昼間の件についてだけど」
「昼間?」
そこでハルはようやくホームステイの話を思い出す。
パーティーの事を考えすぎてすっかりと忘れていた。
「す、すみませんっ、まだ秋月には話せていないです……」
「んにゅ? そっかー。今からちょっとアキちゃんに聞いてみてくれないかな?」
「は、はいっ」
どうやら急ぎの話だったようだ。
ハルは直ぐにリビングへ戻ると、秋月にホームステイの事について説明する。横で聞いていたメグがすごく驚いていたが、急ぎの用なので気にする暇はなかった。
「で、秋月はどう思う?」
「ハルに、任せる」
「お、私に?」
赤の他人が住み着くかも知れないのに、秋月はそんな適当で構わないのだろうか?
いや、構わないからこそハルに全権を委ねたのだろう……。
秋月はもう用が済んだと言わんばかりにまた鍋を食べ始めていた。
「そ、それじゃあ、一応許可は出しとくね」
「えええええ!?」
メグ絶叫。
とりあえずメグの相手をするのは後にして、ハルは再び玄関へと戻ると美冬に話を通す。すると美冬は「やっぱりハルちゃんに任せてよかったよ~♪」と大層嬉しそうに笑った。
「それで、その人はいつ来るんですか? あ、そう言えばまだその人の名前を聞いて無かったですね」
肝心なことを忘れていた。
相手は三年生だろうからハルの知らない人の可能性が高い。が、あの秋月の知り合いという点がハルは気になった。
秋月は人との付き合い方が苦手である。可愛がられることはあっても、親しい友人はそれこそメグぐらいしかハルには思い当たらない。
「大丈夫、その子はハルちゃんとも知り合いだから?」
「私とですか……あれ? と言うことは、相手は三年生じゃないんですか?」
「アンタと同級生よ」
その時、美冬の背後から声が発せられた。
闇の中に隠れて気付けなかったが、その人物は先ほどから美冬の後方で控えていたようで、闇の中から一歩前に出るとその姿は玄関の照明ではっきりと照らされた。
美冬の後ろに立っていたのは、仙堂愛乃だった。
「え……どうして仙堂さんが……」
そこで彼女が大き目のキャリーバックを持っていることに気が付き。
「も、もしかして……ホームステイするのは……」
明らかに一泊や二泊する荷物の量ではない。
ハルは驚きを隠せなかった。
だって彼女はアイドルで。
出会ってまだたったの数日で。
何度も突っ掛ってきて、嫌われていると思っていた。
なのに、あの時は背中を押してくれた。
そんな彼女が、ほんとうに……?
「お互いに仲良しさんだと思うけど、一応紹介するね。今日から佐倉家にホームステイすることになった――」
「涼月学園一年、仙堂愛乃。元アイドル。よろしくね、『はるる』」
ハルの予想は見事に的中した。
元アイドルとはどういう意味だとか、はるるって妙な呼び名に関してなどいろいろと言いたいことはあった。
「……」
だが、ハルは何も言葉が出せなかった。
突然に愛乃がやってきたことも驚いたが、ハルは今の心中を不思議に感じる。
ハルはホームステイの相手が愛乃だったことに安心していたのだ。
気付いてしまった。自分が出会って間もない愛乃のことを信頼していることを――。
「愛乃よ。よろしく」
「しのー、よろしく」
その後、秋月は何故か当然のように愛乃を迎え入れ、
「…………」
メグは固まったままリアクションが取れないでいた。




