新シナリオと劇場版とゲームオリジナルと…
ある日、人類は敗北した。
突然現れた魔族によって見るも無残に蹂躙されてしまった。
「撃ち方始め!!
…主砲が効かにゃい!!
うわああああああああああ!!」
最新最強の戦車砲を素手で弾き落とされ…
「ビッグマム投下!!
やったか!?
…シットファックジーザス!!
ノォォォォォォオウ!!」
道連れ作戦の水爆を無効化され…
「転生先から帰ってみればなんだこのバカ騒ぎは?
やれやれ…静かに暮らしたいだけなのに、また世界を救っちまうのがびゃまっまっちげしゅう!!!」
潜伏していた超能力者たちもある者は全身の血液をチェーンソーに変えられバラバラになり、ある者は狼変化した己の心臓に食い尽くされ、不死身の者は地獄の炎で燃やされ続け発狂し、因果律操作系の者はより強い因果で捻り潰された。
抵抗そのものを諦めた弱者は牛馬と並ぶ奴隷扱い。
万物の霊長は一ヶ月で畜生に堕ちたのだ。
誰一人の例外なく、当然この私も。
「そこの女。
俺のメイドになれ」
私の主となる魔族…マスターに声をかけられたのは買い物で通る住宅地だった。
この時すでにG7の連名で降伏宣言が出されていたため、孤高の死か屈辱の生かの二択である事はこちらも承知している。
「はいわかりました」
即答。
情けない?
何か文句があるなら死後の極楽行きを保証してからにしてもらいたい。
誇りなんて無味無臭無益の3点セットで無意味そのものだ。
少なくとも命という世界に一枚限りのスーパーウルトラアルティメットプレミアムレジェンドレアと交換するのは人生浅パチャ勢の情弱だと断言できる。
「魔族ってどんな奴かと思ってたけど、まさか街中で女を漁るナンパ野郎とはね。
見初めて頂いて光栄ですわ王子様」
ただそれはそれとしてムカつきはしたので、殺されなさそうな程度に嫌味を言ってみた。
「お前は戯れに蟻を拾ってみる事を見初めると形容するのか?
余程の馬鹿か傲慢か。
いや、馬鹿だから傲慢なのか。
言葉に気をつけろよ下等生物。
代わりは億単位で居る」
殺されはしなかったが倍以上の嫌味が返ってきた。
このクソ野郎…ぷよぷよやってんじゃねえんだぞ!
ムカつきを超えて喧嘩モードに入った私は気をつけながらダイレクトアタックできる言葉を探した。
「へ…へぇ〜、あなたはひと目見ただけのアリを持って帰るんですねえ〜。
賢い人ってそうなんだぁ〜」
「???
蟻なら何でも良いと決めて出かければそうもなるだろ。
お前が最初に出てきたからお前を拾う。
賢愚の問題じゃない」
くっ…一目惚れされた姫気分でちょっと浮かれてたのに!
「あと、俺を下等生物扱いするな。
賢い『人』、じゃなくて魔族だ」
「ふ…ふぅ〜ん、私にメイドさせたいんですよね?
つまり家事全般を。
下等生物に生活の世話してもらわなきゃいけないだなんて、それどっちが下等なんでしょうねえ〜」
「無論お前だ。
俺は家事能力が無いわけじゃあない。
つまり『世話してもらわなきゃいけない』のとは違う。
雑務を身の程に応じ分け与えているに過ぎん。
一方のお前は俺に抗う能力が無く、俺を無能かのように捏造するのが精一杯で、しかもその無様をまるで恥じていない。
…ああ、もしかしてこの星では弱い嘘つきほど偉いのか?
さすがは下等生物だな、心まで下にある」
「ふんぎぎゅウギギ…!!」
ダメだ、初対面の上位存在と口喧嘩で勝つのは無理だ。
今はまだ諦めるしかない。
今はまだ…な。
いつか絶対に泣かせてやる。
「1個条件があります!」
勝利を捨て、譲歩を引き出すほうへ切り替える。
「あげもち…ペットのチャウチャウ犬も一緒じゃなきゃイヤ!
ずっと暮らしてきた家族なんです!」
「おう、いいぞ」
意外にも譲った感ゼロのあっさりOK。
いや、意外ってことはないか。
アリがアブラムシを連れてくる程度にしか考えてないんだろうから…。
マスターの屋敷は魔族の世界ではなく地球にあった。
新たに造らせたのだそうで。
ダークブルーを基調とした建材、おどろおどろしい形をした家財の数々はあからさまに悪魔の館のそれだ。
彼らが好き好んで下等生物側の魔族像に合わせるとも思えないので、どちらかと言えば向こうの文化が何らかの事情で人間側に伝わっていた…と考えたほうが自然だろう。
ただまあ、150坪ほどありそうな豪邸をワンオペで回さねばならぬ今、その所在地や造形がキラキラしてるか否かなんて事はどうでもよかった。
どうせ外に出る暇が無いのだ。
魔族の下働きなんてネットで語った日には裏切り者扱いで火あぶりだし、自慢もできない。
「赤錆。
おいサビ!
茶はまだか!」
「はいただ今!」
そして私は何故か赤錆呼ばわりされるようになった。
もちろん抗議はした。
「あの…なんで赤錆?
イヤなんですけど」
「働きが鈍い上にギーギーうるさいから錆。
本当は馬鹿だから馬鹿錆なんだが、少し可愛くしてやったぞ」
「あらあら…私の本名教えましたよね?
高等な魔族さんの記憶力はどうなってるの?」
「生まれ変わったつもりで励めと言っている」
「ギギュウ…それにしても随分日本語がお上手で。
普通ありえませんよ?
下等生物に生まれ変わりでもしないと」
「自分たちの言語は他種族を圧倒するはずだとでも?
骨の髄まで傲慢だな…。
下等生物の普通にはついていけん」
「っ普通で思い出しましたけどねえ、私も高等生物さまの普通にはついていけそうもないんで、メイドを増やしてもらえませんかね?
それとも無駄に広くてホコリっぽい屋敷を独占するのが魔族の普通なんですか?」
「本土には20のメイドが居るが呼ぶつもりは無い。
人間の試験と観察のための屋敷だからな。
さっきからどうも危機感に欠けるので早めに言っておく。
あまり役に立たんようなら魔獣のエサにするぞ。
家事も満足にできん奴はどこへ行っても荷物だろうからな!
さあ仕事に戻れ赤錆!」
抗議の結果、私の名前と労働基準法違反が確定した。
「はぁ〜んあげもちあげもちあげもちあげもちあげもちあげもちあげもちあげもちあげもちぃ〜はぁ〜ん!」
1日の家事を終え自室に帰り、メイド服のままチャウチャウ犬を思いっきり抱きしめた。
こいつは敵地を大喜びで駆け回り体を汚して私の仕事を増やし、敵の暴力という名の権威がもたらした最高級フードでブクブク太る裏切り者だが、私を癒す事でどうにか人類側の面目を保っている。
一般的にはさほど懐く犬種ではないと聞く…が、個体差か私の才能か、ベアハッグされても尻尾を振るくらいには甘えん坊に育った。
別に芸ができるわけでも自走するモップ型の掃除犬になってくれるわけでもない。
しかし自由に自分をさらけ出せる相手という単にそれだけで連れてきて正解だと思えた。
「なぁ〜強いってだけで威張りくさってる男ってどう思う?」
口に出して訊いてみる。
返事が無い。
ただの駄犬のようだ。
「そうだよなぁ〜クソだよなぁ〜。
うんうんありがとう」
構わず一人芝居を続けた。
虚しさは全く無い。
初めて話しかけた最初の三秒以来一瞬も感じた事は無い。
家族は言葉がわからなくても心で通じ合える…なんていうニチアサ世界線だからではなく、オナニーだと割り切っているからだ。
この大人の事情さえ納得できればあとは気持ちいいだけなので、やらないほうがおかしいとまで思っている。
もちろん人に見られない範囲でだけど。
と、安心していると…
「ふん、クソの世話をさせてやるぞ微生物」
いきなり背後から声をかけられ、残念ながら人間の普通では魔族に見られない範囲はわからない事がわかった。
マスターの部屋へ連行された。
夜伽である。
私は全裸になるよう命じられ、素直に従った。
「くっ……殺せ!」
「いいのか?」
「ダメです」
「何が言いたい」
「地球の常識では囚われた女はこう言うものなのです」
「ふむ…まあ、死ぬような目に合わせろって話なら…言われるまでもない」
現代人の例に漏れず、私は誤解するくらいなら思考停止しとけとキレるタイプの女だ。
なので宣言しておく。
甚だ不本意である。
好きでもない男に力で脅され犯されるなんて言語道断。
君臨されども統治されず…絶対に反応しない覚悟で股を開いた。
「………………………」
魔族チンポになんか絶対負けない!
その気概は間違いなくあった。
たとえこの世界に運営が存在しなくとも、夜の屈伸煽りがBANされる事なく延々続けられるのだとしても、ただただ冷たくスルーする。
そのつもりでいた。
「…ふぅっ、ふっ………んふぅ〜っ、んっ、んんっ、ふぅう〜〜っ…!」
でもこのチーター男は実験的で、挑戦的で。
察しが良くて、タフで、正確で、大胆で。
サービス精神旺盛で。
………大きくて、逞しくて、熱くて……。
「あんっっっ♡あっ♡あっ♡あぅっ…あっ、あっ、あっあっあっあっあっあっ♡♡♡♡♡♡」
そして何より執拗だった。
幾夜も幾夜も飽きもせず、毎晩数時間に渡って私を開発した。
反応しない覚悟なんてのは役立たずどころか逆効果。
腹の底から迸る糖度の高い稲光は瞼を閉じれば閉じるほど、全力で顔を背ければ背けるほど、抵抗を超えて届く強さを比較によって知らしめる。
「オォンッ♡
オッ……ウッ♡
おお〜〜〜っ…♡
おお〜〜〜っ…♡
お゛っ♡
お゛っ…お゛お゛お゛お゛お゛っ!?
お゛お゛お゛お゛お゛っ!!」
そんなに気持ちいいわけないって?
足つった人間はどうなる?
痛みで勝手に声が出てしまうはずだ。
あれの全身版快楽編だと考えれば想像しやすかろう。
誰に何を伝えるわけでもないうめき声が抑えようもなく喉を鳴らすし、体は脳を焼くための拷問器具になる。
「あ゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛お゛〜〜〜〜ん゛っ………!!
おっ、おっ…ほっ…お゛っっっ♡
もっ…やめっ…じぬっ♡
じぬっ♡
うっぎっ…ぎひぃぃいぃいいィ〜〜!!
オホぉおおおおぉおオ〜〜〜!!」
結局…私の我慢が蒸発するまで二週とかからなかった。
ショックだった。
屈辱だった。
まさか自分がオホぉ派だったなんて…。
我慢できなかったのはしょうがない…甘美極まる本能の悦びと比べたら誇りは知育玩具だ。
スイッチのソフトだ。
何か別の趣味や思想のための道具であり苦いし食えない。
そう考えれば誇り側の落ち度とわかる。
誇りが生クリームじゃないのが悪い!
しかし…せめて可愛くあんあんで終わらせたかった…。
この発見もあり、感じちゃう!
けど…悔しいっ!
そういう負けきれない心理が一層強まったのである。
「なんだこの油ごはんは?」
「チャーハンですけど」
ワンオペなので朝昼晩夜の4食も全て私が担当。
チャーハンを所望されたので作ると、マスターはかつてないほど不機嫌になった。
「ベトベトのギトギトだ…何よりこの刺激!
無味の怒涛!
本来なら害となるほど入れるはずの添加物を省く事でむしろ油の毒性を強調している!
具で誤魔化そうにも…肉が無い!
卵と葱だけ!?
傲慢っ…!!
何なのだお前の身の程知らずは!
全身の全粒子が自尊でできているっ!」
「生き物ってそういうもんでしょ」
文句たれながらもレンゲを止めないが、徐々に動きは鈍くなっていく。
「くっ…不味い…不味い…!」
「あのですねえ、そりゃ征服後に行った町中華で美味かったからまた食いたい、はわかりますよ。
でもその辺歩いてる女まで美味いチャーハン作れるなら町中華なんて商売はそもそも成立しようがないんですよ。
頼む前に気付いてください」
「しかしまさか…これほどまでとは…」
「塩ごはんとかネギおかかしょうゆごはんとかバターしょうゆごはんとか、普通にパクパク食べてたでしょ。
同じ感じでいけるいける」
「お前…俺をごはんにする気か…」
「食育なんてデマに惑わされないで」
どうやら初めてまともにダメージを与えられたようだ。
快楽堕ち以上に不本意だが。
「もうだめだ…限界だ。
塩と胡椒を取ってこい。
正しい姿にできるかどうかわからんが、あとはこっちで対処する」
なんという男だろう。
人の作った物に文句をつけるばかりか、手を加えようなどとは!
なんでこんな傲慢な奴に傲慢呼ばわりされるんだ!
今日まで溜め込んできたムカつきにダイナマイトを落とすような所業を受け、私はつい強気に出てしまった。
「正しさなんかどうでもいいでしょ!
愛情っていう最高の調味料が入ってるんだから!」
「あ?」
次の瞬間、心臓が跳ね上がった。
トゥンク…なんて可愛くじゃない。
ドッコンだ。
恋のときめきじゃない、恐怖の銅鑼だ。
「愛情だと?」
マスターが立ち上がる。
どんなラーメン素人にも山岡家を山岡家と認識できるように、マスターの殺気はその辺を歩いていただけの女でも殺気と認識できる圧力を備えていた。
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい)
こんなに連呼しなくてもわかる。
だが連続が始まったらもう怖くて止められない。
脳内に『ヤバい』と響く音がまだ死んでない証だと意識したら、証を毎秒更新し続けずにはいられなくなった。
「申し訳ございません!!
申し訳ございません!!」
口から勝手に謝罪が飛び出した時、自分が土下座している事に気付く。
なんで怒られてるかわからないのでなんで謝ってるかもわからない。
完全に必要性だけで動いている。
脳の職務放棄により体が生存本能で自動化されたらしい。
「ぐげっ」
その下げきった後頭部をガッツリ踏まれ、マスターの靴裏の感触が生の証となってようやくヤバいの連呼が止まった。
「お前は、このチャーハンもどきに愛情があると、本気で思っているのか?」
「は、はい…」
踵を優しく優しく丁寧に、細心の注意を払ってゴリゴリ押しつけながらの問いに答えた。
魔族は戦車さえ濡れティッシュの如く引き裂ける種族である。
マスターの優しさのおかげで、私はめちゃくちゃ痛いで済んでいた。
精一杯の皮肉だが伝える気にはなれない。
「他者の体を、生活を、将来を左右しようという時に。
既成の知識を学ぶ事も自分で調べる事もせず、教わって尚拒む怠惰が!!
他者を生贄に己を飾り慰める堕落が!!
怠惰と堕落を良しとする邪悪が!!
それが愛情だと言うのか!?
今日からは人間と書いて傲慢の無限と読め下等生物!!」
「申し訳ございません…」
知らねーよバカ。
人殺しのくせに説教すんな!
…と言いたいのはやまやまだが、今さら命を使ったシャークトレードに応じたくはない。
私は石に躓けば石を蹴り木枝に引っかかれば木を蹴る女だが、それは相手が殴り返してこないと知っているからできる事だ。
今はムカついてムカついてどうしようもなくても…本当にどうしようもない…。
強さという暴力を前に、ひたすらムカつきを抱えているしかできなかった。
「ふん…立て」
「…………………」
「赤錆。
未熟なのはいい。
傲慢なのもそういう生き物だから仕方あるまい。
だが愛を侮辱するのは許さん。
下等の都合で虚飾に堕とすな。
欲しくばお前から貴くなれ」
??????
なんかいい感じの話をしたつもりらしいが全く刺さらなかった。
とりあえず死地を脱した喜びと、なんでこいつに生死を左右されなきゃならねえんだというムカつきでいっぱいの頭は、結局お前がダメ女なのが悪いんだよ的なニュアンスの言葉を無敵時間ですり抜けた。
「そうそう…正しさなんかどうでもいいとも言ったな?
俺のチャーハンを食っても同じ台詞を吐けるか試してやる」
怒りを引きずらないタイプなのか、マスターはウキウキでキッチンへ行き、私の残りも再利用したチャーハンを自分で作り、私に振る舞ってきた。
それも確かに正しいと評するにふさわしい味のものを。
でも私には
『だったら最初からテメーで作れやボケ』としか思えなかったし、正直そんな自分が誇らしかった。
その後…掃除も洗濯も手の抜きどころがわかってきて、チャーハンに味がついた頃。
日課のモップがけ中、チリリンチリリン…と風流な鈴の音が聞こえてきた。
「なんだ?」
生活ルーティンが確立されると同時にそれに飽きはじめていた私は興味津々で呼び込まれ…アンティークな電話器のもとへたどり着いた。
なんだ電話か…っていうかこれレプリカの置物じゃなかったのか。
そうしてあっさりした謎に拍子抜けしてる間も鈴の音は続く。
…取らなければ。
だってメイドは私だけ。
電話応対の作法は全く知らないが…自前のスマホすら単文のやり取りばかりでどこを押せば通話終了なのかわかってないが…まあよかろう。
ここは支配者様の屋敷なのだ。
相手が地球上の誰であれ、少々尊大で傲慢なくらいでちょうどよかろう。
電話のそばに立ってから2ターン迷い、3ターン目でえいやっと取る。
「もしもし?」
《あなたのマスターに取り次いで下さい》
「あ、わかりました…」
応対は二言で終わった。
後で考えたらおかしいと思えるのだが、この時はなぜか仕事を全部終えた感覚に陥っていた。
「マスターお電話です」
「誰から?」
「さあ」
マスターが渋面で受話器を受け取ると、そこでようやく相手が何者なのか聞くくらいすべきだったと思い至った。
「俺だ。
……あっはハイ!
しっ、失礼致しました!」
そしてその思いもあっけなく霧散する。
もし暴走特急的な映画の特急列車が何の理由も説明もなく安全に各駅停車しエンドロールが流れてきたら誰しも言葉を失うだろう。
私にとって今がまさにそれである。
未だフィクション感の拭いきれぬ暴君王子がいきなり平サラリーマン化したのだ。
「はい…はい…はい。
はい!
承りました!
はい!
では失礼致します!」
下からの肯定と挨拶だけで会話を終えるマスター。
そのさまを見ていた私は、ついに弱点発見かとワクワクし始めていた。
「ええ〜誰なんですかぁ〜今のぉ〜?
ずいぶんおビビり散らかしやがってましたけどぉ〜?
上司とか〜?」
「上司ではない」
ワクワク終了。
当のマスターは先程の平身低頭を少しも恥ずかしがっていない。
もっと嫌がってくれよ…。
「上とか下とか、右とか左とか…そのような瑣末な次元の方ではない。
文字通り、高次の存在だ。
俺などお前と同等に見えてもおかしくない方なのだ…恐縮もする」
説明を受けてもまだ納得いかない。
納得するわけにはいかないのだ。
せっかく見つけた弱みらしき部分なのにこんなあっさり流されたら困るではないか。
私はさらに掘り下げた。
「ええ〜でもムカつきませんか〜?
どんだけの人か知りませんけど、マスターだって私にするみたく偉そうに相手したいんじゃないですかぁ〜?
おかしいと思いま〜す」
「???
下の者が下手に就いて何の不思議がある…?
あと、あの方は人間じゃないぞ」
「くっ…ホントにあっちが上なんですかねぇ〜?
マスターの思ってるくらいスゴイならテレパシーとかでピキュリリィンって会話できそうなもんですけど〜?」
「凄いから、こちらはあちらのやり方に合わせられんのだ。
だからわざわざ電話の形をとってくださったのだ」
ダメだ…手応え皆無。
根っから下っ端に抵抗がないようだった。
一言でも不満を漏らせばダブスタクソ下等生物とこきおろせたのに…。
「まあ口で語ってわかるものでもあるまい…特にお前にはわかるまい。
自分で確認してこい」
「へっ?」
「先方からの要望だ。
下等生物のメイドを貸せとな」
「ななななんで?」
「土産話に期待してるぞ」
「いいいいつ?」
「そのままでいろ。
あの方が万事整えて下さる」
マスターが言い終わると、私の意識が消し飛んだ。
………………………。
………………………。
………………………。
………………………。
「はうあっ!?」
覚醒した時、私は宮殿の入口に立っていた。
和風?
中華?
いやインド映画で見たような…?
わからん。
とにかく、地球の日本のそこらへんを歩いていた女の普通には含有されていないデザインなのは確かだ。
「どうも初めまして」
次の瞬間、慇懃な紳士が手の届く目の前に立ち、私に挨拶していた。
過去形だ。
なんでいつそうなったか?
わからん。
「おわわ」
紳士が私に背を、宮殿側に顔を向けると、私が空中浮遊した。
同じく浮遊した紳士がスイーッと前進していくのと等速でスイーッと進んでいる。
何なのだいったい?
さては私は前世から約束された異次元の戦士で秘められし天使と悪魔のハーフパワーが今
「違いますよ」
紳士が背を向けたまま否定。
…心を読まれている!?
…にしては色々説明不足すぎない!?
さっきから混乱してるんですけど!?
と、次々苦情を思い浮かべてみるも紳士は振り返りもしない。
完全無視。
「癖をつけて返したのではお互い不本意でしょうから」
無視についての弁解はあった。
…ただ…なんというか…文字数が少ない!
上位存在だからなのか、彼の言葉からは文字以上の意味が浸透してくる感じがする。
しかしそんな霊験あらたかなスーパーパワーと関係なしに態度だけでも私への無関心は明らかだ。
いや、あなたが呼んだんじゃないの…?
「私の先輩…と言ったら不遜ですかね。
この次元を監督する立場の方と世間話をしていまして。
衆生界の知り合いが餓鬼の救済に乗り出したのを観測した…とお伝えしたところ、その小鬼を見てみたいと仰られたのです。
お呼びしたのは私ですが、単なる使い走りです」
…………色々気になるけど…餓鬼とはまさか私の事だろうか。
「正確にはあなた含む地球人たちですね。
あなた方のように度し難い存在にも魔族は手を差し伸べてしまう。
実に彼ららしい愛着慈悲です」
餓鬼て。
言うに事欠いて…マスターといいこの人といい、どうしてこう上からなのだろう。
ちょっと上にいるからって…なぜ目線を合わせようという優しさが無いのだろう。
これこそ傲慢だろうに…。
「あなたはマスター君にチャーハンを食べさせた時、嘘でもいいから美味いと言え…と思いましたね?」
確かに思った。
というか感じた。
頭の中で言語化できていないモヤモヤした気持ちだったが、今教えられてスッキリした。
…で、それが何だと言うのか?
「それがあなたの本質なんですよ。
最高を定め目指す誇りが無く、紛い物の能しか持たず、何の修行も無く、紛い物に偽りの最高位を与えるよう求める。
真と最高は偽の横から下に位置して助けるべきなのだと…その歪曲を恥でも間違いでも我儘でもないと…他の万物が合力で顕して然るべき理なのだと、思考するまでもなく生まれつき備わった感覚で訴えている。
何を見、何を聞いても、偽と相容れぬものは断固拒む。
空でも色でも欲でもない偽の化身。
我のため無我を装う我の無我。
天上天下に唯我独尊なのではなく、唯我の偽に在るが故に独尊。
開眼に至らぬのではなく、開ける眼が無い。
宇宙を外から喰らわんとする口だけの怪物。
まさに家無し…おっと、つい億年分の愚痴が…。
すみません、滅多に無い機会なので盛り上がってしまいました。
簡単に言えば、あなたの『どうして』『なぜ』は永久に解けないという事です。
解く手段が有りませんので」
そこをどうにかなんとかできてこその上位存在だろ!
…と思ったが、紳士は私を巨大な扉の前に着地させると、移動中同様に背を向けたままさっさとどこかへ行こうとしていた。
言われた意味はわからんがとにかくバカにされたらしいのでムカついていた私は、考えるより先に声を出していた。
「じゃあ結局私はどうすればいいんですか!?」
「マスター君が月を指してくれます。
あなたはその指をしゃぶっていれば宜しい」
上位存在らしいと言えばらしいのか、非常にカッコつけた持って回った言い方だった。
もちろん意味不明である。
ただ、私に関する全てを諦めている印象が言外にみっちりと詰まっていた。
「はっはっは、あいにく私は諦めの悪さで有名でして。
礼を言っておきますよ。
あなたのお蔭で新しい地獄の構想が練れました」
それ絶対褒めてないよね?
心中で問いかけたが、紳士は一瞥もくれずスイーッっと去っていった。
紳士を見送って巨大扉を振り向くと、電動じゃない感じで自動で開いた。
ここまでの流れからしてデバッグ作業よろしく入室イベントを無視しても殺されはしなさそうだが、さすがに試したくなるほどひねくれてはいない。
素直に入る。
すると、気は優しくて力持ち的なガチムチマッチョが出迎えてくれて
〚ああそれだけ観え方だけだよ他は全部観えてる。
ムカつく?ハハハ僕のほうが上だからね仕方ないね!
おお良く来てくれた!
三次元を二次元へと落とし込む業だ…いやあ陳腐!
自己紹介…はやめとこう君が爆発したら直すのが手間だ。
爆発は爆発さ圧力は情報でも生まれるからね。
礼かぁ何がいいか神なら少しは役に立てって?
これは編集者様へのいい土産話になるぞうん雑誌じゃないよ僕の次元のだよ。
写真を撮らせてもらいたい。
さっそく要件に入ろう。
神というより…よそう爆発する。
そうそのポーズいいね!
見たまえよこれ。
よしありがとう満足した帰りは僕に送らせてもらうよ。
俯瞰というのははっきり言って退屈な1でね。
時々こうしてコンマ以下へ視線を移したくなるのさ。
運命の導きかなるほどラッキーカラーは紫だよ!〛
…………マッチョが出迎えてくれて…それから…何があったのかわからん。
いや違う…わからないんじゃない、整理できなかった。
部屋入りしてからの何もかもが無限にマッチョ主導だった。
彼が私の疑問に答えたから私の疑問が発生し、彼が礼を済ませたから私がグラドルポーズをとったような、時系列も空間も因果もあったもんじゃないハチャメチャだ。
はっきり理解できたのは紳士があれでも私に合わせてくれていた事、マッチョは最大限気を使ってなお私を爆死させかけている事、その強さが上からすぎてムカついた事くらいである。
………………………。
………………………。
………………………。
………………………。
「はうあっ!?」
降り注ぐ雨や雪の全部を同時に目で追ってみた経験はあるだろうか。
やってみるといい。
脳の処理能力に限界があるとわかる。
私は宇宙全体に降る雨を体ひとつに集められたような感覚の後、いつの間にか屋敷へ帰っていた。
「どうだった?」
目の前にマスター。
いつの間にか帰っていた…そう言ったばかりだが自信がなくなってきた。
壁掛け時計は行く前から1分も進んでいない。
ちゃんと計ってないからわからないだけで、実際は1ナノ秒と経ってない可能性さえありえる。
普通に考えれば単に気絶していただけだ…他の何でもなく。
ただし、目の前に魔族という人間の普通を破綻させる存在が立っていなければだ。
とりあえず聞かれた事に応えよう。
「ムカつきました」
「下等生物めが…」
「説教されて写真撮影会しました」
「どういう事?」
「さあ」
高次元?の経験はこの宇宙そのものが対応できない代物なのかもしれない。
プレステ5のデータをプレステ1では読み込めないような感じだ。
忘れまいと意識しても毎秒ごとにごっそり摩耗していく。
マスターの困り顔を見て優越感に浸っている間に九割方頭から消えてしまった。
「ひょっ!?」
軽い記憶喪失でぼやっとしてたらいきなり抱きしめられる。
背後に回した左腕でガッチリ腰骨を抱かれ、右手で後頭部をさわさわ撫でられた。
こっこんな昼間から…?
そう思っただけで蛇口をひねったみたく潤ってしまう。
自分で認めるのも忌々しいが、下の口は下の都合に正直である。
「………………」
…しかしマスターはそれ以上動かない。
慈愛の眼差しで真っ直ぐ私の目を見つめているだけだ。
私はクニャクニャになって内股でモジモジ困ってしまった。
やらないか…とは色んな意味で口が裂けても言えないのだから、やるなら早くしてほしい…。
「あ、あの…」
「うん?」
「なんで、見てるだけ…?」
「何か問題でも?」
「そうじゃなくて、なんでって…疑問です」
「万一お前を献上しろと言われたらどうしようかと恐れていた…。
無事帰ってきて安心したら、じっくり眺めておきたくなった」
ほーーーーーーん?
ふーーーーーーん?
これはチャンスなのではないだろうか。
「あれ〜?
代わりはいくらでも居るんじゃありませんでしたっけ〜?」
「知らない女の代わりならいた。
お前の代わりはもういない」
ぬっくく…!
手応え皆無!
マスターの視線はスピードと精密動作がウリな超能力の如く震えひとつおこしておらん!
下っ端に愛の告白まがいのセリフを吐き、それを当の下っ端にからかわれても何らダメージを受けていない!
「あ…え…あ、えっとえっと、あはは、そそそそれじゃあまるで私の事愛してる〜みたいな〜?」
「滅多な事を吐かすな。
愛だなんてとんでもない…まだまだ俺では遠い。
俺はただお前が欲しいだけだ」
ずっっっっと真顔で目合ったままこれである。
この調子では何を言っても人間基準の愛の告白が返ってきそうだった。
くそっ…どうしてこう強いんだこの人はっ…ムカつくムカつくっ…!!
たまには黙って負けろや!!
いや待てよ?
マスターは私を欲しがっている…つまりそうか私がマスターを欲しがってない事にすれば私の勝ちだ!!
うははははついに勝った!!
ついに魔族にマウントを取っあっちょっと待って今キスとかやめて…だめ…。
この日の夜、なんとなく紫の勝負下着で夜伽に臨むと大層盛り上がり、私は危うく腹上死するところだった。
その後。
魔族が支配してから1年も経つと、地球は呆れるほど平穏になった。
そりゃそうだ。
争ってたら殺されるのだから。
人間は国家も人種も宗教も性別も超えて手を取り合い始め、その協調の喜びは魔族への忠誠に変わっていこうとしていた。
なんて腑抜けどもだ。
私のように股を開けど心は閉ざす意気地は無いのか?
上に居るからって上から見てくる奴らに一泡吹かせたいと思わんのか?
なんだい、マスターや紳士やマッチョみたく下っ端に甘んじ…て…
…あれっ?
もしかしてこの構造に文句言ってるのって私だけ?
「そんなわけないよねえ、あげもち?」
主に問いかけられたチャウチャウ犬は、ひたすら尻尾を振り乱していた。




