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サクラセイカツ~あなたと過ごすための妹生活~  作者: 八八八
1.引きこもり奪還作戦
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(7)お風呂回


 久しぶりに家族との夕食。

 今夜のメニューは秋月の好物であるホワイトシチューとなった。

 見た目も全く成長していなかったが、口元をシチューで汚すのも相変わらずだ。

 そんな光景すらも懐かしくて、ハルは喜んで秋月の口元を拭いてやる。

 秋月が帰ってきたんだな、と実感できた。

「ハルのシチュー、美味しかった」

「お粗末様。食器は洗っておくから秋月はお風呂に入ってきなよ」

 そんな、段々と家族の存在を思い出してきたころだった。

「や」

 ハルが秋月のお風呂嫌いを思い出したのは。

 ――おお、忘れてたぜ!

「『や』じゃないよ。ちゃんとお風呂には入らないと。秋月、学園に引き籠っている間は滅多にお風呂入らなかったでしょ? 髪ボサボサだよ」

 秋月は何故か小さな子供の用にお風呂に入るのを嫌がった。見た目はまんま子供だけど。

 母親がまだ生きていたころは母といつも一緒に入っていた秋月だが、母が亡くなってからは彼女をお風呂に入れることに一苦労させられていたのだ。

「困ったなぁ。美冬さんはまだ帰ってないみたいだし……ん」

 一瞬、ある人物の顔が頭を過る。

「(……あいつに頼むわけにはいかないよな)」

 けれど秋月を風呂に入れない訳にはいけない。

 見た所、一週間以上は入っていないように見える。

 懸命に秋月をお風呂に入れる方法を考えた末に、ハルはある提案を下した。


「痒いところは無いですかー?」

「ふみゅぅ、ごしごし、痒くないよー」

 状況を説明すると、ハルは秋月と一緒にお風呂に入っていた。

 だからと言ってハルが裸になるわけにはいけないので、Tシャツ短パンに着替えてある。

 さすがに女装が完璧であっても中身は男。下も男だ。

 いかに女として見られようとも、男の裸を前にしては確実に新たなトラウマとして秋月の心に一生の傷ができてしまうだろう。故に秋月の前で裸を晒すわけにはいかなかった。いや、理由が無くともハルは裸を見せるつもりはないのだが。

「(それにしても……)」

 思わず目が行ってしまう秋月の身体。

 白い肌が、お湯を掛けられて桃色に火照る。

「(そうなんだよねー、こっちは服着てるけど、本来は裸が当たり前なんだよねー!)」

 かくてそこには、恥じらいも躊躇いもせずにその芸術(裸体)を平然と晒す幼女あづきの後姿があった。

「(見てない! 見てないよ、正面は!)」

 ここで間違いを起こせば秋月はまた学園に引き籠ってしまう。

 ハルは『妹』として、普通に接しなければならないのだ。

「(頑張れハル! ファイトだハル! 負けるなハル!)」

「ハル、つぎは前を洗ってー」

「か、勘弁してぇ……」

 ハルちゃんは早くも負けそうだった。

 もしや、これから毎日こんなことをしなくてはならないのだろうか?

 覚悟は出来ていたつもりだったが、秋月を家に留めることは予想を遥に凌駕するほどに苦労を被るようだ。

「(お願いです、美冬さん。お風呂の時間帯だけでいいので帰って来てください……)」

「ハル、次は下を」

「それは無理だあああああ!」


 長い、戦いだった。

 どうにか下半身だけは自分で洗ってもらい、現在は秋月を湯船に浸からせて、ハルは秋月が風呂から逃げないよう側で監視していた。

「ハル」

「なに?」

「お風呂、久しぶり」

「だろうね」

 身体は小さくとも、その無駄に長い髪のおかげで洗い終えるのに一時間も掛かるとは思いもしなかった。垢だってかなり溜まっていた。

「ハルとのお風呂、お母さんとのお風呂みたい」

「……」

 母さんと、か。

 ハルは小学低学年の頃には一人で入っていたが、秋月は母が死ぬまで一緒に入っていた。

「もしかして秋月ってお風呂が嫌いなんじゃなくて、一人で入るのが嫌なの?」

「……うん」

 そうか、と納得。

 母が生きていた頃を思い出して寂しくなるから、だから一人で入ることができなかったのだろう。思えば秋月はいつも母にベッタリだった。

 料理をしている時も側にいて、一緒にお風呂に入って、一緒の布団で寝て――

「ん」

 なんだか、変な予感が……

「(いや、いやいや、そんなわけないよ。学園では常に独りでいたわけだし!)」

 それでも、もしかしてと思わずにはいられないハルは、

「秋月……もちろん一人で寝られるよね?」

 当然すぐ返事が帰って来るものだと思っていた。

「……」

 お願いです秋月さん。何か返事をしてください。

「や」

 お返事ありがとうございます。でも、できれば首を縦に振ってもらいたかったなぁ……

「え、秋月って涼篭館でいた時には一人で寝ていたんだよね?」

「うん」

「なぁら家でも一人で寝られるよねぇ?」

「や」

「なんで!? どうして家だと一人で寝られないの!?」

「だって、ハルがいるから」

 その予期せぬ答えに、頭を、そして胸を打たれた。

「(それは俺が一緒だとぐっすり寝られるってことなのか、秋月……?)」

 今の今まで、ハルは直ぐにでも秋月に拒絶されるんじゃないかと恐れていたけが、そのたった一言で自分は恐怖の対象に入っていないことを知ることができた。

「(だから、まあ、一緒に寝るくらいならどうってことはないさ)」

「ぅぅう――――もう出るぅ!」

 突如、秋月が湯船から起き上がったことで、お湯が波のようにハルの頭上に襲い掛かる。

 秋月の言葉で大変感動していたハルはそれに対処することができず。

 ずばしゃぁあっ!

 全身をずぶ濡れにさせられたのだった。

「(あなた、完全にお風呂嫌いだろ……)」


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