(6)おかえり
全ての発端は、母親が他界してから一年も経たない内に父親が再婚を決めたことだった。
元々、秋月はお母さんっ子だったこともあって、当然ながら再婚には猛反発していた。だが結局再婚は止められず、秋月は耐えられなくなって家を飛び出てしまった。
父親が再婚をする決め手となった一番の理由は、仕事が忙しくて家を子供達だけにすることが心配だから再婚相手に面倒を見てもらうつもりだったとのことで、親なりに子を思っての行動だったらしい。
子を思ってのつもりが、それが原因で秋月は帰らなった。秋月が家を飛び出して数日後に、父親は交通事故で帰らぬ人となったのだ。
母の死から始まって、秋月が出て行き、父も事故死して、再婚相手は秋月のことを思ってすぐに実家の方に帰って行き、気付けば家に残ったのはハル一人だけだった。
ハルにしてみれば一瞬のことだった。
そんな中、原因を作った父が死んで再婚相手も出て行った。なら秋月は戻って当然戻って来るだろうと。両親が死んで悲しみはあったが、それでも自分には秋月がいるから独りではないのだとハルは信じて疑わなかった。
秋月の居場所はすぐに分かった。
美冬が全て教えてくれた。秋月が学園に引き籠っていることも、涼月学園の特権の話も。
――そして、秋月が極度の『男性恐怖症』となってしまったことも。
「男性恐怖症……」
「あの人はね、逃げたの、現実から。大好きな母さんを裏切った父さんが許せなくなって、次第に『男』がみんな自分の居場所を奪う存在にしか思えなくなった。――実の弟である佐倉ハルでさえも、恐怖の対象になってしまった」
「だから、アンタは……」
「うん、だから私は妹になることにした。男ではなく、女として――『妹』として認識させることで彼女の恐怖する対象から外れるようにする。その為に一年以上の時間をかけて準備した。全部は秋月と一緒に帰る為に。昨日のミスコンが最後の関門だった。優勝して鍵を手に入れるのは絶対条件だったけど、他にも誰からも女にしか見えないか試験をした」
結果、誰から見ても女にしか見えない佐倉ハルの出来上がり。
今日が来るのをずっと待ちわびていたはずだったが、思い返せばあっという間の一年だった。
「そこまでして……」
「あの人は私を置いて逃げてしまったけど、それでも私は秋月が好きだから。それに何より独りぼっちは怖いよ。私も彼女も『姉妹』なんだから、一緒にいたいと思ってしまうのは当然でしょう?」
これが、美冬に提案された秋月を連れ戻す唯一にして可能性のあった方法。
自分を偽ることで秋月が帰って来るのなら、ハルの自分の全てを捧げる覚悟があった。
「他人には理解されないかも知れない。けどそれで構わないと思う」
秋月の手を取った後、ハルは愛乃と二人で廊下に出ていた。
愛乃から説明を求められた。どんな気持ちで訊いたのかは分からなかったが、ハルは偽ることなく自分たち『姉妹』の全てをありのままに語った。
語り終えた後、愛乃は難しい表情をしていた。
「付き合ってくれてありがとう。仙堂さんのおかげで秋月を取り戻すことができた」
「別にアタシはなにも。ただ一緒にいただけだし……」
「それでもさ。仙堂さんのおかげで、最後の一歩を踏み出せたから」
そう言うと、ハルは愛乃に頭を下げる。
「ふ、ふんっ。勝手に言っていればいいわよ」
愛乃は突然のことで照れてしまいそっぽ向く。
からかおうかとも思ったが、感謝しているのは事実。
ハルはただ照れた彼女を笑って見つめるだけにした。
数分経って、秋月が部屋から出てきた。
「ハル、お待たせ」
秋月には必要な荷物を纏めるよう指示していた。もちろん一緒に家に帰るためだ。
「それにしても、アンタにこんな可愛い一つ上の姉が居ただなんて驚きよね。同じ両親から生まれたとは思えないわ」
愛乃はハルと秋月を交互に見比べる。
愛乃の言う通り、血は繋がってはいたが二人はあまり似た所が無い。
ハルはそうでもないが秋月はかなり背が低い。
ロシア人の祖母の遺伝を多く受け継いでいるハルとは対極に、秋月には全く受け継がれていない。
二人を分けて言うとすれば『和と洋』といった感じか。
それはさておき、先ほどの愛乃の発言には一カ所間違いがあった。
「仙堂さん、秋月は私の二つ上だよ」
「はい!?」
驚愕の事実。
愛乃が驚くのも無理はない。秋月は身長が一四〇までしかなく、そもそも高校生にすら見えないだろう。けども秋月は列記とした涼月の生徒で、二年前のミスコンで歴代最高投票数を獲得した《ミス涼月》なのである。
「アキは三年生よー」
「……アイデンティティーの崩壊ね」
秋月の年齢を知って驚愕する。それは、一緒にいた頃によく見た光景だった。
涼篭館の外に出ると、まずは周囲に男がいないかを確認。
外はもうすっかりと暗くなっており、周囲には男はおろか人の姿さえ無いようだ。
「私たちはそのまま家に帰るつもりだけど、仙堂さんはどうする?」
「アタシは……ちょっと用事ができたから、ここでお別れするわ」
時間も遅くなっていたので一人で帰らせるのは気が引けるのだが、ハルには秋月がいるため送っていくことは出来なかった。
「了解。今日はホントありがとね」
「愛乃、バイバイ」
「さよなら、二人とも」
去って行く愛乃の背中を眺めながら、ハルは秋月の手を握り締める。
「帰ろうか、家に」
「うん」
実に一年ぶりの感触を手に、誰も待っていない、けれど一緒に帰る家族のいる我が家へ二人は帰って行った。
「ハル」
「なに?」
「ただいま」




