すし鬼
大将が鬼だった。
回転寿司屋に入ったら、大将が鬼だった。比喩でも何でもなく、鬼だった。二メートルを超える鬼だった。赤鬼がカウンターの中にいた。寿司屋の制服はパツパツで、帽子を突き破って角が生えていた。店の真ん中に鬼がぽつんと仁王立ちしていた。店に入った瞬間にバッチリ目が合った。いやいやいや、何これ。怖い怖い怖い。怖いって。
「いらっしゃい。お一人様ですか。」
鬼がしゃべった。声が太くて怖い。鬼声。牙がすごい。口からだらりとひとすじのよだれが出ている。言葉を発することができず、なんとか首を縦に動かす。店内にはお客が数人いて、みんな普通に寿司食ってる。何この異空間。どっきりなのかな。とりあえず、出入り口に一番近い席に腰掛ける。鬼がこっちに近付いてきて、俺の目の前に仁王立ちした。歩くたびに、ズゥン、ズゥンと音が鳴る。体重何キロなんだよ。ずいぶん高い位置にある鬼の顔を見るんだけど、鬼の目線は微妙に俺に合ってない。どこ見てんの怖い。
「何にしますか。」
「えー…、えー…?」
「…。」
「え、えんがわ?」
やばい、声が震えるわ。なんか疑問形になったし。あっ、ドン引きなリアクションが伝わったら感じ悪いかな…。急に怒り出して金棒でグッチャグチャにされるかな…。そして俺のグチャグチャのトロ的な部分を抜き出してネギトロみたいにして鬼友と手巻き寿司パーティーしたりされてうわー最悪やもう無理早く喋ってこの間はなんなの怖い早く早く早く!
「あいよ!えんがわいっちょう!!」
「えんがわいっちょう!!」
えっ!?店の奥からも鬼声が聞こえた…。ってことはこの店大将以外も鬼がおるってことじゃん。一体くらいならこの店のお客全員でなんとかなると思ったけど二体は辛くないか…。というかなんで他の客は平気なの?もしかして俺だけが鬼に見えているの?その場合、俺がおかしくてこの鬼は無害な普通の大将なの?それとも他の人の目は鬼の力で欺けているけど俺にはうっかり正体がばれているってことなの?前者の場合、俺が病院に行けば済むけど、後者の場合、正体を見破った俺は真っ先に殺されるんじゃないの?なんなのマジで?誰か教えて?
「えんがわです。」
回転レーンを通り越して、皿が俺の前に置かれた。一貫がデカイわ。手がデカイんだな鬼だから。というか大将の爪めっちゃ長い。不衛生だろ。しかも爪めっちゃ尖ってるし。あれ?鬼の爪の先って毒が塗ってあるんじゃなかったっけ?違ったっけ?違うか?違うか…。ちなみに一貫がでかいってことは、やっぱりこの目の前の方は鬼ですよね?それとも俺の頭がおかしくなっているから大きく見えるのかな?やっべぇなー、もう何も信じられないな…。
よし。鬼かどうか切り分けてみよう。
「いやー、今年もあと二カ月ですねー。」
「そうですね、早いもんですね。年々、一年が早く感じますよね。」
「確かにー。年ですかねー。それにしても、今年は災害が多いですね。」
「そうですね。日本人は今が踏ん張りどきですよ。」
「来年は少しでも良くなるといいですねー。」
「そうですね(笑)」
うわうわうわ!笑った!来年のこと言ったら笑いよったぞ!完全に鬼やぞ!
皆聞いてくれ!こいつ鬼やぞ!!