第3話 お見合い相手は幼馴染
2人が婚約者の関係になったのは、6月上旬の事だった。
「瑛くん、ここってどう解けばいいの?」
「そこは式を因数分解してxを求めて…」
瑛哉と優樹菜は、いつも通りその日に出された宿題を、分からない所は教え合いながら協力して終わらせていた。
7月ほどでは無いが、クーラー無しだと少し汗ばむほどには暑い時期。
まだ大丈夫だろう、という学校側の判断によってクーラーは機能していないため、2人はハンディファンや下敷きを使って暑さを凌いでいた。
「そういえば、最近見合いはどうなんだ?」
「えーっとね…先月は5回、今月はちょうど今日も予定が入ってるから3回かな。
瑛くんは?」
「俺は先月6回、今月は3回だな」
「お互い多いよね〜」
「ホントな…昔から続く家だからって、古臭い因習を続ける必要はないってのに。
…でも、遊びを覚えて身の軽い奴と関わる前に、早く相手を見つけろってことなんだろうな」
課題が一区切りついた2人は、ペンを置いて下敷きやハンディファンで暑さを和らげつつ、名家ならではの事を話す。
白瀧家と神白宮家には、古い家訓がある。
それは、“婚約できる年になるまでに、夫婦となる相手を見つけること“というものだ。
瑛哉と優樹菜…特に瑛哉は本家の長男である為、18になるまでに相手を見つけなければならない。
そのため、両家では月に数回お見合いが行われ、相手を決めようとしているのだが…2人はそれらを悉く断っている。
「相手を見つけるって言っても、初対面の人と生涯を共にしたいなんて普通思わないよ。
まだ相手が同世代ならわかるよ?
でも、お見合い相手のほとんどが30代や40代のおじさまで、しかも私は二の次っていう人か、体目当ての人が多いし…」
「まあ無理だろうな。
うちはまだ若い人が多いけど、権力が欲しいですって顔に書いてる人ばっかりだ。
一応隠してはいるけど、隠すならもっと上手く隠せっての」
「そういうことも含めて、今の時代お見合いは無理だって言ってるのに…お祖父様をはじめとして中々引き下がらないんだよね〜」
「うちもだ。 婚約者を見つけるまでは家督を譲らないつもりらしい」
「「はぁ…」」
2人揃って大きな溜め息をつく。
家族や家が大事なのは、瑛哉も優樹菜も同じ。
親を安心させたいという気持ちもあるし、何より継がなければ家督争いが起きかねない。
だからこそ、両家の大人達は自分の子供達に継いで欲しいと思っているのだ。
「…あっ、いい事思いついた」
「どうした?」
半分ほど諦めの思考をしていた瑛哉とは対照的に、何かを思いついたような声を出した優樹菜。
俯いていた瑛哉が顔を上げると、優樹菜は顔に小悪魔のような、からかうような笑みを浮かべていた。
「もし、私達がお見合いの場で相手になったらさ。 婚約者にならない?」
「はぁ!?」
あまりにも突然な、そして衝撃の提案に、瑛哉はつい声を上げてしまう。
「声が大きい〜。 他の人にバレちゃうよ?」
「原因は優樹菜だろ…で、何がどうなってその提案が浮かんだんだよ」
「まず、私達ってまだ婚約相手決まってないでしょ?」
「そうだな」
「で、お見合いしても、相手は初対面の人だし、家の権力欲しさに結婚しようとしてくる人が大半でしょ?」
「あまり言うのは憚られるけどな」
「ならさ、初対面じゃなくて、権力に固執しなくて、同世代の相手なら、まだ候補にはなるって思わない?」
「…確かに。 でも、候補すら飛び越して婚約者っていうのは───」
「私、昔から気持ちは変わってないよ?」
瑛哉の言葉を遮るように、そう切り出す優樹菜。
顔は依然としてからかいを含めた笑みだったが、その声は優しく、それでいて真剣だった。
「…わかった。 ま、親たちが仕組んだりしない限り、そんなことはないだろうけどな」
「じゃあ決まりだね♪」
「とりあえず、休憩はこの辺にして、さっさと終わらせるぞ」
「は〜い」
瑛哉が折れて賛同すると、優樹菜がにこっと笑う。
そんな事が起こるはずがない、そう思いつつペンを持って問題に視線を移すと、2人は再び課題に集中し始めた。
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「じゃあな、優樹菜。 また明日」
「うん、また明日ね。 瑛くん」
課題を終わらせて家の前まで歩いた2人は、言葉を交わして自分の家の鍵を開ける。
扉を開けて中に入ろうとすると、瑛哉は優樹菜が横目で見てくるのを感じた。
「また明日、ね」
家に入っていく幼馴染の横顔を見つつ、優樹菜はそう呟く。
家の中に入っていくその顔には、何かを企んでいるような、妖しい微笑みが浮かんでいた。
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「帰ったか、瑛哉」
「ただいま、爺ちゃん」
鍵を閉めて靴を脱ぐと、奥から1人の老人が歩いてくる。
白瀧厳時。
瑛哉の祖父にして、白瀧家の先代当主だ。
現役時代は白瀧家の発展に貢献し、世界的にも影響力のあった人物である彼だが、現在は家督を息子に譲って隠居生活を送っており、こうして瑛哉の帰りを出迎えている。
ちなみに、現当主である瑛哉の父と母は共働きのため、今はこの家にはいない。
「帰ってきて早々じゃが、伝えねばならん事があっての」
「…まさか」
「察しはついとるようだな。 今日この後、見合いの予定が入った」
「先に言ってくれよ…」
「お前のことだ。 どうせすぐ断るつもりなのだろう?」
「まあ、そうだな」
「ずっと断っておったら、成人までに相手が見つからんと思っての。
せめて顔合わせだけでもと密かにお相手と計画しておったのよ。
言うておくが、今から断ることはできんからな?」
「…はぁ、流石にドタキャンはしねぇよ。 とにかく会えばいいんだよな?」
「うむ」
瑛哉が溜め息をついて了承すれば、厳時は返事に満足したのか「それで良い」と言わんばかりの表情で頷く。
「部屋で着替えてくる」と言い残し、瑛哉が面倒くさそうな顔で自室へ向かおうとすると、厳時が口を開く。
「そう、会うだけ良いのじゃ」
「爺ちゃん、何か言った?」
「いいや何も。 儂は下に居るからの」
「わかった」
厳時が何かを呟いたように聞こえた瑛哉が振り返ると、厳時は何も言っていないとはぐらかす。
その言葉を聞くと、瑛哉は特に気にもせず2階にある自室へと向かった。
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「てるくん! 一緒に遊ぼ!」
「うん!」
太陽が照りつける公園で、2人の子供が手を繋いで歩く。
幼い頃の瑛哉、そして優樹菜である。
「でも何するの?」
「うーん…お砂遊び! おっきいトンネル作ろ!」
「じゃあ僕砂集めてくるね!」
「優樹菜はお水持ってくる!」
無邪気に笑い、協力して砂場にトンネルを作っていく2人。
時には遊具で遊んだり、時にはびしょびしょになるまで水遊びをしたり。
この頃の2人は、毎日が楽しくて仕方がなかった。
そう、この頃までは。
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「…寝てたのか」
見合いの準備を済ませた瑛哉は、椅子に座ったままいつの間にか眠っていた。
「懐かしいな…」
夢に出てきたあの光景。
何も気にすることなく優樹菜と遊べたあの頃を思い出し、しみじみとした表情を浮かべる瑛哉。
本当は、今でもあの頃のように、他人の目を気にすることなく笑い合いたい。
しかし、お互い成長した今、それができる状況では無くなったのだ。
「あの頃は、名家出身ってだけで、ここまで関わられなくなるなんて思わなかったな」
人前で関係を隠す理由。
それは、白瀧家と神白宮家、両家共に名の知れた名家である事だった。
小さい頃ならば、子供だからという理由で特に気にすることもなく過ごす事ができた。
だが、成人が近づき、家督継承の時が近づいた今、昔のように仲良くしていれば、変な噂を立てられかねない。
もし、それが家にまで影響が出た場合、色々と面倒な事になるのだ。
そのため、中学に上がってからというもの、人前での接触を避けてきた。
「(ま、そろそろ時間だし着替えるか)」
時計を見ると、お見合いが始まる時間の30分ほど前を示している。
家の品性の為、そして相手方に失礼がないようにする為にも、瑛哉は正装に着替え始めた。
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30分後。
お見合い相手が到着したという連絡を受け、正装に着替えて髪型も整えた瑛哉は、気が進まないまま会場に入る。
ちなみに、服装は白のワイシャツにダークネイビーのスーツを羽織り、青と水色のストライプ柄のネクタイをつけている、といった感じだ。
「…は?」
お見合いの場となる和室に入ると、座布団の上に座る女性を見るなり困惑の声を漏らす瑛哉。
服装や髪型が変わっていようと、分からないはずがない。
何故なら、お見合いの相手が、一番見知った顔なのだから。
「ふふ、来ちゃった♪」
驚きを隠せない瑛哉の顔を見て、くすくすと笑う少女。
今回のお見合い。
その相手は、他の誰よりも共に過ごしてきた人物、神白宮優樹菜だった。