51話 敗北
里見さんが去った後、俺たちの間に微妙な空気が流れていた。里見さんの動きに目が追いつかなかったネリネは驚愕の顔をしていた。俺の背後では黒いオーラを発している人物が複数名。
「みな兄、今チューした!?敵とチューしたの!?急にするものなの!?ロマンチックなの!?」
意味わからん。
「湊先輩。私は信じていたのに…。」
ごめん…。
「ミナト君目の前に来られた時点で何か行動は出来たでしょうになにをすんなりキスされてるんですかされたかったんですか?もし今のがキスではなくナイフだったらどうするんですか?死んでますよ死ですよ死。ホント何油断してるんですかもっと危機感を持ってくださいよ。」
こえーよ、ミル。
ポチとの激闘を制した俺たちは道の真ん中で立ち尽くしていた。結果から見たら相手は逃走、俺たちの勝ちでいいはずなんだが、最後の里見さんの行動を止めることの出来なかった俺たちは敗北感に打ちひしがれていた。それにしてもキスか。柔らかかったなぁ。
「先輩?何かデレデレしていませんか?そんなに嬉しかったんですか?サイテーです。」
「まさかミナト君わざとキスされたんですか?それならそうと私のミナト君の見方が変わります。敵ですよ敵?わかってますか?命懸けの死闘の後になにやってるんですか。」
「みな兄の不潔!エッチ!」
「ちょっと待て!わざとじゃないから!不意の行為で俺も動けなかっただけだから!」
みんなからじーっと見られる。わざとじゃないのに!俺だってみんなと一緒で動けなかっただけだから!
「まったく、みな兄ったらデレデレしちゃって!普通なら泥水で口を洗うとこだよ!」
「そんなことするやついねーよ!」
と、その場でへたった座り込む俺。もうやだ疲れた。
「まぁ、元気だしなよ我が契約者様。アレは私から見てもしょうがなかったと思うよ?それにたかだか接吻くらいで目くじら立てすぎだよ、みんなは。」
スーリアが剣のまま慰めてくれる。ありがとうスーリア。やっぱり持つべきものは契約者だな!
「私にも見えなかった。魔力の気配はなかったから元々の脚力だというの?どんな鍛錬を行えばそんなことが…。」
ネリネがポツリと呟いた。ネリネは俺のキスなど気にしていない様子だ。それよりも今の里見さんの動きの方が衝撃だったようだ。
「里見さんの動き見えなかったよ。とてつもなく早かったな。ネリネ見切れそう?」
「…。」
「ネリネ?」
「…ええ、ごめんなさい。ちょっと考え込んじゃって。今の私では見切れないわね。彼女のことは目を離してなかったのに、私の横を通ってミナトの前に来た。とても信じられない速さよ。」
ネリネも認める里見さんのスピード。俺も全く見えなかった。遠くに見ていた里見さんが急に目の前に現れた。それこそミルの言うとおり、ナイフが斬りかかられてたら俺は死んでいただろう。命の危機が去ったことをありがたむところかもしれない。
「とりあえず、みんな。ここにいてもしょうがないから家に帰ろう。そこで色々話そう。」
みんな頷いてくれた。そこからとぼとぼと帰路についた。
家についてからもみんなのテンションは上がらず、ちょっと暗い雰囲気が漂っていた。それもそうだ。ポチには勝ったが里見さんには完全敗北だ。俺は気分を変えようとお茶をいれた。みんなの分を入れてテーブルに出す。
「今日は修行どうする?いつも通りやるか?」
俺がみんなに問いかける。それに反応したのはネリネだった。
「いえ、今日は魔力も使ったし休みましょう。消耗した状態で行うのはリスクがあるわ。」
そういうことらしいので今日の修行はお休みだ。
「それにしても、あの里見?さん。怖かったね。直接対峙してないのに、腰が抜けちゃったもん。私こんな経験初めて。泣いちゃうかと思ったよ。」
「ひより、ごめんな。俺がしっかりしてたら怖い思いもさせなかったのに。」
「ううん、みな兄が悪いんじゃないよ。悪いのは里見さんでしょ。あんなに私たち…いやネリネさん達を敵視してたんだもん。どうしようもないよ。」
「あの里見という人。私とネリネちゃんをお邪魔虫扱いでしたねー。ミナト君に媚びる女とでも思われたんでしょうか。心外です。ミナト君はそういう対象ではないというのに。」
「まぁ災難と言えば災難だよな。一緒にいるだけでああだもんな。嫉妬深いというかなんというか。」
俺とネリネ、ミルはそういう間柄ではない。仲間だ。恋愛感情はそこにはない。でも里見さんからすると俺と仲睦まじくしてる相手に見えたらしく、今回襲ってきたようだ。勘違いも甚だしい話である。
「私とひよりのことも知ってるみたいでしたね。先輩と一緒にいるところも見られてるってことですよね。いつどこで見られてるかわからないのも怖いですね。」
ひよりと桃花のことも話題に出していた。今回は嫉妬の対象にはならなかったようだが、今後はわからない。
「今後どうするか。俺といる限りみんなに被害が及ぶなら俺とみんな距離を置いた方がいいかもしれないが…。」
「ミナト。それはダメよ。相手に負けたと認めるようなものよ。剣士としてそれだけはしたくないわ。まだ直接相手したわけではないもの。勝機はあるはずよ。」
「そうですよ、ミナト君。あんないけすかない女なんかに負けてたまるかってんですよ。私たちはまだ、負けてません。それにミナト君を一人になんてさせません。仲間じゃないですか。私たちは。」
ネリネとミルはそう答えてくれた。冒険者として先輩の二人はどうも負けず嫌いらしい。それに俺のことを大切な仲間だと思ってくれている。それなら俺も弱気なこと言ってる場合じゃないよな。
「なら俺たちがすることは一つだよな。里見さんが現れても負けない!今度こそ里見さんを倒す。そうしないと俺たちに安心は来ない。」
里見さんは脅威だ。いつどこで仕掛けてくるかわからないから常に警戒していないといけない。そんな相手をいつまでも放置しておくわけにはいかない。今後周りにも被害が拡大するかもしれない。そんなことさせてたまるか!
「里見さんは強い。倒すためには修行をしなくちゃな。なぁ、今の修行より早く強くなる方法ってないのか?悠長にやってる時間もないと思うんだ。」
「そんな方法があるならとっくに試しているわ。今の方法が強くなるのに最も早い方法よ。魔力コントロールを覚えるのが一番の近道よ。」
「そうなんですよね。もっと効率よく修行できればいいんですけど中々そういうのってないんですよね。魔法の修行は地道にやってくしかないんですよね。」
やっぱり近道はないみたいだ。ゆっくりやっていくしかないのか。するとそこまでペンダントの中にいたスーリアが姿を現した。その目はいつになく真剣な眼差しをしていた。
「湊。短期間で強くなる方法ならあるよ。」
スーリアがそんなことを言った。言っているのは俺たちが今欲していることだった。
「すぐに強くなる方法があるのか?」
「ある。私の剣の持ち主がたまに行う特殊な方法がある。それを行えば短期間でも力をつけることができる。」
そんな方法があるのであれば是非ともやりたい。今俺たちには時間がない。
「そんな方法があるならもっと早く言ってくれればよかったのに。そうしたら今にも実力が変わってたかもしれないのに。」
「言わなかったのにはわけがあるのさ。修行にはリスクが伴う。内容はとても難しいわけじゃないが少し難しい。もし修行に失敗したら死ぬ。だから今まで言わなかったんだ。普通の修行なら死ぬ確率は低いからね。私としても湊に死んでほしくないから提案しないでおこうと思ってたんだけど、状況がかわったからね。教えておこうと思ったんだ。」
失敗したら死ぬ。その言葉が俺に突き刺さる。いままで死ぬような状況は何度かあった。その度に切り抜けてきた。だが今回はどうだ。里見さんが明確にこちらに殺意を向けている以上、それを撃退する必要がある。それなら俺がやることは決まってる。
「死のリスクがあるから、やるもやらないもの湊やみんな次第だけどどうする?やるかい?」
「俺の答えは決まってる。やるさ。どうせこのままでは里見さんに勝てないんだ。ならリスクを背負ってでも俺はやる。やって里見さんに勝つ!」
「そうね。私もやるわ。負けっぱなしは主義じゃないの。やらせてもらうわ。」
「私も本来なら遠慮したいところですが、今回ばかりは別です。あの悪女呼ばわりした女をけちょんけちょんにしたいですからね。やりましょう!」
俺たち三人の答えは同じだった。今回の敗北はよほど悔しいようだ。
「私もやるよ。みんなが戦うのに私だけ見てるだけなんて嫌だ。」
「私も。人より魔力が多いならきっとお役に立てるはずです。」
「二人はやめておいた方がいいかな。魔力を使い始めてまだ間もないし使える魔法もたいしてない。そんな状態で行っても死ぬだけだよ。」
スーリアがキッパリとひよりと桃花に言う。確かに二人はまだ駆け出しすぎる。死ぬかもしれない修行は受けさせたくない。
「スーリアの言うとおりだ。お前達はお前達でできることをするんだ。それがきっと一番いいはずだから。」
「みな兄…。」
「湊先輩…。」
ひよりと桃花には危険なく過ごしてほしい。それは先輩である俺の望みだ。
「スーリア頼む。俺たちに修行をつけてくれ。」




