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サクラセイカツ~あなたと過ごすための妹生活~  作者: 八八八
2.押し掛けアイドル(元)
14/42

(2)学園長の相談(お願い)


 佐倉ハルは今年度の。姉の秋月は一昨年前のミスコンで優勝を果たした。

 つまり二人は『姉妹』揃っての《ミス涼月》であり、二人には『校則に縛られない』特権があった。学園に通わなくとも卒業が可能なのである。

 だからと言ってハルは秋月を引きこもりにさせるつもりは毛頭なく、学園のある日は毎日登校するし、多少の遅刻早退は目を瞑っても体調の優れない日以外は毎日一緒に登校させるつもりだった。

「あれ……どっちが姉だけ?」

「?」

 家を出る際の戸締りやガスの元栓の確認は別にいい。だがその他にもハルは秋月の着付けやトリートメント、さらには秋月の荷物の準備や忘れ物チェックまでもしていた。それも当然のように。

 存外この妹は尽くすタイプなのかもしれない。

「ハル、アキは授業出なくても、いいはず」

「うん、そうだね。先生の授業は受けなくてもいいね」

「?」

 秋月はハルの言ったことが理解できず、小首を傾げる。

「秋月は、これから毎日私と青空教室を受けるんだよ」

 確かに授業は受けなくとも卒業は出来る。卒業後の進路だって涼月学園が全面的にサポートをしてくれる。けれどそんな超安心プランを持ってすら、今の秋月の状態では危惧してしまう。男性恐怖症という錘を抱えていては、卒業後の進路など進む道すら無いのも同然だった。

 男と接することのない職場などそうあるものではないし、そもそも通勤時にだって男とすれ違う可能性は大だ。怯えたままの秋月を社会に出すことなんてできないので、必ず克服しなければならないだろう。

 もしも男性恐怖症を克服したとして、それが学園のサポートが受けられる五年間を過ぎていた場合、秋月は自分一人の力で働き口を見つけなければいけなくなる。最悪の場合を想定して、少しでも何かを身に付けてもらいたかった。

 その為にも、秋月には学ぶことを止めさせたくなかった。別に何かを強要させるつもりはない。いつまでも男性恐怖症が直らなかった場合のことだって考えてある。

 いつまでも変わらないというのは最悪の展開ではあるが、その場合はハルが養ってやればいいだけなのだ。

 秋月といつまでも一緒に居られるのなら、ハルはそれでも構わなかった。

「秋月はハルと一緒に勉強するの、いや?」

 あくまで決めるのは秋月であり、いくらハルが秋月のために何かをしようと、それが秋月の気持ちを押し込めてしまう結果になってしまっては意味が無かった。

 卒業まであと半年。半年ぐらい怠けても文句を言うつもりはないが……せめて一緒に登校をするくらいの夢は見させてほしい。せっかく同じ学園に通っているのに一度も一緒に登校できないことが、ハルは寂しく思った。

「ハルと一緒なら、いい」

「そうだよね、全部こっちのわがままだよね。ごめんね……って、え、いいの?」

 思わず聞き返してしまった。

 秋月の無表情からは全く興味を持っているようには思えなかったのだ。

「うん」

 秋月はコクリと頷くと、そっとハルの腕に身体を抱き寄せてきた。

 子が母に甘えるような、柔らかい笑顔でハルの腕に頬擦りをする。

「……そっか。一緒なら、か」

 ハルも、秋月が一緒なら頑張れそうだ。

 子供のように縋る秋月の頭を、ハルは優しく撫でてやる。

「んみゃ~」

「あはは、それじゃ美春か美冬さんみたいだよ」

 秋月が可愛すぎて、つい何度も頭を撫でてしまう。

 傍からは女の子同士が仲良くじゃれ合っているように映るだろう。それが血の繋がった者同士であるなら余程の仲良し姉妹に見える。片方の正体が男だと分からなければ。

「……なに、やってるの?」

「あ」

 いつの間にか目の前にいた友人の声で、ハルはここが路上であることを思い出す。

「メグ、久しぶり」

「お、おはよう、メグ……」

「……うん、久しぶりとおはよ、だね……」

 一日ぶりの友人は、どこか憮然とした表情をしていた。

 ――よし、誤解だ。完全に誤解されてるぞ!

「ちょっと待って。ここってまだ家を出て数分のところだよね? なんでメグがこんなところにいるの?」

 路上と言ってもかなりの近所だ。いくらメグが近くに住んでいるからと言っても、学園とは反対側の道に立っているのはおかしなことだった。

「昨日教えてもらったからね。早くアキに会いたかったからずっと待ってたのに…………ジトー……」

 その目は犯罪者にのみ向けていい目だった。

「わーい、メグが会いに来てくれたんだってさ、秋月!」

「わーい、メグ、久しぶり」

 ハルは素早く秋月を腕から剥すと、秋月の両肩を押してメグの前へと差し出した。

「……この件については後で追及するとして……――久しぶり、アキっ」

 メグは秋月をギュッと抱きしめる。

 久しぶりの幼馴染の再会だった。


 メグとの出会いはハルよりも秋月の方がずっと早かった。

 二人が初めて会ったのは幼稚園の頃。年が二才離れていたが二人はとても仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。

 ハルとメグが仲良くなれたのも、ハルが秋月の弟だったからというのが大きいだろう。

 ハル自身、秋月にはすごく仲の良い友達がいることを知っていたし、メグも秋月から弟がいるという話を以前から聞かされていた。

 近所に住んでいながら何故これまで何の接点も無かったのか不思議なくらいだったが、中学で同じクラスとなってからは二人に直接的な関係もでき、すぐに仲良くなった。

 ハルや美冬を除くと、メグが一番秋月に会いたかったに違いない。

 そんな、お涙ポロリなシーンをハルが間近で眺めているところ、突如ケータイに着信が入る。ディスプレイに表示されていたのは『橘』の名だった。

「もしもし」

 とりあえず電話に出てみたが。

『おはよう、ハルちゃん』

「斬るぞ?」

『落ち着け、佐倉。『切る』のニュアンスが間違っているぞ』

「日本語って難しいからつい間違えたよ」

『ふむ、それなら海外の学校で日本語の授業を受けてくるといい。きっと日本で習うよりも丁寧に教えてくれるはずだ』

 相変わらず口の減らない男である。

「何か用でも? こっちは感動のシーンを前にハンカチを用意しているところなんだけど」

『女の子同士がハグし合うシーンはさぞ格別だろうな』

「おまっ!」

 慌てて周囲を見渡すが、それらしき姿は見当たらない。

「……近くにいるのか?」

『俺はいつだってお前の後ろにいるぞ』

「怖いわ!」

 最早、幽霊よりも恐ろしい。

「た、頼むから姿を現してください……」

『なんと、そうまでして佐倉は俺に会いたいと言うのか』

「あああもう! いいから用件だけ言え!」

『なに、佐倉の目的が果たされたのかを確認しようと思ってな。俺が直接出向けばいろいろと問題があろう』

 語られたのは意外にまともな内容だった。それこそ友を思った言葉にしか聞こえず、電話と言う手段を取ったのも秋月の男性恐怖症を懸念しての行動なのだろう。

「そ、そうだったか……。悪かったな、なんか誤解してたみたいで……」

『なに、気にするな。先日のミスコンに続き、こちらは更に稼がせてもらっているからな』

 ――ん?

「稼がせてって一体……」

『おっと口が滑ってしまった。そして何と手まで滑ってしまった! それではな、佐倉よ』

「……」

「ハル?」

「……」

「どうして電話しながら固まってるんだろ?」

「(…………稼ぐって、なに?)」

 ミスコンの際にも悪事に利用されていたハル。今度もまた、自身の知らない所で利用されているようだが……その内容をハルが知る日は当分先の未来である。


 学園に到着すると、二人はメグと別れて裏門へと向かった。

 理由は二つ。目立つのを嫌ったのと、男子生徒達との接触を避けるためだ。

 屋上に上がる。季節は十月となったというのにお日様が鬱陶しいくらいに自己主張をしていた。

「秋月、今までは一人でどんなことして時間を潰してたの? 本がいっぱいあったから読書かな?」

 秋月が引きこもっていた例の部屋を思い返す。あの部屋は床一面中に本が散らばっていた。それも足場がないほどに。秋月が座っていた辺りも山積みとなった本のタワーが何本も設立されていた様子から、ハルはそう考えたのだ。

「時々。あと、昼寝」

「時々?」

 時々とは一体どのくらいの頻度なのだろう。

 時々読む程度であれだけの本の量が溜まってしまうのだろうか?

 ふと思う。一年も閉じこもっていれば時間の感覚も分からなくなってしまうだろう。秋月はそうは思っていなくとも、実際はかなりの時間を読書に割いていたのではないか、と。

 少しだけ気になったのは、山積みになっていた方の本の殆どが以前にハルの読んだ覚えのあるものだったということだが……別に尋ねるまでもないと思い、深くは気にしなかった。

「それじゃあ一緒に読書でもしようか」

 そう言ってハルは家から持ってきた小説を鞄から取り出す。

「ハルが、読んで」

「え?」

「お願い」

「あ、うん。いいよ」

 別に断る理由もなかったので、願い通りハルは本を読み聞かせてあげた。


 数冊の本を読み聞かせ終えた頃、学園はちょうど昼休みに入っていた。

 すると、数分も経たない内にメグが屋上へとやってきた。

 あらかじめメグには屋上にいると伝えておいたのだ。

「私、屋上なんて初めて」

「でしょうね」

「へ?」

「原則屋上は立ち入り禁止だって校則で決められてるからね」

「えええ!?」

 驚いたメグは持っていた弁当箱を落としそうになり、慌てて抱え込む。

「こ、校則違反ならダメだよね、ここに入っちゃ!」

「アキたち、特別」

「私は一般生徒なんです!」

「落ち着きなってメグ。『原則』って言ったでしょ。私達みたいな『特別』が側にいるなら問題ないわ」

「そ、そうなんだ……。すごいっていうか、ずるいよね、特権って……」

 メグは納得しながら、ブツブツと愚痴を零す。

「ハル、お腹すいた」

「はいはい、今すぐ出しますよー」

 食いしん坊に催促され、ハルは鞄から今朝用意した二人分のお弁当箱を取り出す。

「へー、二人ってお弁当なんだ」

「ん? そういうメグだってお弁当用意してるじゃない」

「えっと、私は家の人に作ってもらったから」

 ここで母親と言わないのは秋月を気遣ってのことだ。

 やっぱりこの子は優しい子だなと、ハルは改めて感じ取る。

「それって誰が作ったの? 学園長先生かな」

「ミー」

「みーって……えっ、ハルが!?」

「そこまで驚くことかな? 美冬さんは料理とかできない人だし、アキは食べ専だし」

「あ、そっか(……家庭の事情ってことなの?)」

「それより早く座りなよ。はい、お弁当」

「いただきます」

 三人は囲んで昼食を取り始める。

「うぅっ」

「どうしたの、メグ?」

 明らかに自分たちの弁当の中身を見て疼いたメグに、ハルは驚いて尋ねる。

「な、何でも、無いです……」

「そう?」

「(す、すごく美味しそうでビックリした……。ハルって料理得意なんだ)」

「メグのお弁当は昨日の残り物?」

「え? あ、うん。いつもそんな感じかな」

「いいな。それだと時間が掛からないから楽そうだよね。うちは今まで私一人だったから残るほどは作ったことないし、秋月が帰って来たけど昨日はシチューでお弁当にするには無理があったからなぁ。あ、けど美冬さんのお弁当を作るのに残り物なんて出せないから結局は同じことか」

「ハルって、結構主婦してるんだね……」

「えへへ、そんな事ないよ~♪」

「(今のって照れるところかな……?)」

 ハルは涼月学園に入学して以来、初めて誰かと昼食を取ったがやはり誰かと一緒の食事は楽しく感じた。おかずの他にもここ一年間の話(主にメグの語り)をしたりと、場が十分に和んでいた時だった。

「あ、そうだ!」

 両手をパンと叩いて明るい表情を作るメグ。

「お祝いをしましょ!」

「お祝い? なんの?」

「ハルのミスコン優勝のお祝いと、アキが帰ってきたことのお祝いよっ」

 それはなかなかの提案だった。

 自分のことは兎も角、ハルも秋月の為にパーティーを開くのは賛成だった。

「お祝い、したい」

 当の秋月も乗り気な様子だ。

「いいこと言ったね、メグ」

「えへへ。それじゃお祝いはいつやろうか? 場所は佐倉家でいいよね」

「できればうちがいいな。日程は……別に今夜でも大丈夫だよ。食材とかは私が後で買いに行くから」

「それなら後はメンバー集めだね。えっと、私と、アキと、ハルと……」

「美冬さんも呼ぼう」

「そうだね。学園長先生は二人の保護者だもんね。んー、今から集められるのはそのくらいかな? 私の友達を呼んでもいいんだけど、二人に面識がないから」

「うん。できるだけ身近な人だけでやろう。それじゃあ、今から美冬さんには伝えてくるから、その間はアキをお願いね」

「うん、分かった」

「ハル、行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 ハルは屋上に二人を残すと、走って学園長室へと向かった。


 ノックの後に「どうぞー」と声が戻って来る。

「失礼します」

「みゃ? ハルちゃんだ、いらしゃーい♪」

 入室すると、中では美冬が荷物の整理をしていた。

「これからお出かけですか?」

「まだ時間に余裕はあるけどね。外で会議があるんだよ」

「そうですか」

 入れ違いにならずに済んだようでハルは一先ず安心する。

「ハルちゃんは私に何か用事かな?」

「あ、はい。実は」

 美冬に今夜パーティーをすることを説明すると、

「いいね! パーティー!」

 美冬は『パーティー』という単語を聞いた途端にテンションが上がっていた。

「じゃあ美冬さんも参加ですね」

「なゃー、パーティーは楽しそうなんだけど……」

「あれ、やっぱり今日は忙しいですか?」

「んにゃ、遅くなりそうだからパーティーには遅れちゃうかも……」

 あんなにテンションが上がっていたのに、急にションボリ顔になってしまう美冬。

「待ってますよ。美冬さんの為に美味しい料理を作って待ってます」

「うぅぅ、ハルちゃん優しいよぅー!」

「おお、よしよし」

 薄っすらと瞳に涙を浮かべる美冬に、ハルは目元を拭ってあげる。

 本当に子供みたいな人だった。もちろん、良い意味でだ。

「あ、でも先にパーティーを始めてて大丈夫だからね」

「分かりました」

「それと、ハルちゃんに相談……というよりも、お願いがあるの」

「お願いですか?」

 他でもない美冬の願いとあって、ハルは可能な限り聴いてあげたかった。

「あのね、急なことで悪いんだけどハルちゃんの家に女の子を一人泊めてもらいたいんだ」

 本当に、急な話だった。

「と、泊めるって、どうして、一体何の話ですか?」

「っとね、ハルちゃんの家でうちの生徒をホームステイさせてもらいたいの」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。そ、そんな……なんで急に、それもうちなんです?」

「いろいろと事情があって多くは話せないけど。その子は本当は寮に入る予定だったんだけど、本人の強い希望で同じうちの生徒の家でホームステイさせてくださいってお願いされちゃったの。だけどこっちも急な話にうまく対応できなくって、急にこんな事を頼めるのはハルちゃんしかいないんだよ」

 美冬のあまりの真剣さにハルも思わず悩んでしまう。美冬の願いを聴いてあげたいというのはハルの本心であり、その生徒の希望も叶えてあげたいとは思う。

 叶えてあげたいとは思うのだが……佐倉家はもうハル一人の家ではない。

 秋月のことを考えると、気軽に首を縦には振れなかった。

「秋月のこともありますし……」

「向こう側はアキちゃんとも知り合いだよ」

「え、そうなんですか?」

 驚いた。

 秋月の知り合いと言うことは相手も三年だろうか?

 知り合いであるならどうにか……と、ハルは悩んでしまうも。

「すみません。それでも一応、秋月に確認しないと」

「そっか。じゃ、アキちゃんの許可が取れたらでいいのね?」

「はい。それで構いません。それで、いつその人は」

「できればすぐがいいらしいから、できるだけ早く確認を取っておいてね」

「了解です」

 互いの要件を伝え終えると、ハルは学園長室を後にした。

「それにしても……」

『ホームステイ』

 突然の話ではあるが、何にはともあれ秋月次第だ。秋月が構わないと言えば、相手は佐倉家に越して来る。部屋は空いてある部屋が二部屋ほどあったので、特に困ることはないだろう。

「そうだ、今夜のメニューはどうしようかなぁ……♪」

 そう思った瞬間、ハルの頭の中は今晩のパーティーの事でいっぱいになり、ホームステイの事も徐々に頭から離れて行ってしまうのだった。


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