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(1)本物より完璧な偽物


 九月三十日。

 今日は涼月学園の一大イベント。長年にわたって行われ、今や日本一の美少女コンテストとまで言われるようになった《ミス涼月学園コンテスト》の開催日。

 そして、つい五分ほど前にコンテストは滞りなく無事に閉幕を果たした――はずだった。

 未だ会場の熱気が冷め止まない中、他には誰もいない舞台裏では、二人の参加者が対峙していた。

「納得がいかないっ!」

 声を大にして叫んだのは、先ほどのコンテストで準優勝を果たした美少女だった。

 茶髪に染め上げた長い髪が、身体の震えと共に揺れ動く。

 桜色のかかった柔らかな唇を噛みしめながら、パッチリとした瞳は前方に佇む『勝者』を睨みつけていた。

 世の男を虜にする端整な顔立ちと、凹凸のくっきりとした体形はまさに容姿端麗。高校一年生でありながらここまでの美貌を兼ね揃えている女性は、彼女を除いていない。

 彼女の名は仙堂愛乃せんどうよしの。ベテラン俳優の父と元トップモデルの母を持ち、雑誌やCM、ドラマや映画など、今や日本で愛乃を見ない日は無いほどに売れに売れ、日本で最も勢いのあると言われている現役の女子高生アイドルだ。

 彼女こそが本物の美少女と呼ばれる存在であり、同世代の中では彼女以上に人を惹き付ける魅力を備え持つ者など、存在するはずがなかった。

 だが彼女を超える者は現れてしまった。いるはずのなかった完璧な存在が。

 雪のような白い髪が靡く。

 愛乃と対峙していた人物は、困ったように口元に手を添え、小首を傾げた。

 学園に通い続けて半年経つが、同級生で白髪をした女子生徒の存在など噂にも聞いたことがない。二人が出会ったのはコンテストの最中に偶然隣り合わせた、その一度きり。

 今まで表舞台で姿を見なかったことが不思議で仕方がないほど、その美しさは他をグンと抜いて、最早『完璧』としか言い表せなかった。何せトップアイドルである愛乃よりも、圧倒的なほどに魅力的なのだから。

 愛乃と対峙するその人物は怒りを抑え切れない愛乃とは対照に、冷静的な表情で、どこか達観した様子に窺えた。

 それを余裕の表れと感じ取ったか。愛乃の怒りは更に膨れ上がる。もはや感情を制御することができないほどに、愛乃は激昂していた。

「こんなのありえない! 反則よ!」

「反則って……」

 涙ぐむ愛乃を前に、『勝者』――今年度の《ミス涼月》は困り果てたように呟く。けれども愛乃の怒りの根源は理解できないこともなかった。

 圧倒的な人気を誇るアイドルという立場にいながら、同い年の素人相手に負けた現実。このような結果を愛乃のプライドが許せなくなるのも当然だ。――そう、ミスは考える。

 もちろんその考えは間違っていない。確かに愛乃はアイドルという立場とミスコン開催以前から寄せられていた大衆の期待に挟まれ、大きなプレッシャーを背負っていたのも事実なのだが、……しかし実際の所、愛乃の感情の乱れはもっと別の所から来ていた。(尤も、その胸中が開かされない以上、愛乃の言葉は、それこそ子供の戯言程度としか聞こえないのだが)

「そうよ! 反則よ、反則! こんなのルールに反してるわ!」

 予想以上に食って掛かる愛乃に、ミスは戸惑いを感じずにはいられなかった。

 前もって聞いた話では、愛乃は人前では怒りを面に出さない温厚な性格という話だった。そして目の前にいる彼女は、ミスを親の仇を見るかのように睨み怒声を飛ばし続けている。まるで愛乃と温厚という言葉が結びつくとは思えなかった。

 コンテストの最中は優しく声を掛けてくれた愛乃と、今の愛乃とでは、ずいぶんと印象が違って見えた。果たしてどちらが本当の仙堂愛乃だろうか?

 とりあえずは愛乃に納得してもらうしかない。

 そう判断し、ミスは最後まで愛乃の言い分を聞く方針を固めた。

「一体何がルール違反だって言うのさ?」

「アンタがエントリーしていること自体がルール違反なのよ!」

「二番も十分いい結果じゃない。と言うか、仙堂さんは本物のアイドルで全国に大勢のファンがいるっていうのに、たかだか学園のミスコンで一番になれなかったくらいで」

「うるさいうるさい! たかだかじゃない! アンタのせいで……アタシは……アタシはこの学園に縛り付けにされるのよ! 冗談じゃないわ!」

 愛乃も自覚出来ていないのだろう。どれだけ子供じみた事を言ってしまっているのか。

 言葉の端々に何か感じるものがあったが、一先ずは愛乃を落ち着かせようとミスは頭を働かせた。

「認めない……アタシは絶対に認めないわ……」

 瞳に涙を浮かべ小さく呟く姿はまるで、お菓子売り場で駄々をこねる、まさに子供。

 まるで自分が虐めを働いているのではと(全く持ってそんな事実は無かったが)、ミスは少しばかり心が痛くなった。

「もう、そんなに駄々ばかりこねて……何がそこまで気に入らないっていうの?」

「だって――」

 愛乃は今一度、涙を零しながらも勝者を睨みつける。

 きっと知らないままでいれば愛乃も納得できていただろう。

 けれど知ってしまったからには、無抵抗に引き下がることなどできなかった。

 完璧だと認めたはずの、自分以上の存在だと信じた彼女が。

 完璧に限りなく近く、しかし決して本物ではないのだと知ってしまっては……


 今年度の《ミス涼月学園コンテスト》の優勝者は――佐倉ハル。

 日本一の美少女アイドルを押しのけてその座に輝いたハルは、


「だってアンタは、男じゃないの――――っ!」


 歴史ある《ミス涼月学園コンテスト》初の――『男性』優勝者だった。


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