◆第三話 《器用貧乏》の本領発揮
というわけで。
私――マニャウェルは、ライレオ、シフォン、キミカゲと共に、とあるダンジョンを訪れていた。
「本当に良かったんですか? 正式には、まだうちのメンバーではないんですから、先輩にここまでしていただく必要は……」
「いいの、いいの」
申し訳無さそうな表情を浮かべるライレオに、私は微笑を返す。
自分でやると決めた事だ。
こんな私でも、少しでも彼等の助けに、支えになりたいと、そう思ったから。
さて――私達の目の前に聳え立つのは、廃城跡。
『クロックハート城跡』と呼ばれるダンジョンだ。
廃城跡がダンジョン化しモンスターの根城となった場所で、難易度は中の下程度。
今回、私達が受諾したDランク任務は、この『クロックハート城跡ダンジョン』で起こっている謎の現象を調査せよというもの。
曰く――『最近、このダンジョンを訪れた冒険者が姿を消し、行方不明になる』という事案が複数発生しているそうだ。
「中ランクダンジョンですからね、冒険者やパーティーが力試しに訪れる事も多い場所です。だから、運悪くモンスターの餌食になってしまう、なんて事も少なくはないと思いますが……中には、CランクやBランク冒険者の行方不明者も出ているそうです」
「なるほどね……もしかしたら、厄介な何かが住み着いている可能性も――」
「遅くなってごめーん! 準備完了しましたー!」
そこで、装備を終えたシフォンと、それを手伝っていたキミカゲが馬車から降りてやって来た。
「おお……改めて、やっぱり体が大きいね、シフォン」
「えへへ」
シフォン君は、頑強そうな甲冑を纏った姿をしている。
手には戦棍を持っており、正にジョブ《重騎士/白魔道士》という名に恥じぬ格好だ。
「マニャウェルさん、安心して下さい。何かあったら、僕が壁になりますから」
「ふふっ、頼りにしてるよ」
しかし……動く度にガッチャン、ガッチャン、と音を立てる姿は、なんだか機動人形を彷彿とさせるなぁ……。
なんて事をぼんやり考えていたら、後ろに立っていたキミカゲに体がぶつかってしまった。
「あ、ごめんね、ボウッとしてて」
「………」
振り返り謝る……が、キミカゲはジッと虚空を見詰めたまま動かない。
「あ、あれ? キミカゲ?」
「………」
「ああ、これは停止しちゃってますね」
そこで、ライレオが困ったように笑う。
「ほら、さっき自己紹介の時も言いましたけど、キミカゲは女性が苦手で、体が触れたりすると高確率で『状態異常―硬直』が起こってしまうんです」
「え! 比喩とかじゃなくて、実際に状態異常が起こるの!?」
なんという特殊体質。
直立したまま小刻みに震えているキミカゲを見るに、本当に『状態異常―硬直』が起こっている様子だ。
「すいません、硬直が解けるまでもうちょっと時間を置きましょうか」
「あ、ううん、私のせいだから、私に任せて」
そこで、私はキミカゲに指先を向け、自身の持つスキルの一つを発動する。
「《正常化魔法Lv.1》」
キミカゲの体に、ふわっと光が降り注ぐ。
硬直が解け、キミカゲの体がガクンと動いた。
「ごめんね、キミカゲ。今度から、ちゃんと気を付けるから」
「あ、ああ……」
硬直の解けたキミカゲは、むしろそんな事よりも、驚いたように私に目を向けてくる。
「あんた……《緑魔道士》だよな? 《正常化魔法》が使えるのか?」
「うん」
《緑魔道士》と言えば、基本的に強化を中心とした支援系魔法を使ったり、《使い魔》を使役するスキルを扱うジョブだ。
けれど、私は才能《器用貧乏》により、様々なスキルを覚えられる。
「【ヴィザールの靴】にいた頃、覚えられるスキルは片っ端から覚えてたんだよ。どんな時でも役に立てるように」
「……そうか、凄いんだな」
目をパチクリさせ、キミカゲは純粋にその言葉を発してくれた。
嬉しいけど、大袈裟だな。
所詮、どれもLv.1のスキルだよ。
「よし。じゃあ、そろそろダンジョンに向かうとしよう」
そんな私達のやり取りを、どこか満足そうに眺めていたライレオが、探索開始の合図を放った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
事前の打ち合わせ通り、私達はそれぞれの役割に基づいたポジショニングを取り、『クロックハート城跡ダンジョン』を進んでいく。
斥候は《シーフ》のキミカゲ。
素早い動きで先行し、危険が待ち構えていないか確認してくれる。
前衛は《サムライ》のライレオ。
防具の少ない動きやすい軽装で、油断無く周囲を警戒しながら進む。
その後に中衛のシフォンと、支援の私が続く。
「……!」
ダンジョン内を、しばらく進んだ時だった。
先行していたキミカゲが、何かに気付き、その場から一気にバックステップを踏んだ。
同時――天井から、巨大なモンスターが彼のいた地点に落下してきた。
「《ロングレックスパイダー》だ!」
「音が全くしなかった……こいつ、個体値が高い方だ。厄介だぞ」
ライレオが刀を抜き、横に立つキミカゲが盗賊ナイフを構える。
彼等の目前には、地面から樹木のように伸びる八本足……その遙か上空に小さな胴体を持つ蜘蛛型のモンスター、ロングレックスパイダーの姿があった。
「気を付けて、ライレオ、キミカゲ! ロングレックスパイダーの足は危険だよ! 振り上げたら、頭上から槍が降ってくると思って対処して!」
「了解!」
「……りょ」
私の助言に、ライレオとキミカゲは素早く応えてくれた。
【ヴィザールの靴】にいた頃なら、こんな事言えば「口うるさい小言」「臆病者」「俺達が負けると思ってるのか?」「すっこんでろ」なんて誹られたものだけど……。
「……よし」
私も、戦いに参加しないと。
見た目通り、ロングレックスパイダーは脚が長く、本命である胴体に攻撃が当てにくい。
脚自体も強靱だ。
弱化させて、体勢を落とさせるのが効率的。
シフォンの後ろに隠れながら、私は所持している状態異常魔法系スキルを発動する。
「《麻痺Lv.1》!《転倒Lv.1》!《催眠Lv.1》!《鈍化Lv.1》!《微毒Lv.1》!《目潰Lv.1》!」
全てLv.1の初級スキル。
先程キミカゲが言った通り、このロングレックスパイダーは個体値的に高レベルな感じがする。
Dランク冒険者のLv.1魔法スキルなんて、まともに当てても効果は薄いだろう。
けれど、一度に複数、状態異常魔法を重複させれば処理が追い付かず……どれか一つくらいはクリティカルで効果を発揮できる!
「ギ、ギィィ……」
ロングレックスパイダーの頭部から、歯ぎしりのような音が発生する。
ガクンと足が折れ、まるでうたた寝するように体を地面に落とした。
やった! 《催眠》が効いた!
「今だよ、総攻撃のチャンス! ライレオ! シフォン! キミカゲ!」
「はい!」
「は、はい!」
「……りょ」
私の掛け声と同時に、ライレオとシフォンが動く。
ライレオの振るう刀の一閃が、シフォンの振り下ろしたメイスの一撃が、キミカゲの突き立てたナイフが、ロングレックスパイダーの体に叩き込まれる。
無防備状態への大ダメージ――その攻撃だけで、ロングレックスパイダーは動かなくなった。
「凄い! ロングレックスパイダーをこんなに素早く倒せるなんて、みんなすご――」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
「そんな事よりも、まず先に……!」
あれ? せっかくロングレックスパイダーを討伐できたのに、シフォンとキミカゲが凄い勢いでこっちに来る。
「マニャウェルさん! 今、何をしたんですか!? なんだか一瞬でいくつもデバフ魔法を使ったみたいに見えたよ!?」
「あ、うん。覚えてる状態異常魔法を、片っ端から。あ、でも、全部Lv.1だよ?」
「正常化魔法だけじゃなく、状態異常魔法も……? あんた、一体幾つスキルを持ってんだ?」
「ははっ、そりゃ驚くよな」
そこで、興奮状態の二人の後ろから、ライレオが優々とやってくる。
なんでちょっとドヤ顔風なんだろう。
「俺も、先輩の履歴書を読ませてもらった時は驚きました。“97個”。先輩が今所持している、スキルの数です。合ってますよね?」
「え? う、うん」
「きゅ……97?」
「いや……スキルなんて。持っていても4つか5つくらいが相場じゃないのか?」
「私には、《器用貧乏》っていう才能があってね。だから、幾つでもスキルを覚えられるんだ。まぁ、Lv.1より上には成長できないんだけど」
私が言うと、キミカゲとシフォンは更に目を丸める。
「……才能持ちかよ」
「それにしても、97個なんて持ちすぎですよ」
「役立たずなりに、役に立ちたかったから」
【ヴィザールの靴】では、基本的な雑用仕事を始め、皆がやりたがらないような作業は全部私がやっていた。
任務では皆がやりやすいように、一番力を発揮できるように、サポートできる力を片っ端から身に付けた。
「全く成長しない才能……《器用貧乏》は、そういう為にあると思ったから」
「……いや、さっきの戦闘。どう考えてもあんたがいたから、あそこまで圧勝を納められた」
自虐的に語る私に、そこで、キミカゲが言う。
「うん。サポートなんて、とんでもない。むしろ、マニャウェルさん中心の戦いだったよ」
うんうん、と、シフォンが頷く。
「先輩は、役立たずでも何でもない。少なくとも俺達にとっては、圧倒的に頼れる実力者で……努力の人です」
ライレオが真っ直ぐ言う。
………。
なんて、良い子達なんだろう。
「あ! せっかく倒したんだから、早くロングレックスパイダーの剥ぎ取りを終わらせちゃお!」
何だか泣きそうになったので、私は誤魔化すようにそう言って、ロングレックスパイダーの方に向かう。
「――!」
そこで、私は見た。
ロングレックスパイダーの影に隠れ、何かが動いたのを。
“それ”は、私の視線に気付くと、素早い動きで床の上を移動していく。
「みんな! そっちに行った!」
“それ”は、“影”だった。
一見は、床の上に落ちた黒いシミのように見える。
そのシミが、床の上を高スピードで移動しているのだ。
「シフォン! 捕まえて!」
「え、え!?」
やって来た影に、シフォンが慌てて飛び付く。
「わぁっ!」
しかし、影に躱され、シフォンは重い甲冑のまま床の上に倒れた。
「キミカゲ、ごめん! 借りるね!」
その間に、私はキミカゲの持つ盗賊ナイフを拝借し、遠ざかっていく影に向かってナイフを投擲した。
「《影縫いLv.1》!」
そして、スキルを発動。
ナイフが刺さった影は、その場に縫い付けられたように動けなくなる。
「キ、キィィィ!」
その瞬間、影の中から黒い人型の上半身が姿を現わした。
「こいつは……」
追い付いたライレオが、刀を構えながら瞠目する。
「先輩、これはまさか……」
「うん、冒険者蒸発の謎も、これで解決かもしれないね」
起き上がったシフォン、キミカゲ、そして私もライレオのもとに合流する。
「これは、影モンスターの《ダークストーカー》」
ダークストーカーは影の中に潜行し移動するモンスター。
そして、特殊なスキル《影沼》を持つ。
影の中を通る形で壁や床を通過し、別の空間に移動する事ができる。
その能力を使い、ダークストーカーは冒険者や他のモンスターを攫ったり、落とし穴のように罠に掛けたりするのだ。
「ダークストーカーか……さほど強力じゃないが、この『クロックハート城跡ダンジョン』では存在が確認されていなかったモンスターだ。どこからか移住してきたのか……」
「もう少し、調査を進めよう」
私は、《影縫い》によりその場から動けないまま暴れているダークストーカーに、指先を翳す。
「《洗脳Lv.1》」
ピタ――と、ダークストーカーの動きが止まる。
「あなたが、獲物を攫った後に連れて行く部屋、そこに繋がる穴を開けて」
「………キ」
レベル1の《洗脳》では大した命令はできないが、《影沼》の能力を発動させる事くらいは可能だ。
ズズッ……と広がった影の穴。
私は更に《エコロケーションLv.1》で、向こう側の空間に危険が無いことを探り……ダークストーカーの影に飛び込んだ。
「よっと」
空間を跳び越え、やって来たのは薄暗い部屋。
おそらく、地下室だろうか?
「ここは……地下?」
『クロックハート城跡ダンジョン』の地下階層のどこかかな?
ここに引きずり込んでたんだ……。
「先輩、大丈夫ですか?」
私に続き、キミカゲ、シフォン、ライレオも《影沼》を通ってやって来る。
「見て」
私は三人に、部屋の隅に積み重なった人骨の山を指し示す。
「……犠牲になった冒険者達か」
骨の山から冒険者タグを拾い上げ、ライレオは呟く。
「調査依頼は、これで達成だな。冒険者蒸発の原因はダークストーカーによる拉致、及び捕食」
「よかった。後は戻ってギルドに報告書を提出すれば……」
「ああ、俺達のDランク継続は確定だ」
シフォンへと言うと、ライレオは私の方に振り返る。
「ありがとうございます、先輩。先輩がいてくれたお陰で、驚く程簡単に依頼をこなすことができました」
「いやいや、私はそんな」
「……本当にその通りだ」
そこで、キミカゲが私に言う。
どこか興味深げに、ジッとこちらを見ながら。
「あんた……【ヴィザールの靴】の頃は、斥候をやってたのか?」
「え?」
「さっきのスキルの使い方、判断、どれも熟練の斥候の動きだ……専門的にやってたとしか思えない経験と知識に裏打ちされた行動の数々だった」
「ハハッ、珍しいなキミカゲ。自分から女性にグイグイ行くなんて」
茶化すライレオ。
「うーん、別に斥候に限った事じゃないんだけど……」
一方、私はキミカゲからの質問に答える。
「必要とあらば、後方支援もするし、場合によっては中衛や、前衛にも出るし」
「……は?」
「それに、今みたいな仕事は【ヴィザールの靴】の頃は雑用だって言われてたから。ああいう探索や謎解きも、ほとんど私に投げられてたかな」
「……雑用?」
「【ヴィザールの靴】のみんなは、戦って戦果を上げることにしか興味が無かったから」
「………」
私の話を聞いたキミカゲは、なんだかちょっと不機嫌そうな目になる。
「……言っちゃなんだが、【ヴィザール】の奴等はどれだけ無能だったんだ」
「キミカゲ、言葉が悪いよ!」
慌てて、シフォンがキミカゲを注意する。
「……すまない、もう脱退したとはいえ、昔の仲間を悪く言って……」
「ううん」
私は苦笑しながら首を振る。
そうハッキリ言ってくれて、ちょっと心が楽になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、依頼はこれでほぼ完了。
私達は、ダークストーカーの《影沼》を通って元の場所へと帰ろうとしていた。
その時だった。
「あ、見て」
シフォンが、部屋の隅に宝箱を発見した。
開けられた痕跡はない。
「この部屋は、まだ冒険者に到達されていない隠し部屋だったのかもしれないな。宝箱の中は、まだ手つかずだろう」
ライレオの言葉に、私も同意する。
「見せてみろ。ここまで良いところなしだ……《シーフ》らしい仕事をさせてくれ」
キミカゲが宝箱の前に座り、解錠の作業に取り掛かる。
そして、ものの数秒後――。
「開いたぞ」
宝箱が開いた。
中から出てきたのは……。
「これは……スキルブックだね」
現れたのは、三冊の本だった。
スキルブック。
特定のスキルに精通する知識やノウハウの書かれた呪文書であり、特殊な効果が付与されている。
この本を開けば、それだけでそのスキルを取得できるアイテムだ。
「凄い! スキルブックはレアアイテムだからね。ギルドに提出すれば、高価格で換金してくれるよ!」
喜ぶ私の一方、ライレオも、シフォンも、キミカゲも何やら思案顔になっている。
どうしたんだろう? と、思っていると……。
「シフォン、キミカゲ、いいか?」
「うん、僕は全然」
「……俺も文句無い」
ライレオが、三冊のスキルブックを私へと差し出してきた。
「え?」
「ここまで来られたのは先輩のお陰です。これは、今回の報酬にもらってください」
「そんな……こんなレアアイテム、しかも三つも、もらえないよ」
「俺達にとっては、任務達成ができてパーティーランクを継続できた、これ以上の成果はありませんから」
もらって下さい――と、ライレオは譲らない。
「あ、ありがとう……」
私は、スキルブックを受け取る。
(……念の為、《鑑定Lv.1》)
……うん、少なくとも偽書の類いじゃない。
ちゃんとしたスキルブックだ。
「……報酬、か」
【ヴィザールの靴】にいた頃は、報酬の分け前なんて当然、ほとんど無かった。
こんなレアアイテムをもらった事も、初めてだ。
「………」
受け取った三冊のスキルブック……取得できるのは、《忍足》、《錆落とし》、《パリィ》……か。
全部、まだ持っていないスキルだ。
ギルドに提出すれば、結構な換金額になる。
ギルドを通さず、市場に流せばその何倍にもなるだろう。
……でも。
(……やっぱり、ダメだな私)
そんな欲求よりも……『このスキルを持っていれば、いつか彼等の助けになれるかもしれない』……そんな思いが一番強く頭に浮かぶ。
私は、《影沼》を通って元のフロアへ帰還を始める三人の目を盗み、スキルブックを開いた。
《忍足Lv.1》、《錆落としLv.1》、《パリィLv.1》、三つのスキルが体に刻まれる感覚。
役目を終えたスキルブックは、消滅する。
(……そういえば、私の所持スキルは97だったから……これで100か)
そう思った瞬間だった。
私の視界が突如――光に覆われた。
目前に、発光する窓枠のような長方形と、その中に浮かぶ神々しい文字列が発生する。
「へ?」
そこには、こう書かれていた。
『おめでとうございます。所持スキル数が合計100を突破したため、才能《器用貧乏》が《器用大富豪》に進化しました』
「……へ?」
気付くと、その謎の窓枠も、光の文字も消えていた。
「先輩、どうしたんですか?」
ライレオに呼ばれる。
どうやら、今の現象、彼等には見えていなかったようだ。
私は「ううん」と返し、彼等に続く。
何……今の?