ep.8 出張を旅行と言い張るのは無理がある②
資料にざっと目を通すと、ここ数ヶ月の沿岸部での漁獲量が昨年に比べて徐々に低くなっていること、それに比例するように値段が少しずつ上がっていることが書かれていた。
こんなことまでちゃんと調査してるんだな、王宮は大変だ。あそこにだけは異動になりたくない、生活が壊れる気がする。
心の中でしずしずと王宮の事務官たちに合唱を捧げておく、彼らの魂が浮かばれますように。
「ふーん、じゃあ変な思惑はなさそうね」
とんでもない速さで資料に目を通したメリアがぽつりと呟く。
まずい、関係ないことを考えていた……放送中だぞ、しっかりしろ俺。彼女にバレたらなんて言われるか。
「ま、この資料も王立図書館にあるんだろ?なら話してもいいんじゃないか」
これが王宮やギルドしか持っていない情報なら市井に流すのはまずいが、誰でも見られるところにある情報なら、広く周知するのもこの放送の役割だろう。
「それもそうね〜でも、」
「どうして漁獲量が減っているかの調査はしないといけない、だろ」
何か言いたげなメリアの言葉を強奪する。
俺もちょうど思っていたところだ、天候や一時的な話ならいいが、長期化すると王都の経済に影響を与えかねない。
そして、そういう面倒な調査は大体ギルドの仕事なのだ。
昔は王宮の人間に対して「あいつら座ってるだけの癖に」なんて思っていたが、今となってはすっかり現地に行って身体を動かす方が楽だと考えるようになってしまった。
王宮だと資料でしか起こってることがわからないうえに、貴族の連中からごちゃごちゃ言われるんだろ……?まだ窓口に来たガラの悪い冒険者に難癖付けられた方がマシだ。
暴力で解決できるし。
「そのうち、というかこの放送を聞いたバカ貴族たちから依頼という名の強制力が働きそうね〜」
「縁起でもないこと言うなよ、こういうのって大体俺が行かされるんだから」
という発言を、ギルマスも副ギルマスも聞いてるんだろうなぁ。
「わからないわよ?」
「少なくとも受付嬢は選ばれないからって……あとフラグを立てるな」
受付嬢は受付での業務がメインである。だから出張や外部との調整なんて面倒な仕事は裏方に回ってくるのだ。
恨み言のひとつでも言ってやろうとしたところで、メリアが手を鳴らす。
「方向性が決まったのなら放送再開しましょう。いい加減無限ループで流れる商会のCMに飽き飽きしてきたところよ」
こいつ、自分に不利だと見て強制的に話を切りやがった。
有利な場所でしか戦わないのは冒険者としては満点だが、会話でもやるなよ。
俺の視線なんてなんのその、彼女の指は軽々とボタンを押した。
「はぁいお待たせしました〜受付嬢です」
「さっきこの人に文句の一つでも言ってやろうとしたところで強制的にCMを切られたギルド職員です」
「彼の言い分は放送が終わったあとに聞くとして」
「言ったな?聞けよ?」
「はいはい、今はお便りの方が大事でしょ」
正論パンチは俺に効く。
「……で、魚介類の値段についてなんだけど」
仕方なく路線変更。真面目に先程の話を進めていく。
「確かにちょっと漁獲量が減ってて流通量が下がってる。それに伴っての値上げだと思うんだ、ただ」
「ただ、漁獲量の減少が何によるものなのかは現時点では判断できないかな〜時期的なものかもしれないし!」
先ほど俺がそうしたように、彼女はこちらの言葉を引き継いだ。
「だから一旦様子見!ってことで許してくれますか!まぁ放送中にダメって言えないから許してもらったことにするんだけれども」
「めちゃくちゃじゃねぇか」
そうか、倫理はないのかもう。
「いい?この放送は私の独壇場なわけよ」
「あれ、俺の存在無かったことにされてない?」
「あんたは一番近くで見てるオーディエンスの一人」
「お、じゃあもうここからは全部任せていいか?俺は外で酒とツマミでも買ってくるからさ」
よっしゃあ!今日の労働これで終わり!
あとはにやにやしながらこいつの話を聞くぞ〜〜!
「……謝罪するわ」
「負けるの早すぎだろ、もうちょっと粘ってくれよ」
「だってだって〜ここから一人孤独に場を回すって考えたら無理しゅぎて……」
早口で話しすぎて噛んでやがる。そういうところもかわいいんだが……まぁ本人には絶対言わないんだけど。調子に乗るから。
「まぁ冗談は置いといて」
閑話休題。
「確かな情報がわかったら、また後日この放送でお伝えしますね!」
話は終わりとばかりに手を鳴らすメリア。
「よし!じゃあ次のお便りは……っと」
二人の間に積み上がった紙から一枚抜き取る。
内容を斜め読み、これとか当たり障りなくていいんじゃないか。
変に拗れて資料を読まなくても良さそうだし。
「これお前好きそうだぞ」
「……もう、私のことなんだと思ってるの」
「ラブコメ好きの仕事人間」
「それはあんたでしょ!」
「俺は別に他人の恋愛に興味ないわ!」
「はぁ〜〜〜〜、はいはいそれでいいからお便り読んで!」
ため息混じりの声を吐き出すメリア。
よくよく考えれば俺たちの馬鹿みたいなやりとりも王都中に流れているのか、大変に恥ずかしい。
「くそ、いつもながら適当に話を切りやがって……」
とはいえ放送を進めないわけにもいかない。
「ごほん、ではお便りを読みます。『受付嬢さん、ギルド職員さん、こんばんは』。はいこんばんは」
「こんばんは〜!」
「『お二人にアドバイスをいただけたら嬉しいです。私には、少し離れたところに住んでいる幼馴染がいます』」
「ほうほう!」
身を乗り出すメリア。漁獲量の話している時より目が数倍輝いている。
「やっぱり好きそうじゃねぇか、こういうの」
「私のことなんてどうでもいいのよ、続き早く!」
テーブルの下でトントン、とつま先を小突かれる。おいこら、放送に乗らないからって好き勝手しやがって。
「……わかったわかった。『諸事情で最近全然会えてなくてて、最後に会った時には……ちょっと喧嘩別れ、というか口論になってしまって』」
「あ〜あるわよね〜、すぐには会えない相手とほど気を張って喧嘩しちゃうの」
共感能力高すぎだろ。俺は一回もないぞ。
というか大人になってから喧嘩したのなんてメリアとくらいだ。
すぐには会えない相手……思い浮かんだのは親だけだし。
「俺の知らない世界のあるあるだ」
「まぁ?あんたみたいに友達が少ないと?起こらないことかもしれないけれども!」
「やめろよ、事実で刺すんじゃない。泣いてしまうだろうが」
「誰がこんな深夜におじさんの泣くところを聞きたいのよ」
「うるさいわい、まだ『お兄さん』だ」
「……ふっ」
こいつ、鼻で笑いやがった。
いつか覚えとけよ……。
いつか一発殴ってやると幾度となくした決意を新たにして、続きを読むべく俺は口をマイクに近付けた。




