3話 ネリネ
オオカミ男達を倒した女性がこちらに近づいてきた。この世界に来てから初めて遭遇する人。自分の絶体絶命のピンチを助けてくれた人。いや、まだ味方と決まったわけじゃない。モンスター?を倒したかっただけで俺を助けたかったわけではないかもしれない。まぁ、そこは置いといたとしても、言語が通じるかどうかが心配だ。異世界転移の恩恵何もなかったけど、どうにか言語だけは通じてほしい。お願い!
「大丈夫?怪我はなかった?」
女性が優しい声で話しかけてくれた。やった!言葉がわかる!助かった!
「大丈夫です!助けて頂いてありがとうございます!」
「それならよかったわ。ごめんなさい、私が取り逃がしたウルフのせいで危険な目に遭わせてしまって。」
あの化け物はウルフというらしい。ゲームに出てくるまんまのネーミングだ。わかりやすい。
「それにしても、街の外にいるにしては随分身軽な格好をしているわね。武器も持っていなさそうだし、服も見慣れない物だし。」
「それが気づいたらここから近くの石の建物の場所にいました。自分でもよくわかってないんですよね。ここってどこなんですか?」
「ここは、ラークー街の近くよ。一体どこからきたの?」
「日本、又はジャパンって言われるところからなんですけど、知ってますか?」
「いいえ、知らないわ。」
この真っ当そうな人が嘘をつくとも思えないし、本当にここは地球ではないみたいだ。わかってはいたがショックだ。
「まるで神にイタズラされた人みたいね」
「神のイタズラ?」
聞き慣れない単語が出てきた。この世界には神でもいるのだろうか。神様がいるんだったら、今からでもいいのでチート能力下さい!いや、家に帰してください!
「神様がいたずらで人を攫って、どこか違うところへ連れて行ってしまうんですって。昔のおとぎ話みたいなものなんだけど、本当にあるのかもしれないわね。」
とジーッと見つめてくる。こんな美人に近くで見つめられるとすごく照れてしまう。ひより?比べるだけ失礼だ。
「いくあてがないならついてくる?ちょうどそのウルフ達で最後だから。」
「いいんですか!?凄く困ってたんで助かります!」
前のめり気味に答えた。いきなり飛ばされてきた異世界ですぐに親身になってくれる人に会えるなんてこんなに幸運なことがあるのだろうか。俺はついているかもしれない!まぁ異世界に飛ばされたのは不運かもしれないけど。
「じゃあ一緒に来て。ラークー街に戻るから。モンスターが出ないとも限らないから、私から離れないでね」
「了解です!ってあんな化け物他にもいるんですか…?」
「この辺りではそんなに多くはないわ。ウルフの集団が現れたっていうから、私たちのような冒険家達が狩りに出て来たから。1体1体は弱くても集団だと厄介なのよね。」
歩きながらお姉さん剣士は話してくれた。重そうな剣を2本腰に下げているが歩く姿にブレがない。軽装の俺と歩くスピードがほぼ変わらない。むしろちょっと早い。普段から相当鍛えている人なんだろうなと予想する。
「お姉さん、お名前なんていうんですか?俺は湊。片桐湊と言います。」
「私はネリネよ。カタギリミナト、変わった名前ね。」
「湊って呼んでください、ネリネさん。俺の周りの人はみんなそう呼ぶんで。」
「わかったわ、ミナト。よろしくね。私も、さんはいらないわ。」
笑顔でそう言われるとドキドキしてしまう。俺はお姉さん属性に弱かったんだなと今わかった。
ネリネと一緒にラークー街を目指して歩く。目指している方向は、俺が歩いてた方向と一緒なので間違えていなかったことに安堵する。
「その鏡を触ったら遺跡の中にいたのね?」
道中、今までの経緯をネリネに話した。元の世界に帰るヒントがないかと思い話した。
「そういった鏡の話は聞いた事ないわね…。ごめんなさい。私では力になれそうにないわ。」
「そうなのか…。」
そう簡単に情報が得られるとは思っていなかったが、やはりショックだった。本当に俺は元の世界に帰れるのだろうか。お家に帰りたいなぁ。
「でも、世界にはまだまだ知られていないことも多いの。私も学のある方じゃないから、知らないことも多いし。魔法使いとかならそういうのに詳しいかも!だから帰る方法もきっとあるわよ!」
俺がショックを受けたのを察したのか、ネリネが励ましてくれている。ネリネって見た目通り優しい性格なんだな。帰る方法は地道に探すしかないのかもしれないな。
「ほら、見えてきたわ。アレがラークー街よ。」
しばらく歩いて前に見えたのは、石の壁だった。見渡す限り壁が続いており、1箇所だけ大きな扉が付いている。そこで中に出入りできるようになっているようだ。扉の方へ近づくと、
「ネリネ!ようやく帰ったか!」
と、大柄の男がこちらへやってきた。背丈は2メートルに届くだろうか。大きな斧を背負った筋肉隆々の強面な男だ。斧がなくとも敵を倒せそう。
「遅くなってごめんなさい、クラース。ウルフを数体取り逃がして探していたのよ。でも安心して!全部のウルフは討伐したから!」
「まぁ、ウルフ程度に遅れをとるネリネでもないわな。んで、気になってたんだが後ろの坊主は誰だ?」
この歳になって坊主って言われたのは初めてだ。でもこの人から見たら坊主って言われてもしょうがないかも。デカさが違うよデカさが!
「俺、湊って言います!ウルフに襲われているところをネリネに助けてもらいました!迷子でもあったんで、この街に連れて来てもらいました!」
「というわけで、この子について話がしたいのだけれどこの後時間ある?」
「ネリネで討伐に出ていたのは全員帰って来たからな。ギルドに報告した後なら大丈夫だ。いつものトコでいいか?」
「わかった、待ってるわ」
と、クラースと呼ばれた大男は去っていった。この後あの人を交えて話し合いをするらしい。元の世界に帰る手段があるならそれに越したことはないが、そうなる可能性は薄い気がする。そうなると今後の俺の生活の仕方について相談することになるかもしれないから気を引き締めなくては。やっぱりキツイこともしなきゃダメだよなぁ。
「じゃあミナト、ついて来て。待ち合わせ場所に行くから。」
ラークー街の中を歩く。街並みは石造りの建物が多く、まだ日が暮れていないせいか道に人が多くいる。活気に溢れている街だと思った。すれ違う人達を見るに、俺の知る人たちとは違って、色んな服装で色んな人達がいた。耳の長い人や鼻の長い人、頭の上に獣の耳がついている人や尻尾の生えている人等、漫画に出てくるような人たちが多かった。驚くのは失礼だと思い普通の顔してたけど、内心はすげーびっくり!恐竜みたいなのが馬車引いてたりもしてる!馬車って言っていいのか知らんが。俺ホントに異世界に来たんだなぁ。
「ここが待ち合わせ場所よ。私が使ってる宿でもあるの。」
と、目的地についたようだ。着いた店はかなり大きい建物だった。造りは他の建物と同じように石造りで、3階建てになっているようだ。1階は外からでも分かるくらい、人の声で賑わっている。建物の上に看板が立っており文字のようなものが彫ってある。だが、読めない。言葉は通じるけど、言語は読めないようだ。読み書きは勉強しないといけないかも。
ネリネに連れられて中に入る。1階は酒場になっているようだ。酔っ払ってる人たちで溢れんばかりだ。その中で空いている席にネリネと座る。
「さっき会ったクラースも、すぐに来ると思うわ。それまではゆっくりしてましょ。」
「そのクラースさんってどういう人なの?凄く迫力があったけど。」
「ふふっ。見た目はあの通り怖いけど優しい人よ。私も初めてこの街に来た時はお世話になったの。」
「ネリネってこの街に住んでたんじゃなかったんだ。」
「私は旅をしているの。ちょっと探している物があってね。ラークー街にいるのも、旅の途中なの。」
てっきりネリネはラークー街に住んでいるものだと思っていたが、違ったようだ。
「飲み物を頼んでくるわ。飲みたいものある?」
「何があるかわからないから、オススメで!」
「わかったわ。待っててね。」
ネリネが飲み物を頼みにいってくれた。ここで俺は大きくため息をついた。今日1日色々なことがあった。朝はいつも通りにひよりや桃花と登校していたはずなのに、いきなり変な鏡に巻き込まれて異世界にいるんだもんな。その異世界でいきなりウルフに襲われて、そこをネリネに助けられ、街まで連れて来てもらって…。ホントに色んなことがありすぎだろ…。助けてもらえたことは本当に幸運だった。ネリネが来てくれていなければあの場でウルフの餌になっていただろう。そう考えるとゾッとした。
「持って来たわよ。ってどうしたの?深刻そうな顔してるけど?」
「なんでもないなんでもない!飲み物飲ませて!喉乾いてしょうがなかったんだ!」
考えていたことをかき消すように、ネリネから貰った飲み物を飲んだ。今はなる様にしかならないから前向きにいよう。
「あー、美味い!初めての味だけどさっぱりして飲みやすい!」
「喜んでもらえたなら何よりだわ。疲れているみたいだったからお酒よりジュースにしたの。良かったかしら?」
「お酒は飲んだ事ないからジュースでよかった!」
柑橘系の味のするジュース、ちょっと癖になりそう。さっそく異世界で好きな物を見つけられたぞ!
「オボの実って果物から作られたジュースなの。いろんな地域でとれて美味しいから人気の果物よ。」
オボの実か、覚えておこう。
「ネリネは何飲んでるの?お酒?」
ネリネも同じ色の飲み物を飲んでいるけど器が違う。なんとなくだけどお酒な気がする。
「私はオボのお酒よ。普段はあんまり飲まないけど、今日はウルフ退治成功を祝してね!」
どの世界でも祝杯ってのはあるもんなんだね。お酒も興味あるがお酒は20歳から!今は我慢我慢。