第七章 「沈黙の報酬」
鋼鉄のステージでの死闘から、数日が過ぎた。
《リバイブ》の拠点である廃ビルには、奇妙な光景が広がっていた。拠点の片隅には、生存物資が供物のように積み上げられていた。きれいな水、缶詰、燃料、そして貴重な医薬品。それらは、あの地獄の中で生き残った人々からの「報酬」だった。
「あんた達の歌が、争いを止めてくれた」
「化け物に襲われた時、あんた達が戦ってくれたおかげで、娘が助かった」
感謝の言葉と共に届けられる供物は、墓標のように積み上がっていく。それは、アキラがこの世界で最も価値があると信じてきたものだった。だが、彼はその光景を素直に喜ぶことができなかった。ビルの片隅では、リクが負傷者の治療に追われ、サラは瓦礫の下で親を失った子供を、ただ黙って抱きしめている。供物の山が高くなるほど、失われた命の重さがアキラの肩にのしかかった。
やがて、人々の意見は二つに割れた。
《リバイブ》を救世主と崇め、次のライブを懇願する者たち。
そして、彼女たちを「災厄の再来」と呼び、歌うことをやめるよう罵声を浴びせる者たち。
希望を求める声と、平穏を求める声。どちらも、この絶望的な世界で生き抜くための、切実な叫びだった。
アキラは葛藤していた。守るべきものは、明日を生きるための「命」か。それとも、死と隣合わせの「希望」か。プロデューサーとして、一人の大人として、彼はその答えを出せずにいた。
その夜、アキラは一人、ノアの音楽プレイヤーを調べていた。あの“共鳴現象”の正体を探るためだ。プレイヤーを解析するうち、彼は一つの録音ファイルを見つける。『REC』と記された、あの日のライブ音源。
再生ボタンを押す。スピーカーから流れてきたのは、ノイズの海だった。
ノアの歌声は、耳障りな静電気のようなノイズに覆われ、原型を留めていない。そして、ノイズの合間から、あの巨大ミュータントの呻き声に似た、低く歪んだ音が聞こえた。歌の記録が、異形の咆哮に浸食されている。まるで、歌が異形を呼び寄せたのではなく、歌そのものが異形へと変質していくような、冒涜的な現象だった。
「……なんだ、これは……」
アキラは得体の知れない恐怖に背筋が凍るのを感じた。これは、自分の知識でコントロールできる領域を、遥かに超えている。
「アキラ?」
いつの間にか、ノアが彼の背後に立っていた。彼女もまた、昼間の生存者たちの言い争いを見ていたのだろう。その表情には、これまでなかった大人のような葛藤の色が浮かんでいた。
「みんな、ただ生きたいだけなんだよね。怖いんだよね……」
彼女は、自分たちの歌がもたらした混乱を、理解し始めていた。
その成長が、アキラの決心を固めさせた。これ以上、この少女を危険な道に進ませるわけにはいかない。二十年前の過ちを、繰り返すわけにはいかない。
アキラは、プレイヤーの電源を切ると、ノアに静かに告げた。
「――引退しろ、ノア」
「……え?」
「《リバイブ》は解散だ。もう、お前は歌うな。これが、プロデューサーとしての、最後の命令だ」
彼は、「命」を選んだ。希望という名の不確かな光よりも、確実な生存という名の沈黙を。それが、彼女を守る唯一の方法だと信じて。
ノアは、アキラの言葉をゆっくりと噛み締めるように聞いていた。やがて、その瞳に宿ったのは、悲しみや絶望ではなかった。静かだが、決して折れることのない、強い意志の光だった。
「……分かった。あんたは、プロデューサーを引退していいよ」
彼女はきっぱりと言い放つ。
「でも、私が歌うのをやめる理由にはならない。あんたが止めるなら、私、もっと歌う」
そして、ノアはアキラに背を向けた。返事を待つことなく、廃ビルの闇の中へと、一人で歩き出す。
それは、守られることを拒絶した少女の、決別のための行進だった。




