第八章 「廃墟のオーディション」
アキラとの決別から数日。ノアはリーダーとして、リクとサラを率いて独力で活動を続けていた。だが、アキラという羅針盤を失った航海は、想像以上に困難だった。訓練は思うように進まず、焦りと不安が三人の間に重く漂う。アキラはといえば、プロデューサーを「引退」した言葉通り、彼女たちに一切口出しせず、ただ遠巻きにその姿を見つめているだけだった。その横顔には、再び“失うこと”を恐れる男の、昏い影が落ちていた。
そんなある日、拠点に予期せぬ来訪者が現れた。
鋼鉄のステージの噂を聞きつけ、各地の集落からやってきたという三人の少女たちだった。
「私たちも、《リバイブ》に入れてください!」
「あなたの歌を聴いて、希望が捨てられないって思ったんです!」
ボロボロの服をまといながらも、その瞳はきらきらと輝いている。彼女たちのまっすぐな憧憬の眼差しを受け、ノアはリーダーとしての責任の重さを、ずしりと痛感していた。この希望を、無下にはできない。
「……歌ってみて」
ノアは、即席のオーディションを開くことを決めた。
だが、結果は芳しいものではなかった。歌声はか細く、音程も定まらない。希望だけで、この命懸けのステージに立てるほど、世界は甘くなかった。
沈黙を破ったのはアキラだった。
「――そこまでにしろ」
彼の冷たい声に、少女たちの肩がびくりと震える。
「悪いが、全員を受け入れることはできない。食料も、物資も、そしてお前たちを守る戦力も、ここにはない」
アキラは、一人の少女を指差した。歌は一番下手だったが、瞳の奥に宿る光が、最も強かった少女だ。
「選ぶのは、一人だけだ。他は帰れ」
非情な宣告に、少女たちは泣き崩れた。ノアは、唇を噛み締める。アキラの判断が、この世界で生き残るための“正解”であることは分かっていた。だが、目の前で踏みにじられていく小さな希望を、どうしても黙って見過ごすことは許さなかった。
***
その一連の光景を、少し離れた廃ビルの上層階から、複数の双眼鏡が監視していた。旧世界の軍服を纏った、謎の一団だった。
一人が通信機に報告を入れる。
「……オーディションは終了。対象は、参加者の大半を切り捨て、一名のみを選抜した模様」
報告を受け、リーダーらしき男が冷静に呟いた。
「なるほど。異形を引き寄せるだけでなく、人を集める異常な求心力も併せ持つか。危険だが、利用価値は高い」
男は双眼鏡から目を離し、部下に命じた。
「歌姫本人と、指示を出していた男を最優先で確保しろ。選抜されたサンプルもだ。これは、兵器になる」
***
その夜。廃ビルの屋上は、冷たい雨に濡れていた。
ずぶ濡れのまま、ノアはアキラに詰め寄った。
「どうしてあんな酷いことをしたの! あんたには、あの子たちの希望が見えなかったの!?」
「見えていたさ」アキラは静かに答える。「見えていたからこそ、切り捨てた。全員を救おうとして、全員を失うのが最悪の結果だ。二十年前の俺が、そうだったようにな」
その言葉に、ノアの中で何かが切れた。
「……また、それだ」
彼女の声は、雨音に負けないほど、強く、鋭かった。
「あんたが守りたいのは、私じゃなくて、過去でしょ?」
その一言は、アキラが必死に築いてきた心の壁を、粉々に打ち砕いた。
セナを守れなかった罪悪感。再び同じ過ちを犯すことへの恐怖。彼はノアを通して、ずっと過去の亡霊と戦っていたのだ。図星を突かれ、アキラは言葉を失う。
ノアの瞳から、雨なのか涙なのか分からない雫が、頬を伝って落ちた。
感情の激流が、二人を襲う。怒り、悲しみ、そしてどうしようもないもどかしさ。そのすべてが飽和した瞬間、アキラは衝動的に動いていた。
彼は、ノアの震える肩を掴むと、強く、強く引き寄せた。
雨音と、互いの呼吸の音だけが響く中、初めて触れた身体は、あまりにも小さく、そして温かかった。
それは、慰めでも、愛情でもない。ただ、壊れそうな心を繋ぎとめるための、必死な抱擁だった。




