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『終末のシンデレラは、ガラクタのマイクで夢を見る』 ―今日のライブの成功報酬は、きれいな水と缶詰一個!―  作者: トムさん


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第一章 「沈黙の街で」

風が吹き抜けるたび、錆びついた鉄骨が悲鳴のような音を立てる。かつて《摩天楼》と呼ばれたビル群は、見る影もなく赤茶けた骸となり、黙して天を突いていた。文明がその性急な歩みを止めてから、二十年。世界は緩やかに、だが確実に死に向かっていた。


アキラは、崩れかけた高架道路の影で、今日の寝床を探していた。背負った袋の中には、わずかな水と、今日の成果である銅線が数本。三十五歳になった彼の顔には、諦めと疲労が深く刻まれている。生きるために廃品を拾い、拾った残骸で明日を繋ぐ。それだけの毎日だった。


(あの厄災の日から、何もかもがガラクタになった。俺の人生も、この世界も)


「……チッ」


込み上げる苛立ちに任せ、アキラは足元の瓦礫を蹴った。思い出すのは、いつだって厄災の日のことだ。光、熱、絶叫。そして、すべてを飲み込んだ沈黙。あのステージで輝くはずだった“彼女”の笑顔も、熱狂するはずだった観客の声も、すべてがガラクタになった。音楽プロデューサー、アキラ。そんな肩書は、この世界では生存の役に一つも立たない、最も無価値なガラクタだった。


その時だった。ガサリ、とすぐ近くの瓦礫の山が動く。アキラは咄嗟に身を隠し、腰に差した鉄パイプに手をかけた。盗賊か、それとも縄張りを主張する獣か。息を殺して視線を送ると、そこにいたのは一人の少女だった。


歳は十六、七といったところか。着込んだ服は汚れ、しなやかな手足には無数の傷がある。だが、その動きには一切の無駄がなかった。瓦礫の隙間を縫うように進む姿は、この錆びついた都市で生まれ育ったことを雄弁に物語っていた。


少女は何かを探しているようだった。やがて、ひときわ大きく積み上がった瓦礫の山にたどり着くと、その下を覗き込む。そして、慎重に、しかし力強く瓦礫を一つ、また一つと取り除き始めた。


(物好きもいたもんだ)


あんな場所には、ろくな廃品は残っていない。アキラは興味を失い、踵を返そうとした。


――カチリ。


乾いた音が響く。アキラが振り返ると、少女が何かを手にしていた。平たい箱型の機械。表面にはひび割れたガラスが嵌っている。厄災前の遺物――音楽プレイヤーだ。アキラの脳裏に、忘れたはずの記憶がノイズのように過る。


少女はそれを不思議そうに眺め、表面を指でなぞった。すると、奇跡が起きた。ひび割れたガラス面にかすかな光が灯り、ノイズ混じりの音が流れ出したのだ。


『♪――――』


それは、歌だった。

アキラが、この世界が、とうの昔に捨て去ったはずの、ただの音の羅列。

だが、少女は違った。


その瞳が、大きく見開かれる。唇がかすかに震え、音の出どころであるガラクタを食い入るように見つめている。警戒心に満ちていた顔から、一切の感情が抜け落ちていた。生まれて初めて聴く“魔法”に、魂ごと奪われたかのように。


やがて曲が終わり、再び沈黙が訪れる。

少女は、はっと我に返ると、壊れ物を扱うようにプレイヤーを胸に抱いた。そして、今まで気づかなかったかのように、アキラの存在を捉える。


「……あんた、今のも見てたのか」

少女――ノアの声は、砂のように乾いていた。

「見てたな」

アキラは隠すこともせず、億劫そうに答える。

「……よこせ」

「断る。これは私が見つけた」

ノアは一歩も引かず、アキラを睨みつける。その瞳の奥に宿るのは、純粋な好奇心と、かすかな熱。アキラがかつて、ステージに立つ少女たちの瞳に何度も見てきた光だった。


「そいつはガラクタだ。何の役にも立たない」

「ガラクタじゃない」

ノアは、アキラの言葉を鋭く否定した。

「これは……すごい。心が、ぞわぞわする」


その拙い表現に、アキラは思わず鼻で笑いそうになるのを堪えた。心が、ぞわぞわする。言い得て妙だった。かつて自分も、たった三分の楽曲に心を揺さぶられ、人生のすべてを捧げたのだから。


ノアはアキラに一歩踏み込むように歩み寄ると、手の中のプレイヤーを突き出した。

「なあ。これを、教えて」

「……は?」

「使い方じゃない。これだ。“歌”ってやつ。あんた、知ってる顔をしてた」


無邪気な、あまりにも無垢な願いだった。この、食料ときれいな水こそがすべてである世界で、歌を教えろ、と。

アキラの心の奥底で、凍りついていた何かが、きしりと音を立てた。溶けかけた氷の下から、黒い泥のような感情が顔を出す。後悔、罪悪感、そして喪失の痛み。


「やめておけ」

吐き捨てるように、アキラは言った。

「歌なんて、クソの役にも立たん。腹も膨れないし、ミュータントも倒せない。そんなものにうつつを抜かすな。この世界では、夢を見る奴から死ぬ」


それは、ノアに言っているようで、自分自身に言い聞かせる言葉だった。

アキラは背を向け、今度こそその場を立ち去る。これ以上、この少女と関わるのはごめんだった。忘れたはずの過去を抉られるのは、もうたくさんだ。


「……待って!」


背後から声が飛ぶが、アキラは足を止めなかった。脳裏には、炎に包まれるステージと、助けを求めるように伸ばされた“彼女”の手が焼き付いていた。


――プロデューサー、聴こえてる?


違う。あれは幻聴だ。

アキラは歩みを速める。錆びついた風が、彼の耳元で、まるで鎮魂歌のように低く、長く、鳴り響いていた。

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