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そんぷーし先生  作者: 太川るい
そんぷーし先生1
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3 一灯塾の危機

 いつものように塾に入ると、村夫子先生が奇妙な動きをしていた。


 手を振り回したり、一人でくるくる回ったり、とにかく変なダンスらしき動きをしている。


「先生、それなんですか」


「これか! これはな、合気道というものだよ」


 そう言いながら先生は奇妙な動きを続けている。


「武道か何かですか? 」


「いい質問だ! 」


 村夫子先生は動きながら答えた。


「この合気道はルーツを調べた時、渥美市周辺にとてもゆかりの深い武道だと分かったんだ。甲州武田家伝来、かの有名な東洋のバリツにも比肩しうるほどの体術で……」


 村夫子先生の一人講釈が始まったが、そこから先の話はよく覚えていない。


 ひとしきり先生が奇妙なダンスを続けながら話し終えると、ようやくこちらを見てくれた。息が少し荒くなっている。


「ハア……ところで一号、来る時に何か気付かなかったかね」


 にやりとしながら先生が言う。若干気持ち悪い。


「何かありましたか」


「外に出て、ドアのまわりをよーく見てみたまえ」


 そう言われて出てみると、確かに昨日までなかったものが増えている。


 ドアの横に、さっきは気付かなかったが、立派な木の看板が掛かっていて、そこに毛筆の字で「一灯塾」と書かれていた。


 中に入ると、まだ先生はにやにやしている。


「看板だよ看板! もしここが道場なら、これでいっぱしになったというもんだ! 」


 先生はとてもうれしそうだ。ひそかに準備していたのだろう。


「看板もいいですけど、せっかく外から見える窓があるんですから、そこに文字でも付けたらどうですか? 」


 私はそう提案した。


 そう、この建物、教室はほとんどの壁が本棚で埋まっているが、一面だけ窓がある。そこに紙でも貼って塾であることをアピールすれば、塾生も増えるのではないだろうか。


 しかし村夫子先生は首を振った。


「そんな趣のないことは駄目だ、風情が感じられない! 」


「趣って……」


 そんなことを言ってるから、この塾には人が集まらないんじゃないんだろうか。少し、意地悪を言いたい気持ちになった。


「道場なら、道場破りが現れて看板を持っていかれちゃうかもしれませんね」


 意外とこの言葉は、村夫子先生に動揺を与えたようだ。


「え、縁起でもないことを言うな! 」


 村夫子先生がなんだかおびえている。ちょっと面白い。




 ピンポーン




 玄関のベルが鳴った。


「はーい」


 村夫子先生が玄関に向かった。




「失礼します」


 すらりとした長身の、銀縁眼鏡をかけた男の人が中に入ってきた。歳は、村夫子先生と同じくらいだろうか。身に着けているスーツや腕時計はいかにも高級そうだ。


「今年度からこの地区の塾長になりました。風波(かざなみ)と申します。以後お見知りおきを」


 さわやかな笑顔で、自信に満ち溢れている。


「久しぶりですね、藤村さん」


 風波さんは村夫子先生の方を見た。口ぶりからして、先生の知り合いなのだろうか。


 先生は風波さんの姿を見た時から、ずっと黙ったままだ。


 そんな村夫子先生の態度を気にもせず、そのまま風波さんは教室の中の本棚をじっと眺めはじめた。


「相変らず、すごい本の数ですねえ」


「……何をしに来たんだ」


 ようやく先生が口を開いた。表情は依然として暗い。


 風波さんは振り返った。先程と変わらず、笑顔は崩さないままでいる。


「着任の挨拶も兼ねて、渥美市内の他塾さんに挨拶まわりをしているところです。これから、どうぞよろしくお願いします」


 風波さんは、ちらりと私の方を見ながら話を続けた。


「塾生は、これで全部ですか? 」


「それは……」


 村夫子先生が言葉に詰まる。


「せんせー、こんにちはー」


 亮太くんが入ってきた。視線が彼に集まる。


「一人なわけ無いだろう、二人だ! 」


 風波さんが呆気にとられている。しばらく村夫子先生の顔を見ていたが、やがてこらえきれないというように失笑した。


「失礼しました。塾生はお二人ですね。ご立派な実績です」


 一息ついて、風波さんは腕にしている高級時計をちらりと見た。


「長居をしてしまいましたね。そろそろ、おいとまします」


 帰りがけ、ドア横に掛けてある看板を風波さんはまじまじと眺めた。


「一灯塾ですか。こんな時代錯誤の看板まで掲げて……。ああまでしてやりたかったことがこれなんですね。ま、せいぜい頑張ってください」


 バタンと戸が閉まる。村夫子先生は拳を握りしめ、ずっと扉の方をにらみつけていた。


「………一号」


「はい」


「一位だ」


「はい? 」


「学年一位だ! 一灯塾を馬鹿にしたこと、心の底から後悔させてやる! 」




 そこから一位を取るべく、村夫子先生との特訓が始まった。


「まず、学校でもらっているワーク、全部出しなさい」


「分かりました」


 机の上に、持ってきたワークが積まれていく。


「今回は前期中間だから、芸術科目はやらなくて大丈夫だな。まずはこの五教科ワークの、テスト範囲を三周しなさい」


「先生、まだテスト範囲が出てません」


「そうか。それじゃあ各科目の先生の名前と、いまそれぞれの授業でどの単元をやっているか教えてくれないか? 」


 それぞれの科目の状況を伝える。


「よしよし、それじゃあひとまず指示するワークの範囲を三周していてくれ。後の準備は私がしておく」


「はい」


 積みあがったワークを、亮太くんがまじまじと眺める。


「こんなにやるのか。大変だな。頑張れよ! 」


「何を言っているんだ二号、君もだぞ! まずはワークを三周だ! 」


「うへー」


 亮太くんも学校のワークを完璧にこなすことを求められ、テスト一か月前からワークにかかりきりだった。


 まず学校のワークはすべて三周する。それでも間違える問題は更に四回目、五回目と何回も解く。それに加え、学校で取っているノートをもとにオリジナル問題を作成して何度も解いたり、様々な参考書から作成した予想問題集にも取り組んだ。


「いいか、この地区の定期テストは学力テストや入試なんかと違って、どんな問題が出るか、ある程度対策が立てられるんだ。後はその出る内容を、精度を高めた状態までいかに身に着けられるかが勝負になってくる。事前の情報収集と一点でも多く取ることにこだわる姿勢が、勝敗を分けるんだ」






 カリカリとシャーペンを走らせる音だけが響く。亮太くんもまじめに勉強している。村夫子先生お手製の日の丸ハチマキが気に入っているようだ。


 私はふと、先日の出来事について先生に聞いてみる気になった。


「そもそも、あの風波っていう先生は村夫子先生とどういう関係があるんですか?」


「ん? 」


 話しかけられた先生が、学校のワークから顔を上げた。


「大学の後輩なんだよ。前の会社でも一緒だった」


「前の会社……」


「ああ、私はもともと習練会にいたんだ」


「えっ、そうなんですか⁉ 」


 こともなげにいう村夫子先生に、私は驚きを隠せなかった。


「どうしてやめちゃったんですか」


 うーん、と村夫子先生は天井を見上げながら考えている。


「まあ、色々あったんだよ。そんなことより、ワークの内容を口頭で確認してあげよう」


 分かりやすく、はぐらかされた。あまり触れられたくない話題なんだろうか。私もそれ以上深くは聞くことが出来ずに終わった。




 集中していたからか、テスト対策期間中の時間はあっという間に過ぎて、いよいよテスト当日になった。


 教室に入る。初めての定期テストに、みんなやや緊張しているようだ。


 先生が教室に入り、問題用紙と解答用紙が配られ、テスト開始時間が近付く。教室がシンと静かになる。


「それでは、はじめてください」




 テストが始まった。




 持てる力はすべて出し切った。対策しておいた問題も、かなりの確率で的中しており、心の中で村夫子先生にそっと感謝をした。




 数日後、待ちに待った成績発表があった。


 先生に手渡された通知表を緊張しながら開く。そこには「前期中間テスト77人中1位」と書いてあった。


 1位の文字を見た瞬間、私は全身の血が沸き上がるような感じを覚えた。


「やった………! ! 」


 言葉にならないほど、うれしい。私ははしゃぐ自分を抑えるのに必死だった。


「よく頑張ったね。今回は一位が二人いたんだよ」


 担任の先生がこっそり耳打ちしてくれた。


「一位が二人……」


 もう一人の子は誰だったんだろうという疑問は、数日後に解決した。




 後日、新聞の折込みで入っていた習練会のチラシには、こんなことが載っていた。


「西陵中1年生、1位獲得! トップ10のうち6人が習練会生! 」


 塾に行くと、早速村夫子先生がチラシのことに触れてきた。


「おお、一号か。今朝のチラシは見たか? 」


「はい、もう一人の一位って、習練会の子だったんですね」


 ああ、と先生がうなずく。


「習練会もなかなかやるな。こっちもうかうかしてられない。この一位、譲るんじゃないぞ」


 村夫子先生がまっすぐこちらの目を見つめる。


「はい! 」


「せんせー、俺もほめてくれよ」


 横から亮太くんが村夫子先生をつつく。


「ああ、二号もよく頑張ったな。四月のお迎えテストのあの点数から、驚異的な伸びっぷりだったぞ! 」


「へへ、まあな」


 亮太くんは、少し照れくさそうに笑っている。


「今日は大変な成果で二人とも頑張ったことだし、お祝いだ。皆で何かおいしいものでも食べに行こうか! 」


「俺、寿司のポセイドンがいい! 」


「よしよし、連れて行ってやろう」


「「やったー! 」」






「……同率一位ですね」


 夜も更け、誰もいない事務所の中で、風波重晴はそう呟いた。


 目の前のパソコンには、塾生たちの点数が入力された表が映し出されている。


「あの女の子、なかなかやりますね」


 風波は以前一灯塾に行ったときに見かけた少女のことを思い出していた。長い髪を束ね、口数の少ない子だったが、秘められた強さを感じた。


「……次は勝ちますよ、藤村先輩」


 風波が目を向けた先には、一枚の写真があった。


 たくさんの子供たちが写っている。何かの集合写真のようだ。そしてその中には、子供たちと一緒に笑顔でカメラに笑いかける、村夫子と風波の姿も収められていた。

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