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ep.6 受付嬢の優雅な日常

side:メリア


 最近、王都ギルド受付嬢の間で流行っているものがある。

 それはマフィン、ふっかふかの。


 受付窓口に並んでいた人の波が途切れたところで、あのなんとも言えない食感を想像する。

 歯を入れれば心地よい抵抗とともに訪れる至福の時間。甘さの暴力が口の中を席巻するんだ。


 幸福以外感じられない、そんな素敵な時間を提供してくれるのがつい先日ギルドの近場にオープンした洋菓子屋さんのマフィンなのだ。


「ねね、メリアちゃん!」


「どうしたの〜」


 隣の窓口の同僚が小さな声で話しかけてくる。

 ここは王都ギルド、別に周りには冒険者しかいないし、私たちが喋ることを咎めるような神経質な……ん゛ん゛繊細な人間はいない。


 そんな些細なことでチクチク言ってくる人を私は一人しか知らない。

 ちょうど頭に浮かんだのは相方(・・)の顔。


 ぜーったい、ぜったい「喋ってるとは余裕だな、受付嬢さん」とか言ってくるんだ、大量の書類を抱えているところをこれみよがしに見せながら。


 あ、考えただけでヘイトが溜まってきた。

 こんどの放送日、肩に重いパンチの一つでも入れてやろう。


 この前ご飯を奢ってくれたことは感謝するけど、もうちょっと私に優しくしてもいいと思うの。あの自称だけは一般ギルド職員は。


「私ね、持ってるんだアレ」


 彼女の囁き声が私の意識を現実世界へと引っ張る。小柄なこの子が私を「うんしょ、うんしょ」って引っ張ってくれる姿を想像したら……かわいいわね。

 持って帰りたいくらい。


 だめだめ、そんなことよりアレの話よアレ。


「まさか……!」


「そう、そのまさか!」


 スススと差し出されたのは小さな箱に入ったマフィン。


「どうやって手に入れたの……!?」


 噂が噂を呼んで、開店とほぼ同時に売り切れるようになってしまったマフィン。それが3つも……!


「まさか怪しい取引とか」


「してないしてない!やめてよもぅ」


 ぺちん!と手が叩かれる。うわ、なんだこの可愛い生き物は!!!

 これがオルフェだったら、身体強化をこんもり乗せて蹴りが入るんだろうなぁ。あいつ、私のことなんだと思ってるんだ。

 もっと一端のレディとして扱いなさいよね。


「この前あの洋菓子屋さんがクエスト発注したんだけど」


「あー、あったわね。確か素材採取だっけ?」


 仕事の話になると、途端に脳が活性化する。嫌な性質だ。

 「戦闘になると脳が覚醒する冒険者」の方がかっこいいじゃない。

 別に仕事にかっこよさなんて求めてないけれども!どちらかといえばかわいさの方が……いや、ギルドの受付嬢なんて全然かわいい仕事じゃない。


 話の通じない依頼主や冒険者の相手をしなければならないうえに、ギルドは公営だから儲けられない。


「そうそう!あのクエスト私の案件だったんだけど、中堅冒険者がすぐに終わらせてくれて、そのお礼にって」


「ほぉ〜そういうところもちゃんとしてるのね」


「ね、しかもわざわざ店主さんが持ってきてくれたんだ」


 こうやってお気遣いいただける依頼主なんて本当に、本当に稀なのだ。この王都でさえ。

 他の地方のギルドのことを考えると身震いする。オルフェとの仕事が続くうちは異動しないと思うけど……。


「で、3つは多いから分けっこしよ!」


 なんていい子なんだ……。


「いいの?」


「いいのいいの、せっかく窓口被ったんだから!一つは私、もう一つはメリアちゃんが食べるとして……」


 彼女はキョロキョロと辺りを見回す。誰かを探しているんだろうか。


「……残りの一つはオルフェさんに渡せたらって思ったんだけど……いないね、出張かな?」


 は?オルフェ?なんで!?あいつにはもったいないってこんなお菓子!

 やめときなよ、と言おうとして彼女を見るとほんのりと染まった頬が見える。


「さぁ……いつもみたいに奥の方に引っ込んでんじゃない?」


「そっかぁ、後で持っていくついでにお話しようかな〜」


 っはぁ〜〜〜〜〜!またこれだ(・・・・・)

 人畜無害そうな顔してあいつはモテる。ちょっと、ちょっとだけね。

 本人が仕事人間すぎて気がついてないのが救い……いや、絶望か?


 腹いせにマフィンにむしゃあとかぶりつく。あ、美味し!


「呼んだか?」


 曲がり角からひょいっと噂の彼が現れる。なんてタイミングの悪い。


「呼んでない!」


「わ、わたしが……!」


 とてとてとマフィンを持っていく同僚ちゃん。それを見て彼は頬を緩めると、ひょいっと一つ掴み取った。


「これって最近話題の」


「そう、そうなんです!クエストの関係のいただきもので」


「へぇ〜〜そんな殊勝な依頼主が……ありがとう、もらっていくな」


「はい!」


 展開される甘い空気にコーヒーが欲しくなる。

 うぅ〜〜〜!間に入りたいけど入れないのがむず痒い。


「メリア」


 同僚ちゃんが窓口に戻っていくと、件の彼がこちらへ歩いてくる。


「なによ、仕事人間」


「それはお前もだろ」


「失礼しちゃうわ、このスーパーシゴデキ受付嬢はプライベートも大切にするのよ」


「……この前たらふく食って飲んで奢らせたアレで?」


 ぐふぅ、カウンターパンチが強すぎるわよ……。


「あれはちょっと忘れてほしいというか、その節はお世話になりましたというか……」


「良かった、ちゃんと反省してるんだな」


 ニヤニヤと笑いながら頭にぽんっと手が置かれる。

 これだけで胸にあったもやもやが霧散するんだから不思議なものだ。オルフェってば身体強化以外に回復魔法でも使えるんじゃないかしら?


「じゃ、これはその時の借りを返してもらうってことで!あんまり食べ過ぎると太るぞ〜!」


 私の手から食べかけのマフィンを強奪すると、ピューっと彼はギルドの奥へ駆けていく。

 やられた……!どうしてあいつが同僚ちゃんのほぼ2倍食べてるのよ。


 次会ったら絶対強烈な魔法でもお見舞いしてやるんだから。

 そんなことを考えながら、私は窓口に戻った。


 後で冒険者や同僚たちから「今日は機嫌いいね」なんて言われたけど、きっと気のせいなんだから。

 口の中に残ったほんのりとした甘さを、今は見ないふりをした。





あたい、物語の本筋に関係ない日常会だーいすき!

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