◆第二話 【三日月の剣】
目が覚めると、私はベッドの中にいた。
「ええと、ここは……」
確か、自分は昨夜、酒場で飲んだくれていたはず……。
家に帰って来た記憶が無い。
あんなにお酒を飲んだのは初めての事だったから、加減が分からず悪酔いしてしまったようだ。
……そもそも、なんで深酒なんかしたんだっけ?
「……ああ、そうだ」
【ヴィザールの靴】をクビになって、追い出されたんだ。
で、冒険者ギルドのルインさんに奢ってもらって……。
「あれ?」
だとしたら、おかしい。
【ヴィザールの靴】の拠点を追い出されたのだから、今の私は帰る場所が無い状態だ。
よく見れば、このベッドも、というか部屋も、見覚えの無いものである。
ここは、どこ?
「記憶が無いだけで、ちゃんと宿屋に宿泊してたのかな……」
私は、まだ頭痛の残る頭を抑えながら、部屋を出る。
ドアを開けると、そこはリビングのような広間になっており、大きなテーブルが中央に置かれている。
その近くで、一人の男性が掃除をしていた。
ハタキを持って家具の上に溜まった埃を取っている。
身長はかなり高い――多分185㎝以上あるだろう。
一方、クリーム色のくせっ毛の下の顔は、穏やかで優しそうな顔立ちをしている。
彼は、私の方を振り返ると、パッと笑顔を咲かせた。
「あ、おはようございます。朝ご飯、ご用意しましょうか?」
「……ご」
どこからどう見ても、宿屋じゃない。
むしろ、普通に人の家という感じだ。
サァーと、頭が冷たくなる。
もしかして……。
もしかして、私……。
「ごめんなさい! 私、酔っ払ってて、もしかして勝手に家の中に侵入しちゃってました!? す、すぐに出て行きますので!」
「え? え? いや、あの、大丈夫ですよ?」
「あ、いや、一晩泊めてもらっちゃったわけだし……宿泊代出します!」
「お、落ち着いて下さい。リーダーから事情は聞いていますから……」
「おい、うるさいぞ、シフォン」
そこで、リビングと繋がっている私の寝ていた部屋とは別の部屋のドアが開いた。
現れたのは、また別の住人。
頭部を黒いフードで覆い、口元を黒いマスクで隠した男の人だ。
彼は、フードの下……金髪の前髪の隙間からジトッとした目をこちらに向ける。
「せっかく人が気持ち良く寝てるっつぅのに……」
「おはよう、キミカゲ。リーダーのお客様だから、失礼な態度はダメだよ」
「……ん?」
キミカゲと呼ばれた黒フードの青年は、クリーム色の髪の青年――シフォンさんから、私へと視線をずらす。
そして、半眼だった双眸をグッと見開いた。
「……どうして、ここに女が……」
「みんな、おはよう! あ、先輩も目を覚まされたんですね!」
そこで、この家の玄関が開き、見知った顔の青年が現れた。
ライレオだ。
「ライレオ……ええと、一体、何が何やら……この方々は……」
「安心して下さい。二人ともうちのメンバーです」
「………」
依然、ポカンとしている私の顔を見て、ライレオは「ああ」と、何となく察したようだ。
「先輩、酔い潰れちゃったから覚えてないかもしれないですけど、昨日の夜、俺のパーティーに勧誘させてもらったんです。で、OKをもらうと同時に気絶してしまって……だから、緊急ですがここまで運んだんです」
「ここ……」
「俺の部屋のベッド、寝心地は大丈夫でした?」
そうだ、思い出した。
私は久しぶりに後輩のライレオと再会し、彼がリーダーを務める冒険者パーティーに誘われて……。
事態を飲み込み始めた私に、ライレオは改めて、大手を広げて宣言した。
「ようこそ、我がパーティー【三日月の剣】に」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
用意してもらった朝食をいただきつつ、私はメンバーの紹介をしてもらう事になった。
「改めまして、俺はライレオ=レッド。このパーティーのリーダーを務めています」
私の正面には現在、三人の青年達が並んで座っている。
真ん中に座った、黒髪の端正な顔立ちの青年が、胸に手を当てながら自己紹介する。
「ジョブは《サムライ》。ポジションは前衛。先輩とは、騎士学校時代にお世話になった仲でしたね。よろしくお願いします」
「よ、よろしく……お願いします」
昔と変わらない、真面目で優等生な言動のライレオ。
思わず私も恐縮し、ペコリと頭を下げる。
「次に、こちらの背の高い彼が、シフォン」
「はじめまして、シフォン=ヴァイオレットです」
クリーム色の髪の青年――シフォンは、ふにゃりと柔和な笑顔を湛える。
「ジョブは《重騎士/白魔道士》。ポジションは中衛を任されています。この拠点でも、食事や家事を任せられています。困ったことがあったら、何でも言って下さいね」
「う、うん、よろしくお願いします」
シフォン。
背の高さはバリテンと同じくらいだ。
でも、バリテンとは対照的な印象を受けるのは、人柄によるところが大きい。
見ていると、とても温かい気持ちになる雰囲気をしている。
続いて、ライレオは反対側――黒いフードと黒マスクの青年を振り返る。
「キミカゲ、次は君の番だ」
「……キミカゲ=グレイ。ジョブは《シーフ》。ポジションは斥候」
しっかり者のライレオや、癒やし系のシフォンに対し、彼はダウナー系だ。
「キミカゲはちょっと特殊な出自を持っていまして。変わり者ですが、悪い奴ではありません」
「そうなんだね……よろしくお願いします、キミカゲ」
「………」
私の挨拶に対し、キミカゲは視線を外したままちょっとだけ頭を下げる。
とてもよそよそしい態度。
……なんだか、彼にだけは受け入れられていないような感じがする……。
「あ、気にしないで下さい。キミカゲは女性が苦手なんです」
「え?」
「女性に慣れていないというか、緊張して会話もスムーズにできないですし、体が触れたりしたら高確率で硬直して動けなくなります」
「お、おい、リーダー……」
キミカゲが慌ててライレオを睨む。
「ですが、先程も言ったとおり、変わり者ですが悪い奴ではありませんよ」
「……うん」
ライレオの発言の通りだ。
ここ数秒のやり取りだけで、彼に親近感が湧いてきた。
「よろしくね、キミカゲ。あまり近付きすぎないように、私も注意するから」
「………ありがとう」
「ふふっ」
シフォンが楽しそうに笑う。
「さて!」と、ライレオが仕切り直すように声を発した。
「今はこの三人だけですが、ここにいないメンバーもいます。それぞれ、個人的な事情で外出していますが、合計八人。彼等については、追々帰って来たら紹介します」
「彼等……っていう事は、みんな男の子?」
「ええ、先輩以外は全員男です。不安かもしれませんが、先輩が安心してパーティーの一員として活動できるよう、俺達も配慮しますので」
「あ、あの、リーダー……」
「ライレオでいいですよ」
私がおずおずと手を上げると、ライレオが答える。
「じゃあ、お言葉に甘えて……ライレオ。今更だけど、本当によかったの? 私をメンバーに加入させてくれて」
あんなお酒の席で、パッと面接しただけの私をパーティーに迎え入れてくれるなんて。
実力に欠けると誹られ、Aランクパーティーを追い出されたDランク冒険者の私を。
しかも、先輩後輩っていう関係を利用した縁故採用なんて風に疑われれば、他のメンバー達からの印象だって悪いはず。
……酔った勢いで、誘ってくれたのが嬉しくて、「うん」なんて即答してしまったけど。
一晩経って、今更、懸念材料がどんどん沸き上がってくる。
「やっぱり、もうちょっと考えた方が」
「……そうですね。当然です。先輩程の人が、俺達のような低ランクパーティーに簡単に参加を決定していいはずがない」
「え?」
い、いや、そうじゃなくて……。
「私“なんか”が、入っても迷惑じゃ……」
「迷惑なんて、とんでもない。先輩“だから”、俺は【三日月の剣】に入って欲しいとお願いしたんです」
「………」
「大丈夫です。まだ正式に加入届を提出したわけじゃありません。先輩は、あくまでも仮でここにいるだけです。もし、先輩のお眼鏡に叶わなければ、その時は残念ですが、俺も潔く先輩を諦めます」
「………」
何で、そこまで言ってくれるんだろう。
昔、同じ学び舎に通っていただけの先輩後輩でしかないのに。
「さてと、一旦自己紹介も済んだところで、だ」
そこで、ライレオは先程帰って来た時に持っていた荷物をテーブルの上に広げる。
「俺達の、当面の大問題を解決しないとな」
「うん、そうだね」
「……新人を迎え入れるどころか、ランクダウンの憂き目に会うかもしれないんだからな」
「え?」
ライレオが広げたのは、依頼書の山だった。
依頼書とは、冒険者ギルドが請け負う様々な依頼の内容と報酬が記載された書類。
主にギルドの掲示板に貼り出されているものだ。
「ライレオ……もしかして、“期限”が迫ってるの?」
「お恥ずかしながら」
ギルドに登録された冒険者パーティーは、ギルドが掲示する依頼を最低一件、一定間隔でクリアしないといけないノルマがある。
条件は、現在の冒険者ランクと同ランクの依頼であること。
つまり、Dランクパーティーの【三日月の剣】なら、定期的にDランクの依頼をこなし、成果を上げないといけないのだ。
そのノルマを達成できなければ、ペナルティとしてパーティーランクのランクダウンが生じる。
ギルドからの支援や権限、様々な利益が、今よりも損なわれてしまう恐れがあるのだ。
「ここ最近、色々とあって任務に挑める準備が整わなくて、機会を失ってばかりだったからね……」
「運が悪いと嘆いていても仕方が無いさ」
眉尻を落とすシフォンを励ますように、ライレオは微笑む。
「……どちらにしろ、今日が最終期限。他の奴等が出払ってる以上、この三人でクリアしないといけないな」
「ああ」
キミカゲの言葉を受けた後、ライレオは私を見詰める。
「すいません、先輩。いきなり情けないところを見せてしまって。Aランク依頼を難無くこなして来た【ヴィザールの靴】にいた先輩からしたら、あり得ないような失態でしょう」
「いや、そんな……」
「先輩はゆっくり休んでいて下さい」
そう言って、ライレオ達は挑戦依頼の厳選に入る。
(……うーん)
私は、彼等の姿を見据えながら、頭の中で唸る。
今の私は、まだ正式な【三日月の剣】のメンバーじゃない。
そもそも、迎え入れてもらっていい立場の人間なのかも、自信がないような状態だ。
でも、行き場を失った自分を、温かく迎え入れてくれた。
そんな彼等の助けになれるなら……いや、ならないといけない。
なりたい、と思った。
「このダンジョン」
私は、依頼書の一つを指さし、言う。
「ここになら、前に潜った事があるよ」
「先輩?」
驚いたように顔を上げるライレオと、シフォンとキミカゲ。
そんな彼等に、私はニコッと笑って言う。
「私も同行するよ」