米の人
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
はああ~、いつになっても週のはじめは眠気とだるさの戦いだねえ。
休み気分が抜けきらないというか、エンジンがかかるのが遅くなってきたというか。
これから待っているのが、きつい仕事だと分かっているからこそ、テンションもブルーになりがちなんだろうな。これがまったくの未知であったなら、どきどきして緊張するかもだけど、落ち込まずに済んでいるかもしれない。
つぶらやくんは、どうだろ? きつくても慣れ親しんだことがいいだろうか? それともどうなるか読めない未知のことがいいだろうか?
どちらも個人の好みがあるから、一概に良い悪いは語りづらいけれどね。予告され、ぐっと身構えることがなくても、知らないことはそんじょそこらにある。
思わぬ出会いをしてときにどう対処するか。身体と精神のそなえはしっかりしておくべきかもしれない。
僕の昔の話なのだけど、聞いてみないか?
お腹の調子は、体調をはかるのに絶好の指標のひとつだろう。
僕は緊張すると決まってお腹が痛くなる。そのため、なにか大きなイベントがあるときは、直前にあまりものを食べないようにしているんだ。トイレの時間、長引くことになるからね。
なにも出なかったとしても、しばらくすれば痛みもおさまってくるのが大半だ。けれども、なかなかおさまらなかったケースも何度かあったんだ。
もっともよく覚えているのが、学校のクラス劇の発表をするときだったなあ。
僕はそこまで長く出る役ではなかったものの、出番自体は多い。すべての幕でちょこちょこ引っ込んでは出ていくタイプだ。
間と間で、少しゆとりがあるとはいえ、トイレにこもるのはリスキーな行い。我慢するのが常識的なところだろう。
僕もそのあたりはわきまえているつもりだった。
開演する前に、パンパンにお腹が張っていたから体育館横にあるトイレの個室に、直前までこもる気でいたよ。
このあたりは、掃除をする人が力を入れているのか、大勢が使う場所の割になかなかきれいな状態が保たれている。ひそかにお気に入りの場所であったのだけど、いざ便座に腰を下ろして戸の裏側をにらむと「む」と顔をしかめたくなった。
普段は白一色な戸の板に、落書きがされている。「米」の漢字をでかでかと書きつけた感じだが、線の端々に「とめ」とは違う微妙なふくらみがもうけられていた。
それがちょうど、人の手足の先っちょのように思えるデザインだったのさ。ぱっと見て、十字架を背負ってバンザイしながら両足を大いに広げた棒人間に思えたんだよ。
それが戸のおおよそ8割がたを占領し、眼を開けているなら必然的に対峙するかっこうに。
――変なものを書くなあ。後で先生に報告してやろうか。
痛みに集中するべく、眼を閉じて息を整える。
何分か経ち、お腹もおとなしくなってきたのを見計らって、かっと眼を開いて「あれ?」と思った。
あの人のような米の字、戸からすっかりなくなってしまっていたんだ。
あれは取り外しが簡単にできる、シールやステッカーのようなものじゃなかった。確実にインクや塗料を用いてこしらえたやつだと思えたよ。すぐにどうこうできやしない。
ましてや、戸の内側。閉じている側に自分が腰かけているんだ。鍵をかけている戸を越えて降り立たねば、そもそも作業ができない。もちろん、僕に手を出すゆとりもいわれもない。
錯覚、と片付けるのが一番説得力あったと思う。
このときの僕も、そう考えて開演時間まで間もない、劇へ臨んだんだ。
どうにか山場となるところは終わり、あとは最後の最後でキャスト一同が集合するシーンを残すのみ。
ここへきて、また僕のお腹の様子が急変した。先までなんともなかったのに、思い出したように腹部を内側からにわかに蹴り上げる感触は、今も忘れることができない激痛だ。
これはまずいと、周りの皆に数分で絶対に戻るように注意されたうえで、僕はトイレに駆け込んだ。
再びの個室。やはりドアにあの「米」の字はないが、今は腹痛をおさめるのが最優先。
早くおとなしくなってくれよ~、と念を込めながら、お腹をさすっていたところ。
ぐっと、きた。
一気に下へ解き放たれたのではなかった。直前まで、そう解決すると思っていたお腹の張りが、のどを勢いよく駆け上がってきた。
とっさに口をぐっと閉じたが、すぐ鼻へまわってくる。ぼたぼたと鼻から流れ落ち、腰かける便器へ滑っていったのは、あの米の字だ。
米の字、米の字を思わせる、十字架を背負った人。鼻から出てくるほど、細かに、細かになって数十人は出ていっただろうか。
すぐに僕は便器の水を流してしまって、彼らが以降はどうなったかは知る由もない。
だが、彼らはああして個室の戸の裏で、チャンスをうかがっていたような気がするんだよね。




