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第三章 「スクラップ・ステージ」

まだ空が白み始める早朝。それが、ノアたちのレッスンの時間だった。澄んだ朝の空気の中で声を出すのは気持ちが良く、昼過ぎからのガラクタ漁りにも活力が湧く気がした。屋上での秘密のレッスンは、いつしか三人の日常の一部となっていた。ノアの声は、アキラの的確な指導のもとで、驚くほどの速さで磨かれていく。


「ライブをやろう」


レッスンを終えたノアが、リクとサラに告げた。

「はあ!? 正気か、ノア!」

スクリーマーの恐怖を知るリクが猛反対する。

「危険だよ……」

サラも不安げに俯いた。


「危険なのは分かってる。でも、あの歌を聴いた時、サラも『きれい』って言った。リクだって、聴き入ってた。この気持ちを、もっと誰かに届けたいんだ」


ノアの真剣な瞳に、二人は言葉を失う。彼女たちは知っていた。この錆びついた世界で、「やりたいこと」を見つけるのがどれだけ奇跡的なことなのかを。


作戦は決まった。リクの知識を頼りに、廃墟から使えそうな発電機とスピーカーを探し出し、修理する。場所は、見通しの良い中央広場。いざという時に逃げやすいからだ。


三人が部品を探して廃墟を巡るのを、アキラは少し離れた場所から眺めていた。彼は直接手を貸しはしない。だが、リクが配線の選択を間違えれば、「そんな細い銅線じゃ、火を噴いておしまいだな」とぼやき、ノアが高い場所に登ろうとすれば、「足を滑らせて死ぬのがオチだ」と吐き捨てる。その皮肉めいた助言が、三人を何度も危険から救った。


数日後。広場の中心には、錆と埃にまみれたスピーカーが二つと、巨大な発電機が鎮座していた。これが、彼女たちの「スクラップ・ステージ」だ。

噂を聞きつけたのか、広場の周りには数人の野次馬が集まっていた。ほとんどの者が物珍しそうに、しかし冷めた目で見ていたが、中には厄災前の世界を知る年長者だろうか、その歌声に僅かな懐かしさと痛みを滲ませる者もいた。


ノアは、アキラから半ば押し付けられた古いマイクを握りしめ、息を吸う。そして、歌い始めた。

スピーカーから流れる彼女の声は、まだ荒削りだが、魂が込められていた。それは、ただ生きるだけの日々に風穴を開けるような、切実な響きを持っていた。


それは、ただ生きるだけの日々に風穴を開けるような、切実な響きを持っていた。そして、ノアが歌に込めた想いが最高潮に達し、サビへと差し掛かった、その時。


地鳴りとともに、遠くから甲高い咆哮が聞こえた。廃ビルの窓から、路地の暗闇から、無数の異形がステージ目掛けて殺到してくる。


「ノア、歌うのをやめろ! 逃げるぞ!」

リクが叫ぶ。だが、ノアはマイクを握りしめたまま、動かなかった。その瞳は、逃げ惑う人々と、襲い来るスクリーマーの群れを、まっすぐに見据えていた。


「――それでも、私は歌いたい!」


叫びと共に、彼女は歌を続けた。その声は、恐怖を振り払うように、前よりもずっと力強い。

その姿に、アキラは炎の中ですべてを失った、あの日の悪夢を重ねる。


「……チッ」


舌打ち一つで過去の亡霊を振り払うと、アキラは柱の影から飛び出した。彼は、歌い続けるノアの前に立ち、迫りくるスクリーマーの一体を、手酷い一撃で沈黙させた。


「プロデューサーの仕事はな、ステージを守ることだ……!」

自嘲するように呟き、アキラは叫んだ。

「 歌え、ノア! お前の声が止まるまで、ここは俺が守る!」


アキラの言葉に、ノアの声がさらに熱を帯びる。彼女の歌声が最高潮に達した瞬間、アキラが庇うように持っていた古いマイクが、誰にも気づかれず、一瞬だけ淡い光を放った。


死闘の末、最後の一体にアキラが振り下ろした鉄パイプの鈍い打撃音が、広場に響き渡る。それを最後に、広場には耳鳴りのような静寂が戻った。


発電機は壊れ、ステージは見るも無残に破壊されている。張り詰めていた糸が切れ、ノアの膝が崩れ落ちた。死の恐怖と、守られた安堵と、やり遂げた高揚感が一気に押し寄せる。彼女の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。


ノアはよろめきながらアキラに駆け寄り、その胸に顔を埋めて、子供のように泣きじゃくった。

アキラは、自分に必死にしがみつく少女の頭に、ためらいがちに手を置く。その声は、不用で、けれど確かな温度が籠っていた。


「お前、馬鹿だな」


「……知ってる!」


胸に顔を埋めたまま、ノアは嗚咽混じりに叫んだ。

その声は、初めてのライブを終えたアイドルの、最高のアンコールのようだった。

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